第27話 塔

「塔のカードは災いの象徴だったんだっけ」


 そう、友達に訊いた。

 見ていたテレビでタロットカードの話題が出て、塔のカードの話になったから。


 すると友達はこう答えた。


「大きな出来事でのご破算、やり直し……そういう意味かな」


 ある意味災いのサインでも間違いでは無いけどさ、そういうことって必ずしもマイナスでは無いのよな。

 なんで? と問い返すと


「人間万事塞翁が馬って言うだろ?」


 人間万事塞翁が馬……

 一見、不運に思えたことが幸運に繋がったり、その逆だったりすることの例えだ。

 例えば風邪をひくのは不運だが、寝ていたら気になっている女の子がお見舞いに来てくれた……これは幸運だ。

 反対に、大好きな彼女にプロポーズしてOKを貰うのは幸運だけど、その彼女が実は金の亡者で、将来の親の遺産相続で、兄弟間のお金のいがみ合いの火種になったとしたら、これは不運だ。


 友達の言葉に、俺は「なるほどなー」と答えた。




「あなたの赤ちゃんが出来たの」


 その後しばらくして。

 当時付き合っていた彼女が俺に妊娠報告をしてきた。

 俺は驚いたけど、そういや先月ゲェゲェ吐く場面に出くわしたし、言われてみればなんだかちょっとお腹が目立つな、と思ったので


「そうなんだ。じゃあ結婚しようか」


 そう返答。

 すると彼女は


「嬉しい!」


 そう言って抱き着いて来たので。

 俺は「ちなみに妊娠何カ月?」と訊いた。


 そしたら彼女は


「3カ月だよ」


 そう教えてくれた。

 ……3か月。

 3カ月の長期海外出張に出向いて、帰って来たときか。

 そういや帰国祝いでレストランで食事した後、ホテルに2人で行ったっけ。


 そう思い、家に帰り。

 なんとなく、検索したんだよね。

 妊娠3ヶ月ってどういう状況なんだ?

 そう思ったので。


 そしたら……


 妊娠3ヶ月ではお腹は出てこない。


 そうあった。

 え? と思ったよ。


 ついでに言うと、妊娠3カ月はつわりに悩まされる人が多い、とあった。


 ……なんだか、先月の彼女の様子が思い起こされた。


 ……俺の中で拭えない疑念が湧いて来たので、無実だったら申し訳ないと思いながら、俺は興信所に依頼して彼女の身辺調査をしたんだ。


 このまま結婚したら、俺は幸せになれない。

 一片の疑いも持たずに俺は彼女を迎え入れたいんだ。

 そう、言い訳して。


 そしたら……

 彼女の浮気が発覚した。


 どうも俺が海外出張に行ってる間に、彼女は寝取られていたようで。

 俺相手に托卵を仕掛けようとしていたらしい。

 間男とは今も続いていて、今はそっちが彼女の真の男のようだ。


 なので当然、俺は彼女に証拠を突き付け、別れを切り出した。

 彼女は「何でバレたの!?」という顔をしていたが、別れが避けられないと悟ると


「私もせいせいするわ。せいぜいこの選択を後悔するのね」


 そう吐き捨てて、去って行った。

 彼女とは高校からの付き合いだったから、とても辛かったけど


 ここで塔のカードの話を思い出し。

 これが幸運か不運かどちらなのか。

 それはまだ決まっちゃいないんだ。


 そう思い直して頑張った。


 2年後。

 俺は若手では異例の出世を遂げた。

 今まで彼女のために使っていた時間を、仕事に対する自己研鑽に意識的に割くようにしたせいだった。

 ……俺は彼女との別れを幸運に変えた。

 そう思い、それを自分への自信へと転化した。

 もう、あの女ことなんてどうでもいい。


 ……ちなみに。

 去年、元彼女から復縁要請のメールが来たが、俺は一度読んでその後ブロックした。

 なんでも間男がろくに働かないので、別れたいそうだ。

 知るか。


 俺はさらに頑張って、仕事に打ち込んだ。




「課長が私にいやらしい冗談を毎日毎日言って来るんです!」


 しかし。

 ある日、また俺の世界が一変した。


 中途入社のシングルマザーの女が、いきなり俺を告発して来たんだ。

 誓って言うが、俺はそんなことをしていない。


 ……そのシングルマザーの女は、少し前に俺を食事に誘って来た女で。

 俺は元彼女のことがあったので、正直女とは関わりたくなかった。

 なので丁重に断ったんだ。


 すると……


 そのシングルマザーの女、仲間を集めて俺を虚偽の事実で告発して来たんだ。

 最初俺は「そんな嘘を会社が信じるわけがない」と思ったんだけど。

 ……逆だった。


 俺が思っているほど、俺は会社に人間として信頼されてなかったようだ。

 信じられなかったけど、この結果はそういうことなんだ。


 ……俺は懲戒解雇された。

 実質的にね。


 会社は俺に精神病院への通院を命じたが、俺はそれを拒否した。

 最初精神病に設定し、その後長期間の休業を経た後に解雇に至る。

 そのパターンはこれまで何度も見て来たので。

 そのパターンでボロボロになって職を失うより、自分から辞めて次を探した方が良い。

 そう思ったんだ。


 ……その決断をして、俺の退職が決まったとき。

 例のシングルマザーが嬉しそうにニヤついていたのが腹立だしかったが、塔のカードをイメージしてそれに耐えた。


 ……だが。


 次の仕事がなかなか決まらなかった。

 どうも、俺が大手で役職についていたのが原因だったのかもしれない。

 企業の秘密保持関係で揉める可能性を考慮されて恐れられるのと、あと前職を辞めた理由を調べられ、そこで信用を無くすせいだと思う。


 ……自分から辞めるべきでは無かったのか。


 そう後悔したがもう遅い。

 後悔が焦りを呼び、焦りによる重圧で俺は本当に心を病み。


 ますます仕事が決まらなくなった。


 そして……

 お金関係で悪い方向に足掻いてしまい、俺は無一文になった。

 株に賭けるんじゃ無かったよ……。


 当然、住んでいたマンションにも住めなくなり、路上生活開始。


 日々絶望しながら生きていた。


 するとある日。


「おめデとう。今日からあなたハ自由デス」


 ……橋の下で寝ていたら、異国の兵士に笑顔でそう言われたんだ。

 何だ?


 混乱する俺に、兵士は言った。


「この国は私たちガ攻め滅ぼしまシタ。この国は邪悪ナ国デス。滅んデ当然デス」


 ……え?

 路上生活してたせいで、ニュースを全く見ていなかったけど。

 この国、滅ぼされたのか……。


 兵士は続けた。


「つきまシテ、特別優秀な人間ヲ除キ、この国ノ人間は殺シ尽くしマス。理由ハ邪悪だカラでス」


 そう言いながら、兵士は俺に1挺の突撃小銃を手渡してくる。

 こう言いながら


「……デスガ、その邪悪ナ国家に虐げられてイタ貴方たちハ、善良な人間デス。なので……」


 その言葉を聞いたとき、俺は目の前が開けた気がした。


「アナタにモ駆除ヲ任セマス。好きナ相手を殺シ、または救イなさい」


 ……マジかよ……


 やっぱり、人間万事塞翁が馬で、塔のカードって正しいんだな!

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