第14話 山姥に食べられた

 ある日、仕事から帰ったら、妻が生首になっていた。

 キッチンのコンロに大鍋があり、何かの肉を煮て食べた形跡があった。


 妻の生首はその鍋の隣に置いてあり、そこでさめざめと泣いていた。


 私は訊いた。


「な……何があったんだ?」


 首だけになっても生きていることに対する疑問とか。

 そのグロテスクさとか。


 そういうことに対するリアクションの前に、俺の口から出た言葉はそれだった。


 彼女は泣きながら答えた。


「……山姥に食べられました」


 ……なんてことだ。

 土地が安いからと、ド田舎の山の傍の土地に家を建てるんじゃなかった。


 俺がそう、自分の選択に深い後悔をしていると。

 泣きながら妻が言った。


「私と離婚してください……」


 ……な、なんで!?

 俺は動揺した。


 あれか!? キミを守れなかったから、そんな頼りない男とはもう一緒に生活出来ないとか、そういうことなのか!?


 でもこれは俺も予想できなかったことだ!

 許してくれないか!?


 まさか、山姥が実在して、山から下りて来てキミを食べてしまうなんて予想できなかったんだ!


 だから言ったよ。

 ……正直、とても卑劣な言い方だと思ったけど。


「……それは無理だな」


 幻滅してくれていい。

 俺はキミを手放したくないんだ……


「まず、キミはもう字が書けない。手が無いんだから。署名できないよね」


 さらに続ける。


「そしてもう判子が押せない。同じく、手が無いから」


 さあ、これでどう離婚するつもりだ?

 反論できるものならしてみるがいいさ。


 すると……


「……こんな状態で婚姻関係を続ける理由は何なんですか?」


 彼女はこんなことを言って来る。

 何だ? 裁判に持ち込むつもりか?

 こんな状況では結婚を続けられない、裁判でそれを認めさせてやる、って。


 ……裁判を介したら、署名捺印は要らないんだっけ?


 そのへん、調べたことが一回も無いから分からん……。

 学生時代に交際していた時期から、ずっと結婚する方法しか調べて無くて、離婚については一回も調べて無かった。

 正直、結婚したらこっちのもの。彼女から離婚を切り出してくることは考えたことが無かったからな。


 しょうがないので、頭悪く見えるかもしれないけど、勢いで押し通すことにした。


「うるさいな! そんな状態だったらもう心臓が無いから心臓麻痺で死ぬことも無いし」


 さらに続ける。


「胃袋が無いから、食費掛からないし」


 さらにさらに続ける。


「でも会話はできるから、俺としては願ったり叶ったりなんだよ!」


 ……正直、最後は口が滑ったと思った。

 食べられてしまって嬉しい、なんてのは最低だ。


 でも、彼女を手放したくなかったんだ。


 彼女は……


「なんて……酷い人」


 そう言って、泣いた。

 なんか微笑んでいるように見えたけど、多分気のせいだ。


 俺は……酷いモラ夫だ……。

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