第一章 規格外の少年 4
それはゼーレハルトの鏡を薙ぎ払い、彼を吹き飛ばし、辺りの血溜まりすら弾き飛ばし、アッシュとシャルナ以外の全てを吹き飛ばしていく。
「……っ、なにが……っ!? 魔術の暴走!?」
ゼーレハルトが鏡で体を覆い尽くしながら叫ぶ。
アッシュは、白光する柱の中心部にいた。目の前に、白い誰かがいるのに気づく。
純白のヴェールに白の衣装。流麗な銀色に輝く髪の少女。その衣装は鮮やかな水色と白の衣。
艷やかな銀髪は、まるで星々の輝きのように美しい。どこか妖精めいた顔立ち。
凛とした瞳を讃え、桜色の唇を持った少女は、ゆっくりとアッシュへ振り向く。
「――我が主に、問いかけます」
涼やかな鈴のような声だった。聴くだけで誰かを癒やすかのような、清楚な声。
「我が主の願いは、この状況の打開。そしてシャルナさんの救助。相違ないでしょうか?」
「あ、ああ……」
アッシュは、驚愕していた。目の前の少女の、あまりの可憐さに。同時に、少女が、ゼーレハルトすら遥か格下に思えるほど強いと、分かってしまったために――。
「俺の願いは……一つだ。俺達を、救え!」
「――了解しました。その願い、叶えます」
銀鈴の声で煌びやかな少女が応えた。
「これより敵を排除します。目標、帝国の総司令官、ゼーレハルト」
爆散した木々を押しのけて、ゼーレハルトが鏡をいくつも進撃させた。
「ひひ、やはははははははっ!」
狙いはシャルナと白い少女の両方だ。
ゼーレハルトは戦力外のシャルナ、同時に白い少女をも狙った姑息な戦術。
だが白い少女は手から聖剣を生み出すと、それを投げつけた。
シャルナへ向かった鏡がそれだけで砕かれ、ゼーレハルトを守る鏡の大半が容易く砕け散る。
「――っ!? なんですと……? 魔導鏡を、破壊した……?」
目を剥くゼーレハルトに対し、音を超える跳躍で白い少女は肉薄する。そのまま手にしていた聖剣で一閃、ゼーレハルトの白装束の裾を斬り捨てる。
反撃に、鏡を回転させゼーレハルトが逆襲するが、白い少女は軽やかにかわす。あるいは剣で弾き、さらにはいくつかの鏡を寸断する。
「――馬鹿な!? 魔導鏡が斬られる!? 何なのです、その剣は!? 何なのです、貴方は!」
驚愕に叫ぶゼーレハルトに一切構うことなく、白い少女は突貫した。
左手の掌底、続いて回し蹴り、さらには回転の勢いをつけての上段斜め袈裟斬り。
ゼーレハルトの胸元から、バッとおびただしい血が吹き出した。
それは、初めてゼーレハルトに傷が与えられた瞬間だった。
「ぐっ、あり得ません、この力は……何なのです、貴方はァァァァァ!」
余裕がないと判断したのだろう、ゼーレハルトの周囲に、多数の鏡が出現した。
その数、三十、五十……百以上。明らかにこれまでの数倍の脅威。
それを、白い少女は蟻でも見るかのように眺めると、
「数は一六五……少ないですね。全て破壊するのに四秒といったところでしょうか」
「小癪な! 舐めないでくださいねぇ、お嬢さん!」
ゼーレハルトが豪雨のように鏡を放出する。全て猛回転し、人を切り裂く必殺鏡。
しかし白い少女は軽やかにそれをかわして弾く。自分を傷つける者などいないのだと、誰にも自分には届かないのだとそう語るかのように。
「やは! あはっ、あはははっ! 愉快ですね! 辺境で、捕縛戦などつまらぬと思っていましたが――素晴らしい! わたくしの鏡を斬れる者など知らない! おおっ、わたくしは今、興奮している!」
「あなたの性癖などに興味はありません。即、斬り裂かれることを推奨します」
「嫌ですよ! こんな戦い、もったいない! 終わらすには惜し過ぎる! もっと踊りましょう! さあ、さあ! 今宵は楽しい舞踏会! きひ、きひはははっ!」
「3」
白い少女が、いくつもの鏡を斬り裂く。涼やかな風のように、華麗に切り結び、その様子はまるで地上に舞い降りた天使のようだった。
「2」
ゼーレハルトの手から四十の鏡が生み出される。音すら超えて飛ぶ猛回転の凶器。
けれど、それでも白い少女には届かない。斬られ、弾かれ、まるでダイヤモンドダストのように鏡の破片が舞う。
「1」
「この期に及んでまるで届かない!? 楽しい、当たらない! わたくしの攻撃がまるで通じない! アハ――」
「ゼロ」
そして激しい血飛沫が上がった。
それはゼーレハルトの胸から。左肩から右脇腹へ、深く切り刻まれた致命傷は、どんな魔術でも回復不能に見えた。
「……お見事」
吐血し、震える手で近くの鏡で体を支えながら、ゼーレハルトは呟く。
「冴え渡る剣技、まさに剣の乙女と呼ぶに相応しい。……けれどわたくしは未練があります。貴方の名前を聞いていない。この神聖ヴォルゲニア帝国、東制圧軍総司令官、ゼーレハルトを倒した貴方は、いかなる名ですか?」
「わたしは――聖剣シルヴァリガ」
涼やかに剣を振った少女は、凛とした声音で応える。
「聖剣より転生した娘。いかなる障害をも斬り裂く剣の化身。鏡使いの魔道士よ、見事な手合いでした。出来れば味方として出会いたかったです」
「……ふ。ふふ。それは無理です。運命の神とは残酷なもの。一番欲しいものは決して貰えない。……けれど、ああ……わたくしは幸せです。この世で最も美しいものは、絶望だと言いましたが……真に美しいものは……絶望すら跳ね除ける、乙女……」
「――さようなら、総司令官ゼーレハルト。来世では味方に」
そうして白い少女、聖剣シルヴァリガは、ゼーレハルトの首を刎ねた。
吹き上がる血の飛沫。いくつもの鏡が音を立てて落ち、やがて消滅していく。
アッシュは、その光景を見て、戦いが終結したのを確信し、気絶した。
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