日曜日の朝

福田 吹太朗

日曜日の朝


◎主な登場人物


・マルコ ・・・12歳の少年。

・ケイティ ・・・その母。

・ルーカス ・・・化学専攻の大学生。


・ケビン・フランクリン ・・・マルコの父。

・アリシア ・・・ケビンの後妻。

・ダコタ ・・・近所に住む、マルコの友達の女の子。

・ケン・ウィリアムス ・・・ダコタの父。

・ジョセフ・ジェームソン ・・・ルーカスの父。

・ボイト ・・・ジェームソンの顧問弁護士。

・ソーンダース夫妻 ・・・マルコの隣に住む、老夫婦。

・ランディス先生 ・・・マルコの小学校の、教師。


・ソマーズ ・・・主任刑事。

・フィリップス ・・・その部下の刑事。

・アンダーソン ・・・新人刑事。

・ハミルトン ・・・警察署長。


・ネイサン ・・・白人の男。

・テイムズ ・・・アフリカ系の男。

・ホルヘ・メンデス ・・・ラテンアメリカ系の男。

・パトリック・オニール ・・・通称、おじさん。









第一週


 その日は、朝からポカポカと暖かかった・・・まだ春には、ほんの少しばかり早いというのに・・・。

その日は日曜日で・・・マルコ少年は、その日もまた、毎日の日課の様になっている、朝刊とそのすぐ後に運ばれて来たばかりの牛乳瓶とを、取る為にいつもとほぼ同じ時刻に、玄関先へと、出たのであった・・・。


 ・・・そこは・・・つまりは彼の住んでいる家の辺りは、周りと比べると、ほんの少しだけ小高く、元はただの丘だったのか・・・ともかく、まだ空気が澄んでいるのか、丘の下の風景が、はるか遠くの方まで見渡せるのであった・・・。

もう太陽は昇りつつあったのだが・・・遠くに見える家々の灯りはついたままで、道路を一晩中照らしている街灯も、まだついているのであった・・・。


 マルコ少年が外へとほんの僅かな時間だが、出るとそこには、無論の事、日曜日の朝刊と、二本の牛乳瓶とが・・・そしてそれを両手で、まだまだ慣れない手付きで取り上げると・・・不意に、彼の家の前へと続く、通りを一人の男性が、割と早足で歩いて来るのが見えたのであった・・・。

その男性は・・・ジョギングをする様な格好で、トレーニングパンツ、とでも言うのだろうか?・・・グレーの、それらしきものとスニーカーとを履いていて、顔にはまん丸いメガネを掛け、ちょび髭の様なものを微かに生やしていて、そして・・・ジャケットの様なものは着てはおらず・・・ボーダー柄の、横縞の鮮やかなパープルと白い模様の、長袖のシャツを着ていたのであった・・・。

 マルコ少年は、初めて見る顔であったので、思わずその男が家の前を通り過ぎるのを、立ち止まって見ていたのだが・・・その男性は、彼の家の前を速足で通り過ぎると、マルコ少年の方を振り返って、歩きながら彼に向かって、軽く手を振り、そのまま去って行ったのであった・・・。

マルコ少年は、その時はどうして良いのかが分からず・・・ただポカンと、立ち尽くしていたのであるが・・・新聞と牛乳瓶を持ったまま・・・それがこの‘おじさん’との初めての、出会い、なのであった・・・。


 マルコは牛乳瓶と新聞を持って家の中へと入ると・・・それをダイニングテーブルの上へと置くと・・・母のケイティが慌しげに、部屋に入って来て・・・日曜ではあるのだが、ケイティは近くのスーパーで働いているので・・・主にレジ係なのであったが・・・土日も特には関係なく、その日も出勤のシフトであったので、自分は先に朝食は済ませ、息子の分も作っておいてから、いつもの様に彼に言い聞かせるのであった・・・。

「・・・じゃあ、母さん、そろそろ行って来るわね?」

マルコはすぐには朝食の為の席にはつかずに、その場に立ち尽くしたまま、

「・・・母さん?」

・・・と訊くので、母のケイティは少しだけ心配になって、

「・・・なあに?」

・・・ふと彼女が壁に掛かった時計を見ると・・・まだ出勤まではほんの若干時間はあったので・・・息子の目を真正面から見て、

「あのさ・・・今外の道で・・・」

「・・・クマでもいた・・・?」

無論の事、それはジョークなのではあったのだが・・・しかしマルコ少年は、それには一切反応は示さず、

「それが・・・‘おじさん’を見たんだ。」

「おじさん? ・・・おじさんなんて・・・いっぱいいるでしょ? この辺りには。」

「それが・・・初めて見た人なんだ・・・。」

母はだんだん心配になってきて、

「・・・何かしてたの?」

「いや別に・・・ただ・・・」

「・・・ただ?」

「・・・いや別に。・・・なんか散歩をしているみたいだった。」

「それじゃあ普通のおじさんね。」

マルコ少年はそれっきり黙ってしまい・・・大人しくダイニングテーブルの自分の席に着くと・・・母親が作った、まだ完全には冷めてはいない朝食を食べ始めるのであった・・・。

「・・・じゃあ、行って来るわね? ・・・いい子にしてるのよ?」

マルコはただ黙って頷いて・・・母のケイティはその最愛の息子のおデコに軽くキスをして・・・せかせかと慌ただしくドアを開けて出て行くのであった・・・。


辺りはさすがにもう、すっかり明るくなっていて・・・その家の中にも白く透き通った光が、斜めに差し込んでいたのだが・・・突然、何を思ったのか、マルコ少年は勢いよく立ち上がると・・・まだ食事は半分程残っていたのだが・・・入り口のドアを開けて、それは決して母を見送るとか、そういった訳ではなく・・・ほんの数mだけ外に出ると・・・彼はやはり、先程の‘おじさん’の事がどうしても気になって仕方が無い様なのであった・・・。

・・・しかしながら、先程のボーダーシャツの、丸いメガネにちょび髭を生やした・・・中年の男の姿は・・・戻って来るどころか・・・どこにも見当たらなかったのである・・・。


 ・・・翌日となり、マルコ少年は、水色の小さなバックパックの様な物を背負って、スクールバスにこれから乗り込み、いつもの様に学校へと、向かうところなのであった・・・。

すると、その出掛ける間際に、母のケイティが・・・その日は遅番のシフトなのであった・・・彼に声を掛けたのであった。

「・・・今日は・・・その、おじさんはいたの?」

マルコ少年は、ただ首を横に振った。そして、

「・・・行ってきます・・・!」

と、勢いよくドアを開けて、いつもの様に出かけて行ったのであった・・・。

その姿を見てケイティは正直、ホッとしたところなのであったが・・・実のところ、この少年には、我が子ながら、どこか不思議な直感というか・・・おそらく、空気、の様なものに人一倍敏感なのであろう・・・? ・・・しかし彼女から見れば、それは決して、例えばどこかに障害があるとか・・・実は過去に一度、そういった、カウンセラーの様な人物の所まで連れて行った事があったのだが・・・特に異常はありません、ごく普通のお子さんですね・・・との事であったので・・・これといって心配はしてはいなかったのであるが・・・おそらく、三年半ほど前に父親という存在を失い・・・それはつまり、彼女の離婚が原因で、それを思うと彼女の胸は締め付けられる様に痛んだのだが・・・しかしながらそれは大人の事情、であると割り切ってしまわねば、彼女自身、心の整理がつかないのも事実なのであった・・・。


 マルコ少年を乗せた黄色いスクールバスは、その市内には二校しか無い小学校へと着くと・・・朝だというのに元気の良い生徒達は一斉に、バスから飛び出して、校舎の中へとダッシュで向かうのであった・・・。


・・・その、サン・テレーザ市は、人口僅か1万人余りの、地図の中にも埋もれてしまう様な小さな町で・・・しかしながら、だからなのか、これと言って物騒な事件やら、逆に言えば観光名所があったり、有名人が住んでいるという訳でもなく・・・まあ、大都市の郊外には有りがちの、衛星都市、とでも言うのだろうか・・・? ・・・ともかく、治安も割と良く、住んでいる住人達も、全国の所得の平均を大幅にではないものの、上回っている人たちが殆んどだったので・・・まあ、ケイティやマルコ少年の家庭の様な、母子家庭、片親の家庭であったとしても、そこそこの収入さえあれば、とても住み良い場所であったには違いないのだ・・・。


そして・・・マルコ少年の通う小学校も、人種は多様で、それほど生徒は多かった訳ではないのだが・・・賑やかであり、明るく、どちらかと言えば活気に溢れていた・・・ただ、その日だけは・・・。


・・・ランディスという名の、アフリカ系の大柄な中年男性の教師が、教室に入って来ると、途端に、それまで騒がしかった20名程の教室の中の生徒達はまるで、慌てて巣箱に戻ってしまった蜜蜂の群れの様に・・・静まってしまったのであるが・・・その教師は、一つ、ゴホン、と咳払いをすると、改まった様に、生徒達にこう告げるのだった・・・。

「・・・今日は・・・朝から・・・悲しいお知らせがあります・・・。・・・メリッサ、こちらへ・・・」

すると、一番後ろの席の、分厚いメガネを掛けた、今時三つ編みなど珍しいのだろうが・・・少女が前へと進み出て・・・

ランディス先生は、彼女の肩を軽く癒すかの様に支えるかの様に触れると、

「・・・彼女の・・・お婆さんが・・・今朝、発見されたのですが・・・昨晩から行方不明になっていて・・・」

するとその、メリッサという子は突然その場で泣き崩れて、うずくまってしまったのであった・・・。

ランディス先生は、メリッサを励ます様にして、なんとか立たせると、

「・・・皆さんも、夜はやたらと出歩かない様に。・・・あと、もし不審な人物を見たら・・・すぐに親御さんか、警察に連絡するように。・・・分かったかね?」

・・・すると、やはりどこの世界にも、例え子供と言えど、空気が読めないというか・・・そのような人間は一人はいるもので・・・一人の男の子が、

「・・・先生? それは・・・彼女のお婆さんは殺されたという事ですか・・・?」

すると、ようやく立ち直りかけていた、メリッサはまた泣き出してしまい、

「・・・キミはもうおウチに帰りなさい。・・・あと、ニコルズくん。・・・後で先生のところに来るように。」

・・・と、言い残して、ランディス先生とメリッサとは、教室から出て行ったのであった・・・。

・・・すると、それまでの静けさがまるで遠い過去だったか何かのように・・・教室の中は蜂の巣をつついたような騒ぎとなって・・・一人の金髪の少年が、先程のニコルズ、という少年に向かって、

「・・・バッカだなぁ・・・お前は。・・・教室に入る前に、聴いてなかったのか? ・・・殺されたに・・・決まってるだろ? 後で、ランディス先生からお仕置きだぞ?」

すると、もう一人、アジア系の少年もその、ニコルズ、をからかって、

「・・・そうだぞ? お仕置きだぞぉ・・・」

と、二人して笑い転げるのであった・・・バツの悪そうな表情の、ニコルズ少年に向かって・・・。

・・・一方、教室の中ではいつも決まって音無しい方の、マルコ少年は、その時は特にその、蜂の巣の中、には加わらずに、ただ黙って・・・ボンヤリと、窓の外を、眺めているのであった・・・。


 ・・・その日の授業が終わり・・・帰りのバスの中でも、マルコ少年はただ黙って、窓の外を眺めていたのであった・・・。

・・・すると、突然そのマルコ少年の目付きが変わって・・・

「・・・すいません・・・! ボクもここで・・・降ります・・・!」

・・・と、言って、いつもとは違う、かなり手前の地点で、彼はバスから慌てて降りたのであった・・・。

そのスクールバスの運転手は、50はとうに過ぎているであろう、頭のてっぺんの禿げ上がった、もうかれこれ優に10年以上は毎日同じ仕事をしているような、そんな人物であったので、大抵の生徒の顔は見知っていたのであるが・・・マルコ少年がいつもとは違う地点でバスで降りたのを見て、オヤ?・・・とも思ったのだが・・・特にその時は気にもせず、またハンドルを握り直し、アクセルを慎重に踏み込んだのであった・・・。


 ・・・その夜の事、サン・テレーザ市の郊外の道路脇では・・・一人の、大学生ほどの年齢の若者が・・・背中には大きな荷物を束ねた、リュックというか、ナップサックを担いで・・・どうやらこれから、ヒッチハイクでいずこへと、向かおうとしている様なのであった・・・。

そして・・・そもそもこの様な小さな町の、しかもかなり外れの道路を、通る車すら数少なく・・・しかしながら、やがて20分程後に、ようやく一台の、乗用車が停車したのであった・・・。


 ・・・そのほんの一時間程前の事・・・マルコ少年は、辺りがすっかり暗くなってから、ようやく帰宅したのであった・・・。

するとその日はもうすでに、仕事から帰宅していたケイティがいて・・・鬼のような形相で彼を睨みながら・・・内心は実のところホッとしていたのであるが・・・マルコ少年に、一体今までどこに行っていたのかと、問い詰めるのであった・・・。

「・・・それが・・・見た事も無いお店を見付けて・・・だから・・・つい・・・」

「・・・メールが来てたのよ? 保護者会のほうからね。・・・何でも、モリソンさんの、お婆さんが・・・」

「・・・ごめんなさい・・・」

マルコ少年は素直に謝ったのであるが、

「・・・もう! ・・・夕食は抜きですからね・・・!」

と、母は怒り心頭な様子で、自分の部屋へと駆け込むと、扉をバタン、と閉めてしまったのであった・・・。


 翌日の朝。

マルコ少年はまたいつもの様に、朝刊と牛乳瓶とを、家の中へと運んで来ると・・・その日の朝はケイティはとても疲れていたので、若干の手抜きであったのか、シリアルと、フルーツ入りの、ヨーグルトのみなのであったが・・・マルコ少年は何せ、昨晩は何も食べてはいなかったので、少食の彼にしては珍しく、ガッつく様にして、必死に手にしているスプーンを、動かしているのであった・・・。

ケイティは、もう昨晩の機嫌はすっかり直っているらしく・・・マルコが持ってきた新聞を開いて・・・いろいろなページを、まるで何か特定の記事を探すように、めくっているのであった・・・。

「・・・あれ・・・無いわねぇ・・・」

マルコ少年は、スプーンの手は止めずに、その母の様子をじっと眺めていた。

母はその視線に気が付いたのか、

「いや、ホラ・・・モリソンさんの、お婆さんの、記事よ・・・小さな町の、小さな事件、だからかしら? ・・・それにしても・・・せめて載せるぐらい・・・」

しかしどうやら、それに関する記事は、その地方新聞には載ってはいない様なのであった。

マルコは、ようやく食べ終わったのか、スクッと立ち上がると、

「・・・アラ、もうそんな時間?」

と言う母の言葉に、黙って頷いて見せたのであった・・・。

その日は母のケイティにとっては、久し振りの休暇なのであったのだが、登校しようとする我が子に向かって、

「・・・今日は道草とかは・・・しちゃダメですからね・・・?」

黙って頷き、バックパックを担いで家を出て行く、マルコ少年なのであった・・・。


 ・・・そこは・・・おそらくは・・・森の中のようで・・・その青年は・・・名前はルーカスというのだが・・・小鳥たちの鳴き声と、顔に当たる眩しい日差しとで・・・目を覚ましたのであった・・・。

彼は・・・なぜだか頭がボンヤリとしていて・・・目を開いても、慣れるまでには少し時間が掛かってしまったのだが・・・ようやくその目が慣れてくると・・・そこは全くの密室というか・・・コンクリで出来た、狭い一室で・・・彼の真正面に、鋼鉄製なのだろうか?・・・金属製のドアが一つと、窓は空いてはおらず・・・しかし日光が差したのを不思議に思って彼が真上を見上げると・・・天窓というか、遥か上空に、その建物というか、部屋自体が巨大な吹き抜けのようになっていて・・・三階建てぐらいの高さの天井に、透明の、真四角な窓があり・・・鮮やかで眩しい日差しは、そこから注ぎ込んでいるようなのであった・・・。

彼はそのコンクリの地面の上にうずくまるように寝ていた身体を起こして、よくよくグルリと自分の周りを一周眺めたのだが・・・どうやらその、鋼鉄製のドアしか入り口は無く・・・どう見てもこの状況は・・・監禁された事に間違いは無い様なのであった・・・。

彼は試みに、叫んでみようかとも思ったのだが・・・咄嗟に人の気配を感じて、また地面に寝転がって、寝たフリをしたのであった・・・。

・・・すると・・・その、鋼鉄製のドアの下から、そっと一枚のメモ用紙が差し込まれ・・・しばらくそれ以外の事は何も起こらなかったので・・・仕方なく彼は、寝たフリ、はやめにして、そのメモを手に取り、内容を読んだのであった・・・。

そこには・・・イエスは一回、ノーは二回、何か要求がある時は、三回・・・と書かれていて・・・さらにすぐに二枚目のメモ紙が差し込まれて来たので・・・その文面を読むと・・・そこには『食事は?』と、記してあったので・・・おそらく先程の、回数、というのはノックか何かの事だったのではないだろうか・・・? ・・・と、彼は解釈をして、実際腹がペコペコではあったので・・・その、鋼鉄製のドアを、一回、強めにノックしたのであった・・・。

すると・・・やはり彼の考えは正しかったようで、内側からは全く気が付かなかったのであるが、その濃いグレーのドアの一番下の部分が、ギギィ・・・と酷く耳障りな音を立てて、ほんの少しだけ開いて、トレイに載せられた、おそらくその日の朝食、がその狭い部屋の中へと、投入、されたのであった・・・そして再び、あっという間、ほんの一瞬で、その小さな‘食事用’の扉はピシャリと閉められたのであった・・・。


 ・・・その日は結局、マルコ少年は、何事も無かったのか、普段通りの時間に帰宅したのであった・・・。

ケイティは、そんな我が子を上機嫌で迎え・・・鼻歌交じりに、食器を洗っているところなのであった・・・。

「・・・アラ? おかえりなさい・・・! 今日は・・・何か学校では変わった事はあった・・・?」

しかしマルコはダイニングテーブルの自分の席に着くと・・・冷蔵庫から取り出した何かのジュースを飲みながら・・・終始無言なのであった・・・。

「・・・母さん?」

「・・・なあに?」

「ボク・・・学校でよく、なぜ、マーク、じゃなくて・・・マルコ、なんだって聞かれるんだけど・・・ヨーロッパ人みたいだって・・・」

思わずケイティは、その手を止めて、黙ってしまったのであったが・・・

「・・・もしかして・・・ボクの名前をつけたのって・・・父さん・・・?」

「・・・いいえ、そういう訳じゃあ・・・皆で相談して決めたのよ?」

「・・・」

「・・・マークの方がいい?」

「・・・今のままでいいよ。」

そう言うと、マルコは一旦、自分の部屋へと、荷物を片付けに行ってしまい・・・母は彼の最後の言葉を聞くと少し安心したのであるが・・・思わず息子からおそらくかなり久方振りに、父親の名前が出たので・・・思わず、冷や汗がジワリと・・・出て来るような心地なのであった・・・。


 ・・・夜になった。

例の、コンクリの密室の‘監禁部屋’では・・・ルーカスが、真っ暗になった天井に唯一開けた、天窓を見つめながら・・・なぜ自分が、このような目に遭ったのかを考えつつ・・・しかしながら、おそらく車で拉致されたのであろうが・・・その時の記憶が殆んどといって無く・・・しかしこのような事をする様な連中のやる事だ。・・・モタモタしていると、命を奪われかねないのではないか・・・? しかし・・・ここがどこかすら分からず、部屋から抜け出す方法すら思い浮かばず、第一、部屋の中には天窓と、鋼鉄製のドア、そして・・・部屋の隅っこの床付近に、鉄格子らしき金属製のパイプがはまった、小さな真四角な穴が有るのみで・・・そこは通り抜けるには、果たして身体がすり抜けられるのかどうか・・・? しかしそれ以前に、鉄格子がガッチリはまっているので、どうしようもないのであった・・・。

そして、自分を拉致した連中は相当用心深いらしく、例の、メモ紙とノックによるコミュニケーション手段しか用いなかったので、その声すら聴く事が出来なかったのであった・・・。

外では微かに、虫の鳴く声と、遥か遠くで、車の走る音とが・・・しかしそれ以外には、人の声やら、人間が活動している物音さえせず・・・しかし彼自身驚いた事なのだが、この様な状況でも、彼自身が意外とパニックになったり、うろたえたりしたりはせず、その時は・・・ボンヤリと天窓の中だけで瞬く、星を眺めていたのであった・・・。

奇妙な事に、彼はこれまで生きて来て、これほど星が綺麗に感じられた事は・・・と、言うより、今まで星などというものを、まじまじと眺めた事など無かったのではないか・・・? ・・・などと他愛も無い事を考えているうちに・・・ウトウトとしてきて・・・。


 ・・・サン・テレーザ市には、またいつもの様に、週末が徐々に近付いて来た・・・。そして・・・

そして、今週起こった事が、実はただの始まりであった事を、皆・・・始めはごく一部の人間のみだったのだが・・・ようやくその時になって初めて気付かされる事になるのであった・・・。


第二週


 その日曜日の朝は・・・先週とは打って変わって、寒く・・・やはりまだ完全には、春にはなってはいない様なのであった・・・。


マルコ少年は・・・その日は寒かったので、何かのキャラクターの描かれた、黄色いニット帽を被っていた・・・やはりその日も、日課である新聞と牛乳瓶とを、玄関の前の木で出来た、BOXの様な所から取り出そうとしていたのであるが・・・その日に限って、なぜだか二本の牛乳瓶のうちの一本が、倒れて中で転がり・・・奥の方へと入ってしまい、彼、マルコ少年は、一生懸命になって、手をその箱の中に突っ込んで、取り出そうとしているのであった・・・。

すると、突然、

「・・・大丈夫かね? ・・・手伝おうか?」

・・・という、大人の男性の声が聴こえ、彼は思わず、ハッとなってそのBOXから手を取り出すと・・・その声のした方向を、恐る恐る見たのであったが・・・。

するとそこには・・・マルコ少年の前には、例の‘おじさん’がにこやかに立っていて・・・やはりその日も、この寒さだというのに、ジャケットなどは着ておらず、ボーダーの・・・その日は少し色が違っていて・・・青緑色、とでも言うのだろうか・・・? ・・・少しだけくすんだ様なエメラルドグリーンの様な柄の、長袖のシャツを着ていて・・・その日はやはり少し寒かったのか、ニット帽を被り、手袋をして、耳当ての様な物までしていて・・・後はおそらく先週とほぼ同じ、スニーカーに、グレーのトレーニングパンツの様な物を履き・・・マルコ少年は、牛乳瓶の方に夢中になっていて・・・まさか自分のすぐ近くにその‘おじさん’が立っているとは全く気が付かなかったのであるが・・・

「・・・どれどれ・・・私の腕ならば・・・届くんじゃないかな・・・?」

・・・と、その木製の箱の中へと、腕を突っ込んで・・・そしてものの数秒で、牛乳瓶を、取り出して見せたのであった・・・。

「・・・私も子供の頃は・・・父を手伝って、近所に牛乳を配って歩いたもんだ・・・いやぁ、懐かしい。」

と、言いながら、それをマルコ少年にそれを手渡すと、そのまますぐにまた、道路の方へと戻って、先週と全く同じ方向へと、早足で去って行ってしまったのであった・・・。

マルコ少年は、呆気に取られてお礼を言う事すら出来ず・・・すると、息子がなかなか戻って来ないのを心配したのか、母のケイティが、玄関のドアを開けて、顔だけ出し、

「・・・どうしたの? ・・・大丈夫?」

「ウン・・・」

マルコ少年は、その日の朝刊と、二本の牛乳瓶を抱えて・・・家の中へと入って行ったのであった・・・。


 ・・・ここはこの、サン・テレーザ市に唯一存在する、警察署の中なのであった・・・。

その大して立派でもない建物の、一番奥まった所に・・・『刑事課』などという、いわゆる、交通課やら、風紀課やら、青少年課やらとは全く異質の・・・しかし元来この町はかなり治安は良かったので、特に年中忙しいという訳でも無く・・・せいぜい、酔っ払い同士の喧嘩とか、麻薬・・・と言ってもマリファナ程度の物なのだが、それの取締りやら・・・その程度の事で、気が付くと丸一年経っていて・・・次の年になっている・・・その様な有り様なのであった・・・。

しかしながら・・・その日は・・・いつもとは様子が少々違っていて・・・何より、普段は自分の部屋に入ったきり、滅多には表には出て来ない、署長自らが、その部屋にいる事でも・・・他の課の人間たちからしてみても、これは何か事件が起こったのだな?・・・と、容易に推察出来る様な、そんな状況なのではあった・・・。


・・・と、いう訳で、その『刑事課』には・・・署長であるハミルトンと、30そこそこの中堅刑事、のフィリップス、そして去年、別の町の交通課から移動して来たばかりの、新人の、アンダーソンと・・・そして主任刑事、であるソマーズとが・・・しかしながら、つまりはそれだけ・・・実は後もう一人ベテランの引退間際のボイル、という刑事もいたのではあるが・・・非番の日に自動車事故を起こして・・・現在は入院中なのであった・・・。

しかし裏を返してみれば、それだけの頭数で、十分やりくり出来たと言うか・・・事足りたのである・・・。

 ・・・しかし、今回は違った。・・・違っていたのである・・・。

ハミルトン署長が、少し眉をひそめて、ソマーズに尋ねるのであった・・・。

「それはつまり・・・本当に・・・キミの言っている事で間違いはないのだね・・・?」

ソマーズは完全に自分の考えに確信があるのか、何度も頷きながら、

「・・・はい、署長。これは・・・同一犯による、連続殺人に間違いはありません・・・」

しかしまだ、と、言うよりは、この小さな町で長年、警察のトップにいた人物としてみれば、殊更事件を荒立てたくは無かった、というのもあるにはあったのだろう・・・? ・・・なおまだ若干、納得がいってはいない様なのであった・・・。

すると・・・すかさずフィリップス刑事が、事件の状況を説明し始めたのであった・・・。

「・・・ええとですね・・・今回の被害者は・・・まあ、いわゆる、半分ホームレスの様な、半分は昔のヒッピーの様な・・・男でして・・・えぇと・・・名前は・・・現在調査中でして・・・」

「それが先週の、モリソンさんの事件と関係があるのかね・・・?」

署長が訊くと、今度はソマーズが、

「・・・ええ。手口が全く同じです。・・・まず、鈍器の様な物で後頭部を殴ってから、その後でご丁寧にも、ロープで首を絞めて・・・とどめをさしています・・・同じ犯人による犯行です。」

そこで署長は思わず、低い声で唸ってしまったのであったが・・・まだ、と言うより、殺人事件の捜査など初めてであろう、アンダーソンが、

「・・・しかし、例えば・・・前回の事件の模倣犯とかでは? よく、そういった事が・・・」

するとすかさずソマーズが、

「・・・それは有り得ないな。」

「・・・どうしてです?」

なおも引き下がらない新人刑事に‘主任刑事’は、

「・・・前回の事件に関しては、マスコミには一切情報は流れてはいない。・・・お前も知ってるだろ?」

「ああ・・・なるほど・・・。」

そこでようやく、アンダーソンも納得した様に頷き・・・するとすかさず署長が、

「そういう事ならば・・・連邦政府の・・・」

「・・・FDIですか? ・・・そんな事をしたら、この小さな町に、全国からマスコミが殺到しますよ? その時は・・・対応は署長の方でお願いします。」

その、脅し文句、の様な言葉を聞いて・・・署長はやれやれというふうに首を振り、

「まあ・・・君たちにも・・・たまには刺激というか・・・必要だろう? ・・・三人目の被害者を出さない内に、解決してくれたまえよ?」

・・・と、言い残して、彼の‘定位置’である、署長室へと、戻って行ってしまったのであった・・・。

「・・・刺激、って・・・」

アンダーソンが呆れる様に言うと、ソマーズは、極めて冷静に、

「・・・君たち二人は、この二人目の被害者の立ち寄りそうな所、目撃情報、それから無いとは思うが、モリソンさんとの接点も・・・もし有りそうならば、そっちの方も・・・俺はもう一度、‘地下室’に行ってくる・・・」

それはつまり、遺体が安置してある、『解剖所見室』と言う正式名称らしいのだが、署員一同、皆気味悪がって、滅多に近付かない所なのであった・・・。


 ・・・その様な事件が起こっているとも知らず・・・町の人々は、段々と近付いて来る・・・その日はまだ寒かったとは言え・・・春を長い事待ちわびていたかの様に、町は徐々に活気に溢れて来て・・・。

・・・毎年四月になると、この、サン・テレーザ市では、ここにスペイン人が初めて入植した事を祝う為に・・・まあちょっとした、お祭りというか、フェスティバルが行われるのであった・・・。そして・・・その準備の為、市の人々は徐々に準備を始める、そんな時期なのでもあった・・・。・・・森の中で無残にも殺された、ホームレスの事など・・・誰の頭の中には無く・・・。


 ホロウィッツ家・・・それは離婚した、ケイティの旧姓なのであったが・・・そのダイニングルームでは、その日は珍しい事に、日曜日であるにも関わらず、母のケイティは一日オフなのであった。

マルコ少年は・・・ダイニングテーブルに座っていたかと思うと、おもむろに立ち上がり・・・隣の部屋・・・と、言っても吹き抜けになっていて、壁などは無かった・・・へと行って、TVのリモコンを押して・・・毎週欠かさず観ている、アニメを見始めたのであった・・・。

すると・・・ダイニングテーブルでその日の朝刊に載っている、クロスワードパズルを解きながら、ケイティが、それとなく息子に尋ねたのであった・・・。

「・・・さっきは、誰かと話してた? 私の・・・空耳かしら・・・?」

すると、マルコ少年は、アニメがもうすでに始まっていたからなのか、それとも、ただ単に言いずらかったのか、ほんの少しだけ、間が空いてから、

「・・・おじさん、がまたいたんだよ。」

「・・・おじさん? ・・・話したの・・・!?」

ケイティは少し眉をひそめて、不快そうな表情になったのだが・・・マルコには背を向けていたので、しかも彼はアニメに夢中になっていたので、その様な母の態度には全く気が付かず、

「ああ・・・ウン。・・・おじさんが・・・その・・・牛乳瓶を、取ってくれて・・・」

ケイティは、ますます訝しげな表情となり、ペンをテーブルに置くと、

「その人って・・・マルコの知ってる人? ・・・ご近所の人かしら・・・?」

しかしマルコ少年は、アニメに夢中になっており、それには答えないのであった・・・。

母は、それに対しては、決して怒る訳ではなかったのだが・・・我が子に言い聴かせる様に、

「・・・いい? あまり・・・知らない人とかには・・・いくらこの町が静かで、物騒な事件が無いからと言って・・・ついて行ったり、無闇やたらと話すのも・・・」

そこでマルコ少年にしては珍しく、母親の大事な話、の最中に大きな欠伸を一つ、したのであった・・・

「・・・分かった?」

「・・・ウン。」

それでも彼は、一応きちんと話だけは聴いてはいた様で・・・しかし肝心のアニメが終わると、TVのスイッチを消してから、二階の自分の部屋へと、上がって行ってしまったのであった・・・。

その様子を眺めつつ・・・ケイティは・・・

「・・・やはりあの子には・・・父親が必要なのかしら・・・?」

・・・などと、ブツブツと呟いていたのであった・・・。


 一方・・・警察署の‘地下室’では・・・主任刑事、であるソマーズと、普段、ドクター、と呼ばれている・・・ソマーズでさえも、名前は確か・・・ウォレス・・・と言った様な・・・ぐらいのうろ覚えの認識しか無かったのだが・・・ともかく、そのドクターで通っている、検死官は、例の男性の被害者の遺体、を見下ろす様にして、

「・・・この男は・・・原始時代にでも暮らしていたのかい・・・?」

ソマーズはその、一応白衣は着てはいるものの、ボタンなどでは前は留めずに、体型からしてだらしがない・・・しかしその腕前だけは信頼していたので、ただ黙って腕組みをして聴いていたのだった・・・。

「・・・おそらく・・・おい、この二の腕を見ろよ? ・・・ムキムキじゃないか。・・・このやっこさんをヤるには・・・相当な腕力の持ち主か・・・もしくは・・・」

「・・・顔見知り、って事か?」

「・・・ああそうかもな。そっから先は・・・」

「ああ、分かってるよ。俺たちの仕事だろ?・・・ありがとう、ドクター。」

それだけ言うとソマーズは、地上、へと戻って行ったのであった・・・。


 そうしておそらく捜査は何も進展しないまま・・・あっという間に月曜日になったのだった・・・。


 ・・・マルコ少年は、また例のバックパックを担いで、その日はたまたま、母親の出勤時間と重なり・・・ケイティは正直、その日もマルコの言う、おじさん、がいるのではないのかと・・・内心ヒヤヒヤしていたのであるが・・・しかしどうやら、その人物は、日曜日の朝にしか現れないのか・・・もしくはただの、単なる偶然だったのか・・・。そうなって来ると、却ってその人物がどんな人間なのかを見たくなるのが、人情、というもので・・・しかしもしかしたら、次の日曜日まで、待たなくてはならないのだろうか・・・?

・・・ともかく、マルコ少年は普段通り黄色いスクールバスに乗り、ケイティは職場である、スーパーへと・・・向かった筈なのであったのだが・・・。


 ・・・例の監禁部屋、ではルーカスがもうすでに目を覚まして・・・そして朝食を取っている所なのであった・・・。

なぜなのかは分からぬのだが、ここの主、つまりは誘拐犯という事だが、彼、ルーカスに対しては全く何の要求もせず・・・普通、誰かを監禁しようものならば・・・犯人が連絡を取り、その電話口に、人質、をほんの僅かだけ出させるとか・・・そういった事は一切無く・・・実の所、理系、それも化学を専攻しているルーカスは、かなり聡明な方で・・・彼なりにいろいろと思考を巡らせた結果・・・出た結論は、たった一つなのであった・・・。

それにしても・・・春が近付いて来ているというのに・・・昨日などは特に寒く、しかしながら・・・ここの主人はご丁寧にも毛布なども貸し出してくれて・・・しかしその毛布は・・・微かにではあるが、お香の様な・・・匂いが・・・彼はこれと同じ匂いを以前にも嗅いだ事があった。それは・・・メキシコ人だかプエルトリコ人だかが経営する、土産物店の様な所であったと、記憶していたのだが・・・。・・・しかし、食事の際にも鋼鉄製のドアの向こうからは、声は全く聴こえては来なかったので・・・確かめようがないのであった・・・。


正午過ぎの事・・・ケイティがその日は第4番レジで、いつもの様に軽快に業務をこなしていると・・・突然、売り場責任者の、ホルトという女性が彼女の元へとやって来て・・・ケイティに対して、少しの間レジを代わる様にと言い・・・そうして彼女は、バックヤードにある、従業員の控え室兼ロッカールームへと、戻る様に言われたのであった・・・。

そして、別の社員から、マルコの通う小学校から電話が入っているので、すぐにこちらから連絡する様にと、伝言があったとの事なのであった・・・。

・・・ケイティが、仕事中は自分のロッカーに入れてある携帯電話を取り出して、小学校へと電話をすると・・・あの、ランディス先生らしき人物が最終的に電話口に出て・・・こう告げるのであった。

「・・・今日は・・・息子さんはお休みですか・・・?」

「・・・え?」

寝耳に水の事であったので、ケイティは思わず奇妙な音程の声を出してしまったのだが・・・その声を聴いて、先生もどうやら事情が少し分かったらしく、

「・・・マルコくんがですね・・・まだ登校していなくてですね・・・」

ケイティは携帯を片手に、少し青ざめながら、

「・・・そんな・・・確かに・・・朝、スクールバスに乗ったのを・・・私自身が見送ったのですが・・・」

「・・・あ、いや・・・バスの運転手の話によるとですね・・・確かに彼が乗っていたのは記憶していた様なのですが・・・それがですね・・・」

「何かあったんでしょうか・・・?」

「それがですね・・・学校の手前で、降りたって言うんですよ。なんでも、体調がすぐれないから、家に帰ると言って・・・」

ケイティは朝の状況をそこで必死に思い出し・・・しかしながら、マルコは朝はその様な素振りは見せなかったし、もし仮に、早退して家に帰る様な事があったのならば、彼女の携帯に電話して留守電を入れるか、職場であるスーパーの人間に伝言を・・・しかし、その様なものはどちらもなく・・・すると、電話口の向こうで、ランディス先生が誰かと話しているのが、わずかに聴こえたのであった・・・。

そして、再び先生が電話口に出ると・・・

「・・・あの、今登校した模様です。・・・事情は、私の方から聴いてはみますが・・・特に体調も様子も変わりはない様ですので・・・」

しかしケイティは、今までその様な事は決して無かったマルコが・・・とにかくとても気掛かりで、居ても立ってもいられなくなったので・・・

「私も・・・今からそちらへ・・・向かいます・・・!」

・・・そして、その日は上司に必死に謝りながら・・・早退を願い出て、小学校へと向かったのであった・・・。


サン・テレーザ市に一つだけ存在する、その警察署の『刑事課』には、またしても例の、たった三人のみがいて・・・それぞれが持ち寄った情報、を報告し合っているところなのであった・・・。

まずはフィリップスが、自分の使い古した手帳を広げて、その中身を読み・・・

「・・・被害者の性名は・・・ボブ・アトキンス・・・と言いますが・・・肉親や身内とは、とうの昔に音信不通になっており・・・私も弟という人物とコンタクトを取ったのですが・・・まずは自分の兄が生きていた事自体、驚いていました・・・それから・・・モリソンさんとの接点は・・・今のところ全く有りませんね。・・・以上です。」

すると、まだ真新しい、手帳を持ったアンダーソンが、引き継いで、

「・・・その、ボブ・・・何とかの立ち寄りそうな箇所ですが・・・週に一、二度、地元の『ウィリーズ』というバーに一人で立ち寄って一杯引っかける他は・・・特に知り合いなどもないらしく・・・後は森の中の自分の小屋に引きこもって・・・」

ソマーズがそこで、さえぎる様に、

「・・・その金はどうしてたんだ?」

「・・・地元の、時には隣町まで行って・・・主に廃品を回収して、それを業者に・・・そこそこの金額にはなった様ですよ? ・・・後は、まぁ、要するに・・・」

「・・・時々、巡回中の車の中から、見かける光景ではあるな。・・・彼とは限らんが。」

「・・・ええまぁ・・・」

どうやらアンダーソンにはそれ以上の情報は無いらしく・・・手帳を閉じて、苦い顔をしていたのであった・・・。

そこでふと、フィリップスが‘主任刑事’に尋ねたのであった・・・。

「犯人の・・・狙いというか、目的はいったい何なのでしょうね・・・?」

ソマーズは淡々とした口調で、

「・・・さあな。シリアルキラーのやる事は・・・オレにはそういった連中の思考は、どうにも・・・」

フィリップスが、

「・・・犯人は・・・またやるつもりでしょうか・・・?」

「・・・だろうな。・・・ただ・・・」

「・・・ただ?」

「・・・こういった連中は通常、特定の人間しか対象に・・・しないもんだ。若い女性とか・・・子供とか・・・俺の言ってる意味が、分かるか?」

「それはつまり・・・?」

今一つ要点の掴めていそうに無い・・・特にアンダーソンは、ポカンとしていた・・・二人にソマーズは‘講義’をするのであった。

「・・・もしかしたら、なんだが・・・シリアルキラー、を装っているのかもしれん・・・もしそうだとすると・・・」

「・・・相当頭の切れるヤツかも知れませんね?」

と、フィリップスが言うと、

「・・・まあそうだな。だが・・・これはあくまでも仮定の話だけどな。」

そこでアンダーソンが、身の毛もよだつ、事を訊いたのであった。

「・・・もし、本当のシリアルキラーだとしたら・・・?」

「・・・際限なく・・・続くだろうな・・・俺たちが、逮捕するまで・・・」

そこで三人は、思わず黙り込んでしまい・・・しかし、すぐにまた、捜査の為に警察署を出て行ったのであった・・・。


 ・・・もうすでに陽は西に傾きかけていて・・・マルコ少年と、母親のケイティとが・・・自宅への道を、二人とも一言も言葉を発せず、ゆっくりと・・・まるで二人して地面をしっかりと踏みしめる様にして・・・歩いていたのであった・・・。

ケイティが・・・ようやく重たい口を開き・・・しかし、慎重に言葉は選びつつ・・・本来ならば、カミナリの一つでも落としかねないところなのだろうが・・・彼女はなぜかその時は妙に冷静になっていて・・・そして、まるで神父が信者の悩みを聴く様な感じで・・・

「・・・ねぇ、マルコ? ・・・一体、何があったの・・・?」

マルコ少年は、母からはほんの僅かだけ、おそらく半歩程、遅れて歩きながら・・・

「・・・ごめんなさい・・・新しいお店を・・・見付けて・・・」

母はあくまでも優しげに、

「・・・それは前にも聞いたわよ?」

マルコは・・・しばらくうつむいたまま、歩きつつ・・・

「・・・ウン。それが・・・そこに・・・そこは‘おじさん’のお店だったんだよ。」

「・・・おじさん!?」

ケイティは無論の事、その人物をまだ見た事はなかったので・・・一体どういった人物かも分からず・・・もしかしたら、得体の知れない・・・しかしながら、我が子が、その様な人間の所へと、無闇やたらと行くワケはないと・・・まるで自分自身に信じ込ませるかの様に・・・そして、

「・・・いい? もう・・・しばらくはそのお店には行っちゃダメよ? ・・・分かった?」

「・・・どうして?」

「どうしてって・・・お母さんは・・・その人を知らないのよ? ・・・分かる?」

マルコは、少し不満そうではあったのだが・・・。

「・・・うん。」

「とにかく・・・。・・・そのおじさんは毎週、日曜の朝に家の前を通るの?」

「・・・たぶん。」

「じゃあ・・・まずはお母さんが、その人と話してみるわ。・・・それからね。それからでも・・・構わないでしょ?」

「ウゥン・・・」

マルコ少年は、まだほんの少し、完全には納得がいってはいない様なのではあったが・・・

「・・・ウン、分かったよ。」

「母さんはね・・・こう見えても、一目見ただけで、その人の事が・・・良い人か悪い人だか、分かっちゃうのよ? ・・・驚いた?」

しかし、驚いたのはむしろ、マルコの次の言葉を耳にした、母の方なのであった・・・。

「父さんの事も・・・一目で分かったの・・・?」

ケイティはその言葉には唖然としてしまい・・・返す言葉も無く・・・そうしてその‘親子’は、また無言になって・・・オレンジ色の光が差す、歩道を・・・二人の背後に出来た影は、かなり長く伸びていて・・・まるで付かず離れず、するかの様に・・・ユラユラと・・・二人とともに、我が家へと向かっているのであった・・・。


第三週


 ・・・次の週の日曜がやって来た・・・。

朝である。

ケイティは・・・無論の事、今回こそはその‘おじさん’の正体を確かめてやろうと・・・マルコがいつもの時間になって、外へ出るのを待ちつつ、じっと、カーテン越しに、窓から外の道路を見張っていたのであった・・・。

そして・・・その時間が来て・・・マルコ少年はまたいつもの様に、玄関先の、BOXから牛乳瓶と、朝刊を取り出そうと・・・外へと出ると・・・するとまるでストップウォッチで計ったかの様に・・・一人の中年の男性が・・・道の向こうから早足で現れて・・・その日も、おじさん、はボーダーのシャツ、その日はスカイブルーの様な、薄い青色をした柄のシャツで・・・あとの格好は、ほぼほぼいつもと一緒なのであった・・・。

しかし、その様な外見をじっくり観察している余裕など、ケイティにはなく・・・案の定、おじさん、は彼女の家の前で歩みを緩めると・・・マルコ少年の方へと近付いて来て・・・自分の方から話しかけたのであった・・・。

「・・・やあ、おはよう。・・・この間は学校を休んでまで・・・大丈夫だったかね?」

と、やや馴れ馴れしい調子で話し掛けているところに・・・突然玄関のドアがバタリと開き・・・ケイティが、飛び出して来たのであった・・・。

それにはさすがに、おじさん、も少し驚いたらしく・・・会話は止まってしまって、母親の方をじっと見たまま、まるで凍り付いたかの様に、立ち尽くしていたのであった・・・。

「・・・アラ、どうも。・・・いつも息子がお世話になっているんですってね? この間も・・・」

しかし、おじさんは意外にもすぐに持ち直したのか、またいつもの平然とした、ニコやかな表情に戻って・・・

「・・・もしかして・・・お母様ですか・・・? ・・・おはようございます。マルコくんとは・・・」

「マルコは・・・何度もお宅のお店に通っているのかしら・・・? ところで・・・一体何のお店なんですか?」

おじさんは、一向に怯む事はなく・・・むしろ余計に笑顔になって・・・

「・・・雑貨店を経営しております・・・。・・・つい二、三ヶ月ほど前に・・・隣の隣の州から引っ越して来たものでしてね・・・。」

ケイティは、これだけ嫌味ったらしく話し掛けたのにも関わらず・・・おじさん、があくまでも紳士的で、フレンドリィなので・・・ほんの少しだけ、良い人ではあるのかな・・・?・・・などと思い始めてしまっていたのだが・・・

「・・・もしご迷惑をお掛けしたのなら・・・お詫び致しますが・・・」

・・・しかしケイティには、何か他の考えでも思い付いたのか・・・

「・・・いえいえ。ご心配には・・・及びません。ですが・・・」

「ですが?」

「当分の間は・・・マルコは・・・ところでその雑貨店は、何ておっしゃるのかしら? 私もそのうち、時間があれば・・・」

するとなぜだか、おじさん、はまるで質問をはぐらかすかの様にして、

「・・・私は毎朝、散歩を・・・しておりましてね。・・・健康に良いと、聞いたものですから・・・。・・・ではこれで。ご機嫌よう・・・! マルコくんも・・・!」

と、足早にそこからは立ち去って行ってしまったのであった・・・。

ケイティは何だか、うまいこと逃げられたと言うか・・・誤魔化された様な気がして・・・おじさん、の胡散臭さは晴れるどころか・・・一層、疑わしく、謎めいたものとなり・・・。

そんな母の機嫌をまるで確かめるかの様に、マルコが、

「・・・どうだったの? 良い人だった? 悪い人だった?」

・・・しかしその本当の気持ちは、今すぐには息子には言えず・・・

「・・・さあね。どうでしょう・・・?」

「ずるいよ、母さん。・・・すぐに分かるって、言ったじゃん・・・!」

と、マルコ少年は、家の中へと勢いよく引っ込んでしまったのであった・・・。牛乳瓶と、新聞はきちんと持ったまま・・・。

正直なところ・・・母としてみれば・・・息子の気持ちは痛いほどよく分かったし・・・息子があれだけ懐いているのであるから・・・もっと、信頼してあげても良かったのであろうが・・・なぜだか、変な胸騒ぎの様なものが・・・しかし実際のところ、この町には彼女の知り合いというか、親しい友人は数少なく・・・一人では、決め兼ねているところなのであった・・・。

 ・・・と、その時である。ホロウィッツ家のすぐお隣の・・・ソーンダースさんという老夫婦が、かなり以前から住んでいたのであるが・・・その奥さん、と言っても70はとうに過ぎてはいるのだが・・・珍しく朝早くから家の外に出て来て・・・

「アラ・・・お早いこと。・・・ケイティさんは、今日はお休みですの・・・?」

「・・・お早うございます・・・いえ。今日も・・・仕事なんです。」

と、ややうんざりした様に彼女が言うと、

「あらそうなの・・・大変ねぇ・・・ところで今誰かと、話していらっしゃったのかしら・・・?」

その、あくまでも上品そうな老婦人は・・・身体の方はかなり痩せ細っていて、しかしながら歩き方などは割としっかりとしていて・・・いつもは大概、お昼近くになると、庭に出て、芝生の手入れをしたり、花の手入れなどをしているのであった・・・。

ケイティが、やや心配そうに、

「・・・ところで、ご主人のお加減は、よろしくなりました・・・?」

「それがねぇ・・・」

と、そこでソーンダース夫人は一つ、小さなため息をついて、

「まあねぇ・・・悪くはないんでしょうけど・・・本人の、気持ちがねぇ・・・」

「分かりますわ。私の父も・・・一度病気を患ってから、塞ぎ込むようになってしまって・・・」

「・・・そうなの・・・?」

「ええ・・・まぁ・・・どうかお大事に。ご主人にお伝え下さい。・・・あと、奥様も。」

するとソーンダース夫人は、やや目をうるませそうになりながら、

「・・・ありがとう。ケイティさんは・・・優しいわねぇ・・・なぜこんな人を、ケビンさんは・・・」

ケイティは、その話題、には触れて欲しくはなかったのか・・・家の中へと戻りつつ、

「・・・ではまた。・・・息子が朝食を、待っておりますので・・・。」

「・・・マルコちゃんにもよろしくねぇ・・・」

と、力無く、手を振ったのであった・・・。

「ありがとうございます・・・」

ケイティも、つい今しがたの、おじさん、との‘対決’に少し疲れてしまったのか・・・やや力を落として・・・家の中へと戻って行ったのであった・・・。


 ・・・ルーカスがまたしても小鳥たちの声で目を覚ますと・・・その部屋の中は、コンクリで一面覆われていると言っても・・・グレー、と言うよりは、所々が薄汚れてはいたものの、ほぼ真っ白に近く・・・その色による日光の照り返しのせいなのか・・・毎朝起きる度に、なぜだか頭が少しばかりクラクラとする様な気がしたのであった・・・。

・・・そもそもこの部屋に監禁されてから、どれぐらい経った事だろう・・・? 一ヶ月、いや、数週間程か・・・そんなことを考えているうちに、人の気配がして・・・長い事閉じ込められていたせいで、あらゆる感覚が研ぎ澄まされて、鋭敏にでもなったのであろうか・・・? ・・・彼は今や、人の気配、などという様なものまで、察知出来る様な気がしていた・・・。

現に、彼の元に毎日手書きのメモと、食事と水と、時に毛布などの日用品を運んで来る人物は・・・おそらく足音からして男なのだろうが・・・しかもその独特の・・・あの毛布に染み付いていたのと殆んど同じ様な・・・お香の様な香りで・・・おそらくはメキシコ人、あるいは少なくともラテンアメリカ系の人物、であるとほぼほぼ確信をしていたのだった・・・。

そして、ごくたまになのであるが・・・それとは明らかに違う、ごく普通の、この国の人間、それもビジネスマンがつける香水の様な匂いが幽かに・・・実を言うと、彼の父親も、これと同じ様な匂いを家中に振り撒いていた事が一時期ではあるが、あったのだったが・・・今ではすっかり、そういった人工的な物は嫌って、ナチュラリストだか、ヴェジタリアンだかに、なっていたのであったが・・・。

・・・そして、その日の朝に限って、その二つの匂い・・・そしてほんの微かではあるのだが・・・二人の男の話し声が・・・彼らは念には念の入れ様で、注意を怠らないつもりだったのであろうが・・・今やルーカスの五感は研ぎ澄まされ、隣室でも、隣の隣の部屋の物音でさえも・・・僅かではあるが、聴き取れる様になっていたのであった・・・。

・・・どうやらその二人の声の調子からすると・・・何やら少しばかり、揉めている様なのであった・・・。彼は・・・これがもし、身代金目的の誘拐であるならば・・・きっとあのケチな親父が、金を出し渋っているのであろうと・・・実際、金持ちほど、金を出し惜しみするものなのだ・・・。

そして彼はふと、首からぶら下げたペンダントに手を触れ、それがまだそこにある事を、心の底から感謝をして・・・そのペンダントの先には、ガラス製の、化学に傾倒している者らしく、試験管の様な形状の、とても小さな・・・しかしその中には‘王水’と言う・・・『魔法の液体』が入っていて・・・それが彼にとっての、ほんの僅かな希望なのであった・・・。


 ・・・ここはとある、大きな都市からは少しばかり離れた、郊外にある、いわゆるIT長者たちが大勢住む・・・そのうちの一つの屋敷なのであったが・・・そこの主である、ジョセフ・ジェームソン、は憂いを帯びた表情ながら、どこか憤っている様にも見え・・・その部屋に同席していた、彼の顧問弁護士である、ボイトは、

「・・・早く金を支払わねば・・・ぼっちゃんが・・・」

「・・・まだ本当に誘拐されたとは限らん・・・奴の・・・狂言の可能性だってある・・・」

「しかし・・・すでに、犯人、の予告通り、二人も殺されている事ですし・・・」

「・・・ルーカスは・・・いつでも親を騙して、大金を踏んだくる様な奴なんだぞ・・・! ・・・信用できるものか・・・」

「しかし・・・しかしもし、これが本当の・・・誘拐でしたら・・・取り返しのつかない事に・・・」

しかしその、IT長者である大富豪の父親は、苛々とした様子で、だだっ広い部屋の中を歩き回りながら・・・しきりに・・・それはこの事態をまるで、ビジネスの続きの様に、損得を導き出しているのか・・・はたまた、タイミングを見極めているのか・・・それともただ単に、金が惜しいだけなのか・・・それは長年そばで仕えてきた、ボイトにも・・・計り兼ねているところなのであった・・・。


 ・・・そうしてまた月曜日となり・・・マルコ少年は、スクールバスに乗って・・・しかしその姿を見送るケイティは、とても不安そうな表情で、その様子を眺めていたのだが・・・実はあらかじめ、ランディス先生に、マルコが学校に着いたら、メールでいいので連絡をして欲しいと・・・特別にお願いをしておいたのであった・・・。

そして・・・30分程後に、ケイティの携帯には、マルコが無事学校に着いたとの・・・連絡が入り・・・母はホッと胸を撫で下ろしているところなのであった・・・。

彼女は・・・しかしいつまでもこの様な、イタチごっこの様なゲームみたいな事を続けている訳にもいかず・・・かと言って、例の、おじさん、との一件を相談する人間も思い当たらず・・・しかしながら、実のところ、彼女にはたった一人だけ・・・思い当たる人物が・・・。しかし、その人物は・・・。


 ・・・翌日、つまりは火曜日の早朝・・・サン・テレーザ市の、外れの雑木林の中に・・・捜査員たちと数名の巡査たち・・・がいて・・・三人の刑事たちは、かつてこの様な凶悪な事件は、この町では起きた事は無かったので、少し青ざめながら・・・しかし仕事である以上、事件を解決する以外に、成すべき事はなく・・・そう言った訳で、木々の間やら、落ち葉の中やら、土の上に足跡は無いか、犯人の遺留品は無いか、だとか・・・まるで猟犬の様に、あちらこちらを嗅ぎ回っているのであった・・・。

 ・・・三人目の犠牲者は・・・若い女性であった・・・。

「・・・主任・・・! ありました・・・!」

遥か遠くの、下の方向から、アンダーソンが興奮気味に叫んでいた・・・。

ソマーズとフィリップスが、崖というか、斜面を下って行き・・・そうして小川のほとりまで来ると・・・そこで膝下まで水に浸かったアンダーソンが、一枚のカード・・・それはおそらくその・・・つまりは無残にも殺害された若い女性の、免許証、の様で・・・

「・・・キンバリー・マクラクラン・・・おそらく、彼女の事で間違いはないな。・・・お手柄だぞ? アンダーソン。」

主任刑事からその様な言葉を貰い、少しばかり浮かれてしまったアンダーソンなのであったのだが・・・その免許証の顔写真と、実際の・・・それはつまり、遺体、という事なのだが・・・の顔を見比べて、どうやら本人に間違いは無い様なのであったが・・・。

つい二、三分前まで浮かれていたアンダーソンはというと・・・その頃にはすっかり顔色は青白くなっていて・・・しかしながら、それは刑事としての現場経験が長い筈の、フィリップスとソマーズにしてみても・・・同様なのであった・・・。


 例の、地下室、から階段を上がって来た三人の刑事たちは・・・皆一様に押し黙り、沈痛そうな表情で・・・しかしながら、一番最後に上がってきた、ハミルトン署長だけがなぜか、平然としていて・・・。

 『刑事課』では・・・四人がまた集まり、今後の捜査方針について、話し合っているところなのであった・・・。

開口一番、署長が、

「・・・もうこれ以上は隠し通しておく事は出来ない・・・。ソマーズくん、やはり君の言う通りだったよ。・・・これは同一犯による、連続殺人だ。この様な平和な町で・・・起きてしまったのは、誠に遺憾ではあるのだが・・・」

そこで初めて署長が、悔しそうな表情を見せたのであった・・・。

「・・・どうするんです? 署長が会見しますか・・・?」

ソマーズが聞くと、

「ああ・・・だが正直なところ、あまり事を大きくしたり、荒立てたくは無い・・・私としては。」

「・・・連邦捜査省の介入はゴメンですよ? ヤツらは・・・やたらと仕切りたがるし・・・どっちにしろ、あちこち漁り回して・・・後片付けもせずに、引き上げるのが関の山です。・・・俺たちはこの町に、この後もまだまだ残るのですから。」

「・・・ああ、そうだな。・・・まずは・・・最初の二件については伏せよう。おそらく・・・それでもこの町の人たちは察してくれるに違いない。・・・特に、若い女性があの様な事になったと知れば・・・いろいろと情報が集まるには違いない・・・。」

「ええ・・・」

ソマーズは何だか、ほんのちょっとだけ複雑そうな表情ではあったのだが・・・署長がそこはやはり、この組織の・・・と、言っても、かなり小さな組織、ではあったのだが・・・トップとしての威厳の様なものを見せたかったのか、

「・・・よし、ソマーズくん。・・・今まで通り、捜査の方は頼んだよ? ・・・私は、そっちの方には構ってはいられないもんでね・・・」

「分かりました・・・」

 そして、署長が急ぎ足で出て行くと・・・ふと、フィリップスが、本音というか、弱音とも取れる様な言葉を口にしたのであった・・・。

「・・・被害者が三人・・・で、捜査員も三人・・・ですか。」

ソマーズが、お手上げだという様な・・・しかしもうすでに開き直った様な、すっかり頭の中では切り替えが終わった様な、そんな少しすっきりとした表情で、

「・・・まぁ、幸いにして・・・この町の人たちは皆、協力的だ。まあ・・・そのうち有力な情報も集まるだろうさ。・・・俺らはただ・・・ひたすら歩き回り、有力な情報を集めるのみ、だよ。」

と、若いアンダーソンの肩を一回、ポンと叩き・・・そうして三人は、今後の捜査の進め方について・・・プランを立てるのであった・・・


 ・・・水曜日になった・・・。

その日はケイティは、早番のシフトであったので、お昼頃には仕事は終わり・・・そして、とある場所へと、向かったのであった・・・。

・・・そこは、町外れの、ちょっとした、レストランと言うには、特に高級な食材を扱っているとか・・・そういった訳ではなく・・・まあ、要するに、大衆、が気軽に入れる様な、そんな軽食堂的なファミレス的な、店なのであった・・・。

・・・彼女が、開いた自動ドアから、中へと入って行くと・・・そこにはもうすでに、待ち合わせをした人物・・・それは、彼女の元夫の、ケビン・フランクリン・・・が席について、何かグラスに入った飲み物を、飲んで待ち受けているところなのであった・・・。

ケイティが、ゆっくりと・・・しかしながらいざ覚悟を決めて、席に近付いて行くと・・・彼、はようやく気が付いた様なのであった・・・。

「・・・よぅ。」

・・・と、まるで今でも付き合っているかの様に、気軽に彼女に挨拶をすると、ケイティも、

「・・・どうも・・・わざわざお呼び立てして・・・すみません・・・」

「・・・オイオイ、よせよ。そんな・・・他人行儀な、言い方・・・」

「だって、今はもう他人ですから・・・」

するとケビンは、そのグラスの中の飲み物は飲み干して・・・店員を呼んで、全く同じ物を頼んだ様なのであった・・・。

「・・・キミも、何か頼んだら?」

「ああ・・・ええと・・・あなたと同じ物で、いいけど・・・」

ケイティは明らかにアタフタとしていたのだが、ケビンの方はすっかり落ち着いていて、

「・・・ブランデーだけど・・・いいのかい?」

「・・・え!? ・・・いえ、何か別の物を・・・コーヒーでいいわ。」

すると彼がまた店員に合図をして呼び、注文をしたのであった。

「・・・ところで、お昼は食べたのかい・・・? 何だったら、僕が・・・」

「・・・いえ。食べてきたので・・・大丈夫よ。」

実を言うと、彼女はまだ昼食は取ってはおらず、お腹がペコペコではあったのだが・・・今の彼女は、それどころではなかったのだ。

「僕に・・・話って・・・マルコの事で・・・」

彼女はまだ、落ち着かないらしく、

「・・・ええ、そうなの。」

するとコーヒーとブランデーとが一緒に運ばれて来て・・・ケイティはコーヒーを、何も入れずに・・・喉もえらく渇いていたので・・・一気に飲み干したのであった・・・。

「・・・確かに、あの子は僕の子だけどさ・・・別れる時に、約束したじゃぁないか・・・。・・・誓約書まで交わして。・・・家だってキミの名義にしてあげたし・・・憶えていないのかい・・・?」

「・・・いえ、分かってるわ。もちろん、憶えていますとも。でも、しかし・・・」

「・・・何の件かはまだ良く分からないけど・・・僕には関係ないからね? ・・・特に、お金の話は。」

「・・・お金の話では無いわ。」

「じゃあ・・・何なんだい?・・・一体・・・」

彼はそこで、一口その、ブランデーが並々と注がれた、グラスに口をつけ、そこでケイティが・・・

「それがその・・・もしかしたら、説明しても上手く伝わらないかも知れないけれど・・・」

・・・と、例の‘おじさん’との一件を、彼女が知っている限り、全て話して聴かせたのであった・・・。

「・・・・・・」

マルコの父親であるケビンは、それをただ、黙って聴いていたのだが・・・やがて、おもむろに口を開いて・・・

「・・・ウ〜ン・・・それは僕にはどうも・・・判断はつかないなぁ・・・大体その、おじさん、とやらに会った事すら無いしね。・・・ただ、」

「・・・ただ?」

ケイティは、そのほんの僅かの希望の灯である、元夫、に藁にもすがる思いで、固唾を飲んで次の言葉を待っていたのであった・・・。

「・・・それほど心配する事とは・・・僕は思わないケドなぁ・・・それに・・・」

「・・・それに?」

「・・・第一まず、キミの方はどうなんだい?」

「・・・私の方?・・・って?」

「つまりはホラ・・・」

すると突然、レストランの入り口の方から、数名の賑やかな声が聴こえて来て・・・

「・・・あ! パパだ・・! ホラ・・・ママ、あそこに・・・!」

どうやら・・・ケビンの再婚相手と、その子供たちが、現れた様なのであった・・・。

「ああ、こっちこっち・・・! ・・・要するにホラ、再婚相手とか、新しい彼氏とか、せめて好きな人とか・・・いないのかい・・・? ・・・いるんだろ・・・?」

「・・・いえ。その様な人は・・・今のところは・・・」

すると三人の幼い子供を連れた・・・一人まだ乳児らしく、抱きかかえていた・・・ケイティよりははるかに若くて美人の・・・女性が・・・目の前に、現れたのであった・・・。

「・・・アラ? ・・・あなた、こちらが・・・」

ケイティはすかさず立ち上がり、その、現在の妻、に席を譲ったのであった・・・。よく見ると・・・彼女のお腹は少し、膨らんでいる様にも見えた・・・。

「・・・私、もう行きます。・・・ごめんなさい。」

立ち去ろうとするケイティに対し、ケビンが、

「・・・おいおい、自己紹介ぐらいは・・・」

そこで仕方なく・・・ケイティはその場に立ったままで、

「・・・アリシアです・・・あなたが、ケイティさん? 彼から、噂はかねがね・・・」

「・・・どうも。はじめまして・・・。」

ケイティはそう言うのが、精一杯なのであった・・・。

しかし、現在の妻、のアリシアは、そんな事には全くお構いなしに、彼女の自慢の家族を・・・紹介し始めたのであった・・・。

「・・・こっちは長男のトム。それから・・・」

「やっぱり、私はもうこれで。・・・ごめんなさい。私一人で・・・何とかしてみます・・・。」

・・・と、足早に店から出て行こうとするケイティに対し、ケビンが、店中に響き渡る様な大声で、

「・・・とにかく! ・・・早く良い人を見付けることだよ・・・! それが一番の・・・解決・・・」

しかしケイティはまるで、尻尾を巻いて逃げ出すかの様に・・・大急ぎでその店を・・・後にして・・・空腹の上に、コーヒーを一気に胃に流し込んだので・・・今頃になって、胃がキリキリと、痛み出してきたのであった・・・。


 ・・・木曜日・・・。

ジェームソンの屋敷の、テニスコートの様に広い、一室には・・・またしてもその豪邸の主人と、顧問弁護士のボイトとがいて・・・彼らが見下ろすテーブルの上には、うず高く積まれた、札束の山が・・・。

ボイトがそれらを見ながら、もう一度、自分の主人に尋ねるのだった・・・。

「・・・本当に・・・警察には・・・何も知らせなくて、よろしいんですね?」

ジェームソンの胸の内では、覚悟は出来ているようで、

「・・・ああ。奴らはイマイチ信用出来ない。それに・・・」

「それに・・・?」

ボイトが訝しげに訊くと、

「・・・あの田舎警察に、何が出来る?」

「・・・連邦捜査省に知らせるのはどうでしょう?」

ジェームソンは何度も首を横に振った。

「・・・この私を、脱税しているとかで、秘かに監視している様な連中だぞ? ・・・信用出来るか。」

ボイトは黙々と、札束をアタッシュケースに詰め込み始めた。

「・・・では。ここは向こうの指示通りに・・・現金は私が運びますか?」

「ああ頼んだよ・・・」

ジェームソンは、もう金を見るのも、その件について考えるのも、ウンザリといった感じなのだった。

・・・顧問弁護士が、現金を詰め終え、ケースを閉じてロックをすると、

「・・・でもどうして・・・お考えを変えたので? ・・・やはり、三人目の・・・」

「ああ・・・まさかバカ息子といえど、あの様な若い女性を・・・手にかける筈がないだろ・・・? そこまで金に困っているとは・・・」

ジェームソンは明らかに、その表情からは疲労が隠せず・・・

「・・・では。・・・行って参ります・・・」

という、ボイトの言葉にも、特にそちらの方を見る訳でもなく、

「ああ・・・私は・・・少し横になるよ・・・」

弁護士はその、頑丈そうで、大きなアタッシュケースを、やっとの事で持ち上げて運びながら・・・

「・・・はい。後は・・・わたくしにお任せ下さい。」

ジェームソンは、自分の寝室に向かいながら、少し忌々しそうに、

「・・・マッタク、あの息子は・・・あいつのせいで・・・」

・・・などとボヤきながら、力無く、その長い廊下を歩いて行くのであった・・・。


 ・・・例の真っ白い部屋では・・・ルーカスが慎重に・・・彼は時折、コンクリの壁の間に隙間は無いか、あるいはヒビでも入ってはいないか・・・天井に空いた、窓まではどうにかして、登って行けやしないか・・・などと、いろいろと試みてみたのではあったが・・・結局のところ、もしここから抜け出すとするとして・・・一番脱出が可能そうなのは・・・やはり、床のすぐ上の隅に開けられた・・・通風孔なのだろうか?・・・鉄格子のはまった、四角い穴、しかなかったのだが・・・彼が試してみたところ、幸いな事に、どうやら頭はギリギリ通り抜けられそうなので、上手く行けば、脱出可能かもしれないのだった・・・。・・・ただし、問題は、そこにはめられた、五本の鉄格子をどうやって外すか?という事だったのである・・・。

・・・実を言うと、彼が首からぶら下げている、ペンダントの先に入っている‘王水’とは・・・濃塩酸と濃硝酸という非常に強力な酸を、3対1の割合で混合して作られた、橙赤色の液体の事で・・・つまりは、殆んどの金属を溶かす事の出来る、強力な酸なのだが・・・『Aqua Regia』・・・などと呼ばれ、中世には、錬金術師などが用いていて、とても神秘的であったので、彼はそれを、お守り代わりに・・・しかし、彼が首からぶら下げているのは、ほんの僅かの量であったので、とても量的には足りそうになく・・・が、五本の鉄格子の中には、錆びたり腐食したりして、かなり脆くなっている物もあったので、もげる寸前までの状態にしておけば・・・もしかすれば、その、微量の王水で、外す事が出来るかもしれないのだ・・・。

・・・しかしながら、彼の両腕にいくらありったけの力を込めて揺さぶってみても・・・生憎、やはりいくら脆くなっていたとはいえ、金属の棒をそう簡単には、ぐらつかせる事など出来ず・・・そこで彼は彼なりに考え・・・すると、そうこうしている内に、陽は暮れて来て・・・すっかり辺りは薄暗くなり・・・突然、鋼鉄製のドアの下の部分が開いて、その夜の食事が・・・運び込まれて・・・そこでルーカスは、思わず、ハッと何かを思い付いたのか・・・そのトレイに載せられた、夕食を部屋の中央まで、引っ張っていって・・・。


第四週


 ・・・また、日曜日の朝がやって来た・・・。

その日は・・・やはりケイティとしては、マルコをもうあの、おじさん、には会わせたくは無かったので・・・自分自身で、朝刊と牛乳瓶とを、取りに出たのであった・・・。

すると・・・やはり判で押したかの様に・・・ボーダー柄のシャツを着た・・・その日は、鮮やかなオレンジ色をしていて・・・白との対比が、一段と鮮やかなのであったが・・・。

 ケイティが表に出ているのを見たからなのか、彼女の家の方には近付かず・・・その日に限って、朝早くから庭の手入れをしていた、隣の家のソーンダース夫人の方へと近付いて・・・何やら親しげに、馴れ馴れしく話し掛けている様なのであった・・・。

そうして・・・おおよそ二、三分の後、それが済むとさっさと、いつもの方向に、去って行ってしまったのであった・・・。

ケイティは、その後ろ姿を眺めながら・・・しかしある程度の距離まで離れたのを確かめると、すぐに牛乳瓶と新聞は玄関先に置いて・・・おじさん、の後をそっと、つけ始めたのであった・・・。

・・・すると、家の中からは、マルコ少年が出て来て・・・新聞と牛乳瓶は家の中へと入れて・・・その母の様子を、遠巻きに、眺めていたのであった・・・。

同じ様に彼女の様子を眺めていた、ソーンダース夫人は、

「アラまあ・・・どうしたんでしょう・・・?」

・・・などと、やや呆気にとられていた様なのであったが・・・。


 ・・・おじさん、は丘の斜面を下って行き・・・住宅街の中を進みながら、段々と町の端の方へと・・・しかしそこいら一帯は、決して寂れているとかではなく、むしろ、小さな商店が幾つも立ち並ぶ、一角なのであった・・・。そして、そこは普段マルコ少年が乗る、スクールバスの通り道でもあった・・・。

どうやら・・・それはあくまでもケイティの勘なのであったのだが・・・おじさん、の経営するという、そしてマルコが足繁く通っていたという、雑貨店があるのではないだろうか・・・? ・・・などと、考えつつも、しかし決して気配を察知されてはまずいので、かなりの距離の間隔を開けながらも、用心しつつ・・・彼女は後をつけていたのであった・・・。


 ・・・ホルヘ・メンデスは、メキシコからのいわゆる、不法移民であった・・・。

彼は顔も身体も、見た目はかなりゴツく、しかし意外と手先は器用であったので・・・この国に来た当初は、この町のアクセサリー店で違法に雇われて、土産物のブローチやら、指輪やら、何やらを作っていたのだが・・・その店に移民局の査察がいきなり入ったものだから、逃げ出して来て・・・当然の事ながら、今は全くの無職となっていたのだったが・・・しかし何の因果か、今はこうして・・・とある、そこは林の中なのであった・・・。

彼の立っているそこは、林の中でも、少しだけ開けていて・・・すぐ近くに、高いがかなり古ぼけた煙突と、レンガで出来た小屋の様な物があって・・・おそらく、今はとっくのとうに使われてはいないのであろうが・・・何かを、陶器か、炭か、あるいは全くそれ以外の物を焼いていたのか・・・ともかく、目印としては絶好の場所であったのである・・・。

 ・・・すぐに、少し離れた場所で、車の止まる音が聴こえ・・・メンデスは慌てて、そのレンガの小屋の上によじ登って、身を隠したのであった・・・。

・・・すると・・・やって来たのは・・・あの、ボイトであり、手にはもちろん、大金の詰まった、アタッシュケースを、重たそうに、引きずる様に運んで来たのであった・・・。

そして・・・煙突の真ん前、つまりはメンデスのちょうど真下で立ち止まり・・・腕時計で時間を見ていたのであった・・・。

・・・ドスンッ・・・という鈍い音が突然響いたかと思うと・・・気が付くとボイトは気を失って倒れていた様で・・・目を覚ました時には、地面に倒れ、手首を後ろ手に縛られ、そして目隠しをされていたのであった・・・。口の中にはボロ切れの様な物を詰め込まれていて、声を出すことも出来なかったのであるが・・・しかし、もがいているうちに、そのボロ切れは、ポトリ、と地面に落ちて・・・そうして彼は、縛られたまま、大声を出して、叫んだのだった・・・。

その声は、虚しく、林の中へと響き渡り・・・。


 ・・・ケイティの予想通り、おじさん、は『パットの陽気な雑貨店』などという・・・その見た目はちっとも、陽気そうではない、少し寂れた様な、店の中へと入って行き・・・ケイティは人目のつかぬ所で、しばらくその店を見張っていたのだが・・・やがて正面の入り口から、先程と全く同じ服装の、おじさん、が出て来たのであった・・・。肩からは、濃いブルーで無地の、いわゆるボストンバッグ、を担いで・・・そしておそらく、その店の横にあらかじめ停めてあったのであろう・・・? ・・・乗用車で、走り去って行ってしまったのであった・・・。

・・・これには徒歩で後をつけて来たケイティには、どうする事も出来ず・・・しかし手ぶらでただ自宅に戻るのも悔しかったので・・・。


サン・テレーザ市唯一の警察署の『刑事課』では、朝早くだというのに、もうすでに全員、と言っても三人だけなのだが・・・が揃っていて、ホワイトボードの様な物には、何枚かの写真が、刑事ドラマよろしく、貼られているのであった・・・。

そして、フィリップスが、自分の年季の入った手帳と、ホワイトボードを交互に見比べながら、説明をしているところなのであった・・・。

「・・・ええ、三件の犯行の行なわれた場所は、全てバラバラであると考えられますが・・・しかしその近辺の防犯カメラに映った、映像を、その時刻と思われる時間に絞って分析してみたところ・・・」

するとそこへ、署長がようやく出勤したのか、部屋へと入って来たのであった・・・。

「・・・どうも同じ背格好の、同じ様な人物が映っておりまして・・・」

「・・・同一人物なのか・・・?」

ソマーズが聞くと、

「・・・分かりません。分かりませんが・・・しかし、服装はほぼ一緒、フードで顔を隠しているのと、犯行時間は夜であると思われ、暗い為に、人相までははっきりとは映ってはいないのですが・・・おそらくこの町の人間と考えて、昨晩からずっと、アンダーソンと二人がかりで、前科のある者、あるいは我々がかつて、捜査対象として取り調べをした者達を、一晩かかって調べまして・・・」

「・・・それはご苦労さんだねぇ・・・」

と、署長が、一応彼の責務として、部下をねぎらうのであった・・・。

「・・・その結果、絞られた容疑者は四人。・・・一人目は、ジミー・ネイサン。・・・白人で、過去に暴行罪、盗みなどで、二度の逮捕歴があります。」

「・・・常連様、ってワケか。」

と、署長。

「・・・二人目が、ビル・テイムズ。・・・アフリカ系で、前科はありませんが・・・我々が何度か取り調べをした・・・」

「・・・ああ。覚えているよ。確か・・・ケンカ騒ぎかなんかを・・・起こしたんだったか・・・」

と、ソマーズ。

「・・・はい。その通りです。・・・三人目は、ホルヘ・メンデス、という男で・・・おそらくはこの国の人間ではありませんが・・・」

「・・・不法移民かね? そうなると・・・移民局の方に・・・問い合わせをしないと・・・」

と、署長がやや眉をしかめたところに、一人の巡査がノックをして入って来て・・・署長に何やら、耳打ちをして・・・

「・・・悪いが・・・私は一旦、抜けさせてもらうよ?」

と言いつつ・・・しかしながらその表情は、かなり真剣そのもので・・・その部屋を足早に出て行ったのであった・・・。

一呼吸を置いた後、さらにフィリップスは続けて、

「・・・四人目は、パトリック・オニール、という者でして・・・」

するとすかさずソマーズが、

「・・・その身長と体重を見ると・・・少し小さいのでは? 二人目の被害者はかなりの大柄だから・・・何か前科でもあったのか・・・?」

「・・・いえ。前科もありません。」

「・・・ならどうして。」

「はい・・・この男は、数ヶ月前に、別の州から引っ越して来たばかりの様なのですが・・・目撃した住人がおりまして・・・ええと・・・キム・・・」

「・・・マクラクランさんの事か? ・・・三人目の、被害者の。」

「・・・そうです。彼に似た、人物と、ハンバーガーショップで一緒にいるのを・・・」

「・・・妻子はいるのか?」

「おそらく・・・その住人の話によりますと、この町で雑貨店を経営しておりまして・・・自宅は別のところにあるらしいのですが・・・いつも一人だそうです。」

「・・・ただのデートかもしれないけどな。・・・かなり歳は離れてはいるが。」

フィリップスがそこで、やや怪訝そうな顔で・・・

「・・・そういえば、その、マクラクランさんですが・・・」

「彼女が、何か? ・・・気になる事があるのか・・・?」

「・・・そのデート、の時にも、普段の目撃証言でもそうなのですが・・・」

「・・・何が気になるんです・・・?」

と、今度はアンダーソン。

「・・・いつもかなり派手な身なりをしていたそうなのですが・・・それが・・・」

「・・・何が言いたいんだ・・・?」

「・・・あの、小川の近くで発見された時・・・身にまとっていたのはワンピースのみで・・・」

「・・・それはつまり・・・一体、何が言いたいんだ・・・?」

「ええ・・・それは・・・つまり・・・」

フィリップスの胸の内には、何か引っかかる物があったのだろうが・・・うまく考えがまとまらないらしく・・・。

ソマーズがそこで、大きな声で、

「・・・よし! ・・・ネイサンはフィリップスが。・・・テイムズはアンダーソン。その・・・オニールとやらは、ひとまず置いておいて・・・メンデスとかいう男は、もしかしたら、移民局とのアレも有るだろうから・・・俺が担当する。一番肝心なのは、アリバイだ。もし・・・三件の事件の内、一件でもアリバイが有ったら・・・その時は俺に報告を入れて、他の者に合流する様に。・・・何か異論はあるか?」

「いえ・・・。」

「・・・よし。あと・・・巡査を一人連れて行くように。・・・との署長のお言葉だ。・・・以上!」

すると三人は、たちまちの内に、部屋を飛び出し、警察署を後にして、捜査へと向かったのであった・・・。


 ・・・家の中でたった一人待たされていたマルコ少年は・・・空腹に耐えられず、とりあえず、キッチンにあったシリアルと、即席のコーンスープの様なものを・・・食べ始めたのであった・・・。


 ・・・一方、その母であるケイティはというと・・・その、おじさん、の雑貨店の中に入ろうと・・・鍵のかかっていない窓を探していたのだが・・・ようやく、それは窓というよりは、空気を取り込む為に付けられた、小さな、穴、の様なものだったのだが・・・無論の事、人間が出入りする様な場所ではなかったのだが・・・ケイティは何とかそこまでよじ登ると、ギリギリ彼女の体型ならば、侵入する事が出来たのだった。彼女は・・・日頃、肉中心ではなく、野菜中心の食生活にしておいた自分自身を褒めてあげたいところだったのだが・・・それはただ単に経済的な理由だった・・・今は、それどころではなかったのだった・・・。

 ・・・その店の中は・・・薄暗かったが、電気をつける訳にはいかないので、目が慣れるまでに少しだけ時間が掛かってしまったのだが・・・目が慣れてくると、特には変わったところは無く・・・しかし、毎週日曜日に決まって、おじさん、がおそらくここへとやって来ているのと、あの、ボストンバッグ、の中身が気になったので、危険は承知の上で、徐々に、店の奥へと・・・。踏み込んで行き・・・。


 ・・・フィリップスは、ネイサンの自宅へと直接向かい、直に聴いてみる事にしたのであった・・・。その方が手っ取り早いし、何しろ、昨晩から徹夜で、もしかしたら判断力が鈍っていたか、もしくは早いとこ事件を解決しようと、焦っていたのかもしれない・・・。・・・ともかく、彼ともう一人の巡査とは、ネイサンの安アパートへと直行し、そのドアをノックしたのであった・・・。

ほんのしばらくの間が空いた後・・・ネイサン本人が、僅かに開いたドアの隙間から、顔だけ出した。

「・・・何ですか? 俺は何も・・・やっちゃあいませんよ? 近頃はマジメに・・・」

フィリップスが少し疲れた様に言った。

「・・・なら、ここを開けてくれないかな? ちょっと話だけでも・・・聴きたいんでね。」

すると・・・意外にも、大人しくネイサンは、ドアを開けたのだった・・・。


 ・・・アンダーソンは、慎重な性格なのか、はたまたただ単に経験不足だからなのか、テイムズの自宅には直接は向かわずに、まずは立ち寄りそうな所へと・・・一軒目は、彼のアパートの近くのバーで、その時間は閉店している事は承知の上で、向かったのだった・・・。


 ・・・そして、主任、であるソマーズは・・・二人とは全くの正反対の行動を・・・彼は直接、移民局へと向かったのだった・・・。しかしながら、サン・テレーザ市からは車でも1時間程はかかり・・・しかし不法移民では、顔写真はおろか、メンデスの資料そのものが無かったのである・・・。


 ・・・ネイサンの部屋へと、フィリップスが入って行くと・・・いきなりネイサンは、拳銃を懐から取り出して、発砲したのであった。・・・幸いにも、弾は反れて、天井に当たった様なのだったが・・・ネイサンはその隙に、脱兎の如く、逃げ出してしまったのであった・・・。そして・・・彼の部屋の中には・・・ライフルやらマシンガンやら、ショットガンやら、そしてもちろん普通の拳銃と、多数の弾丸が・・・フィリップスはすぐに、ソマーズに電話をしたのだった。


・・・フィリップスから連絡を受けたソマーズは、引き返そうか迷ったのだが・・・生憎、彼の乗った車は快調にハイウェイを進み、もうすでに半分以上は来てしまっていたので・・・とりあえず署長に報告して、ネイサンを指名手配するのと、『アルコール火器タバコ取締局』へと連絡して、捜査員を派遣して貰うようにと・・・指示を出したのであった・・・。


 ・・・アンダーソンはというと、早くも四軒目の店にたどり着いていて・・・どうやらそこで、事件のあった晩は、テイムズにはアリバイが有った事が証明されたのであった・・・。


 ・・・一方の、ケイティはというと・・・雑貨店の、一番奥の部屋へと辿り着き・・・そこにも特には変わった物は・・・しかし、そこで彼女の目にはある物が、目に留まったのだった・・・。

それは・・・モリソンさんのお婆さんの、財布で・・・かつて学校の保護者会の時に一度だけ、彼女を見かけた事があって・・・歳の割には、かなり派手な、ピンクの財布だったので、印象に残っていたのだった・・・。

ケイティが、それを手に取って、そこを立ち去ろうとすると・・・突然表で、車の急ブレーキの音が聴こえて・・・どうやら、おじさん、が戻って来てしまった様なのであった・・・。


 ・・・朝食を済ませたマルコ少年は、母の帰りが待ちきれず、日曜という事もあり、いつものアニメも見終わってしまったので・・・思い切って外へと・・・出掛ける事にしたのであった・・・。

これといって、アテは無かったのだが・・・ブラブラと・・・丘を下って、住宅街の方へと・・・。・・・ふと、上の方、上空で・・・ブゥ〜ン・・・という、ヘリコプターの様な音が・・・しかしそれは、ヘリでは無くて、ドローンなのであった・・・。


 ・・・雑貨店の入り口のドアが開く音が聴こえ、どうやら、おじさん、が入って来た様なのであった・・・。ケイティはというと・・・何個か並んだ、ロッカールームのロッカーの中・・・という、極めて有りがちな場所へと、じっと身を潜めて隠れ・・・そして、おじさん、の足音は、そのロッカールームへと・・・しかし、ドサッ、という音とともに、彼はすぐに去って行ってしまった様なのだった・・・。・・・車が去って行く音を聴いてから、ケイティは、ロッカーの中から出て来たのだが・・・どうやら先程の、青いバッグ、を戻しに来ただけの様なのであった・・・。

ケイティは、モリソンさんの財布だけを持って、入って来た所と同じ場所から、身をよじる様にして、脱出し、自宅へと、戻るのであった・・・。


 ・・・マルコ少年が、上空を見上げながら、ドローンを追いかけて行くと、突然、それは空中でバランスを崩して、フラフラと墜ちて来た・・・マルコ少年は、慌ててその真下に行き・・・そのドローンを見事にキャッチしたのであった。

すると・・・一人の少女がコントローラーのような物を持ち、走って来て、ホッと胸を撫で下ろしながら、

「・・・ああ、ビックリした。・・・受け止めてくれて、ありがとう・・・!」

その少女は・・・おそらくマルコとは同じくらいの年齢で・・・金髪を束ね・・・何より美人だった・・・。

マルコは、少しだけ照れながら、

「・・・あ、いや・・・コレ、キミの? ・・・いいなぁ。」

と、それを少女に返したのであった。

「パパがね・・・誕生日に買ってくれたの。」

「へぇ・・・。」

少女は、マルコに少し興味を持ったのか、

「あなた・・・この近くの子? ・・・名前を訊いてもいい・・・?」

「マルコって言うんだけど・・・キミは?」

「私は、ダコタよ。12歳だけど・・・あなたは?」

「あ・・・一緒だ! 小学校は? 東? 西?」

「東よ? ・・・あなたは?」

マルコは少しだけ、がっかりした様に、

「・・・僕は西なんだ。どうりで・・・学校で見かけた事無いと思ったら。」

・・・などと、話していると・・・そのプレゼントを買ってくれたらしい、人物が現れて、

「ダコタ? どうしたんだい・・・? お友達?」

「いえ・・・でも、ドローンをキャッチしてくれたのよ!」

その、ダコタの父親である、ケネス・ウィリアムスは、

「それはどうもありがとう。私からも、礼を言うよ。・・・キミ、名前は?」

マルコは、なぜか少しうつむきながら、

「・・・マルコって言います・・・」

ダコタが、嬉しそうに、

「・・・西区の小学校なんだって!」

「そうなのか・・・私たちは、この町に引っ越して来たばかりでねぇ・・・彼女はまだ友達も少ないから、良かったら、また遊びに来てくれたら、嬉しいな。」

マルコは、立ち去りつつ、

「あ・・・はい。じゃあ、また・・・」

その後ろ姿を見ながら、ドローンを持ちつつ、

「じゃあ、またねー!」

と、ダコタが手をいつまでも振っていたのだが・・・マルコは、軽く手を振っただけで、我が家の方向へと、帰って行ったのであった・・・。


 ・・・ケイティが、坂を登って来て、自宅の前まで来ると・・・驚いた事に、隣の家の庭にはまだ、ソーンダース夫人がいたのであった・・・。

ケイティは、ふと、気になったので、彼女に、

「・・・あのぉ・・・先程は・・・何を話していらっしゃったんですか?」

・・・と、おじさん、との二、三分程の会話の内容を、訊いたのだが、

「・・・え? ・・・ああああ、さっきの人ね。・・・何、薔薇が好きだって言うものだから、お見せしたんだけど・・・自分は鼻が悪いから、匂いが良く分からない、って・・・薔薇の品種も良く分かってなかったわね。・・・本当に詳しいのかしら・・・?」

「そうなんですか・・・」

やはり何もかも胡散臭い、と言うより、この財布の件は、すぐにでも警察に・・・ただ、何と言うべきだろうか・・・? 黙って忍び込んだ・・・などとは言えないし・・・しかし、通報しない訳にも・・・。

ケイティは悩みながら、玄関の中へと、入って行ったのだった・・・。


・・・マルコは、もうすでに帰宅していて・・・一応行儀良く、宿題をやっていたのであった・・・。

「おかえり・・・母さん、どこへ行ってたの?」

「ウン、それが・・・今はまだ言えないんだけど・・・とにかく、夜になったら詳しく説明するわ。」

「フ〜ン・・・」

ケイティの気のせいか、マルコがほんの少しだけ、上機嫌な様な気がしたのだが・・・それは決して気のせいなどではなく、おそらくダコタと出会ったせいだったのだろう・・・。

ケイティはしかし、今はそれどころではなく、しばらく悩んだ後、ようやく重たい腰を上げて、警察に電話をしたのであった・・・。


 ・・・一方、例のジェームソンの屋敷には・・・頭に包帯を巻いたボイトと、ハミルトン署長、そして後から呼ばれた、フィリップスとアンダーソンもいた。

ボイトは、事のいきさつを刑事たちに話し・・・二人の刑事は早速、サン・テレーザ市の東南東の方角にある、煙突の立っている、かつての溶鉱炉の跡地へと、向かったのであった・・・。

ボイトがこの様な目に遭わされ、息子も戻っては来ず・・・ここへ来てようやく、ジェームソンも重い口を開いたのであった・・・。

ハミルトン署長が、ボイトに、

「・・・何か覚えている事はありませんか?」

と聞いたのだが・・・いきなり真上から襲われたので、犯人の顔を見てすらおらず・・・つまりはまんまと大金だけ持ち去られてしまったのであった・・・。


 ・・・移民局へと向かった、ソマーズ主任刑事は、メンデスの書類一式を手に入れると、再びサン・テレーザ市へと、取って返したのであった・・・。

その間にも、ボイトの件の報告は受けていて・・・しかし、少なくとも、テイムズだけは容疑者リストからは外れたので・・・残りの三人・・・しかしながら・・・もしネイサンが犯人なら、銃器を犯罪に用いる筈であり・・・そう考えると・・・。彼はひたすら、ハイウェイを法定速度ギリギリで、飛ばすのだった・・・。


 ・・・ルーカスは、例の部屋で、いつもの様に目を覚ましたのだったが・・・なぜかその日は、朝食の時間が遅く・・・かなりお腹を空かせたところに、ようやく、人の気配がして・・・しかしいつもと違って、大きな音を立てながら・・・それは、ズズズズゥ・・・という、何かを引きずる様な音だったのだが・・・しかしその音が一旦やんでしまうと・・・後はいつもの様に、静かになったのであった・・・。

そして・・・どうやらまた、人が近付いて来る気配がして・・・いつもの様に、鋼鉄製のドアの下の部分が開いて・・・遅目の朝食が、トレイごと、部屋に挿入されたのであった・・・。

すると・・・そこでルーカスは・・・かつてメモで指示された通りに、ドアを三回、ノックしたのであった・・・。・・・しかしながら・・・反応は無く・・・さらにもう一度、三回、ノックを・・・すると、ドアの下の隙間から、また、メモ紙と、炭で出来た様な・・・チョークの様な物が・・・やはり、何か要求がある時はノックは三回、というのは間違ってはいなかった様で・・・彼はそこに『ヴィネガーが欲しい』・・・とだけ書いて、また、ドアの下から外へと、押し出したのであった・・・。

 ・・・それからおおよそ、四、五分程後の事・・・やはり小さな扉が開いて・・・ヴィネガー、つまりは、酢、が差し入れらて・・・ルーカスには100パーセントの確信は無かったのだが・・・このヴィネガーで・・・しかしおそらくこの部屋の向こう側の人間は・・・食事時という事もあり・・・‘食べる為に’使うのだと、そう思ったのに違いはないと・・・そこだけは自信があり・・・しかしルーカスは、その、酢、という名の‘酢酸’を・・・少しずつ、少しずつではあるが・・・例の、五本の鉄格子にかけて・・・しかしあまり大量に使ってしまうと、却って疑われてしまうので・・・折を見て、何回にも分けて・・・雨水でさえ石をもうがつ・・・と言うのを、確か以前どこかで、東洋の本で読んだ様な・・・しかしながら、彼、ルーカスには、それほど長い時間は、残されてはいないかもしれず・・・が、他に方法は・・・このままみすみす、ただ殺されるのを待つよりは・・・彼の中にも、意地とプライド、などというものも存在するのであった・・・。


・・・ケイティは、受話器を置くと・・・訝しげというか、やや納得のいかない表情をしていたのであった・・・。


第五週


 ・・・早くも次の週、そしてあの、日曜日の朝がやってきてしまった・・・来てしまったのだ。

 ・・・実のところ、ケイティがあれだけ勇気を振り絞って、おじさん、の店へと忍び込み・・・しかしその事実は警察にはさすがに詳細には語れなかったので、店に買い物に行って、たまたま見付けた事にした・・・モリソンさんのピンク色の財布も、警察署の方へと、届ける事には届けたのだが・・・一応、調べてみます・・・などという玉虫色の返事は巡査らしき人物からはもらったものの、その後は一切、電話どころか、音沙汰すら無く・・・完全に無視されているのか、はたまた後回しにされているのか・・・しかし、そうこうしているうちにまたあの・・・日曜日の朝、がやって来てしまったのである・・・。

 その日も、用心の為、マルコではなく、ケイティが朝刊と牛乳瓶とを取りに表へと出たのだが・・・やはり、いつもと全く同じ時刻に、おじさん、はボーダーの・・・その日は、ワインレッドの様な真っ赤な色と白の鮮やかなコントラストの長袖のシャツであった・・・を着て、足早に、シャツの袖はまくり・・・徐々に暖かくなって来ていたのだ・・・しかしながら、その日は、ソーンダース夫人はまだ家の中だったので、おじさん、はケイティには一切話しかけるどころか、目もくれず、脇目も振らず、あっという間に通り過ぎて行ってしまったのであった・・・。

ケイティは、しばらくその姿を見つめながら・・・しかし、おじさん、がその様な状況、ケイティに対する態度からしても、事件の捜査は何も進展はしてはおらず・・・おじさん、も財布が取られた事すら気が付いてはいなかったのではないか?・・・とケイティは、もどかしくも、しかし、この小さな町で起きた忌まわしい殺人事件が、彼女の思惑とは違い、もしかしたら、おじさん、には一切関わりは無いのではないか・・・? と、その時は思わず何となく感じてしまい・・・家の中へと、入ったのだった・・・。


・・・実のところ、事件の捜査は、全く別の方向で、進んでいたのであった・・・。

それは・・・あの、IT富豪である、ジェームソンの、息子であるルーカスの誘拐事件の方へと大きく舵を切り・・・というより、そうせざる得なかったのだ。・・・何せ、地元に納税、と献金、という形で多大なる貢献をしている、人物に直接関わる、事件なのだから・・・。

そして、その件に関しては、あの、おじさん、である、パトリック・オニール、の名前などは一度たりとも出ず、最重要人物は、ホルヘ・メンデス、なのであった・・・。

・・・と、いうのも、ボイトが殴られ、現金を持ち去られた現場には、シルバー製のアクセサリーが・・・それはとてもユニークなデザインの細工がしてあった・・・見付かったのであった。

そしてそのアクセサリーは・・・例の移民局の査察を受けたアクセサリー店の、元店主、に尋ねたところ、確かに、メンデス自身が、自らの手で、作った物に、間違いはない・・・との事であったのだ。

メンデス自身は慎重に、顔を見られぬ様に事を運んだつもりだったのだろうが、おそらく、ボイトに飛びかかって殴りかかった際にでも、落としてしまったのであろう。・・・しかも、この世に一つしか無いデザインの物を・・・。

・・・と、いう訳で、『刑事課』の人間たちは、血眼になって、メンデスの行方を探していたのであったが・・・一向に見付からず・・・やはり案の定、署長のみならず、ジェームソンまでもが『連邦捜査省』の介入を求め始めたのだが・・・その様な事態になると、大変な騒ぎとなって・・・特に、人物が人物なので、ネットなどでは・・・事件の捜査に支障が出る、だけでは済まされず、息子さんの命を危険に曝す事にもなるのでは?・・・という、主任刑事、の言葉で、あくまでも彼ら『刑事課』とサン・テレーザ署の人員のみで、捜査中、なのであった・・・。


 ・・・一方、部屋の外で、その様な事態になっているとは夢にも思わず・・・ルーカスは脱出の為、自らの生命を守る為に、ヴィネガーを、鉄格子に、少量ずつ、ポタポタと垂らすかの様に、少しずつ、ちょっとずつ・・・金属を溶かそうと・・・しかしながら、たった一週間ばかりでは、しかも、あまり沢山の量の酢を使えば、疑われてしまう事になるので・・・ほんの僅かしか、作業は進まず・・・そうして時折、鉄格子を揺さぶってみたりはしたものの、ほんの僅かにグラつく程度で、とても外す事など・・・しかも、五本全て、なのであった・・・。

 そして・・・最近、なぜなのかはルーカス自身には全く分からなかったのだが、部屋の外で、二人の男の揉める声が・・・しかも、日ごとにそれは、熱を帯びてきて、ヒートアップしてきている様で・・・もはや、部屋の中のルーカスに聴こえようが聴こえまいがお構いなしに、二人の男性が大声で・・・どうやら、金の話と・・・「もう一回・・・」という様な言葉までは聴き取れたのだが・・・幸いな事に、ルーカス自身をどうこうするとか・・・そういった話題では無い様なのであった・・・。


 一方、サン・テレーザ市には『アルコール火器タバコ取締局』の捜査員が数名、やって来ていて・・・未だに逃走している、ネイサンの部屋の中を、調べていたのであった・・・。

・・・どうやらネイサンは・・・彼ら捜査員らの話によると・・・銃器をどこからか安く手に入れ、この町を経由して、何らかの組織やら団体やら個人へと・・・売りさばいていた様なのであった・・・。そして・・・ここが一番重要なところなのであったが・・・どうやら今回の事件とは、全くの無関係の様なのであった・・・。


 一方、近所に可愛い女の子の友達の出来た、マルコ少年は・・・何だかそれだけで毎日生きているのが楽しくなり・・・しかし小学校は違ったので、学校が終わると一目散に帰宅すると・・・ダコタの家へと行き・・・ドローンや、TVゲームやら、その他にも、その年頃の子供達がする様な遊びをして・・・。

・・・そして気が付くと・・・太陽はいつの間にやら、西の地平線の下へと潜り込んでいて・・・おそらく、少し大げさかもしれないのだが・・・人類の歴史というものが、始まってからというもの、どこの誰にでも、一体なぜなのかは、さっぱりその理由が分からなかったのだろうが・・・楽しい時間であればあるほど、あっという間に過ぎ去っていってしまい・・・そうしていつも、マルコは少し名残惜しそうに、サヨナラをするのであった・・・。

その去って行く背中に、ダコタが手を振りながら・・・

「バーイバーイ・・・今度は・・・町の南の小川に行ってみるー?」

「そうだねー・・・じゃあねー!」

・・・しかしマルコは・・・疲れながらも、充実した、満ち足りた表情で自宅へと、帰って行くのであった・・・。

 

・・・とある日のこと・・・マルコ少年がその日も、夕刻になり西の空がオレンジ色に染まる頃、自宅の前まで帰って来ると・・・ソーンダース夫人が庭にいて・・・何やら、不可思議そうな表情をして、庭の手入れをしながら、ブツブツと呟いているのであった・・・。

「・・・あれェ・・・? ・・・おかしいわねぇ・・・確かに、ここに植えた筈の、薔薇が一輪・・・どこ行ったのかしら・・・?」

「・・・こんばんは。」

・・・と、一声掛け、マルコ少年は、その夫人の様子を横目で見ながら、家の中へと、入って行くのであった・・・。


・・・ケイティは、夕飯の支度をしていた。

「アラ・・・お帰りなさい。今日も・・・その、ダコタ、っていう女の子の家へ行ってたの・・・?」

マルコは、少し嬉しそうに、

「・・・ウン、まぁ、そうだけど・・・あ!」

「・・・どうしたの?」

ケイティが驚いて訊くと、

「ニット帽を・・・忘れてきちゃった・・・まあ、いいか。」

「もう・・・」

母親のケイティとしては、正直なところ・・・前々から息子が引っ込み思案で、友達が少ない事も知ってはいたし、気になってはいたので・・・安心したというか、ホッとしていたところなのであったが・・・マルコもよくよく考えてみれば、もうその様な、お年頃、ではあったし・・・自分に置き換えて考えてみると・・・そういえば、今の息子と同じ年齢の頃には、クラスメイトでスポーツも勉強も出来て、おそらくイケメンでもあったろう・・・顔はイマイチ覚えてはいなかったのだが・・・男の子に夢中になっていて・・・しかし彼女もその頃は、大変に内気で、目立たず、またお世辞にも決して美人とは言えなかったので・・・その片想いの恋は成就せずに・・・終わったのであった・・・。


・・・しかし、彼女はそこで、マルコの次の言葉、で、思わずハッとさせられる事となったのであった・・・。

「・・・ソーンダースさんが・・・また薔薇が、なくなっているって・・・今も言ってたよ・・・?」

実はこれで、三度目の出来事であったのだが・・・しかも今週に入って。

ケイティは・・・その夜のベッドに入っても・・・その事が頭から離れず・・・そしてふと、とあるひらめきというか・・・考えが脳裏に浮かんで・・・。


 ・・・次の日の朝・・・その日はもう金曜日なのであったが・・・彼女は辺りが明るくなるやいなや、家を飛び出して・・・隣のソーンダース家の庭の、薔薇が植えてある・・・そこからはちょうど、ケイティの家全体が、よく見渡せる位置なのであった・・・。

そして・・・その辺りをケイティが、何やらガサゴソと探っていると・・・そこにはやはり・・・彼女の悪い予感が当たってしまい・・・隠しカメラが、セットされていたのであった・・・。


 ・・・その日のお昼少し前・・・ケイティ家の前には、一台のパトカーが停まり・・・巡査と、そして、フィリップスとアンダーソンがいて・・・

「・・・奥さん、その男はこの人物で・・・間違いは無いですかね・・・?」

・・・と、フィリップスが、おじさん、つまりは、パトリック・オニールの写真を見せると・・・ケイティは、

「・・・ええ、間違いはないですわ。」

・・・確かに、その写真の人物は、あの、おじさん、なのであった・・・ボーダーのシャツこそ、着てはいなかったのだが・・・。

フィリップスがアンダーソンとともに、少し離れた所で、

「・・・署に戻って詳しく見てみない事には分からないが・・・ここで、何かしらが行われたのは・・・あと、そのピンクの財布とやらも、署に戻ったらすぐに・・・」

しかしアンダーソンの頭の中では、まだその、おじさん、と事件とが上手く結び付いてはいないらしく、

「・・・あの、表札を見ました? ・・・ホロウィッツ・・・の下に、塗りつぶしてあって、微かにですが、フランクリンと・・・前の苗字ですかね?」

しかし、フイリップスはその話には全く興味は無いらしく、証拠である、隠しカメラと、そのすぐ脇に取り付けてあった、かなり小型の、録画装置、を持って、パトカーのドアを開け、

「・・・ああ、俺もその名前と同じ大金に、あやかりたいものだね。・・・奥さん! こちらはお借りしますので・・・!」

と、パトカーに乗り込むのであった・・・。


 ・・・ルーカスは、一人悪戦苦闘していた・・・。

五本ある、鉄格子はなかなか上手い具合には外す事は出来ずに・・・しかし彼にとって不幸中の幸いだったのは・・・毎食ごとに・・・実はここに監禁されてからというもの、三食きちんと、欠かさず出て来るのであった・・・サラダが必ず付いていて・・・ヴィネガー、を要求するには、格好の理由づけになったのであった・・・。・・・そしてその内には、ルーカスの方から要求するまでもなく、その三食とともに、それは必ずついて来る様になったのだった・・・。

そして・・・その、酢酸、を根気強く鉄格子に注ぎ続ける事・・・果たしてどれ位経った頃であろうか・・・? ・・・何と、その内の二本が、ようやくグラグラと、し始め・・・残りの三本の、特に下側のコンクリとの接地面にも・・・隙間が・・・それは僅かではあったのだが・・・彼にとってもそれは、ほんの僅かの希望なのであった・・・。


 ・・・そんな事とは露知らず・・・ルーカスの父親である、ジョセフ・ジェームソンは、もはや苛立ちを隠しきれず・・・自分で人を雇って、その誘拐犯、を見つけ出して殺してやる・・・!・・・などという様な物騒な事まで、平然と捜査員の前でさえ、言い放つ様になっていたのであった・・・。

その主人をなだめ、別室へと連れて行く、ボイト。・・・やはりいくらダメ息子だと言おうが、自分の実の息子であり・・・父、である彼が焦るのも無理のない話ではあったのだ・・・。

・・・と、そんな最中、まるでそんな父親の気持ちを見透かすかの様に、嘲笑うかの様に、一本の電話が、彼の携帯へと・・・入ったのだった・・・。

ボイトがそれを取ろうとすると・・・ジェームソンは起き上がってそれを制して、自らがそれに出て・・・無論の事、その内容は、捜査員たちによって、バッチリ録音されていたのであった・・・。

その内容とは・・・要するに、もう一度、もう一度だけ金の要求をし、それが無事済んだら・・・今度こそは本当に、息子を父の元に帰す、というものなのであった・・・。

ジェームソンは、怒り狂いそうになるのを、彼にも存在していた、理性、などという物で何とか制御し・・・そうして携帯を、部屋の中央に無造作に置かれていた・・・おそらくそこにいた捜査員たち全員の、一年分の給料を全部足したよりもお高いであろう・・・テーブルの上に適当に放り投げると・・・ソファーに頭を抱えて座り込んでしまったのであった・・・。

今や自らが陣頭指揮を執る、ハミルトン署長は、ジェームソンに、

「・・・どうされますか・・・? 支払いますか・・・?」

・・・と、訊いたのだったが、代わりに、ボイトが、

「・・・金ならあります。」

とだけ、答えたのであった・・・。


 ・・・『刑事課』の中では三人、ソマーズ、フィリップス、アンダーソンとが・・・例の、ソーンダース夫人の家の庭に仕掛けてあった隠しカメラの映像を、再生しているところなのであった・・・。

・・・そこには・・・ホロウィッツ家の玄関と、そこから家の前の道路の辺りまでが、バッチリと、映っていて・・・ケイティや、マルコの出入りする様子も・・・そうして、その映像の一番最初の部分には・・・あの、おじさん、であるパトリック・オニールの姿が、これもバッチリと・・・しかもその映像では真っ赤なワインレッドの色のボーダーのシャツを着て、袖をまくっていて・・・おそらく、今週の日曜の朝に、一旦家の前を通り過ぎた後、再び引き返してきて・・・そうしてカメラを取り付けた様なのであった・・・。

ソマーズが、その映像を見て、

「・・・間違いないな。奴が・・・犯人、いわゆるホンボシ、ってやつだな。」

フィリップスが、

「・・・すると、あの、メンデスという男は・・・?」

「・・・奴はおそらく共犯者だろう。・・・例の、ボイトさんを襲ったのは、奴に間違いは無いし・・・それに、」

「・・・それに?」

と、ようやく状況が飲み込めて来たのか、アンダーソンが訊くと、

「・・・おそらく二人目の・・・」

「・・・アトキンスさん?・・・ですか?」

「・・・そうだ。・・・二人目の被害者だけは、メンデスの犯行の可能性もある。」

「・・・なるほど・・・。」

・・・と、アンダーソンが納得した様に頷いていると、そこへ・・・一人の巡査が部屋へとノックをしてから入って来て・・・身代金の受け渡しに、ジェームソン自らが、向かった事を報告したのであった・・・。

三人は思わず顔を見合わせ・・・そうして慌てて、その受け渡し場所だという地点へと・・・急行したのであった・・・。


 ・・・夜となり、晩の食事もとっくのとうに食べ終わり・・・しかしルーカスは、そこでまるで待っていたかの様に起き上がると・・・実はほんの少し前に、すぐ隣の部屋にいたらしい、人物が急ぎ足で出て行くのを・・・その足音を聴いたのだった・・・。

そして彼は・・・微かな期待ではあるのだが・・・胸からぶら下げた、その、魔法の水、である‘王水’の効果を少しだけ確かめてみようと・・・ゆっくりと立ち上がって、鉄格子の方へと、向かったのであった・・・。

そして・・・ペンダントの先の、試験管の様なガラスのケースの蓋を開けると・・・鼻をつく、とても不快な刺激臭がしたのであるが・・・それをなんとか堪えて、ほんの一滴だけ、鉄格子の一本に垂らすと・・・ジュッ・・・という微かな音がして・・・何と物の見事に、一本目の鉄格子は外れたのであった・・・。

しかしながら、もちろんの事、この部屋の中には空調やら換気装置などは無く・・・しかもたった一滴だけで、ルーカス自身がむせてしまう様な、それほどの物であったのだった・・・。

・・・彼はそこで、この作業、を少しずつ進める事とし・・・そして、それとは全く関係は無いのだが、一つだけ、気になるというか・・・昨日までは必ず二人の人物の言い争う様な、声がしていたのが・・・。


 ・・・ケイティはその日はシフト通りの休みの日で・・・久し振りに家でゆっくりとしていたのだが・・・ふと、あの、おじさん、の事、そして、隠しカメラの件が、頭の中をよぎってしまい・・・しかしながら最近のマルコはすこぶる上機嫌で・・・それはやはり、あのダコタ、という少女のおかげであると・・・そこでふと、彼女の頭の中に、とある考えが・・・

「・・・ねぇ、マルコ?」

「・・・ン? なぁに・・・?」

彼は、夜のTV番組を・・・トークショーか何かを観ていた・・・。

「今度、その、ダコタって子を・・・」

「・・・え?」

「・・・ウチに連れて来たらどうかしら・・・? あ、ホラ、いつもはマルコが向こうの家に伺っているでしょ・・・? たまにはホラ・・・お食事とか・・・母さん、頑張って作っちゃうから・・・」

「ああ・・・ウン。」

・・・と、マルコ少年は、なぜだか少し、乗り気ではなかったのだが・・・

「・・・どう?」

・・・などと母に言われると、断るわけにもいかず・・・実のところ、こんなに張り切っている母を見るのは、彼自身、久方振りの様な気がしたのだった・・・。

「・・・ウン。いいよ。」

そこでなぜだか母の方が興奮してしまい・・・

「・・・良かった・・・! でも・・・いつがいいかしら・・・?」

彼女はしばらく考えていたのだが・・・

ふと、次の日曜日も休みであったと・・・実は先週の土曜は丸一日、そして、おじさん、の雑貨店に忍び込んだその翌日の日曜も、他のパートの人間に代わって、夜勤で入ったので・・・代わりに・・・次の日曜日、つまりはもう、あさっての事なのであったが・・・その日は丸々空いていたのであった・・・。

「・・・あさっては、どうかしら・・・? 急な話だけど・・・」

しかし意外にも、マルコはあっさりと承諾し、

「・・・ウン。明日ダコタの家に行って・・・ちょっと大丈夫か聞いてくる。」

「そう・・・? ・・・ありがとう!」

・・・と、母の方がまるで自分の事の様に、はしゃいでいるのであった・・・。


 ・・・身代金の受け渡し現場へと、署内の主だった捜査員たちが向かう中・・・アンダーソンの運転する覆面車の後部座席には、ソマーズがいたのだが、彼の携帯に、連絡が入り・・・それは町の周辺を通常通りのパトロール中だった、巡査からのものであった・・・。

「・・・何だって・・・!?」

思わずソマーズは大声を上げてしまい、さらには・・・

・・・電話口の向こうの声は、心なしか震えているかの様であった・・・。

「・・・はい・・・今は全員、お取り込み中かと思いまして・・・警察無線ではなく・・・まずは主任にご報告をと・・・」

「・・・賢明な判断だったな・・・キミ、名前は何だっけ・・・?」

「・・・エドワーズです。ジョン・エドワーズ。」

「・・・よし、エドワーズくん。・・・まだこの件は・・・署長や他の者たちには内緒にしておいてはくれないか? ・・・キミはそこで、待機していてくれ。・・・俺も今すぐ向かうから。」

「ハイ・・・! 分かりました・・・!」

そして・・・車を運転する、アンダーソンに、静かにこう告げるのであった・・・。

「・・・メンデスが死体で見付かった・・・。・・・同じ手口で・・・殺されていたそうだ・・・」

「・・・エッ!?」

そして・・・二人の乗った車は・・・身代金の受け渡し場所ではなく・・・全く町の逆方面の、地点へと・・・向かったのであった・・・。


 ・・・ルーカスは、しばらくすると・・・だいぶ呼吸も落ち着いて来て・・・しかしいつまで経っても、なぜかここの‘管理人’らしき人物は戻っては来なかったので・・・意を決して、残りの四本の鉄格子も、一気に外してしまおうと・・・勝負をかけるにはここしかない・・・と、考えたのであった・・・。

もしかしたら・・・いい意味でだが、蛙の子は蛙で、ルーカスも・・・商売に関しては天才的な、いつも大博打を成功させる、父親のジョセフの気質というか、才能をしっかりと受け継いでいたのかもしれない・・・。

・・・ともかく、彼は首からぶら下げたペンダントの、ガラス状のケースを一気に逆さまにして・・・残りの鉄格子の根元辺りに、ポトポトと・・・垂らしてかけたのだった・・・。すると・・・蒸気が上がり・・・ルーカスは一応、湿らせたハンカチで顔を押さえていたのだが・・・それでも、その異臭で、思わず一瞬、気が遠くなりそうになったのだが・・・そこは何とか気力、あるいは何としても生き抜きたい、という生命力、とでも言おうか・・・それでどうにか持ち堪え・・・ガラスケースの中身が空になると・・・頭が若干フラつきながらも、両手にしっかりと力を込めて・・・まず二本の鉄格子を握りしめ・・・グラグラと揺らしていると・・・何と、突然持っている手が軽くなり・・・どうやら、その二本は外れた様なのであった・・・。

そして、そこで、彼は意識が段々と遠くなっていっていまい・・・。


 ・・・その、現場、に到着したソマーズとアンダーソンは・・・そこには確かに、白バイ警官の、エドワーズが待っていた・・・。

彼は、一度敬礼をした後、二人の刑事を・・・すぐ近くにある、農業用の用水路の様な、所まで案内したのだった・・・。

・・・すると、そこには確かに、ソマーズが移民局から手に入れた、写真にそっくりな男の、大柄な身体が・・・まるで用水路にスッポリとはまるかの様に・・・無論の事、ピクリとも動かずに・・・そして首には、生々しく、ロープというか、麻布の様な物が、巻き付いているのであった・・・。

ソマーズは、

「アンダーソン! ここは頼んだぞ・・・!」

「主任はどこへ?」

「・・・この状況だと・・・オニールは、もしかしたら自暴自棄になっているかもしれない・・・。・・・人質が危ない・・・!」

と、携帯を取り出して・・・おそらく署長に連絡を取る為であろう・・・? そして、そのまま車に乗り込み・・・身代金の受け渡し場所へと・・・向かうのであった・・・。


 ・・・ホロウィッツ家では・・・TVを観るのはやめて・・・何かの本を読んでいたマルコが、急に思い出したかの様に・・・

「・・・あ!」

「どうしたの・・・?」

と、やはり同じ様に居間で、婦人向けの雑誌を読んでいたケイティが、訊くと、

「あ・・・僕、彼女の電話番号を教えて貰ってたんだった・・・今ちょっと、訊いてみるよ・・・!」

と、立ち上がって、家の電話の受話器を取り・・・

「・・・ダコタちゃんは・・・自分の携帯持ってるんだ? ・・・マルコは、まだですからね。」

と、ケイティが、意外と厳しい事を言うのであった・・・。

そして、マルコはダコタに、電話をかけるのであった・・・。


 ・・・ふとルーカスが目を覚ますと・・・しかしながら時計などは無かったので・・・一体気を失ってから、どれぐらいの時間が経過したのかが分からなかったのだが・・・驚いた事に、まだ、ここを取り仕切る人物は戻っては来ないらしく・・・ルーカスは最後の力を振り絞って・・・両手にありったけの力を込めると・・・どうやら、最後の二本の鉄格子も乾いた音をして外れ・・・しかし彼はモタモタなどしてはおられず、そのまま、まずは頭からその、四角い穴、を這い出ると・・・すると案外、身体の方も、スルリと抜けて・・・ドスっという鈍い音とともに、落ち葉が敷き詰められたかの様な、地面に・・・するとそれとほぼ同時に・・・突然、辺りのほんの一部分だけが明るくなって・・・その、彼が監禁されていた建物の壁を、眩しいほどの光量のライトが照らして・・・どうやら、ここの住人、が車で帰って来た様なのであった・・・。

・・・間一髪、ルーカスは、慌てて這う様にして、その森の、茂みの中へと逃げ込み・・・しばらく息を凝らして、身を潜めていたのであった・・・。

・・・しかしどうやら、5分、10分経ってもその人物はまだ気が付いてはいないらしく・・・あれだけの化学薬品の臭いがする筈なのであったが・・・ルーカスは隙を見て、しかしながらかなり疲弊していて、徐々に、ちょっとずつ、移動をして行ったのであった・・・。

・・・が、やはり長い間密室に監禁されていたせいか・・・ルーカスはその場を動く事すら出来ず・・・しばらくはその木々の間の、かなり草の蔽い茂った中で・・・じっと、横になって息を潜めて・・・一晩明かし・・・そして朝となり、たった一度だけ、彼のすぐそばを、人が通ったのだが・・・それは彼を見付ける為、後を追って来た人物かもしれず・・・彼は迂闊には茂みからは外へと出なかったのだが・・・やがてまた、だんだんと暗くなっていき・・・そして、夜の帳が下りて、そうして元来慎重な彼は、そこでようやく、また歩き出したのであった・・・。


・・・すると・・・やがて林道というか、森の中の一本道に出て・・・そこを、いつか見付かるんじゃないかと、ヒヤヒヤとしながら、よろめく様に進んで行き・・・すると、20分、いや30分程歩いただろうか・・・? ・・・目の前に、二軒の、家が見え始め・・・。

しかし一軒目の家は・・・庭はしっかり手入れをされていて、薔薇がたくさん咲いているのを、夜でも見る事が出来た・・・その家は、もうすでに窓の明かりは消えていて・・・仕方なく二軒目の家の玄関まで行き・・・呼び鈴を鳴らすと・・・なんと現れたのは・・・ケイティその人なのであった・・・。


第六週


・・・日曜日の朝・・・また日曜日の朝が・・・やって来たのだ・・・。


・・・ホロウィッツ家では、ルーカス、という‘お客様’まで現れて・・・。

・・・ケイティは、前の晩の、深夜に警察に電話をすると・・・なぜだか電話はなかなか繋がらず・・・実は署員総出で、電話番一人を残したまま、おじさん、のパトリック・オニールを探しに・・・ほぼ全員、出払ってしまっていたのであった・・・。


・・・ルーカスは、ケイティの家の中に入った途端、意識を失ってしまい・・・しかしその数分後には目を覚ましたのだが、彼はこの家に来て、目を覚ましたまではいいのだが・・・かなり動揺していて・・・しかし何とか状況が話せる頃になると・・・東の空は白々と明けてきたのであった・・・。


そして・・・マルコがまたいつもの様に、朝刊と、牛乳瓶とを、取りに表へと出ると・・・いつもの方向から、あの、おじさんが・・・やはりその時もボーダーのシャツを着ていて・・・その週は、黒と白、まるで喪服の様な・・・そして、おじさん、は物凄い形相で・・・速足でマルコの家の前を・・・しかし一瞬、そこで足を止め・・・家の方、そしてマルコ自身をジッと見たのであったが・・・マルコ少年が、ニコリと笑いかけたので、そのまま立ち去って行ってしまったのであった・・・。


・・・マルコが朝刊と牛乳瓶を持って、家の中へと戻って来ると、

「・・・お母さん・・・! おじさんが・・・今、通り過ぎて行ったよ・・・!」

と、ケイティに伝えたので、彼女は慌てて、受話器を取って・・・

・・・するとようやく、警官らしき人物が、電話口の向こうに、出たのであった・・・。


・・・それからものの数十分の内に・・・ホロウィッツ家の周りは、数台のパトカーや、覆面車や、救急車で取り囲まれていて・・・地元の、ケーブルテレビ局と、新聞社の記者らしき人物も来ていた・・・。

そして・・・居間では・・・ケイティが前の晩の、様子をフィリップスに、話していて・・・もちろんの事、ルーカスはとっくのとうに、救急車で運ばれていたのだった・・・。

・・・すると突然、家の電話が鳴ったのだが・・・家の中には、沢山の刑事やら警官やら、さらには家の中にまで入ろうとするマスコミと、それを止めようとする巡査達とが、揉み合いになっていて・・・誰も電話の音には気が付いてはいない様なのであった・・・。ただ一人を除いては・・・。

・・・マルコが受話器を取ると・・・その電話口の相手は、何とあの、ダコタの父親の、ケン・ウィリアムスなのであった・・・。

彼の声は・・・明らかに震えており・・・その緊迫した様子は、たとえ少年といえど、マルコにも十分伝わったのであった・・・。

そして・・・

・・・マルコは誰にも見られぬよう、こっそりと、裏口から抜け出して・・・

・・・どうやらダコタは、マルコの家に来る途中に、おじさん、に連れ去られてしまったようなのであった・・・。

彼女はマルコが何日か前に、家に忘れていった、黄色いキャラクターが描かれたニット帽を、無造作に片手に持っていたので・・・もう片手には、ドローンと、お土産のケーキの入った箱を持っていた・・・朝、マルコの家の前を通り過ぎた後の、おじさん、とどうやら、鉢合わせしてしまった様なのであった・・・。

そして、その後はというと・・・おそらく自らの逃走の為の、人質、として、連れ去られてしまい・・・しかし、父のケンは、二人が向かった方角を、おそらくは彼女の携帯で一旦は把握した様なのであるが・・・


・・・マルコが大急ぎで、ダコタの家へとやって来ると・・・父のケンが、庭先に腰掛けて、頭を抱えてうなだれていたのであった・・・。

マルコが来た事に気が付くと、頭をゆっくりと上げて・・・

「ダコタは・・・一体どこに・・・連れ去られてしまったんだ・・・」

彼の傍らには、ノートパソコンがあって、どうやらそれで、ダコタの携帯を追跡していたらしいのだが・・・

「・・・ダコタから、SOSのメールが入って・・・連れ去られたって・・・その後・・・南の方へ行ったのは間違いないんだが・・・途中で急に、プッツリと・・・」

そこでマルコは、ハッとなって・・・

「・・・僕、分かるかも・・・!」

・・・と、無我夢中で走り出したのであった・・・。

父のケンも、一緒に後をついて行き・・・二人が向かったのは、町の南の、隣の市との境、に流れる、小川なのであった・・・。

しかしながら・・・小川、と言っても、辺り一面砂利の敷かれた様な開けた土地になっていて・・・仮にこの近辺にダコタと、おじさん、がいたとしても・・・一体どこなのかは・・・かなりの広さがあって・・・。

父のケンはPCの画面を見てはいたのだが・・・手掛かりは得られないらしく・・・かなり焦っていたので、遂には、所構わず、ダコタの名前を叫びながら、マルコと一緒に、走り回って探していたのであった・・・。


 ・・・一方、ホロウィッツ家の中では・・・ようやくケイティが、マルコがいなくなっている事に気が付いたのだった・・・。

いつも同じ場所に掛かっている筈の、水色の、バックパックが無くなっていて・・・途端にケイティの顔は、青ざめたのであった・・・。

・・・その表情を見て、フィリップスが、

「奥さん・・・? どうかされましたか・・・?」

「それが・・・マルコが・・・どこかに・・・」

「・・・エッ!?」

ケイティは青ざめたまま、ただ立ち尽くし、呆然としていたのであった・・・。


 ・・・すぐにほぼ全署員が集められて・・・ソマーズ指揮の元、マルコ、そして、おそらくはパトリック・オニールもすぐそばにいると思われたので・・・その時点では、ダコタの件については、無論の事、誰も把握はしていなかった・・・。

・・・彼らは、誰一人として口に出しこそはしなかったものの・・・これは、この、平和であった筈の町の・・・少し大げさに言うならば、存亡に関わると言うか、治安を守る者達としても、これ以上、犯罪者の好き勝手には・・・させるものかという・・・意地とプライド、そして、何より執念の様なものが、おそらくその場にいた全員の、胸の中で、沸沸と燃えたぎっていたのであった・・・。


 ・・・相変わらずマルコとケンは・・・河原を、ダコタの名前を連呼しながら探し回っていたのだったが・・・思いの外、なかなか見付からず・・・ケンが思わず、

「・・・本当に・・・ここに・・・いるのかい・・・? もしかして、とっくのとうに・・・」

しかしそこはマルコにしては珍しく、怒り、の感情を露わにして、

「絶対に・・・! この近くに・・・います!」


 ・・・彼には、マルコにはやはり、何か特殊な、他の子供たちとは少し違う・・・直感、の様なものがあったのか・・・実は、彼ら二人は、徐々にではあるのだが・・・おじさん、とダコタへと・・・近付いて・・・いたのであった・・・。

彼らは・・・小川のほとりの、丸太小屋、の様な所の、中にいたのである・・・。

ダコタは後ろ手に縛られて・・・猿ぐつわの様な物で・・・大声を上げる事も出来なかったのだが・・・ふと、おじさん、の足元を見ると・・・ドローンのコントローラーが落ちていて・・・確か本体の方は、途中の河原で、落として来た様な・・・。

おじさん、である、パトリック・オニールは・・・小屋の中でじっと息を殺していたのだが・・・しかし、小屋の中の、木と木の隙間から、こちらへと近付いて来る二人を良く見ると・・・何も武器らしき物は持ってはおらず・・・そっと・・・木の扉を開けて・・・

・・・しかし次の瞬間、まるでその時を待っていたかの様に・・・ダコタが、靴を何とか自力で脱いで、足でコントローラーを・・・。


・・・突然、どこからか、ドローンが、ブゥーン・・・という音とともに、空中に舞い上がり・・・おじさん、が小屋の中を振り向いた時にはもうすでに遅く・・・父のケンとマルコは・・・二人の居場所を突き止めたのだった・・・。

オニールは・・・慌てて拳銃を構えたのだが・・・何せ、所詮はシロウトの撃つ弾である・・・一発、二発、と外れ・・・。・・・そして、三発目は・・・近くの藪の中から、ドローンの音を聴いて、現われた、ソマーズの撃った弾で・・・おじさん、の肩の辺りをかすめ・・・そうしてフラフラと、その、人の皮を被った殺人鬼は、小川の方へと・・・ソマーズは、続けて足元目掛けてもう一発弾を放ち・・・それが当たったのか当たらなかったのかは定かではないのだが・・・とにかく、フラフラとなりながら、小川の方へと必死に逃げ・・・しかし拳銃を川の流れの中に落としてしまい、それを拾おうと、手を伸ばすと・・・大して深くも、速い流れの川でもなかったのだが・・・彼にとっては運の悪い事に・・・ちょっとした先の尖った、木の杭、の様な物が川面から突き出ていて・・・そこに、ボーダーの柄のシャツの袖が引っ掛かって・・・川の水の流れで、どんどん引っ張られていき・・・もがけばもがくほど・・・引っ張られ・・・おじさん、はもがきながらその、黒と白の、シャツを脱ごうと懸命になっていたのだが・・・生憎、水に濡れたシャツは重たくなっていて・・・なかなか脱げず・・・引っ張られ・・・やがて・・・徐々に・・・そのゆるりとした・・・浅い流れの中に・・・上半身から、顔から、浸かる様に・・・沈んでいき・・・しかし、ソマーズもケンも・・・誰ももはや、救いの手を伸ばす者はおらず・・・そうして・・・ゴポゴポと・・・それがまるで、断末魔の悲鳴の様にも・・・しかし、四、五分程もがくと・・・やがて・・・ピタリと、その動きは止まり・・・。


 ・・・それを見届けたかの様に、父のケンは慌てて小屋の中へと走って行って・・・ソマーズは、無線と携帯とで、他の警官たちに、連絡を入れているのであった・・・。


 ・・・マルコはというと・・・浅い川にうつ伏せに、プカリプカリと浮かぶ、おじさん、をしばらく見つめたまま・・・しかしダコタが、父に抱かれて小屋から出て来ると・・・ニッコリと笑って、そちらへと近付いて行ったのだった・・・。

ダコタもマルコを見て、ニコリと笑い、

「・・・助けに来てくれたの・・・? ・・・ありがと。」

父が、

「・・・彼が助けてくれたんだよ。彼がいなかったら・・・」

ダコタは、もう一度、

「ありがとう・・・!」

・・・と、言うと、

マルコはすっかり照れてしまって・・・何も言葉が出て来ないのであった・・・。


 ・・・翌日、『刑事課』では・・・署長はじめ、三人の捜査官がいて・・・事件の総括らしきものを・・・

署長がまず、

「・・・とりあえず、現金は全て、回収する事が出来た・・・。まあ、不幸中の幸いだな。」

すると、アンダーソンが、どうも納得がいかないらしく、

「しかし・・・その、オニールは・・・本当にその、シリアルキラー、だったのでしょうか・・・?」

すると、ソマーズが、

「・・・さあな。おそらくは・・・ジェームソンさんから大金をせしめる為の・・・無差別犯に見せかけた、偽装殺人の様なもの・・・だったのだろうが・・・」

「・・・が?」

「もしかしたら・・・もしかしたらだが・・・途中から本当に、楽しみ出したのかもしれん。・・・まぁ、これはあくまでも俺の推測だが・・・。」

するとフィリップスが、

「あ・・・そういえば、『アルコール火器タバコ取締局』・・・から連絡が入ったのですが・・・あのネイサンも、別の州で、逮捕されたようです。」

署長が、少しだけ苦々しげな表情となり、

「・・・しかし・・・嫌な時代になったものだな・・・私の若い頃は、この町はまだまだ・・・」

と、言いつつ、窓を開け放つと・・・外からは、例の、春の祭りの賑やかな音が聴こえてきて・・・

すると、ソマーズは、

「・・・今回のはまあ・・・例外でしょう。それに・・・」

「それに・・・?」

と、アンダーソンが聞くと、

「・・・仕事が無くなっちまうもんなぁ・・・適度に、犯罪がないと・・・」

その言葉を聞くと、署長はただ肩をすくめて・・・『刑事課』を出て行き・・・おそらくはまた自分の、定位置、である署長室へと・・・戻って行ったのであった・・・。

すると・・・今度はフィリップスが、

「・・・しかしなぜ・・・オニールは毎週、日曜日の朝に、同じ時刻に、しかもボーダーのシャツなどを着て・・・」

ソマーズが、説明しようとすると、アンダーソンが、そのまだ新しい、手帳を開いたので・・・

「・・・よし。キミから説明してくれ。」

「あ、ハイ・・・それはですね・・・毎週日曜日に、違法な廃品業者が、町外れにやって来ておりまして・・・オニールは、被害者から奪った金目の・・・物を売り渡していたそうです・・・その為の目印が・・・あの、奇妙な柄の、シャツだったようでして・・・」

「・・・なるほど・・・。」

と、フィリップス。

「・・・金には相当困っていたようだな。・・・そもそもこの州に来たのも、借金取りから逃れる為に・・・しかし・・・」

「しかし・・・?」

「・・・身代金は、一回でやめておけば良かったものを。・・・あれだけで十分、借金は返せた上に、しばらくは気楽に暮らせただろうよ・・・人間、欲をかくと・・・」

フィリップスが、頭を掻きながら、

「・・・全くです。同感ですね。」

「ところで・・・」

と、ソマーズが、

「・・・例の、ホロウィッツさんの、親子は、大丈夫なのか・・・? 今回の件では・・・トラウマとか・・・」

フィリップスが、

「あ・・・はい。まあ、とりあえずは・・・そのような事には・・・あの親子は強いですね・・・。」


 ・・・その、ケイティの、家の中では・・・その日は土曜日なのであったが・・・居間には、マルコと、今週の日曜日にはあのような事があったので、ダコタがようやく、遊びに来ていて・・・今回は、父のケンも付き添って来ていたのであった・・・。

二人は、TVゲームをしていたのだった・・・。無邪気に・・・まるで、つい先日、あの様な恐ろしい体験をしたのが、夢か幻であったかのように・・・。

・・・ケイティは、笑いながら、お昼ご飯の支度をしていたのだが・・・そこに、ケンが、何気なく近付いて来て・・・

「・・・パイですか? ・・・おいしそうですね・・・?」

「・・・うまく焼けるかしら・・・?」

「・・・焼けますよ。私も・・・妻には先立たれまして・・・毎日料理を作るのに、四苦八苦してます。最近の子は・・・好き嫌いが多くて・・・」

「ええ・・・そうでしょうねぇ・・・」

と、ケイティは、パイをオーブンの中へと、入れるであった・・・。

「・・・この町は・・・いい所ですねぇ・・・あのような事は、ありましたが・・・」

ケイティは、苦笑いしつつ、

「私も・・・ここに住んで長いですが・・・あんな事件は初めてですわ・・・?」

「まあ・・・何事もなくて良かった。」

ケイティは、少し手持ち無沙汰になったのか・・・ケンに、

「・・・ところで、お仕事は・・・何をなされているんですか・・・?」

「・・・コンピュータのプログラマーです。」

「アラ、すごい・・・!」

「まあ・・・薄給で、こき使われていますけどね・・・」

ケイティが、少しまごまごしたように、

「・・・私なんて・・・未だにスマホすら、うまく使いこなせていませんわ・・・?」

「・・・もしよろしければ・・・何か分からない事があったら、僕で良ければ、お教えしますよ? まぁ、分かる範囲でですけど・・・」

二人はそこで、思わず軽く笑ったのであった・・・。


 一方、居間の二人はというと・・・どうやらTVゲームにはもう飽きてしまったらしく・・・

「・・・ねぇ? ちょっと、表でドローンで遊んできてもいい・・・?」

「・・・気を付けるのよ? ・・・コヨーテが、出るかもしれないから・・・」

「・・・本当に・・・!?」

それにはケンも驚いたらしく、

「・・・本当ですか・・・? ・・・初耳ですよ。」

するとケイティは、少しだけ小さな声となり、

「・・・まぁ・・・夜だけですよ。・・・私も・・・見た事は無いんですけどね・・・」

しかしいつの間にやら、二人の子供たち、はもうとっくに外へと出て行ったらしく・・・


・・・外ではやはり、春のお祭り、の賑やかな声と音が・・・遠くから聴こえていて・・・

「・・・じゃあ私から・・・飛ばすわね?」

と、ダコタが言うと、

「・・・次は僕も・・・飛ばしてもいい・・・?」

「もちろんよ・・・!」

「・・・ありがとう!」

・・・そうして二人は・・・いつまでも・・・楽しげに遊んでいるのであった・・・。・・・無論の事、パイが焼ける時間までなのだが・・・。

それを・・・隣の家の、ソーンダース夫人が、微笑ましそうに、庭の手入れをしながら、眺めているのであった・・・。


 ・・・おそらく殆んどの者が、子供の時分には、自分はいつまでも子供であると・・・信じて疑わなかったのであろうが・・・しかし時間というものは、無情なもので・・・気が付くと皆、大人に・・・そしてその頃には、なぜだか皆、澄み切ったあの頃の心はどこへ・・・? ・・・などと、思い返してみても、それが一体、どこで失われたのか・・・はたまた、ただ単に、余分な物が、くっついただけなのか・・・。

それはおそらく・・・誰にも分からないまま、日々の生活に追われて、過ごし・・・そうして、やがて・・・。

ソーンダースさんの庭の、バラの花と同じ様に、咲いては枯れ、咲いては枯れ・・・それを何度も繰り返し・・・そして・・・。


 ・・・もう季節はすっかり春の陽気で・・・ポカポカと暖かかった・・・。

賑やかな声が、遙か丘の下から、聴こえる中・・・真っ青な空を、ドローンが・・・ブゥ〜〜〜〜ン・・・という音とともに、いつまでも、飛び回っていたのであった・・・。

二人の、笑い声とともに・・・。

いつまでも・・・。

それは・・・

・・・まるで地球の重力に逆らってまで・・・永遠に、落ちては来ない、かの様に・・・空中を、飛び回っているのであった・・・








終わり

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日曜日の朝 福田 吹太朗 @fukutarro

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