鷲森。
諏訪 剱
第1話
自分の名前に違和感を覚える人間というのはどのくらいいるものなのだろうか。
鷲森一也。
これが俺の名前だ。
そして同時に、これが俺にとっての違和感だ。
親に離婚歴はない。つまり生まれたときから俺はこの名前のまま、変わっていない。
一度も変わっていないこの名前が、どうしても俺にはしっくりこない。
しっくりこないことに理由などない。
ただ、なんとなく、としか言いようがないのだ。それでも、俺は自分の名前にどこか違和感を覚えながら生きている。
高校時代、いつもつるんでいた奴らにそんな話をした時だった。
「そんなの簡単。結婚すればいいだけじゃん。」
と本庄優子が笑うとその隣にいた石川雅人が言った。
「え、なんで?」
すると僕より先に若宮紗奈が応えた。
「なんでって、ただ単に妻側の名前になればいいってことだよ。」
その時の俺は、目から鱗ならぬコンタクトレンズが落ちるほどに驚いた。
そうだ。その手があるじゃないか。
「ああ、なるほどね。でも俺は石川のままがいいな。」
と雅人が言うと優子は鼻で笑って返した。
「えーなんで?石川んちって先祖代々の名家とかなの?」
すると、でもさ、と紗奈が少し言いにくそうに呟いた。
「私も若宮の姓は残したいんだよね。まあ、先祖代々の名家じゃないけど。」
「え、なんで?」
優子は食い気味に尋ねた。
「別に意味はないんだけど、なんか、若宮って良くない?響きとか字面的に。」
「ああ、それは俺もわかる。綺麗な名前だよね、若宮。」
同意する雅人の肩を優子が小突いた。
「何よ、石川ってば、まるで紗奈を口説いてるみたいじゃん!」
「なんでだよ!からかうなって!」
意外とまんざらでもない風に言い返す雅人を横目に紗奈は笑って言った。
「心配しないでいいよ、優子。私と石川は日本が夫婦別姓になるまで付き合わないだろうからさ。」
「あ、石川、即効フラれたー。ざまー。」
「ええ?残念。じゃあさ、優子はどう?俺と付き合わない?」
「ないない。私とあんたとの間には友情以上の何ものも、ない!ありえない!」
・・・そんなどうでもいい日常会話が続いていたがそれ以降のことは記憶から消えた。
この時から俺は、「結婚」によって名前を替えるということが生きる目標になった。
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