第7話 魔法 ~Megocea~
ねねが勉強を終え部屋でゆっくり体を休ませていると、下の階から鍵の開く音と扉の音。それからシルイの声が聞こえてきました。ねねが勉強の休憩を始めて二時間後くらいでしょうか。ちなみに先ほどまでねねに勉強を教えていた口うるさい本は、ねねが話を聞かなくなってしまったので少し前に拗ねて何処かへと行ってしまいました。
とりあえずおかえりなさいを言うべきかと考え、ねねは身を起こしてからリビングへ降りていきます。
リビングでは大量の袋を持ったシルイが荷物を降ろしているところでした。おかえりなさいを言おうか言うまいかねねが悩んでいる間に、シルイのほうがねねに気づきます。
「あぁ、ねねさん。お勉強はどうでしたか?」
シルイからただいまはありませんでしたが、にこりとほほ笑んで留守中のことを尋ねられました。
「えと……まぁまぁです」
本当は後半興味が出ずに話半分だったり、言葉や文化なんかの話はほとんど頭に入っていませんでしたが、ねねはとりあえず当たり障りない返答をしました。
シルイもねねがぼかした返答をしたことで察したのか、「ゆっくり覚えていけばいいですからね」と少し苦笑しながら言いました。
「も、持ちましょうか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
床に並べられた袋の山を見てねねが尋ねますが、シルイは軽く首を横に振ります。そもそも両手では抱えきれない量の荷物なのでどうやって帰ってきたのかねねが不思議がっていると、シルイはちょんちょんと袋に一つずつ触れていきます。そしてそのままシルイが軽く人差し指を振ると、大量の袋がいっぺんに浮かび上がりました。
「わ、わ……」
目の前で起こった現実離れした現象にねねが驚いていると、シルイはそれをみて少し微笑ましそう表情で笑います。
「これが魔法です。このくらいならねねさんでもすぐできるようになりますよ。魔法の道具をたくさん買ってきたので、今日にでも簡単な魔法を使えるように頑張ってみましょうか」
浮かべたまま大量の袋をリビングの机の横へもっていき、ゆっくりと静かにそれを下しました。そういえば本もひとりでに浮かんで動いていたなとねねは思い返します。無機物がしゃべることに気を取られてすっかり忘れていました。
シルイは袋の中からいろいろなものを取り出し、一つずつ説明していきます。
「これがねねさん用の研究紙、魔術用のクリスタル、エブミロの粉末……」
並べられていくものの多くはねねの見たことのないものばかりです。触っていいものなのか分からず、とりあえず少し離れているところから見ていることにしました。
「砂糖、バター、小麦粉、卵と……」
段々とシルイの並べていくものが不思議な小物から料理の材料へと変わっていきます。というか買ってきたものどれもお菓子の材料のような気がします。
「……魔法の勉強道具買ってきたんですよね」
「そうですよ。例えば研究紙はこれから勉強して学んだことをまとめる紙で……」
「それはいいんですけど、砂糖とか卵も……?」
「はい、魔法のお勉強にクッキーを使うので」
シルイの返事にねねの頭にたくさんはてなが浮かびます。魔法にクッキーがどう関わってくるのかいまいちピンときません。
せめて出来合いのものでもいいのではと考えますが、知らない世界の知らない魔法のことです。決めつけるのはよくないとねねはぶんぶん頭を振ります。
「じゃあまずはバターを混ぜましょうか」
「え、え?」
ねねのために買ってきた研究紙やクリスタルなどを机の隅へどかし、シルイは大きなボウルを持ってきました。どう見ても魔法よりクッキーを優先しているような気がします。
「クッキーを作りながら魔法の説明をしますから、ねねさんもお菓子作り手伝ってくださいね」
急なお菓子作りに状況がついていけず立ち尽くしているねねに、シルイは優しく指示を出します。キッチンからボウルを二つ持ってきてシルイに渡すと、そこに小麦粉と砂糖を目分量で入れました。
「えー、こほん。それでは、これから第一回目の魔法のお勉強を始めます」
バターをぐりぐりボウルの中で混ぜながら、シルイがわざとらしい咳をして話始めました。
先ほど本に勉強を教わったときに同じようにわざとらしい咳をされたので、ねね的には少しデジャビュです。
「まず、魔法といってもいろいろな種類があることを説明していきますね」
バターの入ったボウルを一度机に置き、小麦粉、バター、砂糖の入った三つのボウルを机に並べます。
「まず一番広く浸透しているのがデールトルム、という魔法です。魔法使いの六割ほどがデールトルムを扱っています」
「デールトルム……」
一番量の多い小麦粉のボウルを指さしながらシルイが説明します。ねねが慌てて買ってもらった研究紙にメモをとり、書き終わったのを見計らってシルイは説明再開です。
「次に多いのがアウレリス。全体の三割ほどで、私が教えられる魔法はこれになります」
次いで二番目に量の多いバターの入ったボウルを指さしながらシルイはなおも説明を続けます。
「そして残り一割がウルエラキという魔法です。その他色々小さな魔法の流派はありますが、この世界ではこんなところですね」
最後に砂糖の入ったボウルで説明した後、すべてバターの入っていたボウルに移し、そこに卵を一つ落とします。
「これらを総括して『魔法』と呼称するんです」
全てまとめて混ぜ合わせながら、シルイはクッキー生地を混ぜ合わせていきます。
別に紙に書いてそれで説明すれば済む話なんじゃないかと思わなくはないねねでしたが、シルイが楽しそうに作っているので黙っておくことにしました。
「アウレリスは自分の体内にある魔力を使って魔術を扱う魔法ですね。一般的にアウレリスに属する魔法使いは皆『魔術師』と呼称されます」
専門用語が三つも出てきたうえだんだん説明がややこしくなってきて、ねねの顔が少しずつ曇っていきます。疲労というべきか諦観というべきか、何とも言い難い表情です。
シルイが一度生地を丸め、ボウルの上に軽く布をかぶせました。
「アウレリスは魔術師の才能によって大きく実力が左右される魔法ですので、生地を寝かしている間にねねさんの適性を調べてみましょうか」
シルイがぱたぱたとキッチンで手を洗い、ねねのもとへ戻ってきます。手には何やら見たことのない、立方体の宝石が握られていました。どうぞとシルイから手渡された宝石は小さなねねの手では片手で持てない程の大きさです。一辺はスマートフォンの縦の長さより長そうです。
「……これは?」
「これは適性を測る宝石です。すぐに結果が分かりますから持っていてくださいね」
シルイにいわれるがままねねが宝石を持ち続けて約一分半。段々と宝石が手の中で色味を変えていることにねねは気づきました。最初は透明の宝石でしたが、今では目で見てわかるほど鮮やかな水色です。
失礼しますと一言告げてシルイが宝石を持ち上げ、じっと宝石を眺めだしました。詳しくはよくわかりませんが、自分の適性がどうといわれると自信がなく、ねねは少しドキドキしながらシルイと一緒に宝石を眺めています。もちろんねねが見たからといって結果がどうだかわかるわけではないのですが。
「ど、どうなんですか……?」
無言の空間に耐え切れず恐る恐るねねが尋ねます。そこからじっくり数分、シルイが真剣な顔で宝石を眺めたのち、ねねの頭をポンと撫でます。
「大形五型ですので……。はい、十分才能ありです。大丈夫ですよ」
ねねを安心させるようにシルイが優しくなでてきます。大形五型というのがどういうものなのかはわかりませんが、才能に申し分なしとのことです。ねねはひとまずほっと安堵のため息を漏らします。
宝石を置いてシルイがテーブルへと戻っていきました。慌ててねねもついていきます。再びシルイがクッキー生地を五つの塊に分け手に取り、薄く広げ始めました。
「アウレリスの魔術は魔力紋という精神的な器官を用いて行使します。その大きさや枚数を調べるのが先ほどの宝石ですね」
麺棒で伸ばした五つの生地をぶつからないように広げてから、シルイが型をたくさん持ってきました。星やハートなどいろいろな形があります。
「ねねさんは大形五型なので、大きめの魔力紋が五つあるということです。魔力紋が大きく、数が多いほど魔術師には向いているんです」
「~~……?」
いまいち説明にピンとこないねねに、シルイはクッキー型を渡しながら説明を続けます。
「この生地が魔力紋だとしましょう。そこに魔法を使うための形を刻み付けるんです」
そういって星形の型を生地に押し付け、星形のクッキー生地を一つ作ります。元の大きいクッキー生地には星形の穴が開きました。
「こうやって魔力紋を穴刻み付けた後、その穴に魔力を通して魔法を使うんです。……本当はもう少し複雑ですけど」
説明を受けて、ねねは渡された型で同じクッキー生地に花形の穴を何個か開けます。
「……つまり。大きくてたくさん枚数があると、たくさんの種類の穴があけられるから、魔術師に向いてるってこと?」
「はい!その通りです!」
ねねがぽこぽこ花形の型でクッキー生地にたくさん穴をあけてるのを見て、シルイはうれしそうな顔でぱちぱちと拍手します。一瞬いつものように撫でようとシルイの手が伸びましたが、クッキー生地を触ったばかりなのでさすがに控えたようです。
二人でそれなりな量のクッキーの元を作り、シルイがそれを石窯へもっていきました。ねねは何となくそれについていきます。
「もう少し待ったら焼けますからね」
「はい」
シルイが横で何かをしている中、ねねは石窯にかじりついていました。
初めて作ったクッキーの焼き加減も気になるところではありますが、何より今ねねの興味を奪っていたのは石窯の方です。
一見してみれば石窯のような形ですが、ガラス製の扉がついています。大きさもねねの家にあったオーブントースターぐらいの大きさでした。
中をじっと観察してみると、奥の方で炎が揺らめいています。ただ、炭や木などの可燃物は見当たらなく、そもそも火は空中を浮いていました。
——これも魔法なのかな……。
仕組みが気になってじっと見続けていましたが、十分近くたったあたりでシルイが石窯を開けました。扉が開けば火の様子がよく見えるかとも思いましたが、扉が開くと同時に火は勝手に消えてしまいました。
「うん、しっかりと火は通ってますね」
シルイがクッキーの乗っている鉄板を魔法で浮かせ、慎重に机へと運びます。あっという間に部屋中がクッキーのいい匂いです。
「夕飯の時間が近いですけど……。食べちゃいましょうか。ホットミルクも用意してしまいましたし」
「はい」
ねねも美味しそうなクッキーの匂いにつられてシルイと一緒に食べ始めました。
おいしいクッキーが机に山のように乗せられて、自分の手元にはホカホカ湯気を立てる甘くて暖かいミルク。おなかが空いてたのも相まって幸せなひと時になりそうです。
そこから数時間、二人でクッキーを食べながら二人は仲良く談笑していました。ねねは外の話やこちらの話、シルイが近くにある村の話や今日のお買い物の話を。日常の何気ない話をしあっただけですが、お互いにとって非日常的な出来事ばかりでつい話も弾んでしまいました。
「あら……。もうこんな時間ですか……。夕飯を作らないとですね」
シルイがクッキーを食べる手を止め壁に掛けられている振り子時計に目をやります。ねねもつられて見てみれば、時間は午後七時過ぎです。元の世界と時間の概念が同じなら、ですが。
本の難しい授業と休憩二時間。それにシルイの魔法の授業ですっかり日が暮れ始めていたようです。
本とシルイから教わったことを思い出しながら、ねねはふと思い出しました。
「……私魔法の説明しか聞いてない」
「……あ」
シルイもすっかり忘れていたようで、片付ける手を止めて硬直してしまいます。ねねはシルイの様子を昨日今日と総合して「少しぽやんとしたお姉さん」だと思っていましたが、少しではなくだいぶぽやんとしているのかもと、ねねの中でシルイの評価が少し更新されました。
もっとも、ねねも授業のことをすっかり忘れてシルイと話していたので、同じくらいのうっかりさんなのかもしれませんが。
「あ、明日!明日ちゃんと魔法が使えるように教えますから!」
わたわたと慌てながら必死に弁解をするシルイを見て、ねねはくすりと笑ってしまいました。
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