奇聞
涌井悠久
梅雨
とある梅雨の日。雨の匂いが湿気と共にむわっと広がり、服が肌に張り付いて過ごしにくい日。
学校の帰り道で、私は道端に、傘もささずに背を丸めている老婆を見かけた。
周りには誰もおらず、ただ独り、電柱の下で小さくうずくまっている。
「大丈夫ですか?」
何かの病気であればまずいと思い、私は老婆の小さな背中へ声をかけた。
しかし、老婆からの返答はなかった。ただ何かを手に持って、それを何度も前に突き出しては裏返すを繰り返している。
「あの――」
「うん?」
唐突に振り返ったその老婆の顔に、思わず背筋が凍った。
両目とも白く濁り、片目ずつ変な方向を向いている。右目は右上を、左目は左下を。
右手には、神社でよく見かける
「具合が、悪いんですか?」
私は喉から出そうになった叫びをどうにかこらえ、震えた声で尋ねる。
「いんや。見て分からんかえ?」
彼女はそう言うと再び電柱の下を向き、指差した。
そこには何もなかった。ただ濡れたコンクリートの地面があるだけ。
「……すみません。分からないです」
「こうしてな」彼女は柄杓を前に突き出した。「水をかけてやっとるんじゃ」
びしゃ、と柄杓に溜められた雨水がコンクリートに広がる。
「この赤子、さっきからぼうぼうと燃えとるから、熱かろうと思ってな」
びしゃ。
びしゃ。
びしゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます