完璧人間のオーナーになるときの注意

ちびまるフォイ

完璧人間を支える不完全人間

「あなたもお金を出し合って完璧な人間を作りませんか?」


最初に提案されたときには何を言っているんだと思ったが、

話を聞くうちに徐々に興味が湧いてきたのは事実だった。


「この世界は一部の天才の力によって動かされていますよね。

 そこで、この世界を動かす天才を我々の力で作ろうと言う話です」


「話が見えないんですが……俺に何をしろと?」


「簡単な話です。あなたも人間オーナーになってください」


人間オーナーというのは、完璧なひとりの人間を作るための資金を

みんなで集めるためのグループに入るというものらしい。


オーナーたちは、完璧人間ひとりを構成する臓器に対してお金を払う。


「この世界を良くしたいと思いませんか?

 あなたもオーナーになれば、自分の手を動かさずに

 この世界をより良くすることができるんですよ」


「や、やります!! お金出します!!」


自分は「心臓」ぶんのお金を出した。

他の人達は他の臓器ぶんのお金を出し合い、

ついに完璧人間は多額の費用を使って生み出された。


産声のかわりに円周率を唱えながら生まれた完璧人間は、

生後数分でこいつは大物になるぞと、人間オーナー誰しも痛感させられた。


完璧人間が成長すると、人間オーナーの思惑通り世界を支配するほどの影響力を放っていた。


「心臓ぶんのお金を出してよかった。俺の手で世界を変えたんだなぁ……」


まるで自分が世界の裏側で支配しているような人間になった気がして気持ちがいい。

そんな黒幕感に浸っている気分も請求書が届いたときに凍りついた。


「な、なんだよこの金額!? 値上がりしてるじゃないか!」


人間オーナーは毎月、自分が担当しているぶんの臓器のお金を払う必要がある。

完璧人間といっても人工的に作られた人間。維持費はオーナーによりやりくりされている。


なのにその金額が今月になって一桁増えている。


他の臓器担当に聞いてみると、他のオーナーたちも同じらしい。


「そりゃ当然だよ。今や完璧人間は神にも等しい状態だろ。

 そんな神々しい存在に出す金なんだから、そりゃ高くなるよ」


「ええ……?」


「というか、心臓担当なんだから払えるよな? 払えないとかないよな?」


「あはは……き、聞いただけダヨ……」


自分だけ払えないとは言えなかった。

もしも自分が心臓へのオーナー金を出さなくなったら、完璧人間の心臓は止まる。

せっかく世界が良くなってきたのに、ここに来て指導者を失うと路頭に迷う人がどれだけ増えるか。


「ああ頼む……これ以上値上がりしないでくれ……!」


生活を切り詰めて、毎日神棚に値上がりしませんようにと祈ったが、

その思いも虚しく完璧人間は神の領域をさらに超えて崇められるようになった。


完璧人間の地位が向上するということは、すなわちオーナーへのお金の負担も増える。


この世に神がいないということを思い知った。


「だめだ……これ以上はもう払えない……。

 すでに借金もしているし……どうしよう……」


臓器で売ろうかと思ったが、自分が死んだらそれこそ完璧人間を維持できなくなる。

八方塞がりになったとき、ふとある考えが浮かんだ。


「そ、そうだ。完璧人間に相談してみよう。

 凡人の俺では思いつかいないことも、

 完璧人間ならいい解決策を思いつくかも!」


完璧人間のところへいくと、事情を話す前にこちらのお財布事情を把握していた。


「なるほど。心臓の出資が厳しくなってきたんですね」


「っ……! さすが完璧人間。まだ何も話してないのに!」


「これは提案ですが、いっそ私自身に出資させてもらうのはどうですか?」


「え? どういうこと?」


「自分の心臓ですから、自分のお金で維持していくという話です。

 ただ、もちろん建前上はあなたが人間オーナーとしてお金を出すことにしましょう」


「い、いいのか!?」


「もちろんです。正直、お金には困ってないので」


「ありがとう! 本当に助かるよ!」


「それはよかった。最後はあなただけだったので」


さすがは完璧人間といったところだった。

これまで負担に感じていた完璧人間の維持費も肩代わりしてくれるなんて、ここまで心の広い人間がいるだろうか。


こんなことなら、もやし生活を続ける前に相談すればよかった。


「ああ、これで肩の荷がおりた!」


すっかり上機嫌になった次の日から世界は一気に変わった。


完璧人間はこれまでの優しく穏やかな世界からうってかわり、

血と汗と戦争を推し進めるバチバチの戦闘方針へと世界を切り替えた。


テレビの向こうではすっかり洗脳された市民の中心で完璧人間が演説している。


『人間が最も生産性を上げるときはいつか?

 それは命の危機を感じたときです!

 さあみなさん、戦争し命を散らし、命を作り世界を発展させましょう!』


「ど、どうなってる……」


ただ呆然と画面を眺めていると、別の部位担当の人間オーナーが乗り込んできた。

家に土足で入るなり胸ぐらを掴んできた。


「おい心臓担当! 今すぐ心臓を止めろ! 完璧人間は暴走している!」


「し、心臓を止めるなんてできるわけないだろう!?」


「お前は心臓担当だろ! お前が金を出さなきゃ、勝手に心臓は止まる!」


「えっ……」


「早くしろ! この世界がもっとおかしくなるぞ!」


「それは……その……」


「なにためらってるんだよ! 心臓担当のお前しかアイツを止めることはできないんだぞ!」


腎臓がとまっても完璧人間には致命傷にならないだろう。

心臓が止まれば確実に完璧人間を止めることはできるが……。


すでに心臓の主導権は完璧人間にうつっている。

自分の力で心臓を止めることはできなかった。


「で、できない……」


「なんでだよ!?」


「い……いま、心臓は完璧人間自身で支払っているんだ……。

 だからお金を止めて心臓を止めることはできない……」


「どうしてそんなことを!」


「しょうがないだろ!! あんな金額払い続けられるわけない!!」


「じゃあどうするんだよ! このままじゃ世界は破滅するぞ!」


どうにかしてあの完璧人間を止める方法がないか。

せめて、心臓の主導権がまだあったのなら……。


「い、いや方法はある……まだ方法はあるぞ!」


「なんだって!?」


「心臓を止めることはもうできないが、

 あの完璧人間の脳を担当しているオーナーを探そう!」


「探してどうするんだよ」


「事情を話してお金を止めてもらうんだ!

 脳が止まれば完璧人間は生きていけないはず!

 あいつを倒すには心臓以外にも方法はあるんだ!!」


「……」


「どうした!? 早く脳のオーナーを探そう! それしか方法はない!」


胸ぐらを掴んでいた男はそっと手を離した。

申し訳なさそうにつぶやいた。



「脳担当は俺だ……」



なぜ脳担当が、心臓担当のところへ訪ねて来たのか理由がわかった。

もう誰も完璧人間を止められない。

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