Highest Wizard~史上最高の魔法使い~

さつきふたば

第1話「魔法使いと呼ばれる者達」

 幻想が傍らに寄り添い、現代とは違う発展を経た世界。

 その世界では魔術が当たり前のように使用されていた。

 その世界では魔術こそが絶対だった。



「うわー……、おっきい街だねフィル!」


「モキュ」



 現実世界と同じように、地方では得られない物、成れない職業が大都市には当然のようにあり。

 地方出身者の殆どは大都市、主に王族の暮らす堅牢な城壁で守られた王都に憧れ。若い頃は誰もが夢を抱き王都へやって来る。


 此処に居る少年もそんな例外に漏れず、大きな夢を抱き王都を訪れていた。

 名はカイツ、今年13になる少年だ。


 カイツは今まで暮らしていた自分の故郷とは比べ物にならない程巨大で、彼の故郷の何百倍もの人口密度に驚きながら。

 彼の頭の上で大の字になって寝そべる白い小猿に向かってその驚きを吐露した。


 フィルと呼ばれた小猿はカイツの驚嘆を聞くと短く鳴いただけで、興味が無いのだろう。

 彼の頭の上で気持ち良さそうに眠っていた。



「はいはい、どうせ田舎者ですよ」



 フィルの鳴き声を聞くとまるで彼が何を言っているのか分かっているように、カイツは不貞腐れたように漏らした。



「モキュ」


「うん、そうだね。長旅で疲れたしゆっくりしたいんだけど……」



 不貞腐れるカイツにフィルは何かを催促するように短く鳴いた。

 腹が減った。フィルはそんな事を告げていた。

 フィルの鳴き声を聞くとカイツは態度を軟化させ、彼の言葉を聞き入れてやりたかったのだが……。



「モキュキュ?」


「うん、路銀が底を突いちゃったんだ。だから、先ずはギルドに行って宿泊費を稼ぐとするよ」



 長旅で旅費が尽きていたのだ。このままでは二人は宿に泊まる所か食事を取る事さえ出来なかった。



「モキュッ!」



 力を貸すぞ。

 カイツの言葉を聞くと力強くそう告げたフィルだったが。



「はは、フィルに力を借りるまでもないよ。ルドの町を出る時に色々あって疲れてるだろ? フィルは頭の上でのんびりしてて」



 カイツは快活に笑いながらフィルの助力を断った。

 フィルはカイツに断られるとつまらなさそうに唇を尖らせながら。「モキュ」又短く鳴いて昼寝の続きを再開した。



「王都か……、ルドの町じゃ特級ハイエストになれたけど。この街じゃどうなんだろうな……」



 フィルが昼寝を再開したのを見るとカイツは彼の頭を優しく撫で。期待と不安を胸にそう漏らした。


 彼が王都にやって来た理由、それは魔法使いになる為だった。


 魔術士と呼ばれる者達が溢れ、日常的に魔術が使用されるそんな世界にあり。

 全ての魔術士、全ての人民に尊敬される職業の者達が居た。


 魔術士の中でも特に魔術の才覚に秀でた者は一定以上の地位と権限、そして国からの莫大な恩給を与えられる。

 それが魔法使いと呼ばれ民から崇められる者達であり。

 カイツも又他の民に漏れず魔法使いを目指す一人だった。


 この世界で魔法使い制度が施行されて200年余りが経った。

 国の要職に就く者は皆魔術の才覚に秀で魔法使いの称号を得ている。

 一昔前は血筋を笠に着てやりたい放題好き放題、そんな貴族もざらに居たが。

 先にも述べた通り今の世は魔術こそが全て。

 無能力者は淘汰され、実力至上主義へと移ろっていた。


 そもそも、魔法使いとは何か?

 この世界の定義では魔術を使用出来る者を魔術士と呼び。

 魔術士の中でも特に優秀な人間にこの世界を司る魔術省から与えられる称号が魔法使いであった。


 簡単に言えば「法で認められた魔術省の御使い」こそが魔法使いであり、魔法使いと云う言葉にはそんな意味合いが込められていたのだ。

 この世界の人間なら誰もが憧れる職業であり、人民の尊敬を集める職業が魔法使いだ。


 魔法使いに魔術省、更にその上の国から与えられる物は主に3つ。

 1つ法外な恩給、2つ一定以上の権限、そして3つ目は新たな魔法使いを選定する権利だ。


 1つ目はオマケ程度な物。魔法使いを目指す者の大半が2つ目の権限を目的としていた。

 何せ魔法使いの称号を得られれば過去の貴族と同程度、或いはそれ以上の地位と発言権を持てるのだ。

 逆に今の世では魔法使いによる傍若無人な行いが横行し、社会問題にすらなり始めているのだが……。


 元からそれ相応の実力を持ち、認められた者達の集まりだ。並みの魔術しか使えない者達が敵う訳も無く。

 実力至上主義が仇となり取り締まる事が出来ないのが実情でもあった。


 そんな余談はさておき、今回最も重要になるのが3つ目の特権だ。


 魔法使いになる方法は主に三つ、魔法使いの称号を得る為の国家試験を受ける事。

 二つ目はギルドなどの依頼を達成し、一定以上の評価を得、魔法使いの称号を勝ち取る方法。

 そして、三つ目が魔法使いの弟子になる事。


 まだ魔法使いと云う役職が定められたばかりの頃は、優秀な功績を上げた魔術士に特別に魔法使いの称号を国が与える事もあったが。

 魔法使い制度が始まって200年以上も経つ今日では、魔法使いの人数は飽和状態。

 おいそれと資格を与えられないのが実情となっていた。


 だからこそ、今日では前述の三つのみでしか魔法使いになる術は無くなっている。

 魔法使い=現在での貴族に相当する地位なのだ。

 それが今や数千人を越える規模で存在しているのだから国としても軽々に選出する訳にはいかなくなっていた。


 どんな国でも、世界でも、制度の始まりは放漫なもの。

 後先考えずに魔法使いを増やした結果、爆発的にその数は増え続け。

 しまいには国から支給される給与だけで莫大な金額が毎年計上される事態に陥っている。


 魔法使いを増やしすぎた結果財政破綻を向かえた国すらある程だ。

 少し計算すれば破綻する事くらい分かろうものだが……。


 だが、それでも魔法使い制度をやめないのはこの世界にとって魔法使いと云う存在が象徴になってしまったからに他ならない。

 火、風、土、水の四大属性の頂点に君臨する四大属性魔法使い+更にその上に君臨する暴王と呼ばれる魔法使い。

 

 計5人を総称して五大魔法使いと呼ばれているが、その五人全てを要するこの国はこの世界の中でも大国と呼ばれ。

 政治的発言力も、経済的立場もこの世界のトップに君臨している。


 魔法使いは謂わば国の象徴であり。魔法使いを失う事は、即ち大国としての力を失う事に等しく。

 例え飽和した魔法使いに支払う給与で国の財政が逼迫しようと、魔法使い制度を廃止出来ぬのが実情である。


 そんな表沙汰には出来ない裏事情と比例するように、国家試験の難度は年々上昇傾向にあった。

 何せこの十年一人も試験に合格した者は居ない程だ。


 何れだけ魔法使いを増やしたく無いんだと政府高官の必死さに呆れてしまう。


 更にギルド等による評価の方も試験同様難度は上昇し続けている。

 ギルドで最も高難度のSランクのクエストを100回以上達成して漸く魔法使いの称号は与えられる。

 Sランクのクエストなど年に10か20ある程度。


 他者のクエストを奪い尽くせば最短で5年程で魔法使いに成れるが。

 そんな事をすれば先ずギルドから追放されるのが落ちである為、ギルド系で魔法使いになろうとする者は10年以上を費やし魔法使いを目指すのがベターだった。


 そんな中現代では魔法使いになる為には三つ目の方法が主流となっていた。


 魔法使いの弟子になり称号を得る。

 文字だけを見れば此方の方が圧倒的に容易く見えるかも知れないが、ある意味では弟子云々にして貰う方が難度は高かった。


 それもそうだ、魔法使いになったら一生「誰それの弟子」と呼ばれる事になるのだ。

 弟子がもし不手際でも働こうものなら、その師匠である魔法使いにまで責任は言及され。

 最悪師匠である魔法使いの称号を剥奪……。

 何て事も過去にはざらにあった。


 実際制度施行当初は金の力で魔法使いになった者もいたが。

 実力が無い者が魔法使いになっても直ぐにボロが出る。

 ボロが出た魔法使いは全て魔法使いの称号を剥奪され、おまけにその師匠も魔法使いの称号を剥奪された。


 剥奪されるだけならまだ良い、一度剥奪されれば二度と魔法使いになれず。僻地に追いやられみすぼらしく生涯を終える……。

 何て哀れな末路を辿る魔法使いが後を絶たず、事態を重く見た当時の魔法使い協会は規則の厳格化を図り現在に至る。


 弟子の不手際は全て師匠の責任……。

 品行だけでは無く実力も又同じであり、魔法使いの才覚に欠ける者を魔法使いにした者も資格を奪う。

 そんな決まりが出来てからは魔法使いが弟子を取る人数は激減した。


 現代の統計では一人の魔法使いが生涯で弟子を取る人数は一人か二人。

 殆ど一子相伝に近い形になっていた。


 以上の理由によりとてつもなく狭き門となってしまった魔法使いへの道。

 そんな狭き門を今新たに潜ろうとする一人の少年が居た。

 それがカイツだ。


 彼は後の世で史上最高の魔法使いと呼ばれる事になる少年だ。

 彼が如何にして史上最高と称えられるようになったのか。


 彼が歴史の表舞台に初めて登場した始まりの物語は、余りにも鮮烈で、現代の魔術理論を全て覆す程の衝撃をこの世界に与える事になる。


 そんな史上最高の魔法使いへの道は王都の魔術士ギルドから始まる……。






 初めて見る大都市、初めて見る多人種。様々なものに目移りしながらも。カイツは魔術士ギルドに赴いていた。

 初めて来た王都。余りにも広大な街。土地勘の無い者は皆初めは決まって道に迷うのだが。

 カイツもそんな例に漏れず、一時間程街中を彷徨い魔術士ギルドに辿り着く事が出来た。


 コンクリートジャングルならぬ、レンガジャングル恐るべし……。


 漸くの思いで王都の魔術士ギルドにやって来たカイツだったが、ルドの町とは比べ物にならない程巨大で立派なギルドの建物に先ず驚いた。

 建物の大きさ=そのギルドが保有している力を象徴している。

 無論この国の最大と云える都市に構えているギルドなのだ。国一番で当たり前、建物の大きさも巨大で然るべきと云えた。


 外観を見ただけで圧倒されたカイツだったが、中に入って更に驚かされた。

 豪華絢爛な装飾品もそうだが、ギルド内を行き交う魔術士達の様相に言葉を失った。

 王都のギルドを利用している魔術士達は皆が皆高級なローブに身を包み。皆が皆高貴な佇まいをしている。


 ルドの町のギルドと云えば殆どが冒険者崩れの魔術士ばかり。伸ばしっぱなしの髪と髭、何年同じ物を来てるのだと問い掛けたくなるようなボロボロのローブ。

 昼間っから酒を飲み頬を赤らめている者ばかり。品位の欠片もない人間で溢れていた。


 ただ、ギルドに所属する者は皆家族、それがギルドマスターの方針であり。

 時には酔っ払い同士喧嘩沙汰を起こす事もあったが、仲間としての団結力は恐ろしく高かった。

 他のギルドの人間とルドのギルドの人間がいさかいを起こそうものなら全面戦争も辞さない。

 実際にそんな事態が数度あったし、一人の仲間の為に全員が奮起した姿を何度も見た事がある。


 見てくれも、品性も最悪だったが。皆好い人達ばかりだった。

 カイツもギルドに所属する最年少魔術士と云う事もあり、特に可愛がって貰った。


 可愛がって貰ったが、やはり見た目と云う物は大事だった。

 まだギルド内の人間と会話しては無かったが、姿だけを見れば魔術士としてのレベルは段違いに見え。

 きっとルドのギルド何て話にならない程の猛者で溢れている。

 そんな失礼極まりない事を感じてしまったカイツであった。



「あのすいません、ルドの町の魔術士ギルドから来たんですけど」



 ギルド内を散策して色んな人の話、ギルド内の施設を見て回りたかったが。カイツは好奇心に揺れる衝動を必死に抑え受付へと向かった。

 フィルに田舎者と呼ばれた事がショックだったのだ。


 施設内を物珍しそうに探索すると他の魔術士にフィル同様田舎者と思われてしまうような気がして、カイツは先に受付で手続きを済ませる事にした。



「はいはい、ギルドライセンスの移管ですね……て君若いわね。今年で何才?」


「え? 13ですけど……」



 カイツが受付で鎮座する受付嬢に声を掛けると、受付嬢はマニュアル通りの対応をしようとしたが。

 言葉半ば程で態度を急変させた。


 カイツが余りにも幼く見えたからだ。

 幼く見えた……、と云うより実際幼い訳で。丁寧な応対から急に怪訝な面持ちを浮かべ自分の年齢を問い掛ける受付嬢にカイツは困惑しながら年齢を告げた。



「じゅ、13? 君ね、此処は魔術学園の申し込み所じゃないのよ? 魔術士ギルド、分かる? 子供が来る所じゃないわ、帰りなさい」



 カイツのバカ正直な答えを聞くと受付嬢は呆れたようにそう告げ、カイツを門前払いにする。



「そ、そんな! アレハさんが話を通してくれてるはずですよ! 僕の名前はカイツ、ルドの町から紹介状は来てませんか?」



 カイツは必死に食らい付いた。ギルドマスター直々に紹介状を書いてくれると約束したのだ。

 ギルドマスターの紹介だ。紹介状には名が記されている、名を告げれば幾ら子供と云えど冷たくあしらう訳にはいかない筈だ。


 もし魔術士ギルドで仕事を斡旋して貰わなければ野垂れ死ぬ事になる。

 此処で引き下がる訳にはいかない、何としても誤解を解かなくてはならない。



「アレハ……誰それ? ルドの町のギルドマスターと云えば世界で十指に入ると云われる超有名な魔法使いよ。適当な名で騙そうとしても無駄、第一魔術士ギルドで身分を詐称するのは犯罪よ。出ていかないって言うなら……警備兵、この子を摘まみ出して下さい!」



 だが、誤解は解けない所かカイツは身分詐称とすら疑われてしまった。

 何かの間違いだと諦めぬカイツ、そんな彼を見かねて受付嬢は警備兵を呼びカイツをギルドから叩き出した。



「ま、待って下さい! 僕の話を聞いて――」



 一度叩き出されたらもう二度とギルドの中には入れて貰えないだろう。

 此処で誤解を解けなければ飢え死にの道しか残されていない。


 必死に叫ぶカイツ。こんな所で死ぬ訳にはいかない。

 しかし、腕力で屈強な警備兵に勝てる訳も無く。カイツは全てを言い終わる前にギルドから追い出されてしまった。






――ドサッ――


 警備兵はギルドの外までカイツを運ぶと、彼を表の通りへと乱雑に放り投げた。



「あいたたた……」



 尻餅をつく格好で地面に叩き付けられたカイツは尻を押さえながら苦痛を漏らした。



「ボウズ、悪い事は言わない。王国騎士団を呼ばれる前にこの街を出ろ」



 カイツをギルドの外へ強制排除した警備兵は彼に忠告しギルドの中へ戻って行った。

 王国を出ろ……、来たばかりなのにあんまりだ。

 何よりカイツは何も悪い事をして無かった。話を聞いてくれなかったあの受付嬢が悪い。


 嫌、そもそも紹介状を書いてくれると言ったのにしっかりと伝わって無かったルドの町のギルドマスターであるアレハが悪かった。



「くっそー……、俺に任せておけって自信満々に言ってたのに。今度会ったらアレハさんに文句言わなきゃ」



 諸悪の根元はアレハだと感じたカイツは激しい怒りをアレハに向けた。



「ふぁ……、モキュキュ?」



 ルドのギルドマスターへの怒りをカイツが噴出させる中。

 驚く事に今の今まで彼の頭の上で熟睡していたらしいフィルが目を覚まし、何をしているのかとカイツに問い掛けた。


 投げ飛ばされても起きなかったな……。

 寝てると云うのに振り落とされる事も無かったし、凄い睡眠への執念だ……。


 フィルの飽くなき睡眠欲に脱帽しながら、そんな彼の姿ですっかり毒気を抜かれたカイツは。



「もう……フィルが寝てる間大変だったんだからね? ギルドの人に嘘つき呼ばわりされて追い出されたんだから……」



 アレハへの怒りを静め、何が起きたのかフィルに説明した。



「モキュ~……」


「ご飯も宿も無理だよ……。ホントこれからどうしよう……」



 カイツの説明を聞くと腹が減ったと嘆くフィル。

 それをカイツは諦めるように促し途方に暮れた。


 親類や知人が居れば頼る事も出来るが、そんなもの故郷から遥か離れたこの大都市に居る訳もない。



「あ……、そう言えばアレハさんの息子さんが王都に居るって……。ダメだ、何処に居るのか聞いてないから分からないよ」



 一人だけ心当たりがある事を思い出したが、父であるアレハから息子の居場所など聞いてはいない。

 しかも、息子との面識は無く、容姿処か名前すら知らないと来ている。

 運良く遭遇したとしても、助力を求める事も出来ないだろう。



「はぁ、本当に困った……」


「モキュ~……」



 一人と一匹は肩を落とし、雑踏の中へ消えて行った。

 ギルドから上級の依頼を紹介して貰い、颯爽と達成し。貰った報酬をこれからの生活費に当てる算段だった為。

 カイツの目論みは出鼻から見事に挫かれてしまった。


 故郷に帰る金など無い、今日を凌ぐ金すら無い。

 果たしてこれから二人はどうなってしまうのか……。

 それを知るのは神のみだった。




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