僕が闇に堕ちるまで

昼下がりの囚人

第1話 起①

何気ない朝だった。

それはいつもと変わらない、だが確かにいつもと違う。

それはリョウの何気ない報告から始まった。


「ハルキおはよー!」

「あ、リョウ君、おはよう。」


リョウは寝ぐせ混じりのボサボサに伸びた髪を揺らして、先を歩くハルキに急いで駆け寄った。

リョウは中学一年生。平均よりも少し背の低い、それでも元気は人一倍、とても明るく騒がしい子だった。


そんなリョウとは対照的にハルキはとても大人しく、物静かな優しい中学校三年生だ。


何がきっかけなのか、2人は小学校の頃からとても仲が良く、兄弟の様に良く遊んでいた。

特にリョウはハルキを慕っていたから、何か相談や秘密事はハルキに必ず言っていた。


「ねえねえ!ハルキ!!コレ見て!!」


「え?リョウ君、、これなに?というか、学校にこんなの持っていったら先生に怒られないかな?」


リョウがウキウキしながら見せたものは1冊のボロボロの本だった。だいぶ古そうである。


「えへへへ、、家の小屋で見つけたー。」


「小屋?ああ、、あのボロボロの家屋だね。ずいぶん年季がはいってるけど、、、。ちょっと見ていい?」


「いいよ」とリョウはハルキにボロボロの本を渡した。

ハルキはその本が壊れないように丁寧に扱った。が、思ったよりも頑丈のようで、とてもしっかりとしているのが触ってみて分かった。


「旅、、日誌、半兵衛?名前かな?」


ハルキは本のタイトルと思われるところの黒ずんでいて読めないところを飛ばして声に出して読んだ。


「これ、親御さんには聞いてみたの?」


「んー、、内緒にしてる!!!」


「えぇ、、。なんで?」


「これさー、僕の勘なんだけど、絶っ対に人に言っちゃあいけない気がするだよねー!!」


リョウは笑いながら言った。

一見説得力を持たない説明にもハルキは納得した。


リョウは不思議な力がある。


とにかく勘が鋭い。本当に良く当たるのだ。

だからリョウが「絶対に親に見せてはいけない」

と感じるのなら、絶対に見せてはいけないのだろう。ハルキはそう思ってこれ以上は聞かなかった。


「日記、、、かな?」


「うん!多分そうだと思う!!

小屋の奥に高そーな箱の中にその本と、、コレが入ってた!!」


そう言ってリョウはカバンから1本の漆塗りの筆を出した。


「うわー、、これは、、、高そうだね。」


筆は書道に使う様な太さは無いが、持つところがやや太く、黒光りしており、ボロボロの本とは対照的に凄く綺麗だった。


「本をの中を見てみてよ!」

リョウに促されてハルキは本をめくった。

本はどのページも片面が白紙で、もう片方のページには不思議な紋様が書かれている。


「???」


ハルキが意味を分からないでいると、リョウはその様をみて答えた。


「多分だけど、その変な記号?みたいの、この筆で書いたんだと思う!」


うんうんとハルキは頷いた。


「んでね!僕、試してみたんだよ!この筆で白紙のページにその記号を書いてみたの!!墨汁使ってさ!!」


「そしたら?」


「、、書けなかった。」



「ん?、、え?!」


「嘘みたいでしよ!いくら書いても消えちゃうんだよ!!」


「どういう事だろう?」


「わからない!!だからさ、、今日放課後少しだけ、手伝ってよ!この謎を解くのをさ!!」


今日は試験期間だったから部活も無い。

ハルキは好奇心に負けて放課後会う約束をした。


「何の話??」


いつの間にか、すぐ後ろにナオが来ていた。


「あ、ナオ姉ちゃん!!おはよー!!」

「あ、ナオさん、おはようございます。」


ナオは高校2年生でこの子もまた子供の頃からの仲良しだ。

綺麗な長い髪をなびかせて、少し薄化粧をしている今時の女の子だ。


「ハルキ説明してー!」

リョウに促されて、ハルキは一通り説明した。


ハルキはナオの事が好きだった。ナオは面倒見が良く、とても優しかった。大人しくて何でも抱え込んでしまうハルキにとっては頼れて安心出来るお姉さんだったがいつしか恋愛感情に変わっていた。


ナオが高校生になってから更に綺麗になったので、会うといつもの様に話せず、思わず照れてしまう。


リョウは全て知っていたので、敢えて今の本の話もハルキにさせてあげた。

リョウなりの気遣いだった。


ハルキはリョウの気遣いにもちろん気づいていた。ハルキにとっては特別な2人。それがリョウとナオだった。


「ふーん。これ凄いねー。」


一通り説明を聞いたナオの感想はシンプルだった。

それくらい突拍子もない内容だから、それ以外答える事が出来なかった。


「ねえねえ!私も放課後ご一緒してもいい??」


「え!?も、もちろんだよ。リョウ、リョウもいいよね?」


「ん、いいよー!!」


「ありがと!じゃ、私先に行くね!楽しみにしてるねー!」


ナオは小走りで先を急いだ。


「あー、、相変わらずハルキはナオ姉ちゃんが相手だと話が下手だねぇー。」


「え!?どもってた?」


「少しね。もうちょい落ち着いて話した方がいいよ!」


「、、、そうだよね。」


ハルキも出来ることなら、慌てずに落ち着いて話したい。

でもそれがとても難しかった。思春期とはそういうものなのだろう。


中学に着いて2人は下駄箱で別れた。



ハルキは急に現実に戻った気がした。

とても心が重かった。


ハルキは人見知りも強く、クラスに居場所が無い気がした。教室に入っても話す相手もいない。

というより、極力、人の目に触れないよう、静かに、自分を空気だと意識するように、学校生活を過ごしていた。


だから目立つ事は絶対にしたくないし、グループ課題の時は胃が喉から出てくる様な感覚に陥り、いつもよりも時間が長く感じたりもした。


ハルキはみんなに嫌われているだろうと確信していた。

それよりも、リョウやナオがこんな僕を知ったらどう思うだろう?という事を考えてしまい、自己嫌悪に陥る事が1番辛かった。


今日は転校生が来たが、ハルキにとっては心底どうでもよく、それに伴った自己紹介で自分の番が回ってくるのを胃が痛む思いで待っていた。


長い長い苦痛の学校が終わり、ハルキは急いで校門を出た。


ハルキは街の外れの湖を目指した。

リョウと遊ぶ時、特に秘密裏に遊ぶ時はいつもそこで遊んでいた。

もちろんナオも分かっている。


この坂を上がれば湖だ。という所で、ナオと合流した。

「お疲れ!ハルキ早いねー。私も結構急いだんだけど、、、。」


「あ、、ナオさん、お疲れ様。、、、

僕も急いだから。」


ナオはとても優しく、なんとなくハルキがしどろもどろなのはわかっていたので、敢えてナオが積極的に話しかけ、ハルキはそれに答えながら歩いた。


ハルキは自分から喋らなくて済むので楽だったし、ナオと話せている事に幸せを覚えた。

ハルキは学校で転校生への自己紹介が上手くできず、自己嫌悪に陥った事も忘れていた。


「あれ?いないね。」


いつもの場所に着いたがリョウの姿は無かった。


「ホントだね。珍しい。」


リョウはいつも一番乗りだったが、まだ来ていないらしかった。

変わりに1人の成人男性が湖を眺め、ハルキ達に背を向けていた。


「君達が来るのを待っていたよ。」



おもむろにその成人男性が振り向き、ハルキ達に声をかけた。



いきなりの事にビックリし、ナオは少し後ずさり、ハルキは身構えた。


「あ、大丈夫大丈夫。俺は君たちの味方だよ。もちろん事情も知っているし、君たちの質問になんでも答えられるよ。」


成人男性は両手をあげて敵意が無いことを示しているようだったが、怪しい事に変わりはない。


成人男性は背が高く、ガタイもいい。薄茶色のトレンチコートを身にまとっていた。

短髪で無精髭、鼻頭と右頬に傷がある。


ハルキとナオからしたら充分に怪しかった。



「君達が差長原半兵衛の日記を持っている事は知っている。君達はまだ知らないだろうが、俺は君たちと日記を狙うヤツらから守りに来たんだよ。」


「!!?」


リョウのボロボロの本のことだと2人は察した。


「なんで本のことを知ってるの?」


ナオが聞いた。


「あの本は俺達の国でとても大切な本なんだ。あの本1つで世界を一変させてしまうほどの力を持ってる。」


ナオが何か言おうとしたが、男はそれを遮るように続けて一気に説明をした。


「あの本は使い方を間違えてはいけない。まあ、君達なら正しく使えるとはおもうけど、、」


「それだけ凄い本だからね。。悪用しようと企む輩も多いのさ。」


「俺は国の命を受けたエージェント、、、この国だと警察みたいなもんかな。なんにせよ、俺は君達を悪い輩から守り、本の説明をしにきた。出来れば我々の国に来てもらいたいが、、、どうかな?」



「あ、あの!」


ハルキは声を絞り出した。

男はどうぞと促した、


「そ、その、、貴方がいい人、、というか味方だという証拠は?貴方が悪人なのでは??」


「ふむ。まあ信用は確かに出来ないよな。

君達、筆の使い方、、分からなかったろう?

俺は分かるんだよ。俺が今から使い方を教えるから、その通りにやってみるといい。

そうすれば嫌でも俺が味方だと分かるぜ?」



「それ、、証拠になってないと思いますけど、、」


ナオが睨んで言った。ナオの中では既に悪者と決めているようだ。


「まあまあ落ち着けよ。証拠なあー。、、、あ、そうだ、本の所有者はどっちだい?

鎖に困ってるだろ?簡易的だから長くは持たないけど、鎖を封印してあげるよ。」



鎖?


色々と言いたいことがあったが、何からどう言えばいいのか分からず、2人ともポカンとした。


「ん?え!分からないのか?鎖だよ鎖!体締め付けられて痛いだろ?」


「い、いや、、実は本の所有者はまだ来てなくて。」


ハルキの言葉に、男は目を丸くし、口をパクパクさせた。


「ん?ちょっとまて、、、君達は、、君達はじゃあなんだ?」


「私たちは本の所有者とここで待ち合わせしてたんです。でもまだ来てなくてt、、」

「なんて事だ!!!!」


ナオの言葉を途中で理解し、思わず男は叫んだ。

いきなりの事にハルキとナオは驚いた。


「しまった。。まずい、、まずいぞ。」



男は握り拳を強く握って言った。


「所有者を探す!急ごう、、所有者が危ない!!!」

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