魔女たちのエトセトラ(仮)

アキ

グランセリスの滅びの森

 王国の首都、グランセリスから馬車で南へ半日の距離にそれはある。


『滅びの森』


 いつからあるのか、誰が呼んだか、その森は恐ろしい滅びの魔女が棲むと言われ、王国の人間は誰も近づかない。


 その魔女は、『歩いた後には病が流行り、近づくだけで体力を奪い、触るだけで命を奪う』と言われ、誰もが知っているが誰も見たことない御伽噺の中で語られるような存在だった。


「ロイス隊長、本当にいるんスかね?魔女なんて?」


「さあな。ただ、お偉いさん方は少なくとも魔女は森に居て、ソイツが病気を広めていると思っている」


 魔女の討伐。それが俺たち第三騎士団の任務だ。王都で原因不明の疫病が流行り、大勢の死人が出て、巷では森の魔女の仕業だと噂が広がっている。

 実際、本当に魔女がいるかどうかはわからないが、国民だって信じてる者は多い。少なくとも討伐のために森へ騎士団を派遣した、という事実は必要だ。


「しかし、いい歳してまさか御伽噺に振り回されるとはなあ」


 副長レバンスがぼやく。だが気持ちはわかる、オレも30を過ぎて子供の頃聞かされた御伽噺に出てくる魔女を探す羽目になるとは思わなかった。


 街道から外れ、木々の量が増えてくる。整備されていない獣道を軍用馬車で行くのも限界がある。開けた草原にキャンプをとり、徒歩で森へ向かう。幸い草原からは歩いても30分とかからない。


 森の入り口まで来ると確かに魔女を信じたくなる様な不気味な雰囲気を感じる。木々の枝葉に遮られ、まだ昼間だというのに夜の様に暗く、時々怪しい獣の声がする。


「この森を行くんですか?どれくらいの深さですかね」


「一説によると王都と同じ広さはあるというが…」


レバンスの苦い顔をよそに剣を抜き、足元の蔦や枝を払いながら森へ入る。


 第三騎士団の規模は全員で100人ほどだが、今回の討伐は20人ほどで規模は小さい。いるかどうかわからない魔女の討伐にそこまで人員は避けないという上層部の魂胆が見え見えだ。あくまで派遣した事実を作りたいだけなのだから。


 道なき道を切り拓き、奥へと進む。曖昧な情報によれば森の中心に魔女はいるというので最深部を目指すのだ。


「気をつけろ…そろそろ中心部のはずだ」


 団員たちは声をかけるまでもなく皆、緊張している。どうやらさっきから嫌な感じがするのは俺だけではないようだ。


 ジリジリと冷たい汗が背筋を流れる。実際にこうやって討伐に派遣されるまでは半信半疑で笑い飛ばした魔女だが……居る。間違いない。


 道なき道を切り開き、森に入ってから何時間か経った頃、不意に木々が開け広場の様な場所に出る。中央にちょっとした貴族の別荘のような白い屋敷が見える。あれが魔女の棲家か?


「団長、少し休憩をいれませんか?」


 副長レバンスが声をかける。みればレバンスの顔が青い。いや、騎士団の全員が白い顔をして疲労色が強い。


 団員が疲れ果ててる?まだ森に入って半日も経ってないのに?


 我が第三騎士団は貧しい貴族や一般公募の平民から成り立つが、そのぶん他の騎士団と違い荒くれ者が多い。実戦経験も他の団よりも多い猛者の集団だ。この程度、どうって事ないはずだ。なのに、この疲れ方は異常だ。


『歩いた後には病が流行り、近づくだけで体力を奪い、触るだけで命を奪う』


 本当に近づいただけで体力を?まだ屋敷まで距離はある。だが隊員達の消耗は激しい。


 仕方ない、一旦休憩を入れようか、と振り向いた瞬間。


 屋敷の西方向の森から大型の獣がこちらに向かってくる。表面を青い鱗に覆われ鋭い爪、牙を持つ爬虫類、ドラゴンだ。全長は大人3人分はあるだろうか。


「コイツはまた手強いヤツが出ましたね…」


 決してレアな獣ではないが、こんな王都に近い森にいるとは。さすが魔女の森か。


「散開しろ、コイツは毒液を吐く!正面に立つな!」


 団員に指示を出し、盾を構える。が、団員達の様子がおかしい。どうやら体力を相当失って動けない者もいる。王国でも精鋭に入る部隊だ、普段ならドラゴン程度ならどうって事ないのだが…まずいな、このままではやられる…。


 ドラゴンがゆっくりとこちらに向かって来る。間合いを詰め毒を吐くつもりか。

 来る!ここまでか?

 と、大きくのけぞったかと思うと咆哮と共にいきなりドラゴンが倒れ込む。団員達の様に急に体力を失ったかのように。何だ?助かったのか?


 ふと見ると傍らにひとりの少女がいる。何処から現れた?歳の頃はは16、7だろうか?長いストレートな黒髪を腰まで伸ばし、赤い血の様な瞳、色白で透き通る肌、綺麗な顔立ち。まるで貴族の令嬢のようだが、服装は真っ黒な魔女の様なローブを纏っている。


 …森の魔女か?


 ローブの少女がゆっくりと踵を返し屋敷へ入って行く。

 残された動かなくなったドラゴンに近づく。


 死んでいる。魔女が触れたから死んだのか?


「お前たちはここにいろ。オレは屋敷を見てくる」


 レバンスが何か言おうとしたがそのままその場にへたり込む。


 屋敷に近づくにつれ土が乾く。雑草一つ生えていない。これも魔女の影響か?


 窓やテラスに目を配るが人の気配はない。そのまま玄関の前に立つ。本来ならドアを叩くなり呼鈴を鳴らすなりするとこだが、この異常さは明らかに魔女の仕業だ。


 そっとドアに手をかけると鍵はかかっていない。警戒しながらゆっくりドアを開ける。

 と、屋敷内に踏み入れた瞬間に激しい疲労感に襲われる。隊員達がやられたのはこれか。

 どうやらオレは耐性があるのか、屋敷に踏み込むまで影響が少なかった様だが…まだ動ける。


 玄関から奥へ進むと疲労感が増す。この奥に魔女がいる!突き当たりのドアを開けるとそこはリビングの様な部屋でそれはテーブル越しの向かいにソファに座っていた。魔女だ。


 こちらに気づき大きく目を見開き驚いている。


「ダメ!それ以上近づいては!」


 斬りつけるために踏み込んだ瞬間、魔女の声と同時に剣を落として倒れ込む。体力を奪われたのか!


「それ以上私に近づいてはダメ!死んでしまうわ!この力は制御できないの!」


 魔女が一歩後ろに下がると少し体力が戻り、何とか立ち上がれる。

 なるほど、魔女に近づくほど体力を奪われるのか。しかし。これ以上近づくと死んでしまう?制御が出来ない?何故そんな事を教える?オレは魔女からしたら敵で不審者のはずだ。


「あんたが…森の魔女か」


 静かに魔女は頷く。逃げるでもなく、ただ静かにさらに一歩下がる。なるほど、こちらの体力もさらに回復した。


「あんたに敵意がないのはわかった。突然すまなかったな。オレは王国の第三騎士団長ロイスだ」


 もし敵ならば近づくのを止めはしないだろう。体力を奪われ倒れた方が都合がいい。剣を鞘に収め、もう敵意はない事を示す。


「私は…アルティリア」


「…もしあんたに敵意がないなら魔法を解いてくれないか?」


「魔法?」


「この体力を奪う魔法だ。少し話をさせてくれないか?」


「これは…魔法ではないわ。私にかけられた呪いなの」


「呪い?」


 魔女は…アルティリアはさらに下がり部屋の壁にもたれかかり語り出す。


「私に近づくだけで皆、生命力を奪われてしまうの。さっきのドラゴンの様に。でもこれは私にかかった呪いで、私の意志で止める事はできないの…」


 彼女が言うには近づくだけで全ての生物、それは植物に至るまで生命力を奪い、直接触れてしまうと命まで奪って死に致しめるらしい。なるほど、屋敷の周りには草一本ないはずだ。

 まさに『歩いた後には病が流行り、近づくだけで体力を奪い、触るだけで命を奪う』ってやつか。だがそれは彼女の意志で止める事も出来ないし、コントロールも出来ない、と。


「ならば、やはり王都で流行ってる病はあんたのせいなのか?」


 制御できないのであれば、本人に悪気はなくとも彼女が原因の可能性はある。その場合、何らかの対処はせねばなるまい…。


「わかりません…私は王都どころかここ何十年森をでてませんし、特に変わった行動はとってませんが、私のせいではないとは言い切れません…この呪いの力は私にもわからないので…」


 何十年という言葉はやはり魔女ではあるという事か。もし彼女が原因ならやはり任務を果たさねばならない事になるが…少なくとも目の前の少女…の様に見える魔女からは敵意も悪意も感じない。


「さっき、呪いと言ったな?その呪いは一体誰がかけたんだ?」


「それは…滅びの魔女です」

 

 滅びの魔女。まさに俺たちの討伐対象だ。つまり、アルティリアは魔女ではあるが滅びの魔女ではなく、別にいるという事か。


「数十年前、私は滅びの魔女と戦い、敗れ呪いをかけられたんです」


 聞いたことはある。その昔、滅びの魔女に挑んだ魔女たちがいた事を。滅びの魔女同様、御伽噺だと思っていたが。


「呪いは…どうやれば解ける?」


 魔法や魔女の事はあまり詳しくないが、呪いとは解く方法があるものだ。


「そ、それは…」


 急にアルティリアが顔を赤くし目を伏せる。


「い、異性との…その…接吻です」


「接吻?つまりキス?確かにキスにより呪いが解けるのは定番だが…」


「…そうです。近づくだけで生命力を奪うのに私に触れたら命を失います。単純でよくある解呪法ですが…事実上不可能なのです」


「なるほど、つまり。オレには選択肢が二つあるわけだ」


 アルティリアが驚いて顔をあげる。


「一つは…何とかあんたを殺す事…もう一つは、あんたにキスをする事」


「えっ」


 再びアルティアリアの顔が真っ赤になる。


「まあ、なんつーか、アレだ。仮にも女性にキスをするんだ、責任は取る。オレと結婚しよう」


「な、なななな、何をバカなコトをっ!?死んでしまうんですよっ!?わ、私にキスなんかしたら!」


「そうだな、キスした瞬間に死ぬかも知れない。だが、その瞬間に呪いは解けるかも知れない。少なくともオレはあんたに剣は向けれない…キスは出来ても剣は握れないからな」


 そう、話を聞いているうちに体力を奪われて剣を振り下ろす力もない。残りの力を振り絞れば、キスくらいなら出来るだろう。選択の余地はなくなった。


 かろうじて足を引きずりアルティリアに近づく。彼女は後ろに下がり壁に寄りかかる形になる。


「だ、ダメです…死んでしまいます…!」


 さらに近づき彼女に触らないよう壁に手をつく。


「大丈夫だ。オレの目を…見て?」


 顔を赤くし俯く彼女に声をかける。恐る恐る顔をあげ、こちらを見るアルティリアの隙をつき、唇を奪う。


 一瞬、眩しい光に包まれ辺りが真っ白になり、意識が遠のく…ダメか、これが死か…。



…て……


…きて!……をさま…て!


「お願い!目を開けて!」


 頬に冷たい水があたり、瞼を開けると目の前に真っ赤なルビーの瞳から小さな雫が落ち、さらに頬を濡らす。

 赤い瞳は間違いなくアルティリアのものだがその髪は黒ではなくシルバーだ。


「アルティリア?」


「バカ!無茶して!本当に死んだと思った!」


「そうか…生きてるんだな」


 どうやら生きている。上手くいったようだ。呪いが解けて死ななかったのか、オレの生命力が勝ったのかはわからないが、上手くいって何よりだ。


「ありがとう…ホントに…ありがとう!」


 手を握り泣きじゃくるアルティリア。体力も回復こそしてないが、さっきまでの『奪われる』ような感覚はない。何より手を握られているが死にはしてない。呪いは解けたんだな。これで王都に流行る疫病も治ればいいが、もし治らなかったとしても彼女のせいではない。


「あー…その、なんだ…」


 彼女の頭を撫で、起き上がり椅子に座る。


「まあ、その…唇を奪ってすまない。嫁には貰うと言ったが、もちろんその言葉に嘘偽りはないが、無理に嫁にならなくていいから、その…気にするなよ?」


「あら、嘘偽りないならちゃんと貰って下さい!」


「いや、その…オレも、もう32歳だ、こんなおっさんの嫁って申し訳ない」

 

「大丈夫ですわ!私の方が年上ですし!」


 そうだった、魔女で何十年と生きてるんだった。とは言え、見た目は美しい16、7歳の少女だ。なんていうか…こう…釣り合わないんじゃないか?


「私…初めてだったんですよ?ちゃんと責任とって下さいね!」


「……オレでいいならもちろん」


 まさか魔女を討伐に来て魔女を嫁にもらう事になるとはな。




————ひと月後。




 あれから王都に戻って病は次第に収束し、重症で生死を彷徨うような患者も次々と回復していった。

 どうやらやはりアルティリアにかけられてた呪いが原因だったらしい。


 滅びの魔女。アルティアリアに呪いをかけた魔女はまだ今も何処かにいて、まだ安心して平和に暮らすって訳にはいかないが、とりあえずは王都に平穏が戻ってきた。


「隊長、いいんですか?まだ新婚なのに残業だなんて!」


 呪いの力のせいで体力は奪われたが、さすが我が隊、副長レバンスをはじめ隊の面々は全員無事だった。

 あの後事情を説明し、そのまま全員アルティリアの屋敷で回復させてもらった。


「全くだ。早く帰りたいからレバンス、代わってくれ」


 王に事の顛末を報告した際、王からも結婚をするように促され、アルティリアと夫婦になった。おそらくは監視するにも丁度良かったのだろう。

 

 まさかこの歳で世帯を持つとは思わなかったが…悪い気はしない。


 だがアルティリアに呪いをかけた滅びの魔女は別にいる。アルティリアの為にも、俺たちが安心して暮らして行く為にも魔女は何とかせねばなるまい。


 オレの帰宅を笑顔で迎えるアルティリアを見て、そう強く思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る