第9話 異世界二日目・朝食③
「おいおい、ぶっそうな事を言い出すのはやめてくれよ、シノ様」
ガルムのおっちゃんがあきれ声をこぼしながら、どどん! という勢いでテーブルに皿を置く。手には岡持のように持ち上げたワゴンがあり、料理が詰め込まれていた。
ワゴンには車輪がついているけど、持ち上げてワゴンを持ってきたのは、押してくるのが面倒だったからかな。
俺はそれまでの会話をどこまでガルムのおっちゃんが聞いていたのか不安になる。王が保管する魔導具を錬金術師が作ったとか知れば、人知れず消されてしまいそうな気がする。
俺は、ガルムのおっちゃんは口が固くて他言しないので問題ない、と自分に言い聞かせる。気にしすぎると俺の胃に穴があきそうだからだ。
「長らく続いていた周辺諸国とのいざござに、諸種族とのもめ事がようやく収まったんだぜ。そのお陰で魔物狩りが定期的に行われて、跋扈する魔物が減って、街道を行き来する商人が増えて、街には活気が増してんだ。平和万歳じゃねーかよ。これ以上、何を求めるというんだよ、シノ様は」
「妾も平和で構わぬぞ。ただし、退屈は我慢できぬだけじゃよ。繰り返すだけの日常に、ほんのちょっとした刺激が必要だと思わぬか?」
「シノ様のいう、ほんのちょっとは、一気に荒れた時代に戻るレベルだろ。勘弁してくれ」
ガルムのおっちゃんはあきれ顔で、運んできた料理をせっせとテーブルに並べていく。肉をぶつ切りにして、香辛料をまぶして焼き上げたような肉料理。新鮮そうな葉野菜にドレッシングをぶっかけたサラダ。魚とか根野菜を煮込んだスープ。俺の顔くらいありそうな焼きたての丸いパンの山。
メチャクチャ美味そうな匂いが俺の鼻腔にダイレクトアタックを繰り返す。腹の虫も次第に大合唱を始める。
だけど、二人分にしては量がおかしくないか? 俺とシノさんで食べきれる量とは思えないんだけど……。
「おい、小僧。オレ様特製のすぺーしゃるな朝飯だ。朝ってのは体が資本なヤツは、しっかり食わなきゃいけねーんだぜ。街のヤローどもの中には、朝飯いらねーから、スープだけでいいとか腑抜けたことを言い出す情けねぇーヤツがいやがる。信じられねーぜ」
「全く嘆かわしいの。この世の中、いつ食えなくなるか分からぬというのに。食えるときに食えるだけ食わねば死んで後悔することになるというのに」
右手を額にあてながら、ガルドのおっちゃんは「やれやれだぜ」といったご様子。対するシノさんは賛同はしているが、適当に話を合わせているだけ感がある。
何故ならシノさんは、小動物のように頬を膨らませながら、一心不乱に焼きたてのパンを齧っていたからだ。シノさんの愛らしさ全開の姿に、俺は何とか致命傷で免れた。
「だいたいよー、食のほっそいヤローが女を守れると思うか? 小僧も守れねーと思うよな?」
「そ、そーですね。飯をくってないと、いざってときに力が出ないっすから……」
「だろ! 小僧、分かってんじゃねーか!」
俺の言葉に、ニカッと白い歯を見せながら男臭く笑うガルムのおっちゃん。嬉しそうに俺の肩をバンバンと叩くのは止めて欲しい。ガルムのおっちゃんは軽く叩いているつもりかもしれないが、俺は肩が外れるかと思ったよ。
「おとーさん! 忙しい時間帯にサボらないでよ!」
パタパタと足音をたてながら、俺と同じくらいの少女が現れた。
すらりとスレンダーな体つきに、健康的な小麦色の肌。腰まで伸びたグレーの髪を一つに結った三つ編みが、動きにあわせて大きく弾む。
少しソバカスが残る愛嬌のある顔には大きな琥珀色の瞳が輝き、十人中七人以上が可愛いと断言するはず。クラスの席替えで隣になれれば、毎日元気に登校する気力が湧いてくる、そんな少女だ。
「サボってねーだろ。オレ様は、シノ様の相手をしていただけだぜ」
「シノ様がこんな時間帯にいらっしゃるはずが――本当だ! シノ様、おはようございます! 珍しいですね、朝に店にいらっしゃるのは」
「色々あっての。そうじゃ、凛太郎。ちょうど良いので二人に挨拶しておくのじゃ。今後、よく世話になるはずじゃからな」
「へ、あ、はい。初めまして、俺は相馬凛太郎です。諸事情があって、シノさんに保護されています」
「ソーマ=リンタロー? 変わった名前ね。あたしはアリシア=ヴォレットだよ。そこの魔物みないなオッサンの娘だよ。もち、あたしは母親似だから、全然似てないけど。一応、学園の商業科に通っている三回生だよ」
「おいおい、実の父親を魔物呼ばわりはねーだろ。小僧、もしかして扶桑出身か? 見た目もそんな感じだしよ」
「さすがはガルム、年の功じゃな。すぐに扶桑が出てくるとは感心感心じゃ。詳細は省くが、凛太郎は仲間と扶桑を出て旅をしておったようなのじゃが、色々あったところを妾が保護したのじゃ。長く旅をしておったせいか、このあたりの常識にも疎いので、凛太郎を見かけたら色々と気にかけてくれると助かるのじゃ」
また、色々と虚飾と虚構で組み上げた俺の身の上話をシノさんが始めると思ったが、今回はサクッと話が終了した。
俺が訝しげていると、シノさんはテーブルに並んだ料理を笑顔で黙々と口に運び始めた。もしかしなくても、早く料理を食べたいから俺の説明を早く切り上げたんだろうな。
流石だ、と賞賛以外の感想は出てこない。
シノさんの健啖ぶりに見惚れていると、不意にガッチリと両肩を掴まれる。
「おい、小僧。何かあれば、すぐオレ様を頼れよ」
「は、はい……」
ガルムのおっちゃんは、短くそれだけ言うと目元を拭うような仕草をしながら離れていった。
まさかテトラの様な妄想悲劇を展開したわけじゃないよな?
「もー、おとーさんは見た目に似合わず、涙もろいんだから。ソーマ君、これもなんかの縁だし、シノ様にはお世話になってるし、あたしも困ったときは助けてあげるよ。だから見かけたときは声をかけてね」
ヒラヒラと手を振りながら、アリシアさんはパタパタと足音をたてながら、ガルムのおっちゃんの後を追いかけていく。
アリシアさんは「明るい近所のお姉さん」といった感じだ。若干の下心は否定できないが、仲良くなりたいと思った。でも、ガルムのおっちゃんの娘さんか……。
「ほれほれ、何をほうけておる。凛太郎、早く食べねば料理が冷めるのじゃ」
「は、はい。いただきます」
シノさんに促され、慌ててフォークを手に取る。
まずは肉料理を口に運ぶ。肉は鶏肉より弾力があるが臭みはない。噛めば繊維質の肉が弾け、肉汁が飛び出してくる。香料のピリッとした辛さが食欲を倍増させる。
「見た目は雑な感じですけど、おいしいです!」
「そうじゃろ。ツク鳥は手に入りやすい分、調理者の腕が問われるのじゃ。下処理を丁寧にしておらぬと、後味が最悪になるからの」
「ガルムのおっちゃん、見た目によらず腕はいいんですね」
「この料理の味を知れば、妾がこの店を気に入っておる理由も納得できるじゃろ。気楽に食べれる美味い料理を出す、これだけで多少の店の面倒を引き受けてもよいと思えてしまうから不思議じゃ」
単に食い意地がはっているだけでは? と口から出そうになったので、凛太郎は料理と一緒に言葉を飲み込む。
「さて、食べながらで構わぬので、凛太郎の今後については話を続けるとしようぞ。とりあえず、最終目標は虹の雫を錬成すること。ただし、凛太郎には魔力がない故、実際錬成するのはテトラに任せる。そこで、凛太郎には、錬金術の素材を中心に扱う『
「蒐集師ですか?」
「左様なのじゃ。読んで字のごとく、素材を収集するのを縄張りとする職じゃ。もっとも今では廃れた職でもあるのじゃ」
「どうしてなんですか?」
「単純な話じゃ。冒険者が増え、冒険者ギルドがあちらこちらに整備されたせいじゃ。わざわざ蒐集師とならずに冒険者となれば手っ取り早かろう」
「ああ、なるほど。冒険者も魔物を倒して手に入れた素材をギルドとかで売りさばいて生計たててそうですもんね」
ぽん、と柏手を打って俺は納得する。
いつの間にか、パンの山が消えかけていた。俺は慌てて一つパンを確保する。
「シノさんが俺に蒐集師を勧めたってことは、俺に魔力がないことも踏まえてですよね?」
「聡いの。特殊な素材になればなるほど、繊細な取り扱いが必要になるのじゃ。冒険者の中には高品質の素材を手に入れるため、わざわざ魔力の低い者を仲間に入れることもあるのじゃ。凛太郎は魔力がないので、己の魔力と素材の魔力が干渉せず、品質を保ちやすいのじゃ。テトラにそろそろ本格的に錬金術師としての活動を認めてやろうと思っておったので、凛太郎と組めばちょうど良いのじゃ」
「テトラって、錬金術師じゃないんですか? テトラはシノさんの弟子って言ってましたけど」
「弟子だから、錬金術師として活動を許しておるとは限らんぞ。錬金術師が一番錬成するのは霊薬関係じゃ。ヒト様の口に入る物じゃから、素人以下の者に錬成などさせることはできぬであろう。ま、細かい話はテトラがおるときにするのじゃ」
「わかりました。とりあえず、俺は王が保管している秘蹟に近づくことは出来ないので蒐集師をやりながら、秘蹟を錬成するための素材を集めることを頑張れと」
「うむ、そんなところじゃ。まだ気になる点はあるが、それはおいおい話すとしようぞ。では、ガルドの作ってくれた料理を平らげてから、買い物に行くぞ」
素材の採取がメインの職か。魔力がないので品質の良い素材を入手できるってのは、皮肉な感じだな。いくら高品質な素材を入手しても、自分で使うことが出来ないから。
そんなことを考えながら、ふとテーブルの料理を確認する。大量に合ったはずの料理だが、すでに大半が消滅していた。
シノさんの口が絶え間なく動いていたことは気づいていたが、あの料理の量はどこに消えたのだろうか。
大きな謎が残る朝食となった。
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