黒の転換点

第122話 異変

 四月になり、ニューヨークに春が訪れた。

 ハヨンはだいぶ三班に慣れ、パトロールにも問題なくいけるようになった。痩せてやつれていた彼女の顔は、三班の食事によって回復していった。

 ときたま女子組はニューヨークの中心部まで出かけて行って、ショッピングを楽しむなんていうこともした。キャサリンにとっても、とても楽しい時期を過ごした。


「今日のパトロール誰ー?」


 アリシアの料理の手伝いをしていたリーナは、リビングに声をとどろかせた。


「えーっと、日向姉ちゃんとキャサリン!」


 怜がパソコンの画面を見て表示された名前を読み上げた。これはクリシュナがずっと前に作ったプログラムだ。今彼はハヨンと一緒に、何か新たな研究を進めている。

 ヴィルはいつも通りソファでごろごろしていたが、キャサリンは翔と一緒に椅子に座っていて、他愛のないことについて話していた。


「私とキャサリンちゃんね。じゃあ行きましょうか」


 日向はにこやかに笑って、キャサリンに顔を向けた。キャサリンは頷き、翔に一言ことわる。彼は柔らかくほほ笑み、少女の顔を赤くさせた。

 キャサリンは二階に行き、すぐに仕事着に着替えた。


 外に出たキャサリンと日向は屋上へ行き、辺りをまわって敵の姿がいないか探した。

 穏やかな夜だった。月が空に浮かぶ小さな雲の間から見えた。キャサリンは思わず、彼女の大きな目でそれを見上げる。


「綺麗ねぇ……」


 日向も隣で呟く。二人は少し立ち止まった。


「どう、キャサリン。この街は」


 班長はふとキャサリンに話しかけた。


「もうここに来て半年くらいになるかしら? イギリスといろいろ違って大変だったと思うけど、どうかな。ペストはもう、怖くない?」


「うん! ペストに良い人がいっぱいいるってわかったよ! 友達もたくさんできた。リーナとかアリシアとかオクサーナとか……」


 たくさんの名前をあげていくキャサリンを見て、和やかな表情で見つめた。


「よかった。でもペストには危ない人も多いってこと、忘れないでね。いつでも警戒するのよ」


「当たり前じゃない! 心配しないで」


 キャサリンは笑って、日向を抱きしめた。


「もし私にお母さんがいたら、日向さんみたいな感じだったんだろうなって思うの」


「あら、そうなの?」


 日向は少し驚いたようだったが、心から喜んだ顔をした。


「ありがとう。とっても嬉しい、その言葉」


 彼女はフードに覆われた少女の頭を撫でた。

 そのとき、聴力の良いキャサリンは、奇妙な音を聞きつけて顔を上げた。


「どうしたの?」


「足音が聞こえる」


「え?」


 相手が何者であろうと、真夜中にマンションの屋上で歩いている時点で異常なことに違いない。日向は火の玉を作り、辺りを照らした。


 前方20メートルのところに、人の影が見えた。身長はキャサリンと日向よりも高い。


「誰?」


 相手は答える代わりに、日向たちの方に近づいてきた。真っ黒な服に真っ黒なマント、顔を隠しているペストマスク。間違いない、「神の僕」のメンバーだ。


「神の……僕……?」


「なんで……こんなところに……?」


 日向は顔を引き攣らせ、思わず呟く。


「そなたらがフェアリー団に所属する者か?」


 相手が口を開いた。低い女性の声だった。二人は相手が自分たちのことを知っていることに驚愕した。


「……あんたは誰なの?」


 キャサリンは質問には答えず、逆に返した。


「私は『神の僕』に所属している12神官の一人、実月フリュクティドール。貴様らフェアリー団とやらが、将来我々の計画の邪魔になるのではないかと知らされてここに来た。人間に協力するペストがいてはならない。私がこの場で貴様らを排除する」


「……は?」


 状況を把握できずに、キャサリンはただ茫然とした。だが日向はすぐに表情を硬くし、少女に命令した。


「……キャサリン、逃げなさい」


「え?」


「この人は12神官。私たち二人だけじゃ勝てない。早く仲間を呼んで」


「でも_____」


「いいから早く!!!」


 キャサリンは日向の真剣な声音に押され、すぐに走り出した。ポケットから携帯を取り出しながら。


「ふん、仲間に連絡する気か? 私からは逃れられないぞ」


 にやりと笑った実月フリュクティドールは戦いの態勢を取った日向を無視して、彼女の攻撃を開始した。






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