番外編②
第80話 ドロテオと三班
「美味いラーメン屋?」
ドロテオは少し不思議そうに、メイソンを見た。
11月下旬の、シャリーが救われてまだ間もないとある非番の日に、メイソンはドロテオを誘った。
安保隊は本部の襲撃から少しずつ回復していった。ドロテオはその事件で仲間のシャーロットを失い、落ち込んでいた。だが、死んだと思われていた彼女は、数日後にひょっこり戻ってきた。伝達ミスだったらしく、実際は病院で入院していたらしい、と彼女を見つけた
シャリーはその後隊員たちにたくさんの検査に連れまわされた。
最終的にシャーロットから聞いて激怒した両親が、安保隊に乗り込んで検査をやめるよう言った。これでシャーロットの事件は終わったのだった。
多くの謎は解決していなく、
「ああ、そうさ。最近見つけたんだ。日本人が経営してるマジもんのやつだ。俺が奢るからいこうぜ」
「お、おう……」
食いしん坊なメイソンは様々な店に行くのが趣味であったが、よくドロテオについてきてもらっていた。その場合、あまり裕福ではない彼に気を使ってか、メイソンが奢っていた。ドロテオはそんなことしなくてもいい、と数回言ったことがあるが、メイソンは聞く耳を持たなかった。
その店はニューヨークの中心から少し離れたところにあったので、二人はちょっと歩くこととなった。赤や茶色のマンションが立ち並ぶ中に、ひときわ目立つ綺麗な建物が一つ。入口には筆記体で「Frost」と書いてある。
「フロスト社のマンションだ……。すごい……」
ドロテオは思わずそれを見上げた。自分もこういう家に住んでみたいなぁ……。
「あ、ここだよ」
メイソンはマンションのテナントとして居座っていた店を指さした。おしゃれなマンションにラーメン屋なんて普通は似合わないのだが、その店の外装はマンションに合うように素敵にデザインされている。
「え、こんなところに……?」
「うん、おいでよ」
赤毛の少年はなんのことでもないように、店の中に入った。
「いらっしゃいませー」
訛った日本語が響いた。髪をドレッドヘアにした黒人の女の子がやってきた。
「案内させていただきます」
二人はそのまま席に移動した。案内した少女は注文を聞き、奥に消えていった。そのとき、店の扉が開き、アジア人の少年、恐らくインド系の少年、そしてヨーロッパ人の二人の少年のあわせて四人が入ってきた。
「よお、メイス!」
アジア人の男の子は挨拶した。
「やあ、怜」
メイソンは返し、少年たちはそのまま彼らの隣の四人分の席に座った。
「友達……?」
ドロテオは不思議そうに、メイソンと四人を見比べた。
「まあな、ここで知り合ったんだ」
メイソンは嘘をついた。日向から「政府に許可されたペスト」であることを内緒にするようきつく言われたからである。
そのとき、奥から長い黒髪のアジア人の女性が出てきた。日向本人だった。彼女は怜たちを見てから、メイソンの姿を見つける。彼女は少し驚いた表情をしてから、にこやかにほほ笑んだ。
「あら、お久しぶり、メイソンくん」
「久しぶりっす! 日向さん」
まさかメイソンが大人の女性と仲良くなるとは想像できなかったドロテオは、ますます疑わし気な表情で自分の友を見つめた。
「こちらは紅井日向さん。この店のオーナーだよ。日向さん、この人が前話していたドロテオくんっす」
「あら、会えてうれしいな」
にこっと微笑んだ日向に、ドロテオはぎこちなく会釈した。
「確かあなたが安保隊に入ったのは家族を養うためだったのよね」
「はい、まあ……」
ドロテオは別に、自分の家が貧乏で自分が働いていることについては恥じていなかったため、普通にその事実を肯定した。
「偉い、すごく偉いよ。立派なお兄ちゃんね」
「ありがとうございます」
ドロテオは少し照れ臭くなって下を向いた。両親は忙しくて、あまり自分を褒める時間はなかったので、久々にこのような気持ちを味わった。
「いつも大変でしょ。特別にラーメン無料にしてあげる。あ、あと家族のぶんも!」
「え、ええ、そんな……」
突然提案されたその言葉にドロテオは嬉しいというよりも、困惑した気分になった。
「サービスよ、サービス」
日向は朗らかに言った。
「うん、あと僕たちが車で送ってあげるよ」
隣の席にいたインド系の少年が口をはさんだ。彼はドロテオの目を見て、挨拶する。
「僕はクリシュナ・シャルマ。よろしくね!」
「俺は篠崎怜。よろしく!」
続いてアジア人の少年が言った。
「篠崎翔だ。よろしく頼む」
茶髪のヨーロッパ系があまり彼には合わない名前を述べる。
「ヴィリアミ・レーティネンだ」
そして最後に仏頂面で、金髪の少年が言った。
「ドロテオ・ガルシアです。一応安保隊訓練兵です。よろしく!」
その後、意気揚々と六人でラーメンを食べ、クリシュナが約束した通り、ドロテオの家族のぶんのラーメンとともに、ドロテオ自身を彼の家へ送った。ドロテオの小さな弟妹たちは兄と料理にたいそう喜んだ。
クリシュナはそれからヴィルとともに、(フロスト社から借りた車で)メイソンとドロテオを安保隊訓練兵の寮まで送った。
「そういえば、ちょっと直接的すぎる質問になるかもしれないけど、ドロテオくんはペストのことどう思うの?」
ふと車の中で、クリシュナが尋ねた。いきなりのことだったので、ドロテオは少し返事に詰まった。
「うーん……」
少しあごに手を当てて、考える。メイソンはちらっと自分の安保隊の友達を見た。
「まあ、もちろん危険な存在とは思うよ。正直……全員を殺す必要はないと思うけど……」
「そうなの?」
クリシュナはドロテオを一瞥して、眉を吊り上げる。
「うん、安保隊の俺が言うのも変だけど……俺の家族はもともとペルー出身なんだ。ペルーじゃ、アメリカほどペストに厳しくない。でも国としてはちゃんと成り立っているし、もちろん治安は悪いかもしれないけれど人がたくさん死んでいるっていうわけでもない。アメリカはもしかしてやりすぎかもとは……思ったことはあるよ。本当はお金さえあれば……人を殺す仕事なんてしたくない。まあ……こんなこと言っても陰謀論者って言われて片づけられるだけなんだけどね」
ドロテオはぼそぼそと言った。彼はメイソンが安保隊をあまりよく思っていないことを知っていたので、本音を話すことを躊躇しなかった。
「別に僕は陰謀論とは思わないけどね」
クリシュナはドロテオを肯定した。彼とヴィルは安保隊の少年の言葉を聞いて、機嫌が良くなったようだ。一方、ドロテオは笑ったり嫌悪したりせずに、彼の言葉を聞いてくれた人物はメイソン以来だったので、ポジティブな気持ちを二人に抱いた。
寮に着き、戻るクリシュナたちの車をドロテオとメイソンは見送った。
「ねえ、メイス」
「ん?」
ドロテオはメイソンのほうを見た。
「あの人たち、いい人だね」
「だろ?!」
メイソンは嬉しそうに、友の背中を叩いた。
「ドロテオを連れてくるのは君の作戦だったね、ヴィリアミ」
車の中でふとクリシュナが言った。
「当たり前だ。万が一何かあったとき、彼がこっちに味方しておくように、今のうちに俺たちへの好感度を上げておくのだ」
ヴィリアミは言い、目を細めた。
何かがあったとき……それが一生来なければいいのだが、と少年は願った。
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