第77話 帰宅

 マダーと連絡がついたのは、ちょうどクリスマスの日のことだった。とはいえ、ウラジオストクとニューヨークには時差があるので、向こうはまだイヴである。

 朝10時に、ヒューゴを含んだ四人はチェックアウトを済ませ、あの飛ぶ練習をした広場にやってくる。


「もう二週間くらい修業したってことになるわねぇ。お疲れ様」


 オクサーナはにこにこと笑って、キャサリンのふんわりとした頭を撫でた。


「いえ、私を鍛えてくれてありがとうございます」


「もう、敬語じゃなくたっていいのよ」


 オクサーナはくすくすと笑った。


「私にとってキャサリンは妹みたいなものよ。何かあったらいつでも相談しに来てねぇ」


「……うん、ありがとう」


 風が巻き起こった。舞い上がった雪の中からマダーが現れた。彼女の黒い髪と白い瞳は、この景色によく似合った。


「久しぶり、キャサリンとオクサーナ。そしてこんにちは、イリーナとヒューゴ・ヴァンダイク」


 黒髪の彼女は優しい笑みで、二人に挨拶した。イリーナは見知らぬ人に警戒心を抱いたのか、姉の後ろに隠れた。マダーはそれを見て、ふふっと笑った。


「元気そうね。意識が戻って本当によかったわ。さあて、まずはキャサリンを送りましょうか」


 手招きされて、少女はマダーに駆け寄った。


「修業はどうだった? 成長できた?」


「楽しかったです! たぶん技も強くなったと思います。飛べるようになったのが一番大きいですが」


 キャサリンは、はきはきと答える。


「なら大成功ね。うらやましいわ、私は片方の羽しかないから飛べないのよ」


 キャサリンが驚いて質問を加えようとしたが、その前にマダーの能力が発動した。出発した日と同じように、景色が手を振るオクサーナとイリーナ、後ろで立っているヒューゴの姿がぐにゃりと曲がり、それがだんだんと自分のよく知っている部屋に変わった。気づいたときには家にいた。マダーはキャサリンの手を離す。


「お疲れ様、キャサリン。いいクリスマスをね」


「こちらこそ、いいクリスマスを」


 キャサリンが返すと、マダーは小さな風を発生させて、ふたたび消えた。

 キャサリンはあたりを見回した。二週間ぶりの我が家だ。落ち着いた気分で深呼吸をする。音を聞きつけたのか、日向が台所から居間へ移動してきた。そこで、キャサリンの姿を見つけた。


「あら、キャサリン!」


 キャサリンはすぐに振り向いた。いつもの、変わらない姿の日向がそこに立っていた。キャサリンの胸がなぜか懐かしさで一杯になって、思わず彼女を抱きしめた。


「あらあらあら、どうしたの? そんなに寂しかった?」


 日向の身長はキャサリンのより低かったが、母親のような存在であることは変わりなかった。彼女のまっすぐな黒髪のせいか、ふとキャサリンの本当の母親と姿が重なる。


「ふふ、修業お疲れ様。今他の子たちは買い出しに行ってるよ。そろそろ帰ってくると思う」


 ちょうどそのとき、大量の食糧が入った袋をかかえた三班のメンバーたちががやがやと騒ぎながら扉を開けたとこだった。


「ただいまー……あー! キャス!」


 リーナは持っていた重い袋ごと、キャサリンに飛びついた。


「やっと帰ってきた! 寂しかったよー!」


「私もだよ」


 キャサリンは温かい気持ちになって返す。他の子たちもぞろぞろとキャサリンを取り囲んで、さまざまな言葉をかけた。


「元気だったかい?」


「修業どうだった?」


「オクサーナの調子は?」


「敵は見つけられた?」


「ちゃんと飛べたか?」


 キャサリンはその質問に一つ一つ返した。


「イリーナ治ったんだ! よかった! 出会ったときからずっと意識がなかったから、心配していたんだ」


 怜は嬉しそうに言った。


「幻影の能力ってどういうこと?」


 一方、クリシュナはヒューゴの不思議な力に興味を持ったようだ。


「私もよくわからないけど……ヒューゴさんは人の思考を読んだり、幻を見せることができるのよ。でもヒューゴさんを追っている葡萄月ヴァンデミエールは同じタイプの能力をもっていて、人の記憶や意思を封印することができるって感じ」


「やはり『神の僕』は敵側に当たるのか……」


 キャサリンの話を聞いた翔はぼそっと呟いた。


「なおさら霧月ブリュメールが何者なのかわからなくなるな」


「まあ……恐らく助けてくれたのはあのときだけで、次会ったときは敵になってるってことでしょうね」


 キャサリンは目を伏せて、低い声で言った。


「なんであいつが俺の姉なんか知ってるんだろう……」


 怜はぼんやりと吐いたが、その言葉は嫌な予感を誘った。


「まあ、まあ。とりあえず皆さん、明日のための料理作るのを手伝ってくれないかしら? 私ひとりじゃ全員分なんてとうていできないよ」


「はあい」


 日向から指示されて、子供たちは役割分担しながら作業を開始した。約一時間後に、最後の任務を終わらせたアーベルが帰ってきて、全員がそろった。アーベルは何か手伝おうとしたが、全員から休んでいるように言われた。彼は申し訳なさそうに笑った。


 キャサリンは賑やかな仲間を見て、自分は帰ってきたのだと感じた。安心感があふれてくる。ここは自分の家だと、身に染みてわかった。


 私はフロスト社、フェアリー団、三班所属、キャサリン・メルカド・ウィルソン。そして、この人たちは私のもうひとつの家族である。







 ヒューゴ、オクサーナ、そしてその妹のイリーナは、無事にオクサーナが所属している一班の隠れ家に到着した。彼らの到着に班員たちは歓喜した。オクサーナはイリーナのことを他の班員にすぐに話し始めたが、そのすきに、ヒューゴは班員たちに用意された自分の部屋へ行った。


 周りに誰もいないことを確認した彼は、静かに窓を開けた。すると、そこに一羽の大きな鷲が飛び込んできた。ヒューゴは鳥を撫で、餌を食べさせた。その間に彼は一つのメモを書き上げる。短い文だった。



 筒に紙を入れたヒューゴは、鷲を飛ばした。それは迷うことなくまっすぐ飛んでいった。


 メモにはこう記されてあった。


「フェアリー団への侵入に成功。あの方に伝えてくれ」

 

 宛先は「霧月ブリュメール」だった。





 ~第一部「Who Am I?」完~






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 ここまでFairiesを読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます!


 二部ではキャサリンはより強い存在たちと戦うことになります。それは彼女に勝利をもたらすのか、それとも取り返せない喪失へと導くのか……


 キャサリンの物語はこれからもまだまだ続きますが、今後ともよろしくお願いします!


 星やハート、コメントいつもありがとうございます。とても励みになっています!もしここまで読んで少しでも面白いなと感じたら、ぜひ☆や♡をよろしくお願いします!



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