―第10話― 修行(後編)

 それから数日がたった現在、なんだかんだ言いながらも、リアはちゃんと修行に付き合ってくれている。

 でも、今日のリアは少しだけ雰囲気が違うような気がする。

 何がとは言えないが、少しだけ怖いような気がする。


「『移動』」


 リアの言葉で、いつもの洞窟まで一瞬で移動する。

 その瞬間、明らかに空気が変わった。

 それはまるで、シリウスと対峙したときと同じような……。


「なあ、ジャスミン」

「な、何?」


「今から俺と、本気で戦え」


「……え?」

「この数日間で、ジャスミンの戦闘技術は、飛躍的に伸びてきたんだ」

「ええと……」

「だからこそ、俺は今から、本気の本気を出す」

「いや、さすがにリアの本気は無理よ!」

「いいや、お前ならいける。だが、絶対に気を抜くなよ。一瞬でも気を抜けば、死ぬぞ」


 怖い。

 リアの目が、本気であることを表している。

 鼓動が早まっていくのが分かる。

 剣を握っている腕が、小刻みに震える。

 でも、これはきっと、私を思ってのリアの行動なのだろう。

 それなら、その思いに全力で答えるしかない。


「よし、覚悟はできたみたいだな。それじゃあ……」


 一拍の後、リアがついにその言葉を放つ。


「始めるぞ」


 次の瞬間、リアは目の前から消えた。

 反射的に動かした剣に、重い衝撃が加えられる。


「……っ!」


 腕が折れるかと思った。

 これが直撃したらと思うと……。

 いや、今の一撃を受けられたからといって、満足していてはだめだ。

 またすぐに、二発目が来るは……ず……。

 首を横にそらした瞬間、とんでもない風圧が襲い掛かってきた。

 あ、危なかった!

 完全に勘だった。

 でも、なんとか避けることはできているみたいだ……。




 それからも、何発も、何十発もの攻撃が飛んできた。

 そして、それらすべてを、ギリギリのところでかわすことができていた。

 でも、もうそろそろ体力の限界だ。

 腕もしびれてきている。

 だが、リアの表情にも疲れが表れてきている。

 目も慣れてきているし、反撃をするなら、体力が残っている今しかない。

 そう思い、もう一度剣を握りなおす。

 リアの動きに集中する。

 その刹那、先ほどまで立っていた場所から、リアの姿が消える。

 おそらくは、背後に回り込んできている。

 ならば、そこを叩くのみ!

 腕、足、腰、全身を使っての反撃。

 これさえ当てられれば、リアに勝てる!




 …………周囲に鋭い音が響き渡る。

 私の剣は、中心できれいに折れていた。

 今の一撃で、柄を握る力を失い、そのまま地面に落ちた。

 リアが拳を握り、振りかぶったのが見える。

 このままでは、直撃してしまうだろう。

 いやだ。

 怖い。

 逃げなきゃ。

 でも、もう体が動かない。

 いや、まだ何かできるはずだ。

 まだ何か……。

 その須臾の間、頭の中でイメージが思い浮かぶ。

 そのイメージのまま右の手のひらを突き出し、思いついた言葉を呟く。


「『ライトニング』」






 なんだ?

 ジャスミンが、急に手のひらをこちらに向けてきた。


 全身の毛が逆立つ。

 この感覚はまずい。

 大量の魔力が動く感覚だ。

 もともと寸止めしようとしていた拳を引っ込める。

 いったい何をするつもりなんだ?

 ジャスミンが、何かを詠唱した。


 やばい!


 咄嗟の判断で、思いっきり体を横にそらす。

 それは一刹那の出来事だった。

 ジャスミンの手のひらから光の剣が飛び、先ほどまで俺がいた場所を通過した。

 そして、そのままの勢いで壁に当たり、大きな爆発音を響かせる。


 右の頬から血が流れだした。

 ジャスミンに才能があることは、この修業を始める前から分かっていた。

 だが、これほどまでとは思わなかった。

 今の技はおそらく、軽い魔力操作によって生み出された魔法だろう。

 ……俺が全く知らない代物だ。

 しかも、こんなに荒削りの状態で、これほどまでの精度と威力。

 これを極めたとしたら?

 さっきの状態で放たれれば、即死はほぼ確定だろう。

 命の危機にさらされた時、その状況から逃げ出すための防衛本能が働く。

 その力を狙っての今回の修行だったのだが、予想以上の結果だったな。

 大きなため息を吐きながら、倒れたままのジャスミンを担ぐ。


「あ、そういえば……」


 こいつの剣、折ったんだった。

 家帰ったら直そうかな。

 …………。


 これ、市販品の剣だよな。

 ……しょうがない、オーダーメイドの剣でも買ってやるか。

 免許皆伝の祝いの品にはちょうどいいだろうしな。

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