探偵そして殺し屋
@AmnR
第一章〜第四章
第一章 探偵 不吉なベル
そもそもの始まりは雨の日だった。雨が降りしきる町を1人の探偵が歩いている。
周りが傘を差す中、探偵は傘を差さずにポケットに両手を入れ不機嫌な顔をしている。
その理由は探偵の目前を歩く一人の男にある。
探偵はその男を尾行していた。
その男には重度の女癖があり、妻がいるにもかかわらず他の女を見つけては遊び回っていた。
男の妻は旦那の様子がおかしいと、探偵に調査を依頼したのだった。
だが男は予想に反して、妻が想像しているような粗相は行っていなかった。
「このままいけば報酬は無しだな」
探偵は目を閉じながら、独り言をつぶやいた。
そして男が帰宅したことを見届け、探偵は自身の事務所へと帰ることにした。
歩きながら探偵は、コートの内ポケットから煙草を出し、ライターで火をつける。
その瞬間、前を見ていなかった探偵は一人の男とぶつかった。
「失礼」
探偵は煙草をくわえたまま、男に謝罪した。
「こちらこそ」
顔色があまりよくない男は探偵を見ずに歩き続けた。
その時、探偵の足元に何かがが映る。
探偵はかがんで、あるものを拾い上げた。それは茶色の財布だった。
「おい、落としたぞ」
探偵は男が歩き去った歩行へ声をかける、しかし男はこちらに気をとめる様子もなく歩き去ってしまう。
探偵は男を追いかけるか迷ったが、その財布をポケットに仕舞う。
その罪悪感からか、探偵は加えていた煙草を水たまりに捨て、事務所への帰路を急いだ。
雨で濡れた服が不快に感じ始めたころ、探偵は自分の事務所へ到着した。
ドアの前に立った探偵はポケットから鍵を出し、鍵口へ差し込んだ。
不快な音を立てながら、木製のドアは探偵を出迎える。
探偵は慣れた手つきで事務所の電気を点けた。
来客用の椅子に腰を掛けた探偵は濡れた帽子を机に置き、コートを脱いだ。
傘を持っていけばこんな目には合わなかった、探偵は濡れて色が変わったコートを見ながらそう思った。
探偵はコートを椅子に掛け、同じように濡れて不快な感触を持つ靴下を脱いだ。
シャツとズボンだけになった探偵の前には、以前の依頼人が報酬の代わりに置いていったウイスキーの瓶が映る。
酒をコップに注ぎ流し込みたい衝動に探偵は駆られたが、探偵にはまだやるべきことがあった。
探偵は電話機の前へ立ち、今回の調査の依頼人である女の電話番号へ掛けた。
「もしもし、どなたかしら?」
女の声は少し警戒した様子だった。
「俺だ、無実の旦那の調査を頼まれた探偵だよ」
探偵は煙草を探して、ズボンのポケットに手を入れながら答えた。
女は無言だった。
「近くに旦那がいるから聞かれたくないのか」
探偵は、煙草はコートの内ポケットであることを思い出した。
「ええ、そうしてもらえると、とても助かります」
女はやけによそよそしかったが、探偵は特に気にしなかった。依頼人は往々にして、探偵にこのような態度をとる。
「なら明日にでも調査結果を伝えに行く、報酬の話もその時に」
探偵は女の返事を待たず、電話を切った。
その後、コートの内ポケットから煙草を取り出す。
煙草に火を点け、煙を吐き出す。
雨が打ち付ける窓を眺めながら、探偵は煙草を味わった。
探偵は明日には女の家に行き、報酬の事で揉める事が安易に想像できた、そして気が重くなった。
「今日の仕事は終わりだな」
探偵がウイスキーの瓶を手に取ったところで玄関ベルの音が鳴り響く。
しばらく探偵は思案した、あまり良くないタイミングだ。
厄介事でないことを祈り、探偵は瓶を元の場所へ戻すと、ドアへと向かった。
第二章 殺し屋 最悪な仕事
殺し屋は憂鬱な気分でベットに座っている。
昨夜降っていた雨は既に上がっていた。
殺し屋が気がかりなのは昨夜落とした財布の事だった。
おそらく、昨夜男とぶつかった際に落としたのだろう。
「最悪だ」
探偵はまだ暗い部屋の中で呟いた。
財布を落としたことが原因なのか、昨夜の仕事はひどいものだった。
殺し屋は昨夜の仕事を思い出す。
標的はある男だった、妻がいるにも関わらず女遊びをやめることができないどこにでもいるような男だ。
それだけならば、殺し屋の仕事の標的にはならないが手を出した女の1人がまずかった。
哀れな男が手を出した女は、俗にいう権力者の妻であった。
妻の不貞に気付いた権力者は殺し屋の組織に依頼をしたのだ、殺し屋の仕事を。
無機質なベルの音が部屋に鳴り響く、殺し屋は静かに受話器をとる。
「詳細を」
電話口から標的の情報を聞いた殺し屋は、仕事の準備に取り掛かった。
仕事用の引きだしから、銃を取り出しメンテンナスを行う。
殺し屋は慎重だった。それはこの仕事をする人間なら当然のように思えるがそうでもない。
「準備だ、この仕事でそれが最も重要だ」
殺し屋は師匠から昔教えられたことを復唱し、銃を組み立てる。
銃を握り、スライドを引く。金属がこすれる音が部屋に響き渡る。
ワルサーPPK、ドイツ製のセミオートマチックだ。サイズ、性能共に殺し屋の好みだった。
殺し屋は弾倉を取り出し、銃へ装填する。
何もない空間へ銃を構え、脇のホルスターへしまう動作を何度か繰り返す。
これまでに何度も繰り返した動作に狂いはない。
殺し屋は脇のホルスターに銃を収め、クローゼットからジャケットを取り出し袖を通す。
ネクタイを結び、鏡で確認をする。財布をポケットに入れ、腕時計の文字盤を見る。
殺し屋は時を待った。銃、財布、仕事に必要な物は揃った。
時間だ、殺し屋は玄関のドアを開け、仕事へ向かった。
ドアを開けると雨が降っていた。この仕事にとって雨は好都合だった。
殺し屋は雨も気にせず、標的の自宅へと足を進めた。
殺し屋は傘を持たずに町を歩く。
その目前に、彼と同じく傘をささずに歩く男の姿を捕らえる。
男の茶色いコートは雨に濡れ、一段と色が深くなっている。
殺し屋がその男とすれ違おうとした際に、煙草をくわえた男と肩がぶつかる。
「失礼」
男は不愛想に煙草をくわえたまま、殺し屋の顔を見た。
「こちらこそ」
殺し屋は顔を見られたことを不快に思い、男の元を足早に立ち去った。
標的の自宅が近くなり、殺し屋の意識は仕事だけに集中する。
無駄な情報は一切排除され、殺し屋の五感は仕事を果たすためだけに機能していた。
殺し屋は標的の元へと到着する。
見上げると、かすかに窓から明かりが漏れている。
殺し屋は玄関のベルを鳴らした。
第三章 探偵 雨中の依頼人
探偵がドアを開けると、そこには1人の女がずぶ濡れで立っていた。
「中に入れてくれないかしら」
女は濡れた髪をかき上げながら、探偵を見据えてそう言った。
「そこで待ってろ、タオルを取ってくる」
女の髪から垂れた水滴が、カーペットを濡らすことに探偵は耐えられなかった。
「髪を拭いてからこっちへ来てくれ」
探偵は女にタオルを投げ渡し、椅子に座った。
しばらくしてから、探偵は髪を拭いた女と向かい合って座った。
「コーヒーでも出した方がいいかな」
探偵は煙草に火を点けながら、女を見据えた。
「助けてほしいの、あなた探偵でしょ?」
これはまた面倒な事じゃないかと疑った。
「問題なら警察か教会に行くべきだ、こんな探偵のところではなく」
「警察は信用できないし、私は宗教は信じない」
「宗教はともかく、警察を信用できないとはな、どんなトラブルなんだ」
女は神妙な顔つきで話し始めた。
「私も、いまだにこれが本当の事だなんて信じられない」
重たい沈黙が流れる。
「私の彼が殺されたの」
探偵の疑惑は確証に変わった。
「なおさら警察の元へ行くべきだ」
「ただの強盗や人殺しじゃないのよ、あれはそう、殺し屋よ」
ずぶ濡れの依頼人に今度は殺し屋、探偵は自分の耳を疑った。
「あんたの言うことが本当なら、彼の死体がどっかに転がってるわけだ」
「信用できないなら、住所を教えるわ」
女は机の上にあったペンを掴み、積まれていた書類をメモがわりに住所を書いた。
「ここよ、ここで彼は殺されたし、私も危険な目にあった」
探偵は女が書いた住所を見る。驚きを隠しながら問いかける。
「お前の彼はダニエルか?」
探偵の脳内に危険信号が灯る、ただ同時に抑えられぬ自分の性分が顔を出す。
「そうよ、何であなたが彼の名前を知ってるの?」
探偵は長くなった煙草の灰に気づく、そしてそれをそのまま机に落とした。
あの女癖が悪いだけの男が殺された、それも殺し屋に。
「確かめてみなくては、何とも言えないな」
探偵は椅子から立ち上がり、濡れたコートを羽織った。
「案内するわ」
女が立ち上がった際に、机の上の書類の山が崩れた。
「ここで待ってろ、1時間もしないで戻る」
探偵は、クローゼットの棚を開ける。
そこには白い布に包まれた、拳銃が1丁鎮座している。
マグナム44、世界最大の威力を持つと言われるリボルバー。
探偵はシリンダーに弾丸が装填されていることを確認し、コートのポケットへ入れる。
「机を片付けておいてくれ」
探偵は呼吸を整え、ドアを開ける。
第四章 殺し屋 いつも通りに
「誰かしら」
殺し屋を出迎えたのは不愛想な女だった。
「こんな時間に申し訳ない、私はダニエルの知り合いでして」
殺し屋は女が開けたドアに手をかけ、続けた。
「ダニエルと話したいことがあるですが、呼んでいただけますか?」
「わかったわ、ここで待っていて」
女は怪訝そうな表情をしながら殺し屋の方を見もせずに言った。
女が階段の上へ視点を向けたその瞬間、殺し屋は女の首へ手を伸ばす。
女はひどく驚愕したが、なす術はない。
しかし、殺し屋が力を籠めれば籠めるほど、女の反応は弱弱しくなる。
女の意識がないことを確認した殺し屋は階段を上がり、2階へと向かう。
脇のホルスターからワルサーを引き抜く。
そして、ドアから光が漏れている部屋の前へ立ち、ノックする。
慌ただしい足音が、鳴り響いた後にドアは開いた。
汗ばんだ男が上半身に何も着けず、そこに立っている。
「誰だお前」
男が行動を起こすよりも早く、銃弾は眉間を貫いた。
白だった部屋の壁紙は、一瞬で血で染まる。。
殺し屋は、倒れた男の胸部に立て続けに銃弾を放つ。
仕事は終わった。
殺し屋は一階で気絶している男の妻を殺すために階段を下りる。
仰向けに倒れる女の前に立ち、殺し屋は銃弾を放つ。
女の体がかすかに跳ねる。殺し屋はホルスターにワルサーを収めた。
殺し屋は、女の死体をまたぐとリビングへと向かった。硝煙の香りがほのかに鼻腔を擽る。
殺し屋の目に、受話器が外れている電話機が映る。
受話器に耳を近づけたが、聞こえるのは通話終了の音のみだった。
殺し屋は受話器を掴み、電話機へ戻した。
溜息をつくと、殺し屋は掃除屋へ連絡するため、ポケットから携帯電話を取り出す。
掃除屋の電話番号を打ち込み、通話ボタンを押す。
殺し屋と同じ組織に属する掃除屋の役目は殺し屋の仕事の後始末をすることだ。
死体の回収から痕跡の削除を行う。
殺し屋が仕事を終えた後に掃除屋に引継ぎをするのが組織のルールだ。
「終わったのか?」
掃除屋はこもった声で問いかけた。
「あぁ、後は頼む」
殺し屋はそれだけを告げると通話を切った。
携帯電話をポケットにしまうと、殺し屋は外に出るため玄関へ向かう。
そこで殺し屋は違和感を覚えた。
ポケットに入れたはずの財布がないことに殺し屋は気づく。
この仕事にミスは許されない、殺し屋は激しく動揺した。
自身に冷静になれと言い聞かせる。そして男とぶつかったことを思い出す。
あの男を探さなくては、茶色いコートの男を。
殺し屋は家の外へ出て、携帯電話を取り出すと電話を掛けた。
相手の応答を携帯電話を耳に当て待っていると、家の中から物音が聞こえたような気がした。
殺し屋は自身が冷静でないことを悟り、雨の中傘もささず電話先の応答を待った。
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