第14話 竜人でも彼は彼だ



「配達依頼?」



 宿舎の食堂で昼食を取っていたツバキは首を傾げる。


 昼食時であるからか人が多い食堂では、依頼から帰ってきたギルドのメンバーたちが休息を取っていた。そんな食堂の隅で食事をしていたツバキはイザークの話を聞く。



「山間の村に医療品を届ける依頼だ。本来ならば、商人なんかに頼むのだろうが、この村は山に近く魔物が出易いルートを通らねばならない。商人は護衛を雇ったりする分、運送料が高くつく」



 運送料を安く上げるのならばギルドに依頼するほうが良い。ギルドは何も魔物退治や素材集めだけしか受け付けないわけではないのだ。一般的な人には難しい内容のものなら、依頼料さえ支払えば請け負う。


 ルートにもよるが今回、イザークが見つけた依頼はグリューンランクが請け負うことになっていた。報酬もそこまで悪くはないので、良いのではないかと。



「馬車で一日半と言ったところだ」

「それならロウに乗れば一日かしら」

「まぁ、二人ぐらいならば乗せられるけれども」



 もぐもぐと肉を頬張りながらロウが答える。人よりも大きくなれるロウの身体ならば、ツバキとイザークを乗せて走ることは容易かった。


 休息を間に挟んでも駆け抜ける速さがあるロウならば、一日あれば村まで着けるだろう。それを聞いてイザークは「どうだろうか」と提案した。


 ギルドに入っている以上は様々な依頼をこなしていかなければならない。選り好みしていては仕事になりはしないのだ。イザークが選んだということは自分たちの技量に見合っているということだろう。


 特に反対する意見もないのでツバキは「良いと思うわ」と答える。ロウも悪いとは思っていないようで、何を言うでもなく肉を頬張っていた。



「どんな村なのかしら?」


「ジュレールという村だ。すぐ側に山があることから下級魔物の家畜被害がたまにあるようでな、ギルドの依頼常連らしい」


「なるほど。一番近いのがここならそうなるわよね」



 ツバキは果実水を飲みながら頷く。カラムーナから大きな都市だけでなく、隣町までもかなり遠く、王都となるとさらに離れている。この周辺の村や集落などはカラムーナのギルドに頼まざるおえない。


 肉を食べ終わったロウの口を拭ってやりながら、「じゃあその依頼にしましょう」とツバキはその依頼を受けることにした。


          *


 依頼を受けにギルドへと向かうと掲示板にはまだ依頼書が残っていたので、それを剥がして受付へと持っていく。それを受理した受付の老年の男は「ちょっと待っていてくれ」と立ち上がって奥へと引っ込んだ。


 少しして小さめの箱を持って戻ってきた。今回の依頼の品のようで、中には薬などの医療品が入っている。中身を確認してから「これを村の診療所まで頼むよ」と渡された。


 ギルドの建物から出るとツバキは荷物を手に町の門まで向かう。一日かかるということなので、宿舎の店主であるアリーチェには依頼の説明をして、少しの間だけ部屋を空けることを伝える。アリーチェは慣れているのか、「分かりました。部屋はお二人用として取っておくので安心してください」と見送ってくれた。


 自分たちの荷物を持とうとしてイザークに「俺が持つ」と言われ、横から取られてしまう。ツバキは依頼の荷物だけ持つことにした。


 町を出てロウに「大きくなって」と指示を出す。ロウは身体を淡く光らせながら元の人よりも大きい姿へと変えた。その身体に馬がつけるような荷物を両脇に乗せる鞍をつける。


 両脇に荷物を乗せるとロウは屈んで二人を乗せれる姿勢になった。最初にイザークが乗り、ツバキを抱えるように抱き上げる。イザークの前に座る形でツバキが乗るとロウは走り出した。


 二人乗っていることからあまりスピードを出さず、けれど足早に地を蹴る。馬とは違った乗り心地にイザークは「すごいな」と呟いた。


 草原を駆け抜ける風のようにロウは走っていく。ツバキは地図を手に道を確認しながら時折、ロウに指示を出す。道なりにまっすぐ進むと林があり、その中へとロウは入った。


 ロウが走り抜けるたびに枝葉が揺れて音を鳴らし、小鳥たちが囀るのをやめて飛び立っていく。そのままスピードを落とさずに林を抜けいくと小川が流れていた。


 川が見えてきたことでロウが一旦、立ち止まりツバキに指示を仰ぐように顔を上げた。ツバキは地図を確認して、川に沿っていけば村に辿り着けそうだと判断する。



「このまま川に沿って進んでいけばいいみたい」



 ツバキがそう言うとロウは川に沿って再び走り出した。


          *


 日が暮れて月が昇った頃、だいぶ山間に近づいてきていた。あと少し走れば村に着くだろう。ロウは「夜通し走るか?」と問うと、イザークに「それは避けるべきだろう」と返される。


 睡眠不足というのはコンディションに関わってくる。何かあった時にうまく身体が動いてくれないというのは危険だ。ロウだって走り続ければ疲れるはずだと指摘されて、彼はまぁと頷く。



「多少の仮眠は取るべきだろう」

「ここ、ちょうど広いスペースがあるわ」



 そう言ってツバキが指をさす。川辺に近い場所だが、ロウが寝そべっても余裕があるスペースがあった。もぐもぐと携帯食を食べながらツバキはロウに寝そべるように促した。


 人よりも大きさのままロウが寝そべれば、それに寄り掛かるようにツバキが座る。鞍に乗せていた鞄から薄い毛布を取り出すと膝にかけた。



「ロウは暖かいからこのまま寝れるのよねぇ」

「わしはベッドではないのだが……」

「…………」

「あぁ、イザークも隣どう?」



 ぽんぽんと隣を叩くと、その様子を見つめていたイザークがぎこちなく座ってきた。なんだろう、その恐る恐るといった感じとツバキは眺める。



「どうしたの?」

「いや、その……」

「安心しろ、わしが見張っている」

「そうだろうな……」



 分かっていたといったふうにイザークは頷く。ロウには彼が何を言いたかったのか理解できたようだ。ツバキはよく分からなかったのだが、ロウが「気にするな」というものだから考えるのをやめる。


 ひゅうっと風が吹いたのでツバキは薄い毛布をかけ直した。そういえば、イザークは肌寒くのだろうかと思い、「寒くない?」と問う。彼は「いいや」と答えた。



「特には。慣れているというのもあるがな」

「無茶な旅をしていたんですものね」

「それはだな……」

「それはそれとして、何処からここまできたの?」

「……王都からだ」



 イザークの返答にツバキは王都かと少し興味が湧いた。竜人は王都や大きい都市にいることが多いと聞いていたが、本当だったんだなと。それに王都がどんなところなのかというのが気になった。


 ツバキが「イシュターヤの王都はどんな場所なの?」と聞くと、イザークは「活気があり、人で賑わっていたな」と思い出すように返す。



「イシュターヤの王都は治安は比較的、良いほうだった。街も汚れてはいないし、人々は活気付いていたな」


「そうなのね。戻りたいとは思わないの?」

「思わんな……。あの時の生活には戻りたくはない」



 そう言うイザークの竜の瞳が寂しげで、ツバキはあまり聴かれたくないことなのだろうなと察する。だから、「旅していたときはどうしていたの」と話を逸らした。


 イザークは「ギルドを通さない依頼を受けて食い繋いでいた」と話した。当てもなく、ただふらふらと旅をしていた。そこで集落や村で困っていることがあれば手を貸して、そのお礼で食い繋いでいたのだと。



「無茶は良くないと私は思うわ」

「そうだな。ただ、悪い旅ではなかった」

「そうなの?」

「ツバキに出会えたからな」



 この旅をしてこなければ、キミのような人には会えなかっただろう。イザークは優しく笑み見せて言うそれは救われたようで。



「私、そこまでかしら?」



 思わず口に出ていた。彼を助けたのは確かだが、救われたと思えるほどだろうか。好かれるようなことをした覚えはない。けれど、イザークは「俺からしたらな」と言う。



「ツバキの助けた理由には驚いた。が、それも含めてキミの優しさだ。竜人だからといった理由ではない。そもそも、ツバキは竜人を特に何も思っていないだろう」



 こうして側にいるけれど竜人だからと言うわけでもない。その力に驚いてはいるのは感じているけれど、文句言うわけでも恐るわけでもない。何も変わらず、普通に接してくれる。それが嬉しかったと話すイザークにツバキは目を瞬かせた。



「強いなとは思うけれど、まぁそれぐらいよね」



 竜人の強さに驚くことはあるけれど、ツバキにとってはそれだけだった。それ以外は人と変わらないと思っているから、変わらずに接するのだ。


 イザークは竜人という種族でその特性が原因で苦労したのだろうなと、その言葉だけで理解できた。


 ツバキはそっと手を伸ばしてイザークの頭を撫でる。



「苦労したでしょうに」



 よしよしと労うように撫でるとイザークは少しばかり驚いた様子を見せたけれど、すぐに心地よさげに目を細めた。


 頬を綻ばせる表情にツバキは綺麗だなと思う。いつものキリッとした顔とは違って、もちろんそれも彼の格好良さなのだがそれは別の良さがあった。こうやって嬉しそうにしている、笑顔というのは嫌いじゃないと。


 イザークがそっと手を伸ばそうとして、やめる。何がしたかったのかとツバキは考えて、抱きしめたかったのかなと思いつく。彼は前にも「抱きしめたいほどだ」といっていたから。


(ロウの体当たり、気にしているのかしら?)


 彼に抱きしめられたことがないわけではない。毎度、ロウに体当たりされていたのだが。ちらりとロウを見れば、彼は呆れているようにこの様子を眺めていた。


 撫でるのをやめようかなと手を止めるとイザークが眉を下げる。まだしてほしそうにするものだから、ツバキは仕方ないなと暫く撫でてやった。



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