第37話
鬼原の言葉に男達はうかつには飛び込めずに躊躇(ちゅうちょ)している。
その様子を見た鬼原がゆっくりと近づいた。
「なるほど、お前なかなか使えるじゃねぇか!見たことあるぜその技!合気道のようだが一般に習うヤツとはちょっと違うんだよな。古武術の派生の技だろ?どこで習ったんだよ?前にその技を使う奴と会ったことあんだよ数年前に……
あの時は俺も学生だったが、まさか中坊なんかにこの俺が互角にやり合うことになるとは思っても見なかったぜ!」
そう言いながら近付いてきて、天斗の周りの男達がまるでモーゼの海割りのように道を空ける。
天斗の目の前まで来た鬼原が咥えていたタバコを指で弾いて宙に舞う。しかし天斗はそのタバコには目もくれず、鬼原の動きに集中していた。
次の瞬間一気に間合いを詰められ天斗は襟首を掴まれそうになる。
しかし天斗の方が一瞬反応が速く鬼原の横をすり抜けて壁を蹴って跳んだ。
そしてそのまま側に居た男の顔面に膝蹴りを喰らわした!
「ごぶっ」
蹴られた男がバランスを崩して倒れ込み、その周りに居た男達も一瞬身を引いたが天斗を逃すまいとすぐに駆け寄る。
チッ……一人ずつ相手にして人数減らす作戦だったが、そう簡単にはやらせてくれないな……
結局天斗は集団に囲まれてしまう。
天斗のこめかみ辺りから一筋の汗が流れた。
所詮人間一人の体力には限界がある。例え攻撃したところで、一人一人がかなり強い相手なだけに、まとまってかかって来られれば、ひとたまりもないのは目に見えている。
それに、別格の鬼原という男以外にも、やたらと図体のデカいヤバそうな相手まで控えている。
もう既に天斗の中には敗北の二文字が頭を過ぎっている。
クソっ……せめて林田兄弟だけでも逃してやれれば……
どうする……どうすれば……
その時、鬼原が
「おい!出口をもっと固めておけ!こいつは絶対逃がすんじゃねぇ!なかなかすばしっこいからよぉ!」
その指示に一人、一人と出口に向かって歩いていく。
周りに居た男達がそちらに気を取られたのを天斗は見逃さず、出口に向かって歩いていく3人に向かって背後から飛びかかった!
ダダダッ!!!
まるで獲物を狙うチーターかのような俊敏な動きで一気に間合いを詰めて、先ず一番手前に居た男の延髄目掛けて飛び蹴りを繰り出した。
ドォッ!!!
それは見事に決まり不意を突かれた男は前のめりに倒れ伏す。
倒れた男は首を押さえながら
「いってぇ~……」
と、片膝を付いてしばらく立ち上がることが出来ずにいる。
続けて天斗は更に前に居る男に向かっていく。。
しかし既に男は振り返りカウンターを狙って拳を振り下ろしてきていた。それを身を低く下げて交わしざまクルリと男に背を向け、その伸びた相手の腕を取って自分の肩に相手の肘の関節を乗せて思いっきり下に引き下ろす!
ボキィ~!!!
骨がもろに折れる嫌な音と共に
「うがぁ~………」
という悲鳴を上げてその男も崩れ落ち、その男の腕が曲がってはいけない方向を向いている。
天斗は背後から追ってくる集団の気配を察知して、更に出口に一番近い男の方へダッシュした。
何とか外に出て一人ずつ相手に出来る状況に持って行かないと絶対潰される!
しかし次の瞬間、出口側に居た男は天斗が突っ込む寸前に自分の視界から消えた!
!?!?!?
天斗の目には信じ難い光景が映っていた。
それは……
消えたと思った男の代わりに、蹴りを放った後にまだ脚を横に払って止まっている透の姿があった。
「透さん!!!」
天斗は驚きのあまり思わず叫んでいた。
透に回し蹴りを喰らった男は既に床に伏して気絶している。
一撃……たった一撃で終わっている……
やっぱ透さんはすげぇ……
「悪かったな黒崎!まさかお前がここに来てたとは……いや、お前なら来ねぇわけがねぇか。とりあえずまだ無事みたいで何より」
「透さん……すみません……僕は透さんの制止も聞かずに……」
「わかってるよ……お前の想いは。仲間をやられて黙っている薄情な総長なんざ必要ねぇよな!」
そう言って透は天斗の肩をポンと叩いて突っ立っている男達の方へ歩を進める。
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、ジャリ……
透は男達の前で立ち止まり
「よう、お前ら人の街で派手に暴れてくれたなぁ~!」
そう言ってグルリと男達を見回す。
男達も透を殺しかねない恐ろしい形相で睨みつけている。
「ははっ、よう久しぶりだな中坊よ!」
そう声をかけたのは鬼原だった。
「そうか……お前の中じゃまだあの屈辱の中で時間が止まってたか……そりゃそうだよな。まだ中学生のガキに最強高校生と呼ばれたお前が手を余してたんだからよ!」
鬼原のおどけた顔が一気に険しい表情に変わり
「余してねぇよ!初見で甘く見誤っただけさ!」
「いや、違うな……見誤ったんじゃねぇ!完全にお前は読み間違えたのさ!俺の強さを……」
「あぁ?何勘違いしてんだよ!俺が中坊相手に本気になってやるわけにいかんだろ?」
「そうか?本気で殺らなかったらお前が怪我するところだったぞ?」
鬼原の青筋が盛り上がり、怒りで眉間にシワも寄っている。
「ようし、丁度いいぜ!あのときの本当の実力の差がどういうものだったか改めて教えてやるよ!」
そう言って拳をもう片方の手で握りポキポキと鳴らしながら、拳を固めて透に歩み寄る。
「透さん……」
「いいから見とけ!俺が全力出す相手なんてそうそう居ねぇんだからよ!お前は絶対手を出すな!下手すりゃマジで殺されかねん相手だ!」
それは天斗も肌で感じてる。
透と鬼原が数歩の距離を置いて対峙した。
お互い睨み合いが続く。
おそらく透さんはアイツを相手にすれば他を構う余裕なんて無いだろう……周りの奴らを俺が何とかしなくちゃ……
その時、大木とも思える程の巨漢、極島修羅が天斗の目の前に立ちはだかる。
「ボウズ、逃さねえぜ!」
そう言って大木が不敵な笑みを浮かべ見下ろしてくる。
反則なんだって!!!こんな規格外の男にどうすりゃいいんだよ!
天斗は思わず後ずさる。
ジリッ……
恐れるな!!!恐れるな!!!下がるな!!!やると決めた以上、前に出るしかねぇ!
その時極島修羅が哀れみの表情を浮かべて天斗を見下ろす。
「可哀想にな……こんな小さいガキが一人で乗り込んで来て……お前の仲間は冷てえよな……中坊を総長なんかに担いで責任なすりつけてよ……」
「違う!そんなんじゃねぇよ!俺が関わるなと止めたんだ!むしろ忠実で有り難いくらいさ!」
「いや本当に可哀想な奴だよ……お前が負けてチームが敗北となっても、全て総長の責任に出来るんだからよ……全くバカなメンバーを持つヘッドは辛いな……違うか……逆に賢いからお前を総長に担ぎ上げたのか……馬鹿なのはお前の方だったか…悪い悪い……」
天斗はこの安い挑発に乗ることはせず、どう攻略するか分析していた。
俺がこの男に勝てる確率は……無い……それはわかってる……けど、少しでもこの男の戦意を削ぐような傷を付けなければ……それしか今の俺に出来ることは無い……
極島修羅がゆっくりと天斗に向かって近づいてくる。それは、余裕とも取れるほど優雅に……
天斗は身構える。
そして次の瞬間、極島が目にも止まらぬ俊敏さで天斗の腕を掴みに来た!
天斗はこの巨体でこれほどの動きが出来るとは思って無かったので、一瞬反応が遅れてしまったが、危機一髪身を引いてそれをかわした。
危なかった……捕まれば終わりだ……あいつの隙を付いて廻り込もうと思ったがどうやら簡単には行かなそうだな……
天斗の背筋に汗が流れる。
こいつの弱点……何かあるはずだ。必ずどこかに攻め入る隙が……
極島はまたゆっくりと間合いを詰めてくる。
天斗は次の攻撃のカウンターを狙って動かない。
極島は一瞬手を伸ばそうとする動きを見せ、天斗は一か八かその手を取って関節を狙おうと試みたが、次の瞬間極島は手を引き蹴りを放って来た!
天斗は不用意に前に乗り出してしまったため、その蹴りはモロに顔の側面に迫ってきた。
ブオオォ!!!
まるで台風かと思うほどの音が天斗の耳元を切り裂いた。
「あっぶねぇ!」
天斗はそれも紙一重でかわしていたが、もし当たっていれば頭が吹っ飛んでいたのではないかと思うほどの破壊力を秘めていた。
「黒崎~~~!!!」
透も天斗の様子を見ていてヒヤリとしていた。
「他人の心配してる余裕あんのか?」
鬼原がそう言って透に拳を繰り出していた。
他所見をしていた透だが、警戒は怠らなかったため難無くかわしていた。
「鬼原、悪いがこれは俺とお前だけの決着ってことにしないか?大人があんな中坊潰しても何の得もねぇだろ?」
「フッ!そんな都合の良い話しねぇだろ?その中坊に既に俺の仲間何人やられたんだよ!俺達はここら一体のヤンキー共を全て潰しに来てんだよ!将来の邪魔な芽を摘むためにな!」
「何だよその邪魔な芽って……」
鬼原はその質問には答えず
「言ってみりゃお前が一番目障りな存在だな……」
そう言ってまた一歩踏み出し攻撃に転じてきた。
それと同時に極島も天斗に頭上から拳を振り下ろして来た。
天斗はそれを紙一重でかわし、極島の腕を脇に抱え絡み取り関節を決めようとした。しかしそれよりも速く極島が腕を引き反対の手で天斗を掴みかかった!
天斗も辛うじてそれをかわしたが、またしても自分の動きを読まれているかのような素早い反応に驚愕する。
この男……あえて俺に腕を取らせようとして、そのカウンターを狙ってる!?確かに捕まっちまったら完全に俺の負けだ…ならば……
今度は天斗から仕掛けた。
天斗が一歩踏み込んで拳を繰り出そうとしたタイミングで極島は天斗の腕を掴もうとする。しかし今度は天斗がその手を引いたと同時に蹴りをくり出し極島の脚にヒットした!
バチィ~~~!!!
その音はこの廃工場に響き渡る程の痛々しい音を立てたが、受けた極島の方は一瞬少し顔を歪ませたくらいでそれ程効いているようには見えない。
「クソっ……」
極島は蹴りを喰らう瞬間に重心を下げて、膝側面辺りで受けていた。
頑丈な身体の極島は余裕の笑みを浮かべている。
この体格差じゃ、間違い無くこいつを投げ飛ばすことは不可能……関節極めたくても掴ませもしない……どうする……
「お前、なかなか良い蹴りしてるぞ!だが、その程度じゃ到底俺には効かんなぁ!」
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