第36話

画面に映し出されたのは、どうやら床にうつ伏せ状態にされ、顔中が痛々しい傷を負って血まみれになった林田兄弟だった。


「さあ、早く仲間呼べよ!ほんとに死んじまうぞ!どのみち皆ぶち殺すんだからよ!」


「死んでも命乞いなんかするかよ!」


「俺達をナメんな!クソ野郎!」


「ほう、そうかい………泣けるねぇ~、仲間愛………なぁ、こいつらアバラやら脚やらヤバいことになってんぞ!早く来てやれよ!中坊総長さんよ!」


そこで動画が終わっている。


スマホを持つ手は震え、そのまま握り潰しかねない力がこもっていた。


「天斗、おい!わかってんだろうな!」


天斗の耳にはマスターの声はおろか、この騒がしいライブハウスの一切の雑音が届いていない。

途中店内で馬鹿騒ぎをする何人もの若者にぶつかりながらもただ一点を見つめ入口に向かって歩いていく。

ぶつかられた若者達が天斗に悪態を付くも、その表情に皆口を閉ざした。


ライブハウス会場を出てから位置情報を確認しバイクに乗り込む。


まだほろ酔いや泥水する人達、そしてゆっくりと行き交う車で溢れる繁華街を一台のバイクがけたたましい爆音を立てて駆け抜けて行く。

そこに居合わせた人々は皆何が起きていたのか気づくのに遅れを取る程に一瞬で消えていく。


おそよ十分、光のような速さで高速移動する天斗のバイクが、繁華街とは全く真逆の街灯が頼りなさそうに辺りを照らす薄暗い場所に来てようやく停まった。


天斗は震える手でもう一度ポケットからスマホを取り出し位置情報の確認をする。


深く深呼吸をし、自分を落ち着かせる。


「恐れるな!恐れるな!俺はずっとずっと透さんの背中を見て来た。あの人はいつだって誰にも頼らず一人で………」


天斗は決して無敵のヒーローなわけではない。むしろ幼少の頃はいじめられっ子で、相手を殴る勇気すら持ちあわせてはいない程気弱な少年だった。

臆するなという方が無理があるぐらいだ。

しかし、大切な仲間が酷い目に遭っているその怒りが天斗の中の恐怖をほんの少しだけ上回っているだけなのだ。


ゆっくりとスマホをポケットに入れ、再びクラッチを握りながら何度もアクセルを吹かす。


「うらあぁぁぁぁぁ~~~~~~~!!!」


ブォンヴォヴォヴォヴォヴォウン!!!


キュルルルルルルルルルルルルルッ!


バイクは一瞬にして闇夜に消えていった。



~廃倉庫~


「なぁ、来るかなぁ~、お前らのガキ総長さんよ。お前ら何で中坊なんかヘッドに担ぎ上げたんだよ?色々聞いたぞ?この街のとんだお笑い種じゃねぇか!」


林田兄弟がギロリと鬼原を睨む。


「何だよその目?だってよ、お前ら族ごっこしてんじゃねぇか!どこの世界にそんなガキをヘッドにしてチーム組む奴居るんだよ?普通恥ずかしくてデケェ顔してそんなの公表出来んて!」


「確かに中坊のガキかもな……」


「けどよ、あいつはマジで男の中の男何なんだよ!」


「お前らみたいにこんな汚え真似なんかしねえし」


「喧嘩の実力も本物なんだよ!」


「ほう!その割に未だに何の連絡も来ねぇじゃねえか?お前ら買い被りすぎなんだよ!」


と、その時外からけたたましい爆音が鳴り響いてきた。


「チッ……」


「あのバカ……」


「おっ!噂をすればお前らの仲間が駆けつけて来てくれたみたいだな?」


鬼原は仲間に顎で指示し外部の様子をを見に行かせる。



天斗はバイクを停めて周囲を確認する。

廃倉庫の前の駐車スペースはかなり広く取られており、そこに乱雑に改造車が並んでいる。


透さんのバイクは無い……良かった、俺の勘違いだったんだ……


ヘルメットを取りミラーに掛けて何度も深呼吸をする。



パンパンパン!


天斗は自分の顔を三度両手で叩き気合を入れバイクから降りて入口に向かって歩いていく。


廃倉庫の大きなシャッターは完全に閉まっていて、そのすぐ脇に通用口のドアが見えた。


天斗がそのドア近くまで行くと中から大きな笑い声が聞こえてくる。


ギリギリギリ…


天斗はそのマヌケた集団の笑い声が耳に触り激しく歯ぎしりをした。


そのとき、通用口のドアが廃倉庫の中に吸い込まれるように消えていく。

そしてそこへ一人の凶悪そうな面をしたガタイの良い男が姿を表す。


「おっ!やっと現れたか!随分と待ってたん………」


男が言い終える前に天斗は男の視界から消え、そして次の瞬間男は内蔵に大きなコンクリートの塊でも投げつけられたかと思うような激しい衝撃を感じて目が回っていた。




「しかし妙だな……どう考えてもバイク一台の音にしか聞こえねぇ……まさかとは思うが、お前らのガキ総長さんは仲間招集かけても誰も聞いてくれなくて一人でのこのこと乗り込んで来たんじゃねぇの?可哀想になぁ~、結局族ごっこなんじゃねぇか」


鬼原のその言葉に皆一斉に大笑いして林田兄弟を見下ろしている。


「………」


「………バカな奴だな、お前はいつもそうなんだよ………」


「あぁ、ほんとにバカな野郎だ………」


鬼原にはこの林田兄弟の言葉の意味が理解出来ていなかった。


その時、外を確認しに出た男が入口付近から中へぶっ飛んで来た。


トゴォーン!


「うごぉ……」


「どうした!?」


鬼原の仲間達が一斉に入口に向かって振り向いた。


鬼原達の目に入ってきたものは、やはりと言うべき姿だった。


見るからに身長はまだまだ中学生。しかしあどけない顔には似つかわしくない鋭い眼光。そして格闘家が見ればわかるその佇(たたず)まい。


「おぉ、これはこれは遠路はるばる!族ごっこのガキ総長さんようこそお越しで!」


「うっせぇよ!」


天斗はボロ雑巾のように床に投げ出された林田兄弟を見て、その痛々しい姿に胸が痛む。


天斗の拳がギチギチギチと音を立て震える。


「これだから中坊ってのは好きじゃねぇんだよ!目上の人に対しての言葉遣いをちゃんとわかってねぇ!」


そう言って鬼原が仲間に目で合図を送る。


集団がゆっくり近付いてくる。

実際には20人ほどだが、天斗には倍はいるような錯覚に陥っていた。



さすがにこの数の中、あんな重傷の林田兄弟を逃がす術は無いか………

どうする……まともにやり合えばすぐにたたみかけられて終わりだ……


ゴクッ…


天斗はクルリときびすを返し入口に向かって走り出す。


「おい!なんだよあれ!?いきなり逃げんじゃねぇか!逃がすなよ!」


鬼原は笑いながら林田兄弟を見下ろし


「ほらな!お前ら買い被りすぎなんだよ!所詮はただの中坊よ!」


集団がバタバタと追いかける。


そして入口付近で天斗は止まり、一番先頭に詰めてきた相手のパンチを受け流しながら相手の勢いを生かして投げると同時に肘の関節を極めた!


ビキィ~!


ドドォ~!


気味が悪い音とほぼ同時に顔面から派手に落下し


「うぐぅ…」


と消え入るようなうめき声を発して激痛に顔をしかめている。


間髪入れずにもう一人の男が、倒れている男を飛び越える形でジャンプして飛び膝を放ってくる。

天斗はまだ投げた後の低い体勢のままで、相手の膝が天斗の顔面を捉えようとしていた。


男は完全に天斗の顔にヒットすると確信していたが、それは虚しく空を切る……


!??????


手応えを感じられず違和感を覚えた瞬間、自分の顔面に熱く激しい衝撃を覚え、自分がどんな体勢なのかわからぬ状態で今度は頭を強打した。


男は脳しんとうを起こしそのまま意識を失う。


「この野郎!」


男の顔を蹴り抜いた天斗は次に向かい来る男に対しての準備が出来ていない。


すぐにクルッと集団に背を向け近くの壁の方へ駆け寄る。


「よし!そのまま追い詰めろ!絶対逃がすな!」


鬼原は、入口に数人固めて退路を塞ぐと同時に天斗を壁際に追い込むように指示を出す。


天斗は角の方へと走り壁にブチ当たる。そこへ獲物を追い詰めたと言わんばかりに男がジリジリと詰め寄って来るが、これもまた不用意に回し蹴りを天斗の腹に繰り出し、それが当たる感触があることを完全に確信していたが、まるで実体の無い人間だったのかと錯覚するほど刹那のタイミングで消えていて思いっきり壁を蹴っていた。


ドン!


という鈍い音と同時に脚にビリビリと電気が走ったような感覚を味わう。


そして次の瞬間男は首にとてつもない衝撃を感じたと同時に天井を仰ぎ高速で視界がグルグル動いて


スドォン!!!


と音を立てて頭を強打し星が飛ぶ。


天斗は相手の首に腕を回して投げ飛ばし脳天から地面に叩きつけた後、更にその男の手首の関節を容赦無く極めていた。


ビキィ!


続けて天斗に飛びかかろうとしていた男が目の前の衝撃的な光景を前に一瞬怯んだ。

更にその周りを何人もの男達が固め絶体絶命のピンチの様に見えたが、実はこれこそが天斗の作戦だった。


これによって相手は天斗の背後を取れなくなり、羽交い締めを喰らうことだけは避けられる。


怯んでいる男に


「どけ!」


と、いきり立っている別の男がどこかで拾った鉄パイプを両手で持ち頭上大きく振りかぶる。


天斗にとって長い獲物は逆に隙が出来る恰好の餌食でしかない。

男はそれを察したのか、ニヤッと笑って振り下ろそうとはせず片手に持ち換えた。


それを見た鬼原が


「止めろバカ野郎!」


と、大きな声で怒鳴った。


男はその声に一瞬ビクッと飛び上がり、そしてゆっくりと振り返りながら鉄パイプを持った手を下ろす。


「お前そんなことしたらどうなるか考えろ!」


男は鬼原の言った意味を勘違いしていた。鉄パイプを天斗に向かって投げれば天斗が最悪大怪我では済まなくなるぞと言う警告だと思っていたのだ。

しかし鬼原の口からは全く違う意味の言葉が……


「それをそのガキが躱(かわ)したらどうなんだよ!」


男は冷静に自分と周りの壁との距離を見回した。


「そんなもん投げて跳ね返れば仲間に当たって傷付けちまうだろうが!」


「は………すいません………」


「しかもそんな角に追い込んだら多勢の意味が無えんだよ!少しは頭使えよお前ら!」


「………」


鬼原はこの局面を冷静に判断していた。

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