第3話
薫と透は自分の家に天斗を連れて帰り、天斗の傷の手当てをしていた。
「随分と派手にやられたね」
薫が透の傷の処置の仕方を見ながら言った。
「こいつ、なかなかやるじゃねーか。簡単には出来ねーぞ、数人相手に立ち向かうってのは」
「そうだね。天斗はすごいかも…恐くなかった?」
薫が天斗の顔を覗き込んで聞いた。天斗は口を開こうとはしない。が、心の中では
この傷の痛みよりも、君と友達で居られなくなる方がずっと辛いよ…また独りぼっちになる方がずっと辛いよ…君に必要とされなくなるのが恐いんだ…だから…もう弱い自分でいるのは止めるんだ!君の為に…君が僕を必要としてくれるために!
「薫、こいつ昨日までとは目が違うぞ?何か強い芯がこもった目付きに変わってるよ」
「兄ちゃん…それ私も気づいた。何かさ…天斗に勇気もらえた気がするよ」
「ん?勇気?」
「うん、私も天斗が居れば独りぼっちじゃないって。この子…この子なら私を独りにしないって。私…天斗好きかも!」
「好きか!おい黒崎!お前いきなり告白されてんぞ!今日の勇気ある行動はよかったな!」
「兄ちゃん!告白じゃないよ!まだ弱いけど、強くなろうとするとこが好きってだけだから!」
良かった…凄く嬉しい…かおりに好きって言われた。ほんとは凄く恐かった。凄く足がガクガク震えたし…
天斗は先程のケンカのシーンを思い出す。
「おい黒崎~!昨日は邪魔が入ったなぁ!お前友達欲しいんだろ?だったらちゃんとお菓子万引きしてこいよ!お金を払って買ってきたら万引きにならないだろ!」
天斗は万引きする勇気がなく、自分の夜の弁当代を遣ってお菓子を買い、万引きした体(てい)で渡していた。そのため、その日の晩御飯は食べられず空腹を堪えたのだ。いつも独りぼっちの天斗がいじめの対象となって万引きを強要される日々が続き、その度に晩御飯を食べられない切なさを感じていた。そして薫との出会いにより、天斗の心の中に大きな変化が現れる。
「もうお前達の言いなりにはならない!もう俺は一人じゃない!」
天斗の小さな心臓ははち切れそうなほどバクバクと音を立てていた。恐怖で足も震える。立っていられないほどに。それでも必死に自分を奮い起たせたものは薫との繋がりだった。せっかく見つけたたった一つの生きる希望を失いたくない。その飢えた薫からの愛情が天斗に勇気を与えていたのだ。
「ははは!なーに勘違いしてんだ?昨日の上級生がお前の味方にでもなってくれるのか?お前は独りぼっちなんだよ!だから友達になってやるって言ってるんだろうが!」
「お前らは…友達なんかじゃないじゃないか!友達って言うのは…あの子みたいなのを言うんだ!」
天斗の背中は冷汗でびっしょり濡れている。そのとき数人の一人が天斗を突き飛ばし転倒させた。
「お前随分生意気だなぁ~。もう友達にしてやらね」
そう言って倒れてる天斗に馬乗りになって数発拳で顔面を殴った。そして立ち上がり
「行こうぜ、もうこいつは知らねー」
数人が立ち去ろうとしたとき
「待てよ!」
天斗は鬼の形相で立っていた。それを見た少年らは言葉にならない恐怖心を抱く。
「待てよ!俺は…弱くない…お前たちなんか恐くない…俺は…あの子と約束したんだ…強くなるって…」
「あ?お前何言ってるんだ?あの子って誰だよ…恐くないとか言ってめちゃくちゃ震えてるじゃん!」
少年らは天斗に詰め寄る。そして一人が動き出したと同時に全員が天斗に襲いかかる。二人で羽交い締めにして殴ったり蹴ったり天斗がグッタリするまで暴行は続いた。
「もういい、もう行こう…」
最初に動き出した少年がそう言って暴行は止まった。天斗はその場で膝を着く。そして全員が立ち去ろうとする。それでも天斗の目は更に怒りで血走っていた。
「待てよ!行くな…これじゃ…俺が…負けたみたいじゃないか…」
少年らはみんな言葉が出ない。天斗のこの修羅のような顔が恐ろしくなった。みんなその場に立ちすくんでいる。天斗はヨロヨロと少年らに近付き殴りかかる。今度は少年らが恐怖で動けず全員がぶっ飛ばされていた。そしてその場に天斗が力尽き倒れこんだ。気付いた時には薫が天斗を抱きかかえていたのだった。
「天斗、あんたは私が必ず強くして上げる!誰にも負けないくらいに」
薫が天斗に優しい眼差しでそう言った。透は明らかに薫が天斗に特別な感情を抱いていると感じ取った。
「薫…殺すなよ?」
「だから兄ちゃんがそれ言う?」
そのやり取りを見て天斗は自分でも気付かずにニヤッと笑っていた。
「痛っ!」
笑った瞬間に顔の傷が痛む。
「黒崎、もうすっかり遅くなっちまった。外はもう暗いし送っていこうか?」
透が気にかけてそう言った。
「大丈夫…」
ボソッと一言だけ言った。
「なぁ、お前…随分痩せてるけどちゃんと飯食ってるか?」
透は天斗の家庭環境が決して良くないと直感している。
「もし何だったらうちで飯食ってくか?」
天斗の目に涙が溜まる。
「あぁ~!天斗もしかして泣く気?男なら絶対涙なんて流すなよ!」
「違うよ!泣いてなんかいない!俺は弱くない!絶対泣かない!」
黒崎…お前…必死なんだな。せっかく見つけた絆を失うのが怖くて。
透は何もかける言葉がなくて切なくなった。
「薫、今日はまだ何も晩御飯用意してないからラーメンでも食いに行こうか?」
「ラーメン?うん、行く!」
薫がふと天斗の顔を見ると暗い顔をしている。
「天斗?ラーメン嫌い?別にラーメンじゃなくても良いんだよ?」
「ううん…やっぱり帰る…」
すかさず透が
「黒崎…心配要らねーぞ?金無いんだろ?今日は俺が出してやるから。さ、腹も減ったし行くぞ!」
薫は天斗の手を握ってニコッと微笑んだ。天斗はすぐに視線をそらしたが、無表情の中に幸せを噛みしめていた。天斗は人に自分の感情を見せるのが嫌だったのだ。
かおり…俺は…君のことが…
天斗はラーメンをご馳走になり、透と薫に家まで送ってもらった。
「へぇ~、ここが天斗の家かぁ~。思ってたのとイメージ違うなぁ~」
透も薫も天斗は恵まれない境遇で、ボロいアパート暮らしをしているのだと勝手にイメージしていたが、そこには普通の庭付きの一戸建ての家があった。
「なぁ黒崎、親は帰ってないのか?家の中真っ暗なんじゃないか?」
天斗はうつむいて黙っている。薫は天斗の顔を覗き込んで
「天斗…兄弟居ないの?家で独りぼっち?」
薫は自分よりも更に孤独な男の子がこんなに身近に居たのだと想い、胸が苦しくなる。自分でさえこんなに孤独感を感じているのに、いったい天斗にはどれほどの淋しさがあるのだろう…
「天斗…」
薫はかける言葉が見つからない。
「黒崎、親は帰ってくるのか?もし来ないなら今夜うちに泊めてやろうか?」
天斗はうつむいたまま無表情を装っているが、内心は自分にこんなに親切にしてくれる二人に涙が出そうなほど感動していた。
「今日は…ありがとう…とおる君…かおり…気持ちは凄く嬉しいけど…」
その時透は天斗を抱きしめていた。
「わかった。何も言うな…何も言わなくていい…」
天斗の目には涙が溢れている。それは透のシャツの胸辺りに浸透していった。泣きたくないのに…泣いちゃダメなのに…
透は薫にこの涙が見えないようにさり気無く自分のシャツで拭き取った。
「黒崎…また明日な!俺もお前の友達だ!」
透は天斗をそのまま家に向けて背中を押した。薫には天斗の顔は見えていない。天斗の背中に薫が
「天斗!明日は遅刻するなよ!その傷治るまでは鬼バットは休んでやるから…」
天斗は一瞬立ち止まったがこらえきれず、素早く玄関の鍵を開けて家の中へと消えていった。そしてその場で座り込み膝を抱えて号泣した。
「兄ちゃん…あいつ何だか可哀想だね…」
二人帰り道で話している。
「薫…あいつすげぇな…俺にはお前が居るから淋しく無いけどよ…兄弟もなく、親にも相手にされなかったら…生きてる意味がわかんねーよ…」
「兄ちゃん…」
「ん?」
「ううん…何でもない…」
「薫…もしかして…」
「兄ちゃん…淋しくないよ…私には兄ちゃんが居るから…」
お母さんが居なくたって…父ちゃんがほとんど家に居なくたって…私には優しい兄ちゃんが居るから…
薫はいつになくセンチな気持ちになっていた。涙が目に溜まりほとんど見えない。そのときそっと透は薫の手を握る。薫もその手を強く握り返し兄の手の温もりを感じながら歩いた。
天斗はシャワーを出たあと真っ暗な自分の部屋のベッドの上で膝を抱えて座っていた。今日の出来事全てを思い返してはニヤニヤしたり、急に泣き出したり情緒不安定になっていた。
とおる君…かおり…ありがとう…
そのとき下の階から人の話し声が聞こえてきた。天斗の母親が帰ってきたのだ。やけに上機嫌な声で酔っぱらっているのか、他に男の声も聞こえてきた。
また誰か男の人と一緒に帰って来たんだ…
天斗は布団をかぶり話し声から耳を塞ぐ。薫と透との時間は、天斗にとってこの現実世界とは全く違う空間での出来事だったかのように感じていた。だから現実に引き戻されるのが堪えきれなかった。
翌日の朝、透は薫が登校するのを見送ってから可奈子に電話をかける。
「もしもし、可奈子姉ちゃん?薫は学校行った。どこに行けばいい?」
「とりあえず家に来て。いきなりお母さんと二人でって緊張するでしょ?」
「うん、わかった。すぐに行くよ…」
透は薫のアルバムを手に持って出掛けた。
清水家、つまり従姉妹の理佳子の家で透は緊張の面持ちでソファーに座っていた。
「透、お願い…真紀に恨み言を言わないであげて欲しいの…」
「可奈子姉ちゃん…恨んでなんかいないよ…心配しないで」
「ありがとう…透は優しいから心配はしてないんだけど…あら?それは何?」
透が膝の上に乗せていたアルバムに目をやり聞いた。
「アルバム!薫の成長過程を母さんに見せてあげたくて…俺は今日会えるけど、薫はどうなるかわからないし…」
そのとき家のチャイムが鳴った。可奈子がすぐに玄関へ向かうが、透は動けずにいた。そして玄関で二人か何か話している様子。そのあとゆっくりとリビング入り口に誰かが立ち止まった気配…
透はゆっくりと振り返る。
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