第15話 改めて思う

 待ち合わせには時間の少し前に着くようにしている。今まではスカートをはいていたので、ここに来るまでも緊張が半端なかったけど、今日は、ジーンズだし長めのジャケットも着ているので、緊張しないでこれた。


「翔ちゃん?」


「!杏璃ちゃん。早かったね」


 待ち合わせの場所に着いて数分しない内に声をかけられてびっくりした。まだ時間まで20分はあるのに。今日も可愛くおめかしした杏璃ちゃんがそこにいた。ベージュのワンピースにカーキ色のパーカーを羽織り、髪の毛もいつものようにふんわりとカールさせていた。


「翔ちゃんこそ……今日はスカートじゃないんだね」


 やっぱりそこに目がいくよな。俺は少しだけ伺うように杏璃ちゃんを見てから


「うん。どうかな?……やっぱり男っぽいかな?」


 ちょっと小さくなった声でそう聞いた。


「ううん。素敵……だよ」


 杏璃ちゃんの反応も見る限りではセーフっぽい。よかった。


「そう!良かった。杏璃ちゃんも今日も可愛いね」


「あ、ありがとう……」


 照れて舌を向く杏璃ちゃんの姿も見慣れてきたけど、やっぱり何度見ても可愛い。俺は自分の右手を杏璃ちゃんへと差し出した。


「じゃ、行こう」


 杏璃ちゃんはいつものようにおずおずと俺の手をとって握り返してきた。三回目ともなると手をつなぐ緊張も少し和らいで、今は嬉しい気持ちが勝っていた。


「今日はさ、杏璃ちゃんに私の服を選んでほしいんだ」


「え」


「ダメかな?」


「ううん。いいの私が選んでも?」


「うん。あ、もちろん自分の意見も言うけど」


 手をつないで、街中を歩く。いつもよりは俺たちを見る視線は少ないように思う。俺が意識しているだけでそんなに見ていた人もいないんだろうけど、やっぱり俺の見た目がぱっと見女性に見えないのが大きいのかもしれない。


 そういえば、杏璃ちゃんはこういう視線は大丈夫なんだろうか?って言うか周りにカミングアウトってしてないよな?


今更ながらにそんな不安が頭をよぎり、今まで恥ずかしい思いをさせていたんじゃないかと焦る。


「あ、杏璃ちゃん聞きたいことがあるんだけど」


「なに?」


「杏璃ちゃんは、周りの人にカミングアウトはしてるの?」


「え?」


「あ、いや、だって私とこうして手をつないで歩いているのを誰かに見られたら困るかなって今更思ったりして」


 俺がしどろもどろにそう話すと、杏璃ちゃんは少しだけびっくりしたような顔をしたけどすぐに柔らかい表情になった。


「……翔ちゃんは本当に優しいね。」


 そうして、握っている手に力が籠り遠くを見るように杏璃ちゃんの視線が上に向いた。


「あ、言いにくかったらいいの。ただ気になって」


「ううん。私を思ってのことだから嬉しいよ。そうだね、えと……私……中学の時にね。好きな子がいたの。相手は女の子でね……その時にはもう自分が同性愛者っていうのがわかっててね。でも、やっぱり周りにはそういう子は一人もいなかったからすごく悩んで……」


 やばい。ショッピングに行く道中で聞くような話じゃない気がする……けど、杏璃ちゃんは逆に……気軽に話したいのかもしれない。その証拠に声もいつもより明るいし、早口だし……。


「うん……」


「そのことを別の友だちに話したら。あっという間に噂が広がってね……勝手に落ち込んで不登校になって周りにいっぱい迷惑かけたの」


 明るく、笑い話のように話す杏璃ちゃん。口元も笑っている。


「だけどその時に、お父さんもお母さんも私の話をちゃんと聞いてくれて……だからお父さんとお母さんは知ってるの……けど」


 ぎゅっと握っている手に力が籠って顔は下を向いてしまう。


「周りには言えない……またあの時みたいになったらって」


 その出来事は言葉にしてしまえば、たったそれだけ、たった数行、たった数分で話せる内容だけど、その時の杏璃ちゃんにはきっとすごく長い時間でそして今でも乗り越えられない傷になって残っているんだ。なら、新しい傷を俺のせいで作るわけにはいかない。


「……わかった。じゃ、誰かに見られたら私が女装趣味があるってことで」


「翔……ちゃ」


 俺のその言葉に杏璃ちゃんがびっくりして顔を上げて俺を見た。


「大丈夫。私の友だちはこの事知ってるし、家族も知ってるから」


「で、でも」


「デモは鎮圧されました」


「?」


 俺の一発ギャグに盛大に怪訝な顔をする杏璃ちゃん。やば、空気を和まそうとして見事に滑った。


「な、なんて一回言ってみたかったんだよね」


 古いかな……。


「ふふ、何それ」


 良かった笑ってくれて。俺がほっと胸をなでおろしていると。少しだけ手を引かれ杏璃ちゃんの右手が俺の右腕を掴み抱きしめてきた。


 ぬあ!ちょ、うで、腕に杏璃ちゃんの胸がですね!


「デモは鎮圧されてもね。それは駄目だよ私も翔ちゃんみたいに好きな人のこと好き

って言いたいから」


 俺が盛大にパニックっていると杏璃ちゃんが小さい声でそう呟いた。


「……」


 その言葉ですっと冷静さが戻ってくる。今は俺の腕を抱きしめてくれているけど、期限が来たら……ううん。その前に好きな人ができたら離れて行ってしまう。そんなのは嫌だ……。もっと、もっと頑張ろう杏璃ちゃんに好きになってもらえるように、好きって言ってもらえるように。もっと。

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