ドレミファ
心太
宇宙に行った夢
お腹がすいた。
とてつもなく、果てしなく、宇宙のように、お腹がすいた。信じられない。
朝の日差しが、とても穏やかに、部屋を照らしているのだけれど、待ち望んだ、日曜日の朝なのだけれど、お腹がすいた。
金曜日の夜から、何も食べていない。なんなら、水すら飲んでいない。別にそれほどまでに忙しかったとか、そういう訳では、全然ないのだけれど、なぜだかわからないけれど、今日の朝まで、全然食欲が湧かなかった。体を動かしてなかったからか、冬だから全然エネルギーを消耗しないからなのか、理由は全然わからない。
宇宙飛行士になった夢を見ていた。
僕が宇宙飛行士になれる訳ないのだけれど、夢の中の僕は、全くそのことに違和感を感じていなかった。
宇宙船のハッチが開いて、僕は命綱をつけられて真っ黒い宇宙の中に放り込まれる。そのことにも、僕は全く違和感を覚えていなかった。
しばらく、宇宙を泳ぎまわっていた。真夜中のプールの底みたいに、宇宙は、限りなく広がっていた。太陽の光が、僕の体に当たって、僕の体は、ハッキリ、くっきり、宇宙の中で光っている。
周りが、真っ暗だった。音も何もしなかった。そうして、僕の背後をみると、宇宙船が、ドカンとあって、その宇宙船が動いているのか、僕が流されているのか、はっきりとわからなかったけれど、その後ろから、巨大な青い地球が、公転しながら音もなく浮かんでいた。
その光景は、とても美しかった。美しかったのだけれど、僕は絶えず食べ物のことを考えていた。
そうして目が覚めた時、僕は自分が、ものすごくお腹がすいていることに気がついた。
夢の中で見た地球は、とても美しかったのだけれど、美しいだのなんだのを感じる前に、僕はまず、餓死寸前だった。
思えば、何も飲まず食わずだったら、三日で人間は息絶える筈なのだ。それを、ほぼ二日も経過してしまっていたわけで、美しいもへったくれも無い。危うく死ぬところだった。
最近になって、死が物凄く身近にあることに気が付いた。
ふとした瞬間に、すぐ後ろにいたりする。甘美な声で、死んだ方が楽だと説得しにかかってくる。
僕は死なないように生きる。死んだ後で、エリシオンみたいな楽園があれば、喜んで死ぬのだけれど、そんな確証もどこにもない。
そもそもエリシオンは、超人的な善行を積んだ人しかいけない世界だったような気がする。僕が行けるはずもない。
そんなことを考えながら、僕は起き上がる。水槽の中の、四匹のネオンテトラに餌をあげる。
僕は何も食べていなかったが、その熱帯魚にだけは、毎日三食、必ず餌をあげていた。
別に可愛い訳でもないのだけれど、飼っている以上はちゃんと食べさせてあげないと、みたいな、道徳心みたいなもので、彼らには、ちゃんと食べさせている。水槽もちゃんと洗う。
名前はない。
ドレミファ。今思いついて、適当に、こいつがドで、こいつがレで、みたいなことを、考えていて、なんでこんなことをしているんだろうと、ふと我に帰る。
「なんでこんなことをしなきゃいけないんですかね」
フライパンに油を垂らしながら言うと、死ぬからだよ、と、ドレミファのどれか一匹が答えた、ような気がした。
フライパンに油を敷いたはいいけれど、何もない。
全くふざけている。僕は、生きていくことに、とっても不真面目なのかもしれない。
生きていくことに真面目だろうが不真面目だろうが、いつかは死ぬことになるのだけれど、とドレミファがつぶやく。
ドレミファはいつ見ても水色に薄く光っていた。
ドレミファ。そういえば、作曲家とか、楽器をする人には、もしかしたら、音がこんな風に見えているのかなぁ、と取り止めもなく考える。
世の中に溢れている音という音全てが、水槽の中を泳ぐネオンテトラみたいに、はっきりと可視化されて、自分の周りを、泳ぎまわっている。
それはもう、宇宙なのか。宇宙と呼んでいいのか。
ゴッホがかいた星月夜みたいな、あんな感じで、怒涛の如く押し寄せて、ドレミファの大群が、街と、自分自身を飲み込んでいく。
それは全て、法則に則っていて、一つ一つが、数珠みたいに繋がって流れていく。
そんなふうに音が見えるようになったら、きっと楽しいだろうなと思いながら、フランスパンを齧る。
少しカビ臭い。
「こんなことをする必要が本当にあったんだろうか」
僕が空気みたいに呟くと、水槽の方で、もちろん、と声が聞こえた。
ドレミファ 心太 @today121
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