ハプスブルク帝国
*ハプスブルク帝国
-所在:ヨーロッパ
-人口:5600万人
-政治体制:立憲君主制連邦国家
-国家元首:カール三世(皇帝兼国王)
-宰相:ルートヴィヒ・フォン・ボスヘス
-兵力:65万
-国家騎士団
+帝国宮廷騎士団(ツィスライタニエン 別名・西部騎士団(ヴェステン・オルデン、略称WO))
+王国騎士団(トランスライタニエン 別名・東部騎士団(オステン・オルデン、略称OO))
・この二つが存在するほか、他にも州政府などに独自の騎士団が存在する。
***ツィスライタニエンとトランスライタニエンについて
・本来、ツィスライタニエンは、1867年以後のオーストリア=ハンガリー帝国において、二重帝国の北部および西部地域を指すときに、行政や司法の場で非公式に使われていた呼称。直訳すると「ライタ川よりこちら側の地域(つまりオーストリア)」となり、トランスライタニエンは「ライタ川の向こう側(ハンガリー)」の意味になる。
・オーストリアとハンガリーを区別するための呼び名で、国境線だったライタ川が用いられたのだが、当然だがライタ川が関係ない地域も含まれており、呼び名としてはいい加減なもの。
・一応、この世界では「西部」と「東部」という意味で用いることにする。深く考えないで欲しい。思いつきだから。
・オーストリアとハンガリーが合併した国家が基礎なので、オーストリア帝国の宮廷騎士団を「ツィスライタニエン・オルデン」、ハンガリー王国に所属していた騎士団を「トランスライタニエン・オルデン」と呼ぶようになったらしい。
・赤色戦争に参戦したのは王国騎士団。
・宮廷騎士団は皇帝護衛の任務のためウィーンを離れることはなかった。というか、この時点では宮廷騎士団は選抜が厳しすぎて採用者が極めて少なく、定数の3割にも満たない戦力不足を問題視されたから派遣が見送られたという実情がある。
・宮廷騎士団に入る事の出来なかった多くの騎士が流れ、一大戦力となった王国騎士団だったが、赤色戦争やその後のアフリカ戦線でほぼ壊滅的打撃を被ることになる。
・2001年には両騎士団の合併と再編成が行われた。
・モデルになったのは何と日本の皇室近衛騎士団。
・何故かといえば、騎士団と魔法騎士団が雑多な編成となっていたこの二つの騎士団から、騎士と魔法騎士をすっぱり切り分けたから。
・改編以降は―――
+ツィスライタニエン → 一般騎士により編成される騎士団。
+トランスライタニエン→ 魔法騎士で編成される魔法騎士団。
・このように区別された。
・この改編以降、呼びやすくするためか、「西部騎士団(ヴェステン・オルデン)」と「東部騎士団(オステン・オルデン)」と呼ばれることも多くなった。
**概説
・ヨーロッパでは英仏独に次ぐ大国。
・ハプスブルク家を王家とする立憲君主制連邦国家。
・正式名称は「帝国皇帝に代表される諸王国および諸邦ならびに神聖なるハンガリーのイシュトヴァーン王冠の諸邦」とやたら長い。
・地図的には、実在のオーストリア=ハンガリー帝国そのまま。中身は相当違うけど。
・ヨーロッパの大国で、今の地名で言えば「オーストリア・ハンガリー・ボヘミア・モラヴィア・シュレジエン・ガリツィア=ロドメリア(ルテニア)・スロヴァキア・トランシルヴァニア・バナート・クロアティア・クライン・キュステンラント・スラヴォニア・ブコヴィナ・ボスニア・ヘルツェゴビナ・イストリア・ダルマティア」など、多くの地域を抱えている。
・ドイツとロシアの間に挟まれた少数民族や弱小国家が生き残るために寄り集まった集団で、18世紀までは「世界の火薬庫」と呼ばれる程、民族紛争の多発地帯だった。
・帝国による周辺国家の統一の後は、憲法上において民族の平等が保証され、地域ごと州として政府が存在し、地方自治は州政府による統治に任されている。
・州は民族とそれまでの小国家を単位としているが、制度発足以降は、その地域の民族独立運動の類は州の問題と見なされるようになったことや、同じ国民としての教育の徹底、連邦内の移動が自由もあってか、近年は民族問題は下火になりつつある。
・こうした緩い自治制度で国家が成立している背景には、所属する多くの民族が「独立」ではなく連邦国家という大きい枠のなかで「自治」を得て安定する、つまり諸民族の連邦国家を望んでいるから。
●史実と違う皇帝家
・この世界はフランス革命は大失敗しているから、ナポレオン3世なんて名前すら存在しない。
・だから、彼の誘いに乗って、フランツ・ヨーゼフ1世の弟マクシミリアンがメキシコ皇帝に即位することはない。
・フランスは革命の時点でほとんどすべての海外領土を喪失しているから、メキシコなんてもう他国のもの。
・史実ではメキシコ皇帝になったマクシミリアンは、1867年に銃殺刑に処されているが、この世界では1902年まで生きている。皇位こそ継承しなかったが、自由主義的思想を持った人望に熱い人物で、未だに国民からの人気は高い。
・皇后エリザベートは1916年まで存命し、フランツ・ヨーゼフ1世と共に皇帝夫妻として天寿を全うした。
・19世紀末の保守派の台頭と、それを危惧した母により徹底した保守的教育を施された皇太子ルドルフが皇位を継承(マイヤーリング事件は起きていない)したため、1914年のサラエボ事件は起きていない。
・皇帝の政治的実権は極めて小さいものの、国家の代表、民族統合の象徴として国民からは根強い人気がある。
●現在
・はっきり平和な国で、ヨーロッパでは住みやすい国の上位に常にランクインしている。
・農耕と工業が両立している。
・国民は総じてのどかな気質。
・ヨーロッパではドイツに並ぶ文化の中心地で、特にクラシック音楽の世界では歴史・名実共に世界随一の国。
・世界大戦他、歴史的な数多くの悲劇の多くを免れたヨーロッパらしく、数多くの歴史的建造物も多く、観光や学問など多くの分野で国際機関の本部が置かれている。
・アフリカへも積極的に参加し、イギリス・ドイツに次ぐ規模の植民地を保有、アフリカの開発にも熱心。
・アフリカからの難民が流入して以降、治安が悪化した時期もあったが、現在ではかなり回復している。
●軍事力
・多民族国家でありながら、国家への国民の帰属意識が高いことから軍は強い力をもっている。
・ロシアとドイツという大国に挟まれていることから、対抗上の意味もあって軍事力は強力。
・メサイアの導入にも熱心で、ヨーロッパにおいては実はイギリスを優に凌ぐ保有数を誇る。
・日本戦線へも参加している。
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