うろこ雲の空の下で
雨屋蛸介
鍵
はいこれ、と渡された物はロッカーの鍵だった。ご丁寧に修学旅行で買ったようなキーホルダーも付いていた。
「これ何?」
「奈良で買ったシカのキティちゃん」
「そっちじゃねえんだわ」
こっちこっち、本体。そう指で示したら、浩太はああと頷いた。
「俺のロッカーの合鍵」
「作っていいもんなの?」
「ちゃんと先生には言ってあるよ」
「言ってあるんだ。いやなんで?」
「隆太、忘れ物してよく借りに来るから。もう勝手に取ってって」
「えー、やったー。サンキュー」
そりゃ願ってもないことですが。俺はポケットに鍵を滑り込ませた。シカの角がちょっと痛かった。なくすなよと浩太に付け加えられ反抗しようとしたが、去年一度鍵をなくして職員室に申請に行っているので何も言い返せなかった。
「いつか家の合鍵渡していい?」
浩太はしっかり前を向いてきびきび歩きながら言う。そういうことはもう少し、こう、何かさあ、俺はそんなことを口の中で転がしてから飲み込んだ。
「せめて一人暮らしになってからな。そしたら飯食いに行くわ」
「ん」
バス停からの五分間、三百メートルくらいの距離。今は二人向かう先は学校だけど、いつかはそれも変わったりするんだろうか。もっと立派な鍵にも、こいつはキティちゃんをつけるんだろうか。俺はまだ少し寝ぼけた頭でそんなことを考えていた。
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