第7話 落ちてきた少女、恩知らずな女ッ!
「茶番をしていて恥ずかしくないのですか?」
「誰のせいだと思っているんだよ」
必死の説得により、何とかオルフェスに矛を収めさせることが出来た。
おかげさまで王国の力を借りて復讐するなどという結果を迎えずに済んだ。
ようやく落ち着いてくれたのか、オルフェスは椅子に座り直す。
「それで改めて聞きます。答えは?」
「ノー」
「改めて聞きます。答えは?」
「ノー」
「改めて――」
「いつまで繰り返すんだよ!? 君、いま目の焦点合ってなかったぞ!」
「ウィズ。貴方の力はコルカス王国のためになります。天使の脅威から人々を守るためにも、ぜひ!」
その言葉を聞いたウィズは無性に腹立たしくなった。
こんな言葉を掛けられる器ならば、自分はこんなに気持ちを落ち込ませなくても良かったのだ。
「しつこいぞッ! 僕はそういう厄介事とは無縁の生活を送りたいんだ! いい加減に帰ってくれ!」
ウィズが指を鳴らすと、オルフェスとリリウムの周囲に光輪が発生した。光輪は二人の身体を拘束するやいなや、家の外まで連れて行った。
「ちょ、ウィズ!? ウィズー!?」
「おお! すごいですね! この光輪、どんな魔法なんでしょうか? 宙を浮いてます!」
「〈フライングバインド〉だ。これでテキトーな場所に放り投げるから後はもう帰ってくれ」
家の中から二人が出ていったのを確認し、ウィズは扉に鍵を掛ける。ついでに絶対に開けられないように施錠魔法を行使した。ウィズの腕前ならば、解錠するには途方も無い時間が必要となる。つまり、ゆっくりとした時間が戻ってきたということだ。
一応、三十分ごとに窓から外の様子を見たが、二人は戻ってくる気配はなかった。
「……よかった。これで静かな時間が戻った」
早速勝ち取った平穏を満喫しだすウィズ。
「それにしてもまさかオルフェスにこの家の事を知られるとは思わなかった。引っ越そうかな……」
狂気、災厄、混沌。オルフェスとはそういう人間だ。
ウィズはよく理解していた。彼女に絡めばロクなことがない。昔からそうだった。
必ず起こすのだ、トラブルを。ウィズはそうならないように立ち回った。それはとても上手く。だけど、トラブルが起きてしまう。
生粋のトラブルメーカーである彼女は、スローライフを求めるウィズには不要の存在。
もう二度と会うことはない、そうウィズは決めていた。
だというのに、なぜか居住地を知られてしまった。トラブルは嫌なので、ウィズは本気で引っ越しの検討を始める。
「ん?」
その時、どさりと何かが落ちた音が聞こえた。
それはありえないはずなのだ。
ウィズは自宅の周りに結界を張っている。その結界を通過すれば必ずウィズは反応する。そういう仕組みになっているのだ。
「……まさかオルフェスが何か奇天烈なトラップを残していったんじゃ」
念の為戦闘準備をして、ウィズは外に出た。
「なっ……」
音の発生源はすぐに見つけられた。
ソレを見て、ウィズは驚きを隠せなかった。予想すらしていなかった存在だったから。
「女、の子……?」
鮮やかなエメラルドを思わせる髪。純白のワンピース。あどけない顔立ち。華奢な体つき。年齢にして十二、三といったところ。
“美少女”と評して差し支えない少女が家の前に倒れていた。
「お……おい、大丈夫か?」
ウィズが少女に近づき、しゃがみ込む。
身体を揺らしてみる。しかし反応がない。
死んでいる――嫌な予感が彼の脳裏をよぎる。これを誰かに見られたら誤解される恐れがある。
「…………ぅ」
少女の口から吐息が漏れた。呼吸があることにウィズは心の底から安堵した。
柔らかい草の上に倒れているとはいえ、このまま寝かせておくのは何とも気分が悪い。
自分の心の平穏のため、ウィズはとりあえず少女を家に運び込むことにした。
◆ ◆ ◆
「僕のベッドまで運んできたけど……」
少女の胸は小さく規則正しく上下していた。
考えをまとめるため、ウィズは一旦コーヒーを飲むことにした。
「ふぅ……それにしても、この子は一体何者なんだ。僕の魔力結界に引っかからないなんて……」
彼が警戒を解いていない理由はそこにある。
ウィズの魔力結界はあらゆる生命に反応する。全体を包む不可視の膜を通った時点でウィズの脳内に対象のイメージが転送される。だからこそ不思議なのだ。刹那の時間ですら少女の姿が転送されることはなかった。
ぐいとカップを一気に煽る。コーヒー特有の苦味がウィズの思考をリフレッシュする。
「まぁコルカス王国の治安維持部隊に引き渡すのが安定の一手だろうな」
コルカス王国の治安維持部隊の働きぶりは近隣諸国でも有名だ。
必ず少女にとっての力になってくれるだろう。少々戸惑ったが、これでトラブル解決。再び穏やかなスローライフを送ることが出来る。そう、彼は思っていた。
――直後、背後に神話的恐怖ッッッ!!!
「これはァァァァッ!?」
「ようやく見つけました、シエル様」
後ろを向くと、そこには見るも美しい蒼髪の女性が立っていた。ウィズはそこから動くことが出来なかった。何故ならば、女性の両手にある長剣がそれぞれ首元と心臓に突きつけられているからだ。
「何の真似だこれはッ!!?」
「黙りなさい。シエル様の睡眠を妨害しないでください」
「シエル様!? あの女の子の事か!?」
「そうです。ずっと探していました。あの時はぐれてしまってからずっとずっと……!」
「何やら事情があるようだね。だったら早急に引き取って帰って欲しい。僕は何も見なかったし、聞かなかった。これで良いだろう? スローライフを送りたいんだ僕は」
蒼髪の女性は静かに首を横に振った。
それはウィズの知っている限りでは“拒否”の意思表示。しかし、これは超田舎に住む人間特有の“了承”の可能性もあるので、ウィズは恐る恐る確認した。
「それはどういう意味だい? 嫌だ、ということなのかな?」
「シエル様のお姿を見られたのです。追手が貴方の頭を切断して、そこから記憶を読み取る可能性があります。ですから――」
蒼髪の女性が剣を握る力を強めたッ!
「このヴァールシアが貴方を粉微塵にし、次の安息の地を目指したいと思います」
ヴァールシアの突然の宣言ッ!
何となく予想していた彼女の行動に、ウィズは思わず呆れ返ってしまった。
「一時的にとはいえ、シエルとやらを上等なベッドに寝かせたこの僕に対する行動じゃあないだろうッ! 恩知らずな奴に僕は容赦しないッ! 来いよヴァールシア! 反省させてやるッ!!」
怒りが爆発したウィズは勢いで蒼髪の女ヴァールシアに指を向けた。
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