14 ホノカと少女とロックスター



「あんた、あたしが見えんの?」



その部屋は、人気メタルロックバンド

〖DO IT OR DIE 〗の関連グッズが小さな棚へ並べられ、壁にはバンドのギタリスト、〖LIZ(リズ)〗のポスターが1枚貼られている。



「なんか、あたし霊感あるみたいなのね、子供の時からっ。」



髪の毛がすっかり抜け落ちてしまった頭には、ライブグッズである赤いニット帽を被っている。

眉もまつ毛も抜け落ち、痩せこけた頬、青白い表情だが嬉しそうに、病死専門死神のホノカを見上げる少女。

今しがた、この病室へ舞い降りた途端少女と目が合ったところだ。



少女は白血病患者。

14歳にしてこれまで何度も入退院を繰り返してきた。

病死専門死神とは、他の死神とは違い、その者の正確な死亡時刻を把握することは難しい。

なぜなら、病気とはその本人の気力や精神力、体力などにより持ち直す場合があるからだ。

ましてやこの14歳の少女ともなれば、死期が近いとはいえその若さだ。

これまで何度か危篤に陥ってもかろうじて回復してきた。


だがホノカが現れたということは、その余命は僅かであることを示している。



「霊感ね...あたし別に幽霊じゃないんだけどな。」


「んー、なんかちょっとぼやけるんだけどね。でも、お姉さんはたぶん綺麗な人っ。」



少女はぼんやりと見えるホノカへニッコリ笑った。



「あんた怖くないの。幽霊かもしれないあたしが。」


「んー、どうだろ?怖くはないかな。幽霊って何回か見てきたし。そしてたぶんお姉さんいい人でしょ?」



何の根拠かは知らないが、少女はその無垢な笑顔でニッコリ微笑む。


死期が近いと感じ様子を見には来たが、当の本人はタブレットで〖DO IT OR DIE〗のライブ映像を見ながら何やら元気そうだ。



「ちょっと来るのが早かったみたいね。出直すわ。」



ホノカは背中に収めていた漆黒の翼を一気に広げた。

その勢いで黒い羽根が舞う中、消え去ろうと指を鳴らす寸前で少女は慌てて呼び止めた。



「待って!ねぇ、お話しない?あたし...ここから出られないから、誰かとお話ししたいんだっ。」



少女は先程と打って代わり、寂しそうにホノカを見上げている。



「....あたしそんなに暇じゃないから。

........まぁ、ちょっとだけなら。」


「わぁっありがとうっ!」



ホノカはその大きな翼を閉じ、背中へ収めようとした。



「綺麗な翼だねっ。」


「.....綺麗?こんなものが?」


「うんっ!すごい!」


「すごいかしら。」


「すごいよっ、あたしにはないもんっ!」



少女が満面の笑顔で翼を眺めているため、ホノカは背中へ収めるのをやめた。



「ところであんた、さっきから何見てんのよ。」


「あっ、これっ?」



少女はタブレットを指さし、何やら楽しそうに語り始めた。



「これはねっ、〖DO IT OR DIE〗っていうメタル系のバンドなのっ。通称〖ドゥーダイ〗!

あたしね、このギターの人が推しなのっ!

LIZさんっていうんだけどねっ、もうねっ、ちよぉぉぉぉおおおおおおかっこいいんだよっ!

見てっ、LIZさん最近髪の毛赤に変えたんだよっ!もぉヤバイよっめちゃくちゃかっこいいんだけどーっ!どーしよぉぉおっ!」


「そ...そう...。」



一時停止されたタブレット画面では、肩まで赤い長髪で、手の甲と首にパイソン柄のタトゥーがチラついた男が映っている。

鋲だらけの黒いライダースジャケットを着たその男は、肩からギターを掛けて艶めかしく微笑んでいた。


少女の推しトークは止まらない。



「LIZさんってね、見た目はちょっと厳ついけど、めちゃくちゃ優しいんだよーっ!

ライブでは最後までステージに残ってギリギリまで手振ってくれるしっ、笑うと子供みたいで可愛いしっ、何よりその可愛さと、ギター弾いてる時のカッコ良さとのギャップ!萌えすぎて溶けそうだよぉーっ!」



病に苦しむ人間とは思えないほどの明るさに、ホノカはただポカンと少女を見下ろす。



「あーぁーっ、あたしもギター弾けたらなぁーっ。」


「....ギターならそこにあるじゃない。」



ベッドの脇に立てかけられた、黒いフェルナンデスギター、モッキンバード。

黒く艷めくそのボディには、ピンクのペンでサインが書かれている。



「これねっ!なんとっ、LIZさんにもらったんだよっ!」



少女は興奮した様子で更に声のボリュームを上げた。



「バンドとかってあたしはよく分かんないけど....本人なんかに物とか貰えたりするもんなの?」


「普通じゃ絶対ありえないよぉー!でもね、あたしには奇跡が起きたんだっ!」



少女が笑う度に、その八重歯が幼気を演出した。



「キャッチ ア ドリーム って知ってる?」


「....知らないわ。」


「あのね、あたしみたいな、小児病患者の夢を可能な限り叶えてくれるプロジェクトでね、あたしのLIZさんに会いたいって夢を、お母さんが応募してくれたのっ!

そしたらね、なんとぉ、LIZさん本人が承諾してくれたんだよぉーっ?すごくなーいっ?」


「あんた、病人なんだからちょっと落ち着きなさい。悪化するわよ。」



興奮が収まらない様子の少女によると、そのキャッチアドリームというプロジェクトにより、LIZ本人からドームライブへ招待されたという。

ライブが終わり、控室へ通され、LIZはついさっきまで使用していたモッキンバードを片手に現れた。

緊張でうまく話せない少女に、LIZは優しく語りかけ、モッキンバードにサインをして渡してくれた。

何を話したか覚えていないくらいに緊張していたが、同行した母親が撮っていた動画を、これまでに何度も何度も繰り返し見まくったのだという。



「しかもね、あたしがちょっと危篤状態になっちゃった時があって、お母さんが連絡してみたら、LIZさん仕事中なのに駆けつけてくたんだって!あたし意識なかったからさぁー!会えなかったけど、

ちょーーー感動じゃなぁーーいっ!?」



少女が今日一で声を張り上げると、病室の扉がガラガラと開いた。



「こーら、消灯時間過ぎてるわよ。

リズさんばっかり見てないで、早く寝なさいね。穂花(ほのか)ちゃん。」


「あはっ。はーいっ。」



点検に訪れた看護師に注意を受け、笑いながら返事をする穂花という少女は、タブレットの電源ボタンを押した。



「へへっ。怒られちゃった。」



そう言って穂花が枕へ頭を付けると、ホノカはまたその翼を広げ、言った。



「また来るわ。早く寝なさい。」


「うんっ、ありがとう、お姉さんっ!」



ホノカが指を鳴らすと、その姿はそよ風と共に消えた。



「....すごいなぁ...綺麗な人だったなぁ...。」



穂花は目を瞑りながら呟いた。



───────


天空へと飛び立ちながらホノカは、スマホ画面を開いた。

Gagleを開くと、検索欄へ〖LIZ〗と打ってみた。



「へぇ...LIZ、骨髄ドナーへ登録...、ライブ収益をキャッチアドリームへ寄付...海外アーティストからコラボを熱望される秀でた音楽センス...、ファンのため各グッズは¥5000以下に設定、いろいろやってんのねぇ...酒が好きなのか...元美容師?...ふーん....。」



思えば人間なんかと話したのは何百年ぶりだろうか。

これまでにも自分の事が見えていたであろう人間に遭遇したことはあったが、皆その姿に驚き、話しかけるどころか逃げられる始末。

それをあの自分と同じ名前の少女は物怖じせず接してくれた。

ホノカは歯痒く感じながらも、想い人を嬉しそうに語る少女に懐かしみを覚えた。


生前の自身と重ねて。




──────


今日も三途の川へと魂を送りにやって来たホノカ。


先に奪衣婆の誘導する列へ並ぶ亡者の中に、とんでもない人物が紛れているのを発見した。

ホノカは目を見開くと共に、地面を蹴り上げ即座にまた飛び去って行った。


それを見ていた奪衣婆の時絵は不機嫌そうに吐露した。



「なんだぃあの小娘。あたいに挨拶もなしに...。

ほら、そこの赤い髪の兄ちゃん、この白装束に着替えな。」



奪衣婆の言葉にその手を伸ばす赤髪の男は、こんな場所に居てはいけない人物であった。



───────


〖えー、速報です。

今日未明、人気メタルロックバンド、「DO IT OR DIE」のギタリスト「LIZ」さん(33)が、都内の自宅のドアノブで首を吊っているのを同居していた女性が発見し、すぐに病院に運ばれましたが死亡が確認されました。

警察は自殺か事故の両面から捜査を.......〗



ホノカが病室に到着した頃には、穂花はタブレットで幾つもの同じようなネットニュースを何度も繰り返し見漁っていた。


まるで魂が抜け出たかのように放心し、その見開いた目からは大粒の涙が止まらない。


ホノカに気づいているのかいないのか、タブレット画面を見つめたまま口を半開きに放心している。



「ほの....。」



穂花へやっと声をかけようとしたホノカに、彼女はほぼ同時に口を開いた。



「なんで...?ねぇお姉さん、死ぬのはあたしでしょ?お姉さん死神でしょ?あたしを迎えに来たんでしょ?なのに何でLIZさんなの?なんで?」



少女は画面を見つめたまま声を震わせている。



「あんた...あたしが死神だって気付いてたのね。」


「ねぇ、交換してよ。あたしとLIZさんの命交換してよ。」


「悪いけど、死神はそんなに器用じゃないわ。」


「だって...だってLIZさん言ってたもん...苦しくても乗り越えられる、何があっても戦える、辛い時はなんでも俺に言えよって、一緒に頑張ろうなって。

手紙も毎月くれるんだよ?いつも励ましてくれるんだよ?一緒に生きようなって。

なのになんで?なんでそんなこと言ってくれた人が自殺なんかするの?」



ホノカは先頃の三途の川での光景を思い返した。

自分が到着した頃に入れ違いで飛び立っていったのは確か、ガク。ではなく、シンだった。



「自殺じゃないわよ。」



穂花はやっとホノカを見上げた。



「事故死よ。」


「なんで...分かるの...。」


「あたしは病死専門死神。その男を迎えに行ったのは、事故死専門死神だったからよ。」



穂花の涙は更に溢れ出した。



「ギタリストってとても肩が凝るそうね。そのニュース、ドアノブにタオルを掛けて..って書いてあるけど、タオルに顎をかけて引っ張ると肩こりが楽になるそうよ。

彼は日頃からその方法を使っていたんでしょうね。

そして恐らく、昨日はそれを泥酔状態で行ってしまった。お酒が好きなんでしょ、彼。毎日泥酔するほど飲み歩くそうじゃない。」



ホノカはGagleで得た知識を交えながら推測して話した。



「じ...こ...?」


「えぇ。人の死は平等よ。それが早すぎるとは言え、その生を受けた時点で決められていた事。人間はその終わりが来るまでその生を懸命に全うするもの。彼もその1人よ。

彼の行ってきたこと全てに無駄なんかないわ。

そして、あんたもよ、穂花。あんたが彼を想い応援し、憧れを抱く、それだって決して無駄な事なんかじゃないわ。」



穂花の視界はもう涙でボケやて何も見えないであろう。

声をあげようにも、彼女にはそんな気力などもうなかった。

嗚咽と鼻をすする音だけが病室に響いていた。



「穂花、彼は自分の人生に満足していたはずよ。」



なぜ分かるのかと聞きた気な顔でホノカを見上げる穂花。



「三途の川で、笑ってたの。清々しい表情で、微笑んでたわ。後悔や無念さを感じなかった。

その生命を全うできた証拠よ。そんな人間、滅多にいないわ。

あんたの憧れのスーパースターを誇りに思いなさい!」



すると穂花の抑えていた感情が一気に放出され始めた。



「ぁ...あぁっ....ぁ”あ”あーーーっ!うわぁぁぁぁぁぁああーーっ!リズさ...リズさぁぁあんっ!ぁぁぁああーーっ!」



ニュースでは全国で次々と後追い自殺を図る少女たちへ、〖DO IT OR DIE〗のメンバーたちが止めるよう説得する動画が上げられたと報道し始めた。


死期の近い穂花は衰弱しているのだ。

気力で負けて後追い自殺などされては、ホノカの気が収まらない。

幼くして病と闘い、こんなに一生懸命に生きた齢14の少女が自殺など、あってはならない。

その一心でホノカは多少なりと声を張ったのだった。


すると、病室の扉が勢いよく開いた途端、穂花の母親が飛び込んできた。



「穂花っ!大丈夫っ!?」



ニュースを見て即座に家を飛び出し駆けつけた母親は、息を切らしながらすぐに穂花を抱き締めた。



「お....お母さ...あたし...あたしっ...お母さ..ん....リズさ...」


「うん!うんっ...!いいよ、何も言わなくていい!泣きなさいっ、いっぱい泣きなさいっ!もっと泣きなさいっ!!」



思いつく限りでしか言葉を発せない穂花はただただ母親の腕の中で泣き続けるしか無かった。

泣き声で駆けつけた看護師たちの見守る中、母親もまた、痛いほどの穂花の心情を理解し、涙を流さずにはいられなかった。


その様子を背に、ホノカは静かに指を鳴らし、消え去って行った。



────────


遂にその時はやって来た。

この日の穂花にはもはや生気は無く、話すこともままならない程に衰弱仕切っていた。


父親、母親、妹に見守られながら、穂花は浅い呼吸の中かろうじて目を開けると、その後方に佇むボヤけたホノカを見つけた。



〖穂花、死ぬのは怖い?〗



頭の中に、ホノカの声が響いた。

穂花は心の中でホノカへ語りかける。



〖ううん。怖くないよ。お姉さんと一緒なんでしょ?〗


〖そうよ、三途の川までだけどね。〗


〖そっか...。あたし、大丈夫だよ。死ぬのも、LIZさんの事も、あたしはもう、大丈夫。〗



そう言って穂花が目を瞑ったのは、



〖...そう。じゃあ、安心して眠りなさい。〗



ピーーーーーー.....


穂花の脈拍数が、0を示した頃だった。



家族が悲しみに暮れる中、ホノカは彼女の額に手を充て、白く光る魂を抜き取り、その指を鳴らして病室を後にした。




─────



穂花が気が付くと、そこには向こう岸が霞むほど大きな川が流れていた。



「さぁ、ほらガキ、この白装束に着替えな。」



そう言う奪衣婆に渡されたのは薄っぺらい白い着物。


穂花は隣に立つホノカを不安そうに見上げた。



「あたし、これからどうなるの?」


「あんたはここから船に乗って向こう岸へ行くの。そこからは約2年間、10箇所の裁判所を回るため旅をするのよ。」


「2年も?」


「そう。14歳はこっちの世界じゃもう大人扱いよ。他の大人の亡者に紛れて旅をするけど、あんたはきっとすぐに転生できる。安心して裁判を受けなさい。」


「道に...迷ったらどうしたらいい?」


「一本道よ。迷うことはないわ。」


「お姉さんは...どこに行っちゃうの?」


「あたしは仕事に戻るわ。....一緒には行けないのよ。」


「.......うん.....。」



そう零すように相槌を打つが、ホノカの手を握り、俯いてしまった。



「穂花、その道はね、彼も通ったはずよ。」


「えっ。」


「追いかけなさい。彼が歩んだ道を。同じ道を進みなさい。大丈夫、穂花ならできる。」



穂花は顔を上げると驚いた。



「お姉さん....初めて笑ってくれたねっ。」


「えっ?」



そう言われて気づいた。

自身が何百年ぶりかに口角を上げていることに。



「ふふっ。やっぱりお姉さんは綺麗な人だったねっ。そしていい人っ!」



現世とは違いホノカの顔がはっきりと見える穂花の笑顔は、やはり曇天の三途の川でも輝く太陽のようだった。



「ほらガキ、あんたの番だ。さっさと着替えてしまいな。」



奪衣婆の催促で、穂花が着物の白い帯を締めたころだった。


ホノカは翼を広げて地面を蹴り上げた。



「あたしは〖Silent Rain〗って曲が好きよ。あの曲はギターが最高にカッコイイっ。」



その言葉に穂花は目を見開いた。



「聴いて...くれたの...?」


「全部聴いたわっ。」



穂花を見下ろしながら空高く浮いていくホノカへ、彼女は大きな声で叫んだ。



「お姉さん!名前はなーにっ?」



翼をはためかせ黒い羽の舞う中、上昇しながらホノカは少し微笑み言った。



「ホノカよっ。」


「...わぁっ...ははっ♡」



どんどん小さくなっていく、手を振る穂花を背に、ホノカはやはり少し微笑みながら、天高く飛び立って行った。





TO BE CONTINUED…


.



※このお話は実話を元に構成していますが、特に少女については登場人物とは一切関係ございません。

ですが、彼が実際に行ったことは事実ですので、後世に引き継ぎたく書き認めました。

彼は本物のスーパースターです。

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