9 女子高生と死神



住宅街に近いこの小さなダムは、堤体部は遊歩道となっており、毎日通学通勤、散歩などで多くの住人が利用する。


堤体の下は放流口。

増水すればその口から大量の水が激しい水しぶきと共に一気に放流され、圧巻されるその光景は時には虹を帯び、立ち止まる者も少なくない。


だが夜ともなれば人通りはなく、街灯は薄暗く、自殺の名所だ、幽霊が出るだ、と近づく者は少ない。


そんな中、不気味に薄暗い街灯の下、揉み合って言い争う2人の女子高生の姿があった。



「やめてよ美希ちゃん!落ち着いて!」


「嫌だ!離して!死なせて!」


「ダメだよっ!やめてよっ!」


「お願いだから死なせてっ!離して沙織!」



2つの自転車が無造作に乗り捨てられた、堤体の手すりに足をかける美希の腰を、必死に抑えて説得する沙織。



「やめてよぉー!考え直して!話聞くから!」


「うるさい!あんたに何が分かんのよ!」


「だからちゃんと話してってばっ!!」


「うるさいうるさいうるさいっ!!離せーーーーーっ!!」



叫んだ勢いで強引に前のめりになった美希は、手すりの上でバランスを崩した。


すると美希の太ももは汗で手すりを滑り、沙織諸共、地上23メートルを落下した。



美希が気が付くと、川から少しズレた芝生の上。

仰向けで、頭からは血が流れ出し、恐らく何本か骨が折れたようでうまく体が動かない。


すると美希の視界に男の顔がひょっこり覗き込んできた。



「死ぬんすかー?」



美希を逆さまに見下ろす妙に顔の整ったお兄さんは、美希のその様子に驚くことなく続けた。



「俺、死神のガク。君の魂を預かりに来た。」



そう言うとガクはフワリと舞い上がり美希の脇にあぐらをかいた。



「な...に...。」



内臓が破裂しているのか、口からも血が溢れ出してきてうまく話せない。



「君さぁ、死ぬならちゃんと1人で死なないとー。あと、落下位置も確認しましょー。」



揉み合った末に放流口先の川へ落下するつもりが河原の芝生へとズレてしまったのだ。



「さ...さお...り....」



美希は力を振り絞り、首を横に向けて沙織の姿を探した。


沙織は美希とは少し離れた箇所にうつ伏せで倒れている。



「あぁ、お友達ね。......死んだよ。」


「っ....!!」



美希は目を見開いた。

自分が死ぬはずだったのに、制止した沙織が死んだ。

決してあってはならない間違いが生じてしまった。



「う...そだ...なん..何でよ沙織っ.....!」



美希は起き上がろうとするが体がうまく動かない。

必死にもがいて激痛の中うつ伏せになるよう体を捻った。

そして沙織へと手を伸ばすが到底届きそうにない。



「あんま動くなよ。お前は23メートル下まで落下したんだ。無事なわけがねぇ。」



背後にあぐらをかくガクはいつになく真面目な顔つきで言った。



「ね...え..沙織を...沙織を助けて...救急車....」


「言ったろ、もう死んでる。」



美希の目からは涙が流れ出し、額から流れる血液と混じり頬を伝っていく。



「あいつはな、別の死神が無事にあの世へ連れてってくれるから大丈夫だ。それよりも問題なのはお前なんだよ。」



瀕死の美希へ話しかけるガクを見ながら、事故死専門死神のシンは、芝生に片膝をつき、沙織の額に手を翳していた。



「さて、ガク。君はその娘をどう対処するのか...。お手並みを拝見しようか。」



沙織から白く光る魂を抜き取ると、シンは傍に生える木に寄りかかって座り出した。



手を伸ばす気力を無くした美希はうつ伏せのまま芝生に突っ伏した。



「中条美希。あと数分すると通りすがりの人間がお前を発見する。そして病院に運ばれお前は一命を取り留める。

だがな、その微弱な力でも少し這えばその川へ飛び込むこともできる。

そうすれば万事、望み通りお前は死ねる。

後方を選ぶなら、その時点で俺に魂を預けることを承諾したとみなすからな。」



美希は突っ伏したままガクの話に耳をすませた。



「美希、可哀想になぁ。顔だけの教師なんかに騙されやがって。あれはお前と同じく、何人をも孕ませては中絶を促してきた、同じ鉄しか踏まねぇクソ野郎だ。

挙句になんだ、いざ中絶させたら今度はシカトか。やってらんねぇよなぁ。俺男だけどさぁ、死にたくなる気持ちは分かるよ。」



美希の突っ伏した顔から籠った啜り泣く声が聞こえる。



「でもさぁ、お前はこのまま生き続ければまだまだいろんな可能性があんだ。あんなクソみたいな男忘れるくらいのいい男見つけてさぁ、やりたい職に就いて、幸せな結婚してさ、この先の人生は順風満帆だ。」



ガクは立ち上がりスラックスの両ポケットに手を突っ込んだ。



「だが、その背中には一生降ろせない荷物を背負っちまった。お前がどんなに幸せな道を歩もうと、沙織の死はいつだってお前に纏わりつく。絶対に消せるもんじゃねぇ。」



木に寄りかかるシンは、その一部始終をただ黙って見つめている。



「先にも言ったが、お前には2つの選択肢を与える。

このまま救助を待つか、

川に飛び込むか。

だが一つ忘れんな。沙織は、その身を呈してお前を助けようとしたんだからな。」



だからその命を大切にしろ、までは言わず、ガクは美希の反応を待った。


美希はゆっくりと顔を上げると、その力ない両腕で芝生を這いながらボソボソと話し出した。



「....あり..がと...お兄さん....でもあたし....どんなに幸せが待ってたとしても....もう...生きていけないよ...あたしのことは...そんなことはもう....あたし..沙織と...逝きたい....。」



そう話し終えた頃には、美希は川の淵まで辿り着いていた。



すると、堤体の上から男の声がした。



「おぉーい!どうしたー!大丈夫かー?」



通りすがりの男はそう叫ぶと、辺りを見渡し芝生への経路を探している。



「美希、よく考えろよ。」



美希は腕を川に浸し、ガクを見上げた。


通りすがりの男が経路を見つけてこちらへ走り向かってくる。



「中条美希、川に入る前に質問に答えろ。」



うつ伏せに横たわる沙織を見つけた男は、沙織の肩を叩いて呼びかけ始めた。



「死ぬんすか?生きるんすか?」



死のうとしたのは、あたしの責任だ。

あたしが死んだからって、沙織は戻らない。

あたしは責任持って死ぬ。

沙織を、1人にはしない。



「死に..ま....」



美希の体は、最後まで言い終わる前に真っ暗な川の中へと消えていった。



先に沙織の安否確認をしようとした男は、美希がドボンと川に落ちる音を聞き、慌てて駆け寄り川を覗き込んだ。

堤体の薄暗い街灯の光は川までは届かず、美希の姿は全く見えなくなってしまった。



救急車を呼ぼうと電話をかけはじめる男の後ろで、ガクとシンは無表情のまま眺めていた。




「さーてとっ、俺は美希の遺体追っかけて魂抜いてから行くよ、シン様、先帰っててー。」



口は軽めだが、ガクの表情は先程と変わらず真面目なままだった。



「ガク、お前の成績が悪い理由がよく分かったよ。今回は成功のようだが、

あれじゃあ...生を選択する人間の方が多いだろう。

......馬鹿だなお前は。」


「馬鹿でもいーよ。確かに閻魔からの制裁は怖えぇけどさ、生きたいって思った人間が残りの人生を生きて何が悪りんだ?

魂が必要なのも分かるけどさ、可能性があるなら俺は提案してやりてぇんだよ。」


「ガク......。」



いつになく真っ当な事を言い出すガクに少し驚きながら、シンはやはり痛いところを突くのが得意なようだ。




「それ、閻魔様の前で言ってみ?」


「っ....!!」






人間にはどうしようもない苦の瞬間がある。

金銭での失敗。

男女関係のモツレ。

自分以外の人間を傷つけた時、また殺した時。


それが自ら命を絶つ死へと発展してゆくなら、是非協力してやってほしい。

死神屋さんのガクさんに。

アナタの力で生を受ける魂たちに。



TO BE CONTINUED…


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る