第2話
『おはようございます。朝のラジオのお時間です。本日は建国記念日ですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか? ちなみに私はこうして働かされています!』
『ラジオってのは休みがないからねぇ。でもその分、別の日にお休みもらってるんでしょ?』
『それはどうですかねー?』
『え、うそ。あれ、もしかして聞いちゃいけないことだった?』
『冗談ですよー! もちろんお休み、いただいてますからね! 私のことは気にせず、皆さん有意義な休日をお過ごしください!』
『誰も気にしないと思うよー?』
『あははー!』
『じゃあ、早速働いてもらおうかー。今日のニュース、お願いします』
『はい、まずは―――』
コーヒーハウスには、老若男女問わず様々な人間が来店している。
特に今日は休日だからか、いつもよりも多いだろうか。
貴族風の男や、動きやすそうなドレスを着た令嬢。紳士風な老人もいれば、商売人とわかる恰好の者もいる。
彼、彼女らは、ラジオのニュースに耳を傾けながらコーヒーを飲んだり、ひそひそと話し合っていたりと、様々だった。
その中で一人。
学生服を着た白髪白眼の青年が、新聞を広げて優雅に紅茶を飲んでいた。
無表情に新聞に目を通し、たまにハサミで一部を切り取って、糊で手帳に張り付けてはページをめくっている。
青年の名はクロイスン=クロイツ。他人にはクロイスンとだけ名乗っている、聖騎士育成学校―――リジー教国の首都にある唯一の士官学校―――の学生だった。
彼はつい一か月前の春、三年生になったばかりである。
歳の頃は16歳。大人へと一歩、踏み出す年頃だろうか。
―――くだらないな。
クロイスンはそれとなく意識を向けていたラジオに、溜息を吐く。
コーヒーハウスで流れる朝のラジオは、基本的に軍事、政治、商業に関連する情報が流れていたはずだが、今日5月3日は建国記念日ということもあってか、舞台の紹介やアーティストの音楽が流れていた。
ラジオから完全に意識を切り離して、作業に没頭することにしたクロイスンは、淡々と手を動かした。
それから十数分が立った時のことだった。
からんからんと来店を知らせる音が鳴り、視界に入った見覚えのある姿に、クロイスンは顔を向ける。
来店者は少年少女の二人。どちらも若者らしい私服を着ており、特に少女の方はやけに気合が入っているように見えた。
少女はポトルカ。少年はジャルート=ブロック。
どちらもクロイスンの同級生である。
ポトルカは和の赤髪紅眼に似合う、フリルのついた白のワンピースに身を包み、ヒールのついた高級そうな靴を履いていた。
脛のあたりが見えてしまっており、老人や紳士からしてみればなかなかに煽情的かつだらしのない恰好だと思われるかもしれない。
一方、ジャルートは金髪碧眼で、いかにもハメを外したような胸元の空いたシャツを着ており、どうあれ、二人とも社交場たるコーヒーハウスには場違いな恰好である。
「よ、クロ!」
「お、おはよう!」
二人はクロイスンの机のそばまで来ると、気軽そうに声をかけてくる。
「遅かったね」
「お前がはえーんだよ!」
ジャルートクが適切な突っ込みを入れてくる。
「クロ、なんで学生服なんて着ているの?」
ポトルカは不思議そうに首をかしげた。
「うわ、言われてみれば……いつも通り過ぎて気づかなかったぜ」
「一昨日、三人で話したでしょ? 今日はとことん遊ぼうってさ。なのに、学生服なんて着てたら台無しじゃない!」
「悪い、悪い。ちょっとな……とりあえず、店を出ないか?」
「なんだ? 言いにくいことか? もしかして、お前、私服持ってないとか?」
「私服くらいはある……! そうじゃなくって、ここじゃ、ちょとっと、な?」
クロイスンは視線を動かして周りを見るように促した。
周りからは、白い目を向けられていた。
ただでさえ、若者には場違いな場所だ。ここを集合場所にしたのだって、三人が共通で知っている場所がここだけだった―――学校は教官に出くわす可能性を考えて却下された―――からに過ぎない。
士官学校はほとんど休みがないため、ろくに町に駆り出すことはできない。
正確には、休みがあったとしても自主勉強や訓練に充てざるを得ないほど、取得単位の難易度が高すぎるのだ。
それだけに、中途で退学する生徒もいるわけだが……その場合、国で負担していた育成費用を全額支払うことになるので、よっぽど裕福でなければ、まともに退学などできない。
退学をしたら最後、破産が待っているからだ。
「「うぐ……」」
二人はようやく周りの視線に気が付いたようで、身を縮こませながら「いくぞ、クロ!」と言い残して店を後にする。
クロイセンは手帳を胸ポケットに、新聞とハサミを皮の鞄にしまい込むと、店主に紙幣といくらかの小銭を渡して、二人の後を追いかけた。
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