クロクロクロクロクロクロクロクロシロ

一般決闘者

第1話

「おぎゃああああああ! おぎゃああああああ!」


 白髪白眼の、額から角の生えた少年は、赤子を抱きながら炭と化した村を歩く。

 未だ煙を燻らせる家々の残骸。

 かろうじて人のものだとわかる焼け焦げた死体。


 風が吹くと、かすかに肉の焦げた臭いが運ばれてきた。


「……こだよ」


 枯れて痛みさえ訴えている喉を震わせて、、少年は声を絞り出す。


「どこ……」


 吐き気さえ催す異臭の中、少年は探した。


「どこだよ……!」


 少年の足跡が、赤黒く染まった大地に残される。


 タタラ村。

 

 かつて少年が生を受け、差別を受け、雑草を食らっていた村だった。


 ………少年の頭には、小さな角が生えている。


 今は亡き両親、魔族の父と、人間の母を持つ少年は、この世界に祝福されてはいなかった。


 人間の町では石を投げられ、唾を吐かれ、やがては兵士に銃剣を向けられる。

 魔族の村では働けどもまともな食事はもらえず、嫌がらせを受ける日々を送っていた。

 人間にもなれず、魔族にもなれない半端者。


 それでも人は一人では生きていけない。

 人間の母に教えられたその言葉を胸に、暴力を耐えて、理不尽を耐えて――――やがて心を絶えた。


 ざまあみろ。


 虐げられてきた村が消えたのだ。そんな感情は、確かに少年の中に生まれている。


 トト。カト。セドリー、ジジ、マドリード………。


 村人たちの住んでいた家々が炭となっているのを横目に、しかし少年は彼女を探す。

 自分のことはどうでもいい。

 恨みごとなど、二の次でいい。

 今は、彼女を見つければいけない。


 自分を人として認めてくれた、彼女だけは―――。


「あ」


 間抜けな声だと、少年の冷静な部分が思った。


 少年の視線の先。

 つるべ井戸を背にした黒焦げの死体が、何かを握っていた。


 少年は、その死体に近づいて膝をつき、その手を開かせる。

 理由はない。ただ、なんとなくだった。

 だが、少年はそれを少しだけ後悔することとなる。


「っ………!」


 死体が握っていたのは、琥珀色の石だった。

 川で拾った石に穴をあけて、紐を通しただけのアクセサリー。

 彼女の茶髪と同じだからと、少年が作ってプレゼントしたものだった。


「ぐ……ぅう………」


 視界が歪むのを感じながら、少年は堪えるように唸り声を上げる。


「おぎゃあああああ!!!」


 赤子の泣き声を聞いて、はっとしたように顔をあげ、腕で目をぬぐう。


「よしよし、大丈夫、大丈夫だぞー」


 少年は安心させるように、ゆっくりと腕を揺らしながら赤子の視界を抱き塞いだ。

 母親の死体など、見せてはいけない。

 ――――怒りに満ちる瞳など、見せてはいけない。

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