第15話 馬車買うよ!!

「プハァ。このビールとやらは本当に美味い。」


「まことに。エールや果実酒とは違った美味さがありますな。」


「なぁ、オーギュスト。ビールの製法を教えてくれんか?」


「だ・か・ら、ダメだって何回も言っているでしょう。」


「侯爵の命でもか。」


「ホントに野に降りますよ?」


「あ、いや、失言だった。忘れてくれ。」


 まったく、クレメントおじさんは酒が入るとすぐに調子に乗るからなぁ。カトリナ嬢との模擬戦を終えて時間も時間だったので、泊まってもらうことにした。そして、以前出した冷えたビールが飲みたいとリクエストがあったから出したんだけど、今何杯目だろうね。


 カトリナ嬢にはワインを出している。そうそう、ビールもワインも地球産のモノだからね。こっちの世界、“クイガム”ではエールが主流というかビールに近いのはエールしかない。酵母が違うんだってさ。


「もう、お爺様もお父様も飲みすぎですわよ?」


「いいではないか。どうせ明日は屋敷に帰るだけだからな。ゴットフリートも仕事は終わらせてきているんだろう?」


「勿論ですとも。」


「なら、問題ないな。」


 2人ともグイグイとビールを流し込んでいく。カトリナ嬢はその様子を呆れたように見ている。んで、僕は静かに食事をとっている。カトリナ嬢と同じワインをお供にね。


「そういえば、オーギュスト様。講師代は本当によろしいのですか?」


「うん、いらない。無詠唱まで使える努力をしてきたカトリナ嬢だ。僕の修練についてくることなんて簡単だろう?」


「どうかしら?確かにわたくしはオーギュスト様の妻となって隣に立つに相応しい人間となるべく努力をしてきましたわ。しかし、このタイミングで光魔法が使えるようになるなんて・・・不安でしかありません。」


「まぁね。不安になるのもわかるよ。光魔法が使える人は少ないからね。でも大丈夫。僕がしっかりと教えるからね。光魔法の治癒は特にすごいからね。火魔法のように熱くなく、水魔法のように冷たくなく、風魔法のように周囲に影響を及ばせず、土魔法のように固定せず。だからね。間違いなくカトリナ嬢の大きな助けとなるよ。」


「ありがとうございます。ところで闇魔法の治癒はどうなんですの?」


「ん~、あれはねぇ。見てもらったほうが早いかも。食事中だけど今しちゃおう。」


 そう言って、大ぶりのナイフを取り出して自分の左手の人差し指を切り落とす。血が噴き出さないようにすぐに火魔法で軽く焼灼止血をする。軽くなので血が滲みだす。闇魔法で痛覚を遮断しているから平気な顔をしていられけどね。でもクレメントおじさんとゴットフリート伯爵、カトリナ嬢は驚いて目を見開いている。


「よく見てね。これが闇魔法の治癒だよ。」


 自分の人差し指があった所に治癒をかける。すると、欠損した部位から滲み出るような出血が止まり、骨ができ、それを追うように筋肉と神経、血管、リンパ管が付け根から再生を始める。数秒後には人差し指は元通りになった。


「修練を積めば今みたいに欠損部位を治せるよ。ただ見た通り、順々に再生されていくから痛いんだよねぇ。」


「なるほど。勉強になりましたわ。ありがとうございます。」


「うん。光魔法の治癒はそんなことが無いから明日から練習しようね。ケネス、この指は例のところに。」


「はい、オーギュスト様。」


 ケネスはそう言って僕の斬り落とした指を拾い食堂から出て行く。あの指には使い道があるからね。大事にとっておかないといけない。


「ああ、クレメントおじさん、ゴットフリート伯爵、驚かせてゴメンね。」


「まあ、驚きはしたがオーギュストのすることだからな。仕方ないさ。」


「父上に同じ。でも君の突拍子の無い行動には慣れたつもりだったんだけどなぁ。」


 そう言いながらも2人は出されたステーキとビールを楽しんでいる。カトリナ嬢も平気な顔をして食べている。流石は貴族。動揺をすぐに消したね。さて、僕も指を再生させたことだし食事の続きをしよう。


 明けて8月29日木曜日、クレメントおじさんとゴットフリート伯爵は朝食を摂ると、カトリナ嬢を残して帰っていった。カトリナ嬢はこれから夏休みが終わるまでに光魔法の習熟度を上げないといけない。そして、僕は馬車の準備だ。まあ目途はついているんだけどね。


「カトリナ嬢、僕は少し出かけてくるから練兵場で自主訓練をしておいてね。」


「わかりましたわ。お気をつけて。」


「ありがとう。ジェナ、練兵場まで案内してあげて。」


 カトリナ嬢を見送り、僕は異世界の1つ“ラゴツロフ”に扉を開けて向かう。この世界にはマスケット銃があるから森の散策とかする時は流れ弾に注意が必要なんだよね。


 さて、身なりを整えて町に向かおう。この世界には魔物とかいないから町が城壁に囲まれていないんだよね。まあ、その代わりに動物とかがでっかいんだよねぇ。馬なんか鞍を置くところの高さが2m越えで重さも1t近くあるんだよね。他の動物は言わずもがな。だからか魔法と科学が発展してマスケット銃が生まれたんだろうね。


 さて、早く町に言って馬車を買おう。町の名前は“バーリ”と云って、結構栄えている。僕は町の外周部に店を構える馬車店を覗きながらお目当てのモノを探す。四輪の箱馬車はあるかなーっと。おっ、あったあった。“ロッシット商会~馬車部~”と看板には書かれている。


 扉を開けて中に入ると富裕層向けの様々な馬車がある。僕の欲しかった四輪の箱馬車ももちろんある。すぐに男性の店員さんが駆け寄ってくる。


「いらっしゃいませ。私、イザッコと申します。お客様はどのような商品をお探しでしょうか?」


「あの箱馬車が欲しいんだけど、すぐに使えるかな?」


「あちらの商品ですね。勿論、すぐにご使用いただけます。馬のご準備はできておりますでしょうか?当店では馬も取り扱っておりますが。」


「う~ん、見てから考えたいね。見せてもらえる?」


「どうぞ。こちらでございます。」


 イザッコさんの案内でお店の裏手にまわる。厩舎があるみたいだ。1頭ずつゆっくりと見てまわる。みんな優しい瞳をしている。丁寧に扱われているのだろうね。その時、芦毛の馬が目に入る。灰色の肌に白く輝く毛が綺麗だ。よし、この馬にしよう。


「ねぇ、この子が欲しいんだけど。」


「承知しました。それでは、お会計のほうへ・・・。」


「ちょっと待って。あの子も欲しい。」


 そう言って、隣の芦毛の馬を指差す。


「2頭であの馬車を引くのですか?」


「ん?問題ある?」


「いえ、問題はありませんが、あの馬車は元々が1頭で曳くことを前提としておりまして、あの幅ですと、2頭の距離が近くなりすぎて少し可哀想ですので。」


「ああ、確かに。じゃあ、あれより一回り大きい馬車はある?」


「ございますが、お値段のほうは大丈夫でしょうか?」


「う~ん、そうだねぇ・・・。ここって商会が大元なんだよね?宝石とかでも大丈夫?」


「鑑定ができる者を呼びますので少しお時間をいただきますがよろしいでしょうか?」


「うん、大丈夫だよ。ぼくはさっきのたちとじゃれとくから。」


 そう言って、厩舎で2頭をでる。鑑定しておいてよかった。2頭とも兄弟だったなんて。


「お前たちは今日から僕の馬になるんだ。怪我や病気をせずに働いておくれよ?」


 頭を撫でながら言語魔法を使って言う。2頭とも少しビックリしたのか間を置いて頷いてくれた。その後は、僕が一方的に話し、2頭ともに聞き役に徹してもらった。


 イザッコさんは15分ほどで女性の鑑定士さんを連れてきてくれた。名前はリベラータさん。鑑定をするために応接室に案内される。まずは、現金をどれほど持っているかを見せる。それだけでも信用は得たようだね。次に鑑定してほしい宝石を革袋から取り出して並べる。リベラータさんが息を呑むのがわかる。


「これは、原石をすでにある程度、いえ商品として出せるように加工してあるのですね。では、拝見します。」


 僕は紅茶を貰いイザッコさんと雑談をしながらゆっくりと待つ。30分程で全ての宝石の鑑定が終わる。


「ハァ・・・。お客様、素晴らしいモノばかりでした。ありがとうございます。お会計ですが、こちらとこちら、あとこちら。この3つの宝石で十分でございます。イザッコさん、お釣りはこのくらいになるわ。」


「わかりました。御釣りのほうをご用意しますので少々お待ちを。」


 部屋にリベラータさんと二人きりになる。


「まさか生きているうちにこれほどの大きさのアレキサンドライトに出会えるとは思いませんでした。買い取りはできませんでしたがタンザナイトも素晴らしいですわ。」


「そう言ってくれると用意した甲斐があるね。」


「今後もお取引は出来ませんか?」


「んー、定期的には無理かな。」


「でしたら、この町に寄った時には是非ともロッシット商会へ。他の商会や店よりも高値で買い取らせていただきます。」


「それならいいかな。場所はこの馬車屋さんでいいかな?入りやすいし。」


「ええ、かまいませんわ。こちらの封書を店員にお見せいただければ、わたくしがすぐに参ります。改めてご挨拶を。わたくしは本商会の会長を務めておりますリベラータ・ロッシットと申します。お会いした時にしっかりと挨拶をせずに申し訳ありませんでした。」


「ああ、気にしないでください。僕はこの町の人間ではないし、ましてや国民でさえないから。こんな若造がヒョッコリと現れて高いモノを買おうとし、それを宝石で払おうと言うのであれば警戒して当然かと。ああ、名乗り遅れたけど、オーギュスト・ユベールと言います。よろしく。」


 そう言って商会長のリベラータ・ロッシットさんが差し出す封書を受け取る。その後は、お釣りを受け取り、お店の前で馬車に2頭を繋ぎ、町から離れた場所で屋敷へと戻る。ただし、戻るのは屋敷内では無く馬車の停車場だけどね。景色がいきなり変わって2頭とも驚いた様子だったけど声をかけるとすぐに落ち着いた。賢いたちだね。

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