第13話 侯爵令孫、来たる

 8月27日火曜日、明日、カトリナ嬢が来訪するとの先触れが来た。祖父のクレメントおじさんと父親のゴットフリート伯爵と共に。それを聞いた僕は森にしばらくもぐろうと思ったんだけど、ケネスに腕力でねじ伏せられた。ちくせう。元軍人に身体強化魔法なんて教えるんじゃなかった。ちなみにジェナには「私達を見捨てるんですね。」と涙目で言われたよ。


 明けて8月28日水曜日。朝食を済ませた後は身だしなみを整えて到着するのを待つ。すると、呼び鈴が鳴る。この呼び鈴は門に掛けてあるけどそこのは鳴らなくて、屋敷の中に響くように魔法で細工してあるんだよね。すぐにケネスとパオロが門を開けに行く。


 門を開けっ放しだと昔クレメントおじさんに怒られたし、使用人を暑い中外で待機させるなんて僕の性格上無いってことは向こうも知っているからね。呼び鈴は1回だけ鳴らして終わりさ。何回も鳴らすような者にはちょっとした嫌がらせをするけどね。


 ケネスとパオロが玄関扉を開いて、クレメントおじさん、ゴットフリート伯爵、そしてカトリナ嬢を屋敷に招き入れる。


「ようこそ、僕の屋敷へ、クレメントおじさん、ゴットフリート伯爵、カトリナ嬢。」


「会うたびに言っているが、私の事はお義父とうさんでもいいんだよ?それに同じ伯爵なんだからそんなに他人行儀にならないでくれよ。」


「いや、結構、ラフな感じで接しているつもりなんですけど、ゴットフリートさん。」


「ふむ、まぁ、今はそれでいいさ。カトリナと結婚したらお義父とうさんと呼んでもらうからね。」


 そう言うゴットフリートさんの背後でカトリナ嬢が頬に手を当て、顔を上気させながらクネクネしている。相変わらずの親バカだなぁ。クレメントおじさんに視線を移すと、ゴホンと咳払いをして、話し始める。


「オーギュスト、9月9日日曜日に王城で開催される夜会に行くぞ。」


「あ、僕、頭痛に腹痛、めまいに吐き気がするんで休むって伝えてください。」


「無理だ。国王陛下がお会いしたいとの事だ。」


「えっ、メンドー。僕をこの地位につかせた元凶なのによく言えますね。」


「外では言うなよ。不敬罪になる。」


「そのくらいの分別は僕にもありますよ。おじさんだから言っているだですよ。ちなみに行かないとおじさんの顔を潰すことになりますか?」


「まぁ、そうだな。他の連中からは馬鹿にされるだろうな。」


「・・・わかりました。行きます。おじさんのおかげで学園にも入れて、色んな勉強ができたわけですしね。んで、各地の貴族が集まるのでは?何人かります?」


らんらん。ま、情報収集はするがな。」


「それじゃ、王宮に行くならパオロとハシンタを連れて行こうと思います。」


「ん?王都邸なら俺の屋敷を使えば使用人はいらんぞ?」


「僕の護衛ですよ。ご・え・い。」


 そう言うと少しニヤケていたクレメントおじさんは真顔になり、


「何かあったか?」


「何もないですよ。久しぶりの王都だから厄介事に絡まれないようにしたいだけですよ。」


「最高ランクの特級冒険者であるお前に絡むやつがいるかねぇ。」


「大学部、22歳頃までしか王都の冒険者ギルドには顔を出していないですからね。忘れられている可能性もありますし。」


「俺の領都では活躍しているじゃないか。」


「王都を拠点にしている冒険者って変な選民意識を持っている人が多いんですよ。いちいち相手をしていたら面倒くさいですからね。でも、見るからに貴族とわかれば手も出さんでしょう。」


「そういう意味での従者か。うむ、わかった。馬車はどうする?」


「あっ、そうか、馬車か。基本が徒歩か馬だから準備してないですね。幌馬車じゃダメですよね?」


「ダメだな。家紋入りの四輪の箱馬車ではないといかん。」


「んー、今日が8月28日だからあと約1週間ですよね。なんとか準備してみます。」


「無理そうなら早めに言ってくれよ。王都には前日の土曜日にはついておきたい。旅程を考えると3日前には出立する。」


「ということは、9月4日の火曜日には準備しないとですね。まぁ、大丈夫でしょう。」


「お前さんがそういうなら大丈夫だろう。一応、予備の馬車を準備しておいとく。」


「ありがとう、おじさん。」


「寄子にはこのくらいはせんとな。ハハハ。」


 クレメントおじさんが豪快に笑う。玄関ホールによく響くね。っと、おじさん達を立たせたまま話し込んじゃったね。応接室に移動しよう。


 応接室に移動して、全員に飲み物が配られてから会話を再開する。


「先程はお爺様とお父様のお話しでわたくしが会話に入る余地がありませんでしたから、オーギュスト様にはその埋め合わせをしてもらいます!!」


「ええ・・・。カトリナ嬢、ちなみにその埋め合わせとは?」


「夜会で一緒にダンスを踊っていただきたいです!!」


 前のめりでカトリナ嬢が話しかけてくる。


「うん?そのくらいならいいよ。でも、最初の1曲はダメだからね。」


「ええ、そう仰られると思っておりましたので、2曲目から1曲ずつ間隔を置いて踊っていただきます。」


「それって、ほぼずっとということだよね?流石にまずいんじゃない?」


「大丈夫です!!オーギュスト様から誘っていただければ。」


「あー、うん。そーだね。僕って他の貴族から距離を取られているからねぇ。」


 僕がそう言うと、クレメントおじさんが何をいまさらという感じで言う。


「お前さんの学園でのことを知っていれば、そう易々やすやすと声はかけられんし、ましてや文句なんぞ言えんだろうよ。」


「どのことですか?中等部で絡んできた貴族の子弟を半殺しにした件?それとも、騎士部でムカつく先輩をボコボコにした件?」


「全部だ、全部。お前さん、敵意の無い者には優しいが少しでも敵意を出すとすぐに手を出すだろう?」


「先手必勝ですよ。」


「言わんとしていることは分かるがなぁ。」


「それに、僕は24歳ですよ。もう学生ではありません。夜会でも暴れないようにできますよ。」


「いや、暴れることは止めんぞ?」


「え、何でですか?」


「可愛い孫娘に寄ってくるハエ共を叩き落としてくれるなら止めはせんよ。」


「なるほど。おじさんの僕への依頼ってことでいいんですか?」


「うむ、報酬も用意してある。前金だ。馬車代にでも使え。」


 お金の入った革袋を取り出して机の上にドンッ!!と置く。


「ああ、それと、俺もお前さんから爺さんと呼ばれることに期待しているぞ。」


 そっちもか!?う~む、退路を断たれて外堀を埋められかけているような気がする。いや、ウチの両親は結婚に大賛成だろうから、もう堀もないかな。城壁も崩れかけだよ・・・。


「もう!!また、お爺様とのお話しばかり。わたくしともお話しをしてくださいませ。」


 カトリナ嬢が身を乗り出して言う。夏で薄着だから胸の谷間が見えてしまっているよ。


「カトリナ嬢、そのような格好は淑女としてよろしくないですよ。特に男性といるときはね。」


「あら、夫婦になれば問題ありませんわ。」


「・・・。先日も言ったけど、その答えは修了式に出すよ。」


「そうでしたわね。ところで、お爺様とお父様のお話しはもう終わりですの?」


「俺はもう無いな。」


「私も無いよ。」


「でしたら、オーギュスト様、わたくしの魔法と剣術を見て戴けませんか?」


 あら、真面目な相談だね。


「うん、いいけど。普通に的とか案山子を相手にするのと実戦形式のどっちがいい?」


「実戦形式のほうでお願いしますわ。」


「着替えとか装備はもってきてる?」


「ええ、お部屋をお貸しくだされば準備しますわ。」


「よし、ケネス、ハシンタ、準備をお願い。」


「「承知しました。」」


 ケネスは練兵場の準備をしに行き、ハシンタはカトリナ嬢を別室へと案内する。僕は収納魔法からローブと剣を取り出して準備は終わり。


「では、おじさん、ゴットフリートさん、行きましょうか。」


 2人を連れて練兵場へと向かう。丁度、訓練をしていた使用人のみんなが出てきたところだった。その中の1人、まだ若い、それこそ僕より年下で17歳のジェイクに声をかける。


「悪いね。急に。」


「いえ、問題ありません。」


「本当はもっと体を動かしたかったでしょう?代わりと云っては何だけど、希望者は夕飯まで森に入ることを許可するよ。」


「本当ですか!?」


「勿論、本当だとも。ああ、いいところにケネスが出てきたね。ケネス!!希望者を森に入らせるから引率をお願い!!」


「了解!!希望者はついて来い!!準備を済ませてすぐ森に入る。」


 練兵場を使っていた使用人の半数がケネスについて行った。勿論ジェイクもね。残りの半数は屋敷に残るみたいだね。


「相も変わらず、お前さんのところの使用人はおっかねぇなぁ。」


「えー、いいじゃないですか。使用人兼戦闘員。」


「殺気と闘気がすげえんだよ。お前んところの使用人達は。前に俺の寄子の1人、マインラート・クーラ伯爵を連れてきたことがあったろう?あん時は、アイツの態度も悪かったがお前さんところの使用人達の視線が恐ろしくてたまらんかったぞ。」


「ああ、あの時ですね。だから、マインラート伯爵は途中から萎縮し始めたんですね。ま、同じ伯爵同士です。争うこともありますよ。」


「マインラートがお前さんとこの使用人達を相手にすれば鏖殺されちまうよ。」


「しませんよ。っと、カトリナ嬢も準備ができたみたいですね。」


 屋敷から続く渡り廊下を完全装備のカトリナ嬢がハシンタを引き連れてやってくる。


「お待たせしましたわ。どうですわたくしの装備は?」


 そう言って、くるりと回る。瞳の色と同じ深紅のローブには様々な防護補助、攻撃補助がついている。腰に佩いた剣も程よい長さだ。軽さに重きを置いたのか所々に金属の防護版が張り付けてある革鎧は改めてカトリナ嬢のスタイルの良さを認識させる。


「いいと思うよ。似合っている。」


 色々と思考はしたけど出てきた言葉はこれだけ。女性の扱いには慣れてないからね。カトリナ嬢もそれをわかっているからか笑顔になる。まぁ、数分後には苦悶の表情を浮かべるんだろうけど。


「そんじゃ、練兵場でやってみようか。模擬戦を。僕を驚かせてよね。」


「ええ、お任せになって。」


 おお、自信満々じゃないか。クレメントおじさんとゴットフリート伯爵は光魔法の障壁で安全帯を作りその中から見学してもらう。2階の見学席よりも間近でみることができるからね。


「それでは、始め!!」


 ハシンタの掛け声とともに模擬戦が始まる。

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