第12話 加工魔法のお礼
「おう、兄ちゃん、この店は初めてかい?」
「ああ、そうなんだ。でも、知り合いがしている店だから初めてというのもおかしいかな?」
「なんだ、それじゃあ、ここの名物の2つの料理も知っているのかい?」
「ミンチカツとミンチステーキでしょ?美味しいよね。僕も家では時々作ってもらっているよ。」
「ふ~ん、そういえば見ない顔だな。まさか、貴族様か?」
「いや、この国の貴族ではないよ。店主たちと同じ出身地でちょっとした金持ちをしている程度かな。」
「なるほどね。っと、開店したな。そんじゃ、お先に。」
行列に並んでいる人と話しをしていると、ブリュエットの食堂兼宿屋“エクナルフの宿”がオープンした。店名に家名を持ってくるところに彼女らしさがあるね。入り口で客を席に案内しているエヴラールが僕に気付いて驚いた顔をして、
「なんで、わざわざ並んでいるんです?厨房にいらっしゃれば席にご案内いたしましたのに。」
「いやぁ、そういう特別扱いには慣れて無くてさ。それに僕と君達の関係を知らない人ばかりじゃない。変な勘繰りとかされるとお店としても迷惑だと思ってね。」
「お心遣い感謝します。お席はカウンターの一番奥です。そのほうがブリュエット様も話しやすいでしょうし。」
最後のほうは周囲の客に聞かれたくないのか僕だけに聞こえる声量で言ってくれた。僕は頷き、カウンターの一番奥に座りメニューを開く。ふむ、オークなどの魔物と牛などの家畜の挽き肉を混ぜているのは安くて家畜のみだと少しだけ高くなるんだね。良い値付けの仕方だね。魔物肉は忌避する人もいるからね。
折角だからミンチカツとミンチステーキを2種類ずつ頼んでみよう。ついでに果実酒もデキャンタで頼む。手を挙げて注文をエヴラールにとってもらう。「食べきれますか?」と心配していたけど「大丈夫。」と返しておいた。ん~、やっぱりもっと肉体に変化を持たせて、筋肉ありますアピールしたほうがいいのかな?カトリナ嬢に相談した時は涙目で止められたけどね。
しばらくして、まずはデキャンタに入れられた果実酒が来た。色合い的にブドウかな?グラスに注ごうと思ってデキャンタを持つと冷たい。ブリュエットは水魔法も使えたのか。それとも別の冷やす魔法があるのかな?後で聞いてみよう。
果実酒をチビチビと飲んでいると、メインのミンチカツとミンチステーキ、それに付け合わせの白パンが出てきた。ほぉ、これは他の食堂に差を付けているね。てっきり黒パンが出てくるモノだと思った。しかもフワフワだ。今日作ったんだろうね。
さてさて、まずはミンチカツから戴こう。サックリと揚がった衣にナイフを入れると閉じ込められた肉汁があふれ出てくる。一口目は何もつけずに味わう。ふむ、キャベツを入れているんだねシャキシャキとした食感がお肉のしっかりとした食感と合わさっていい。下味もくどくない。
次はソースをつけて食べてみる。ウスターソースだ。メニューにも書いてあったがソース類もブリュエットの手作りらしい。何でもできるね元王女様は。さて、ウスターソースを付けて口に入れると、ソースに使われている香辛料の香りが広がり、油で揚げているミンチカツをさっぱりと食べることができる。うん、お酒が進む。
ミンチステーキは最初からデミグラスソースが真ん中にかかっている。ミンチカツ同様かかっていない部分から食べてみる。うん、香辛料がほどよく効いて肉汁が噛むたびにあふれてくる。いいね。デミグラスソースと一緒に食べると、ソースの香辛料が食欲を刺激する。
あ、白パンに挟んで食べよう。確か地球ではハンバーガーとか言っていたかな。残った1個の白パンを2つに割り、間にミンチステーキを挟んで被りつく。デミグラスソースと肉汁をパンが吸って食べ応えがあるねぇ。
そんな感じで楽しんでいると厨房からブリュエットが出てきた。調理のほうはいいのかなと思って店内を見渡すと既に満席でしばらくは調理のほうは休憩のようだ。
「面白い食べ方をしていますね。オーギュストさん。」
ブリュエットはカウンター越しに僕の対面に腰掛ける。
「真似していいよ。僕が考えたものじゃないし。」
そう言うとピンと来たのか笑顔で頷く。
「しかし、開店してからすぐに満席とは凄いね。」
「今だけですわ。物珍しいだけ。他に真似して提供する店が出てくればお客さんは分散するでしょうね。ま、味では負けるつもりはありませんけど。」
「その心意気があれば大丈夫さ。」
僕はそう言いながら果実酒を飲む。
「白パンは自家製だろうけど、果実酒も?」
「ええ、このお店で出す分だけですけどね。」
「この出来だと卸してくれって言われない?」
「言われますわね。白パンも果実酒も。材料がこのお店の分しかないので出来ませんと断っていますわ。事業を一気に拡大してもついていけませんもの。」
「手堅いね。安心した。さて、第1陣の人達もはけ始めたし、僕もちょこっとこの街を見てまわろうかな。久しぶりだしね。」
「あら、本当ですわね。
そう言ってブリュエットは厨房に戻る。僕も、デキャンタとお皿を綺麗にしてエヴラールにお金を払って店を出る。外にはだいぶ長い行列ができていた。凄いね。
さて、かなーり久しぶりのダーバーの街を散策する。手続きをして門から入っていれば冒険者ギルドにでも行って適当な依頼をこなしたんだけどね。この世界“スプラ”の冒険者ギルドは各国で繋がっているから、冒険者証もどこの国でも通用する。失効事由に“1年間依頼を達成しない”というのがあるので、僕は時々、スピラに来ては冒険者業をやるんだよね。
話しが少しそれたけど、今の僕は衛兵隊から見れば不法滞在者になるんだよね。滅多な事では見つからないし摘発もされないけど。一応、遠目から見た時に顔がはっきりとわからないように光魔法と闇魔法を使う。さあ、散策開始だ。そうして僕は人混みに溶け込む。
ケネス達屋敷の使用人と父さんと母さんへのお土産を大量に購入して、15時過ぎに“エクナルフの宿”に戻る。お客さんと勘違いされるといけないので、裏口に行き、厨房への扉をノックする。「はぁい。」とルネの声と共に扉が開かれる。
「あら、オーギュストさん。」
「やあ、ルネ。ブリュエットはまだこっちにいるかな?」
「はい。今は宿泊のお客様の対応をしています。」
「あ、そうなんだ。忙しいときに戻って来ちゃったね。」
「大丈夫ですよ。さぁ中へ。」
ルネに言われるがまま厨房内へと入る。その時に扉を開けた手と反対側の手にはナイフが握られていた。僕が強盗ならブスリといったんだろうね。厨房にある適当なイスに腰掛ける。
「ねぇ、従業員とか雇わないの?」
「それは、まだ時期的にも早いと思いまして。」
「なるほど。今は珍しさでお客さんが沢山来ているけど、模倣する店が出てきたらそこまで忙しくはならないとかいう感じ?」
「よくお分かりですね。」
「ま、色んな世界で色んな人を見てきたからね。あぁ、白パン作りだけは絶対に外に漏れないようにね。ミンチカツとミンチステーキは料理に詳しい人なら何回も挑戦すれば模倣できるだろうけど、柔らかい白パンだけはね。」
「ええ、そうですね。一層、気を付けます。」
そんな感じの雑談をルネとしているとブリュエットが厨房に戻ってきた。
「ごめんなさいね。ルネ。もう自宅に戻る時間は無さそうね。夜の仕込みをしましょう。・・・って、オーギュストさん!?戻っていたなら声をかけてくださいな。」
「ごめんごめん。表の入口だとお客と間違われるといけないと思って裏口から入ったら、丁度、宿泊客の対応中だったからね。声をかけなかったんだよ。」
「あら、お気遣いいただきありがとうございます。夕飯はどうされます?」
「ん~、今日はここで帰ろうかな。お客さんが落ち着いたころにまたよんでよ。」
「わかりましたわ。それでは、本日はお忙しいところありがとうございました。」
「それじゃあね。エヴラールにもよろしく伝えといて。あ、それと加工魔法を教えてくれたお礼ね。」
僕は収納魔法から剣と槍と盾と弓を3人分取り出す。
「僕が色んな世界で手に入れた特級品の武具だよ。それに僕の付与魔法で、対物理・対魔法攻撃の無効化、自動修復、各魔法の付与をしているから便利だよ。」
「それって国宝級ではありませんか!?」
「大丈夫大丈夫。隠蔽と阻害も付与しているから鑑定持ちでもわからないよ。まぁ、大事に使ってね。またねー」
そう言って、僕は扉を開いて屋敷へと戻る。あー、楽しかった。
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