あなたのバーチャル嫁が現実に出てこないと思った?
椿紅 颯
第1話『俺の嫁はエイラムちゃん』
よぉし、今日はバイトが早く終わってラッキー!
今日も配信開始の時間に間に合うぞ!
俺は更衣室で着替えを済ませ、帰宅準備を整えていた。
支度が済んだ俺は、出口の扉に手をかけた。すると、後方からドタバタと音を立てながら誰かが走ってくる。
「
俺は振り返らず、扉を開け放ち一歩横に体をずらした。
後方から駆けてくる人は、俺を通り越して外に出た。
そしてブレーキを掛けるように制止、くるりと振り返り、
「あ、
「お、お疲れ様」
俺にぺこりと大きき一礼した後、再度くるりと回った。
そして走り出した後ろ姿で、手を振りながら彼女は帰路に着いた。
彼女は
小柄で細身な彼女は、もう少し食べた方が良いのではないかと心配になるくらいだ。
その割にアルバイトを頑張っている姿を見て、「かなりガッツがある」と周りは言っている。
そんな、ポニーテールを揺らしながら去る彼女を見送り、自分の目的を思い出した。
「あっ、いっけね。早く帰らないとエイラムちゃんの配信に間に合わない!」
そう、
だが、今の時代はバーチァル配信者と肩書の付く配信者は数多く居る。その中でも様々なスタイルがある。企業、グループ、個人と別れ、その配信スタイルは様々だ。
そうともなれば、数が数だ、箱推しが通常化するのもしかたない。だが、康大は違った。
今や絶滅危惧種と呼ばれている、単推しだったのだ。
家に着いた俺は時計を確認。次にスマホで配信開始時刻の確認。
残り30分。いつもより余裕がある。バイトで使った制服を洗濯機に入れそのまま回す。
その他諸々の家事を終え、パソコンの前に移動。
「最終確認! トイレヨシ! 食事の用意ヨシ! パソコンの電源ヨシ! スマホ充電ヨシ! 準備完了!」
最終確認を終えた康大。洗練された動作、無駄のない動きはまさに一流。
最後に目を閉じ、こうつぶやいた。「推し活するのは、やることやってから」と。
時刻は21時30分を回り、放送開始時間となった。
「はーい、皆さんこんばんわっ、エイラムだよ~っ!」
あぁ~! 始まった!
こんばんわ、エイラムちゃん!
今日も素敵な声をありがとう!
可愛らしく飾られた待機画面から推しの声が聞こえる。
ファンにとって、それだけで幸福感がブチがある。
そして、画面が切り替わり、3Dモデルのエイラムが動き始めた。
大きく開いた丸目、スカイブルーのポニテロング、小柄ながらもきっちりと着こなした制服姿。
「じゃあ今日はーっ、このゲームをやってくよ!」
いつもの癖で画面に没入し釘付けになっていた。だが、手元から香ばしく甘い醤油ダレの匂いで我に返った。
弁当の蓋を開けて、晩御飯の時間が開始。
初見のレトロゲームも、推しがやっているから、それだけで楽しめる。
圧倒的幸福感、どんな疲れも悩みも吹き飛んでしまう。
ゲームは難易度が高めのようだ。
中々クリアできないステージに
「ふぁ~、このゲーム中々難しいね~。今から少しだけ雑談するから、おトイレ行きたい人は行って来てね~」
さすがエイラムちゃん! しっかりと配慮してくれるなんて優しい!
だけど、せっかくの雑談タイム、聞かなきゃ損!
会話に合わせて手を動かしている。それは本当に目の前で話しているかのように錯覚する自然さ。
素でやってるのか、サービスとしてやっているのか、そんなことは考えなくても良い。それを見るだけで幸せなのだから。
雑談タイムも残り二分、エイラムは最後の話題を始めた。
「そうそう、今日ね、優しい人に扉を開けてもらったのっ! あぁ、あの姿、かっこよかったなぁ~」
それに対してエイラムは慣れた対応をした。
「はは~ん、お兄さん甘いデース。もちろん夢の中に決まってるじゃないですカー」
エイラムは自己紹介文で、夜以外は寝ていて、配信中以外の行動は、夢の中でお出かけした内容を話します。と記されている。
このコメント主はそれらを知らなかったようで、他のコメントで「そんなことも知らないのかよw」、「知らない人にも優しく教えてくれるエイラムちゃん天使」など言われていた。
そのコメントを見たエイラムは「今日が初めての人も居るんだから、みんなも優しく教えてあげないとダメだよ~!」と返してた。
楽しい時間はあっという間に終わってしまった。
一時間半という時間は一瞬で過ぎた。
あぁー! 今日はこれで終わりか~。
洗濯物を干して、宿題をやって……。
よし、明日も頑張ろう!
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