あなたのバーチャル嫁が現実に出てこないと思った?

椿紅 颯

第1話『俺の嫁はエイラムちゃん』

 よぉし、今日はバイトが早く終わってラッキー!

 今日も配信開始の時間に間に合うぞ!


 俺は更衣室で着替えを済ませ、帰宅準備を整えていた。

 支度が済んだ俺は、出口の扉に手をかけた。すると、後方からドタバタと音を立てながら誰かが走ってくる。


康大こうだいくん! 早く扉開けてーっ!」


 俺は振り返らず、扉を開け放ち一歩横に体をずらした。

 後方から駆けてくる人は、俺を通り越して外に出た。

 そしてブレーキを掛けるように制止、くるりと振り返り、


「あ、康大こうだいくんありがとう。ごめんね、急いでるから、また明日!」

「お、お疲れ様」


 俺にぺこりと大きき一礼した後、再度くるりと回った。

 そして走り出した後ろ姿で、手を振りながら彼女は帰路に着いた。


 彼女は新田にった真理恵まりえ、俺と同じ高校高校で同学年の2年生。と言っても今は春休みだから、これから2年生になると言ったほうがいいかもしれない。

 小柄で細身な彼女は、もう少し食べた方が良いのではないかと心配になるくらいだ。

 その割にアルバイトを頑張っている姿を見て、「かなりガッツがある」と周りは言っている。

 そんな、ポニーテールを揺らしながら去る彼女を見送り、自分の目的を思い出した。


「あっ、いっけね。早く帰らないとエイラムちゃんの配信に間に合わない!」


 そう、御崎みさき康大こうだいはバーチャル配信者のが付くほどのファンなのだ。

 だが、今の時代はバーチァル配信者と肩書の付く配信者は数多く居る。その中でも様々なスタイルがある。企業、グループ、個人と別れ、その配信スタイルは様々だ。

 そうともなれば、数が数だ、箱推しが通常化するのもしかたない。だが、康大は違った。

 今や絶滅危惧種と呼ばれている、単推しだったのだ。




 家に着いた俺は時計を確認。次にスマホで配信開始時刻の確認。

 残り30分。いつもより余裕がある。バイトで使った制服を洗濯機に入れそのまま回す。

 その他諸々の家事を終え、パソコンの前に移動。


「最終確認! トイレヨシ! 食事の用意ヨシ! パソコンの電源ヨシ! スマホ充電ヨシ! 準備完了!」


 最終確認を終えた康大。洗練された動作、無駄のない動きはまさに一流。

 最後に目を閉じ、こうつぶやいた。「推し活するのは、やることやってから」と。

 時刻は21時30分を回り、放送開始時間となった。


「はーい、皆さんこんばんわっ、エイラムだよ~っ!」


 あぁ~! 始まった!

 こんばんわ、エイラムちゃん!

 今日も素敵な声をありがとう!


 可愛らしく飾られた待機画面から推しの声が聞こえる。

 ファンにとって、それだけで幸福感がブチがある。

 そして、画面が切り替わり、3Dモデルのエイラムが動き始めた。

 大きく開いた丸目、スカイブルーのポニテロング、小柄ながらもきっちりと着こなした制服姿。


「じゃあ今日はーっ、このゲームをやってくよ!」


 いつもの癖で画面に没入し釘付けになっていた。だが、手元から香ばしく甘い醤油ダレの匂いで我に返った。

 弁当の蓋を開けて、晩御飯の時間が開始。

 初見のレトロゲームも、推しがやっているから、それだけで楽しめる。

 圧倒的幸福感、どんな疲れも悩みも吹き飛んでしまう。



 ゲームは難易度が高めのようだ。

 中々クリアできないステージにつまずいてしまい、一度10分程度の休憩雑談を挟むことになった。


「ふぁ~、このゲーム中々難しいね~。今から少しだけ雑談するから、おトイレ行きたい人は行って来てね~」


 さすがエイラムちゃん! しっかりと配慮してくれるなんて優しい!

 だけど、せっかくの雑談タイム、聞かなきゃ損!


 会話に合わせて手を動かしている。それは本当に目の前で話しているかのように錯覚する自然さ。

 素でやってるのか、サービスとしてやっているのか、そんなことは考えなくても良い。それを見るだけで幸せなのだから。



 雑談タイムも残り二分、エイラムは最後の話題を始めた。


「そうそう、今日ね、優しい人に扉を開けてもらったのっ! あぁ、あの姿、かっこよかったなぁ~」


 とろけたような声で惚気話染みた内容を言い始めたエイラムに、コメントで「バーチャルなのにお出掛けしたの? どこにw」とツッコミが入れられた。

 それに対してエイラムは慣れた対応をした。


「はは~ん、お兄さん甘いデース。もちろん夢の中に決まってるじゃないですカー」


 エイラムは自己紹介文で、夜以外は寝ていて、配信中以外の行動は、夢の中でお出かけした内容を話します。と記されている。

 このコメント主はそれらを知らなかったようで、他のコメントで「そんなことも知らないのかよw」、「知らない人にも優しく教えてくれるエイラムちゃん天使」など言われていた。

 そのコメントを見たエイラムは「今日が初めての人も居るんだから、みんなも優しく教えてあげないとダメだよ~!」と返してた。




 楽しい時間はあっという間に終わってしまった。

 一時間半という時間は一瞬で過ぎた。


 あぁー! 今日はこれで終わりか~。

 洗濯物を干して、宿題をやって……。

 よし、明日も頑張ろう!

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