第532話 続きの未来

 




 騎士団の訓練場の少し離れた場所に台座が置かれ、その上に3個の魅了の魔石が並べられた。

 魔石は色々な色が混じりあって不気味な光を醸し出している。


 今からアルベルトが雷の魔力を放って魔石を爆破する所だ。



 この訓練場に来る前……

 倒れているグレイのポケットから魔石が転がり出て来た。


 すくっと立ち上がったレティがそれを蹴飛ばした。

 思いっきり。


「 こんなもん! こんなもんがあるから! 」

 目には涙をいっぱい溜めて。


 魔石は見事に部屋の端まで飛んで行った。

 レティは缶蹴りが得意。



 ガッ………カンカンカン……

 魔石は部屋の壁に当たって床に落ち、そして転がった。

 コロコロと。


 やりおったと言って、ラウルとレオナルドがヒューヒューと指笛を鳴らして囃し立てる。


 皆は唖然としていた。

 皇帝陛下の前でもお構い無しのレティだった。



 もし……

 アルベルトが何も知らないでグレイの攻撃を受けたなら、彼の心は壊れてしまうだろう。


 操られた者も、標的にされた者も……

 身も心も壊れて行くのだ。



 あの、魅了の魔術師の兄妹を捕縛した夜。

 デニスとイザークは……

 この兄妹を直ぐに処刑すると言うルーカスに反対した。


 もっと魅了と言う物を調べるべきだと。

 そして……

 何よりもまだ若い兄妹に同情した。


 そう……

 シルフィード帝国では、この時点では彼等はまだ事件を起こしてはいなかったのだから。



 だけど……

 ルーカスは頑として受け入れ無かった。


『 魅了の魔術を使う者は捕縛次第直ちに処刑をせよ 』

 古い文献に書かれているとおりに彼等を処刑場に連れて行き……

 そして直ぐに処刑した。


 だから……

 その後も彼等はルーカスを批判した。

 あの若い兄妹の使い道がもっとあっただろうと。

 手懐けて上手く使えば良かったのだと。



 しかし……

 ルーカスが正しかった。

 事件が起きてからでは遅過ぎるのだ。


 いや、彼等こそが災いだったのだと……

 人を操る事の罪を今回の検証で想い知ったのだった。



 このグレイでさえ……

 敬愛する殿下を攻撃したのだ。


 血の涙を流しながら。


 自分の心を……

 信念を……

 自分と言う存在を無視して命令される恐怖。

 意の無いままに従わなければならない絶望がそこにあるのだ。


 魅了……

 こんな物はこの世に存在してはならぬのだ。



 アルベルトは手を上に掲げ、魔力を指に集めて、魅了の魔石に向けて雷の魔力を放出した。

 すると……

 雷の魔力は魅了の魔石に一瞬にして吸い込まれた。


 そして……

 眩しい光を発するとそれは爆発した。


 凄い爆発だった。

 これがあの船で起きたのなら……

 とんでもない大惨事になる所だったと、皆は改めてレティを称賛した。



 グレイには全ての事情を話し、ロナウド皇帝が直接彼に頭を下げて謝罪した。


「 そなたの崇高なる騎士としての矜持をねじ曲げる行いをした。どうか許しておくれ 」

「 私が必要だったのなら、これを任務として受け入れます 」

 グレイはそう言ってロナウドの前で跪いて忠誠のポーズをしたのだった。



 グレイは爆破される魔石を見ていた。


 事の経緯を一部始終聞かされたが、そこに苦しい気持ちがあった事だけを覚えていた。

 その苦しい気持ちが、誰に対するものであったのかは分からないが。


 

 ラウルが掛かった魅了の魔術は、掛かっている間の事も鮮明に覚えていたので後遺症に苦しむ事になった。


 しかし……

 魅了の魔力は、その効力が強過ぎるあまりに、魅了に掛かっている間の事は覚えてはいなかった。


 これが幸いした。

 もし……

 殺意を持ってアルベルトを攻撃をした事をグレイが記憶していたら……

 やはり彼は自分を許せなくて、騎士を続けて行く事はとてもじゃ無いが出来なかっただろう。




 魅了の魔石を爆破し終えたアルベルトが、騎士団の連絡所に行こうとするグレイを呼び止めた。


「 グレイは本当に強い。強いお前に守られているから俺は安心していられる。感謝する 」

「 殿下…… 」


「 そうよ! グレイ班長は強いのよ 」

「 当然だ! ドゥルグ家は強い騎士の血統だからな 」

 ウォリウォール家のお前とは違うんだよと、エドガーがレティを揶揄する。



「 何ですって! 」

 睨み合うレティとエドガー。


「 何だと!? エド! お前、ウォリウォールを馬鹿にしたな? 」

 ラウルがふざけてエドガーにのし掛かる。


「 もう!! お兄様が弱いからウォリウォールが馬鹿にされるのよ!お兄様と一緒にディオールも鍛えなさい! 」

 お兄様とレオは弱っち過ぎて、戦いの場では直ぐに死ぬとレティが言い出した。



「 そのとおりだな…… 」

 いくら頭の切れる軍師だとしても、戦いの1番始めに死んだら話にならないと言ってアルベルトが笑う。


「 戦いが始まったら俺はグレイの後ろにいる事にするよ 」

「 俺もそうする! 」

「 鍛えなさいよ! 」

「 鍛えろよ! 」

 騎士が口を尖らせる。



 黙って皆の話を聞いていたグレイが口を開いた。


「 俺は殿下しか守らないぞ 」

「 俺もだ! 」

「 私もアルしか守らないわ! 」

 騎士の主君への忠誠心は絶対だ。


「 じゃあ、俺達は誰が守るんだ? 」

「 まあ、死なない様に、いざとなったら俺が守るよ 」

 アルベルトが人指し指を上に上げて雷の魔力を打つ真似をした。


「 おお! それで守ってくれ! 」

「 雷の魔力があれば百人力だ! 」

「 主君に守られる家臣があるか!!! 」

 の騎士達が同時に突っ込んだ。


 グレイを交えてギャアギャアと騒ぐ次世代を担う彼等は明るい。




 ***




「 どうやらグレイの後遺症は無いみたいだな 」

「 魅了の魔力に掛かっている時の事は覚えていないのが幸いしました 」

 応接室に戻ったロナウド皇帝がロバートを労う。

 そなたにも辛い役割をさせたと。


 騎士団の訓練場から戻って来て、親達でお茶をしている。



「 グレイは流石に強かったな 」

「 いえ、殿下の強さも相当なものですよ 」

「 滅多に見れないものを見せて貰いましたな 」


 訓練で剣を交える事はあるが、実戦を見る事は無いに等しい。

 ましてや本気のグレイは凄かった。


 次の軍事式典の催しとして、アルとグレイの試合をやってみるのも良いかも知れないと言って、ロナウド皇帝が嬉しそうな顔をする。


「 陛下……準備の時間がありません 」

 ルーカスが眉を潜める。

 軍事式典は一週間後である。


「 一昨年のアンソニー王太子とレティちゃんの決闘は楽しめたのう 」

「 …………… 」

 帝国中が盛り上がった決闘だったが、ルーカスだけは喜べ無かった。

 ローズは夫人会でレティ応援団まで結成していたが。



「 しかし……レティちゃんには畏れ入る 」

「 ええ、殿下をあれ程までに想っているとは…… 」

「 あの勇気は以上で……あれには感動した 」

 皆は嬉しそうにルーカスを見た。


 レティがアルベルトを守る為に身を呈したのだから。

 そう思うのは当然で。


「 いや……殿下に怪我が無くて何よりです 」

 レティには、昔からが存在するのだ。


 もうすっかり疲れたルーカスは、レティの事はアルベルトに丸投げをしているのだった。



「 それにしても、グレイがレティちゃんを攻撃をしなかった事に、余は驚いた 」

「 ロバートの解除が間に合って良かった。 」

「 ギリギリでしたな 」

「 それにしてもグレイも粋なことをする 」


 あの場面で……

 レティに忠誠を誓ったグレイを皆で称賛をしているのだ。


「 淑女には礼儀を尽くすのが我がドゥルグ家の家訓ですから 」

 ……と、デニスが甥の自慢をすれば、ロバートが嬉しそうな顔をした。

 グレイはドゥルグ家のホープである。



 魅了の魔石を作り出せる魅了の魔力使いが存在するかも知れない。

 それにタシアン王国の動きもキナ臭い。

 最近は妙に静かなのが気に掛かる。


 楽しく語らいながらも……

 親達はこれから起こる事に懸念するのだった。




 ***




「 レティ? あの時……何故あんな危ない真似をしたの? 」

 レティが何故あの場に入って来たのかを、アルベルトは不思議に思っていた。


 レティは騎士。

 あの場の危険さは重々承知してるだろうに。



「 アルが……グレイ班長も……泣いてたから…… 」

「 ………レティ…… 」


 アルベルトはレティを抱き寄せた。

 今はアルベルトの部屋のベッドの上にいる。

 どうやら今夜は一緒に寝てくれるらしい。



 ロバート団長から、解除をする所だったのにあんな危ない事をしてはいけませんと叱られたわと、アルベルトの腕の中で肩を竦めた。


「 これ……騎士時代なら、罰則よね 」

 レティはそう言って笑った。



 レティは勿論叱られた。

 皆から。

 特にラウルからはこっ酷く。

 船の時の事も含めて。


 まあ、船の事は……

 レティがいなかったら大惨事になっていた事から強くは言えないが。



 目の前にレティが立った時にはぞっとした。

 彼女の4度目の死はここなのかと。


 危なかったのは振り上げられたグレイの剣だけでは無い。

 グレイの剣をかわそうとしているアルベルトの剣にも、レティは斬られる所だったのだから。


 レティが小さくて良かった。


 レティを抱き締めて……

 レティが生きている事に改めて安堵するアルベルトだった。



 そして……

 アルベルトはあの時のグレイを想った。


 騎士が剣を手から離す事は死を意味する事。

 グレイはそれ程までにもレティに想いを寄せているのだと。


 皆は……

 ロバートの命令の解除の言葉が、ギリギリで間に合ったからだと言うが。


 あれは違う。

 魅了の魔力で操られている中でも、グレイは命懸けで自分の剣からレティを守ったのだ。



「 レティ……君が好きだよ。誰よりも……俺が君を守り抜いてみせる 」

 自分の腕の中でスヤスヤと眠ってしまったレティのおでこに、アルベルトはそっと唇を寄せた。



 

 ループと言う数奇な人生を繰り返しているレティ。

 彼女の1度目の人生の続きは動き出した。


 それによって……

 魅了の魔石を作り出せる魅了の魔力使いの存在が露になったのである。


 彼女の3度の人生では……

 関わりを持たなかったシルフィード帝国のアルベルト皇太子殿下と共に。







────────────────



レティの1度目の人生の死の真相の話はこれで終わりです。

これは過去に起こった出来事では無く、レティの記憶の中にある未来であり、実際に起こった事であり、これから起こる事でした。


分かりにくい所も多々あったと思いますが……

素人作者の力不足だとして、やんわりと読んで頂けたら幸いです。


読んで頂き有り難うございます。

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