第439話 君だけの為に
学園祭は4年B組の圧勝だった。
苦節4年にして初めてトロフィーを手に入れた。
『悪役令嬢喫茶』は『ご奉仕喫茶』に代わり……
イケメンのケインがひたすら奉仕して、その上にズルい事をして勝ち得たトロフィーだ。
悪役令嬢姿で奉仕するつもりで張り切っていたレティだったが、皇太子命令で駄目だと言われれば仕方無い。
イケメンケインに任せたのだった。
4年B組は大いに喜んだ。
ズルをしても優勝をしたい魂は騎士クラブだけでなく、4年B組でも健在だった。
「 お兄様! あんなズルをして優勝していたなんて……なんて卑怯な! 」
「 勝てば良いんだよ、勝てばな。まあ、普通にアルがいるだけで勝てたんだけどな 」
念には念をいれたのサ。と悪びれない。
そして特別賞はなんと……
皇子様ファンクラブ。
皇子様の姿絵を展示しただけの出展だったが。
それも10枚程なのだが。
やはり皇子様の人気は健在だった。
***
秋が過ぎて12月に入ると学期末試験が待っていた。
それを終えると待ちに待った楽しいクリスマスパーティーがある。
レティはクリスマス商戦に向けて、店の飾り付けをしたり忙しい日々を過ごしていた。
だけど……
クリスマスが近付くに連れ、レティの拗らせはピークを迎えていた。
アルベルトとイニエスタ王女がキスをしたとかしないかと言う話に比べると取るに足りない事。
だけど徐々にこのモヤモヤが大きくなっていった。
クジクジ思っていても仕方ない。
アルなら私の為にしてくれるに決まってる。
意を決したレティはアルベルトにお願いをする事にした。
お妃教育が終わって……
ゴンゾーとのダンスレッスンも終わって、アルベルトと一緒に夕食を食べ終わるとレティは切り出した。
因みに……
この日のゴンゾーのダンスレッスンは激しかった。
夜会で流行っている新しいダンスナンバーに挑戦したのだ。
まだ学生であるレティは夜会には行かないが……
ラウル達は頻繁に夜会には出向いているので、こんなダンスを何処で練習をしてるのかが不思議な所だ。
「 あのね……クリスマスなんだけど……プレゼントに欲しい物があるの 」
「 ん? 」
なぁにと眉を上げて顔を覗き込んで来る。
好き。
この顔が好き過ぎる。
「 クリスマスの日にね、アルにね……バイオリンを弾いて貰いたいの 」
お喋りなメイド達が喋っていた話を思い出す。
「 皇子様は王女様の為にバイオリンを弾いて差し上げたんですって! 」
「 バイオリンを奏でる皇子様……素敵ね~。もう、王女様がうっとりと皇子様を見つめてらしたんだって 」
私も……
私だけの為にバイオリンを弾いて欲しい。
後2回しか無いかも知れないクリスマスは特別な日にしたい。
もしかしたら20歳のクリスマスは無いのかも知れないのだから。
「 それは……出来ないな…… 」
アルベルトは困った様な顔をした。
「 えっ? 」
勿論イエスと言って貰えると思っていたレティは狼狽えた。
「 子供の頃にやってただけだから……もう弾けないよ 」
「 そうな……の……? 」
「 だからレティには…… 」
もう後の言葉は聞き取れ無かった。
嘘を付いた。
昨年に弾いてるのに……
イニエスタ王女の為には弾いてあげたのに。
私の為には弾いてくれないの?
レティは帰りの馬車の中で1人泣いた。
***
困った。
今年のレティへのクリスマスプレゼントはサプライズを用意している。
宮廷楽団の演奏を聴きながら料理を食べると言う演出を。
当日に驚かそうと……
料理はロブスターや海の幸をふんだんに使った海鮮料理。
レティと港街に行った時に、騎士達と美味しい美味しいと言ってムシャムシャ食べていたので、食いしん坊のレティが喜ぶと思って。
俺の下手なバイオリンを聴くよりも……
よっぽど素敵な夜になる筈なんだ。
2人の素敵な夜にしたい。
色んな事があって……
レティに辛い思いをさせたから。
しかし……
まさかあんなに肩を落とすとは。
しょんぼりした顔のレティが胸に痛い。
多分……
このサプライズには感動してくれると思うんだ。
だから……
レティ……俺のバイオリンは……ごめん。
そんな事もあって……
学園は学期末試験に突入してお妃教育も中断してレティは皇宮には来なくなった。
試験が終わる頃にアルベルトが公爵家に行くと、大きなクリスマスツリーに侍女達と飾り付けをしていた。
とても楽しげに。
そして……
学園のクリスマスパーティーには迎えに行く事を約束した。
この日は学園外に婚約者がいる生徒は、パーティーが終わる頃に婚約者が迎えに行く事が慣例となっていた。
***
「 アル! 」
学園のクリスマスパーティーが終る頃に、レティを迎えに行くと……
馬車から降りるなり駆けて来て、赤く高揚した顔で両手を広げて抱き付いてきた。
楽しかった~と満面の笑顔で。
随分と楽しかった様で馬車の中でもパーティーの事を興奮気味に話して。
「 皆で踊る平民達のダンスが新しく変わっていて、そのダンスが凄く楽しいの 」
もう、皆で盛り上がっちゃったわと嬉しそうな顔をした。
学園のクリスマスパーティーで、平民達のダンスを取り入れたのはアルベルトが生徒会長になった時からだ。
これも……
生徒会の会計兼書記兼雑用係のレティのアイデアだった。
今では貴族生徒達だけのダンスだったが、平民生徒達も皆で歌って踊ってこそ楽しいんだと言って。
そのまま2人が乗った皇太子殿下専用馬車は皇宮に行く。
「 レティにクリスマスプレゼントがあるんだ 」
前にサプライズを用意してると言っただろ?と。
?……言ってたっけ?
レティは頭を傾げた。
アルベルトからバイオリンを弾くことを拒否られた時に、ショックのあまり聞いて無かっただけで。
ワクワクしながら連れて行かれたサロンには、テーブルには豪華な料理。
窓の近くにある大きなクリスマスツリーにはピカピカと光る魔道具が飾り付けられている。
すぐ前には楽団がいて皆がニコニコと微笑んで頭を下げた。
バイオリンやチェロやコントラバス、フルートやオーボエなど、様々な楽器で演奏が始まった。
料理も頬っぺたが落ちる程に美味しくて……
大きなロブスターはシェフが側で剥いてくれて、たらふく食べた。
やはり宮廷料理人はレベルが違う。
料理を食べた後も……
楽士達の演奏に聴き入った。
2人で寄り添って……
「 素敵なクリスマスを有り難う 」
皆にお礼を言ってアルベルトとサロンを後にした。
「 どう? 楽しめた? 」
「 料理は美味しくて頬っぺたが落ちるかと思ったわ……それに……素敵な演奏会……有り難う 」
アルベルトがお礼のキスはと、頬を指でチョンチョンとした時………
レティの大きな瞳からボロリと涙が零れた。
一瞬、感動して泣いているのかと思ったが。
「 アル……バイオリンを弾いて……私の為に……私だけの為に……弾いてよ 」
綺麗なピンクバイオレットの瞳からは次から次へと涙がポロポロと溢れ出てくる。
「 レティ! どうしたの? 」
アルベルトは驚いた。
そこまで俺のバイオリンを聴きたかったのか?
まだプクリとした幼さの残るほんのり赤い頬っぺの上を、ハラハラと涙が零れ落ちる。
アルベルトは指で涙を拭うと、コツンとレティの額と自分の額を合わせた。
「 分かった…… 」
泣いてるレティを抱っこして皇太子宮のアルベルトの部屋に連れて行くと、直ぐに侍女達がお茶とお菓子を持ってテーブルに並べた。
「 失敗するから興醒めするかも 」
戸棚からバイオリンを出して来て、ケースから取り出すアルベルトを見つめながら……
レティはフルフルと首を横に振った。
1人しかいない観客の座る席は特等席。
2人だけの演奏会が始まった。
左肩にバイオリンを乗せて顎当てに顎を乗せ、弓と弦を垂直にし、弓を動かすと重工な音が鳴った。
チューニングをしたり軽く練習をして……
背の高いアルベルトが身体を揺らしながらバイオリンを弾き始めた。
キラキラ光る黄金の前髪がリズムに合わせてサラサラと動いている。
時々レティを見やり視線が合うとフッと優しく笑い、その美しさは……
まるで神話に出てくる彫刻の様で心臓が飛び出しそうになる。
レティはずーっと胸がドキドキしぱなしで……
幸せな時間を噛み締めていた。
ループしても……
この幸せな瞬間を思い出せる様にと。
預言者として……
無人島で魚を釣りながら独りで生きて行くには十分な思い出になると思いながら。(←5度目の人生があるならばレティは預言者になると決めている)
宮殿にバイオリンの奏でる音楽が流れて来た。
皆が足を止めてバイオリンの音に耳を傾けている。
「 おや? バイオリン? 」
さっきまでは楽士達の演奏が聴こえて来ていたが……
まだ執務室にいた皇帝陛下が窓を見やった。
「 陛下……雪ですね。これは積もるかも知れませんよ 」
窓に近付き外を見ながら側近が言う。
「 大臣達に帰れなくなるから早く帰宅せよと伝えなさい。そなたもそのまま帰宅して良いぞ 」
「 御意 」
バイオリンはアルか……
レティちゃんに聴かせているのかな。
ありゃ?
音を外した。
ロナウド皇帝も子供の頃はバイオリンを習っていた。
下手だなぁとクックッと笑いながら、やりかけの書類に目を落とした。
3階にある皇后陛下の部屋では、侍女達とささやかなクリスマスパーティーが開かれていた。
「 あら?バイオリン? 」
雪が降って来たので、窓辺に行って外を見ていた皇后陛下の侍女が耳を澄ます。
「 窓を開けて貰える?………アルベルトかしら? 」
窓を開ければ少し大きく聴こえてくるバイオリンの音に聴き入る。
珍しいわねとシルビア皇后が嬉しそうにして。
「 皇子様が……リティエラ様に弾いてらっしゃるみたいですね 」
侍女がお茶のワゴンを押して部屋に入って来た。
モニカ侍女長が嬉しそうに話してくれたと言って。
「 まあ! 素敵だこと…… 」
皆でバイオリンの音に耳を傾け、雪の降る窓を見つめた。
手には淹れたてのミルクティの入ったカップを持って。
アルベルトは2曲弾いた。
終わるとレティに向かって腰を折り丁寧にお辞儀をした。
「 お姫様の耳には聴き苦しい有り様で、大変心苦しい所存です 」
そう言って眉を下げおどけた顔をする。
レティはパチパチパチと沢山の拍手をしながら……
「 素敵素敵! 胸がいっぱいになったわ 」
とてもとても嬉しそうな顔をした。
「 アルへのプレゼントは…… 」
レティが包みをアルベルトに渡した。
包みを開ければ白いハンカチに刺繍がしてあった。
ピンクのハートの。
昨年は小さなハートだったが今年は大きなハートだった。
恋人へのクリスマスプレゼントは絶対に手作りをあげなきゃ駄目だと主張する母ローズの信念には叶わず、今年も苦手な刺繍をした。
相変わらず下手くそで……
可愛らしい手で一生懸命刺繍をしてくれたんだと思うとこんなにも愛しい。
「 有り難う。凄く嬉しい 」
アルベルトは片肘をソファーの背凭れに付いて、片膝をレティの座っている横に乗せて、レティの顔に影を落とした。
「 もう1つプレゼントを貰っても良い?」
そう言いながら……
もう片方の手でレティの顎を掬い取り、その小さな赤い唇にそっと唇を寄せた。
「 あら? 2曲だけ? 」
もう少し聴きたかったのに残念だわと、シルビアが残念そうな顔をする。
「 私……皇子様にリクエストをしに行こうかしら? 」
「 あら、恋人達の邪魔をするもんじゃ無いわ 」
「 そうですね。こんな素敵なクリスマスですものね 」
侍女達がそんな会話をしながら寒い寒いと窓を閉めた。
そんな侍女達を見ながらシルビアはクスクスと笑っていた。
バイオリンの音に足を止めていた城の警備員やスタッフ達も、ふんわりと暖かい気持ちになって宮殿にある大きな大きなクリスマスツリーを見上げた。
キラキラと光の魔道具で飾り付けられたツリーが、ピカピカと輝いていた。
2人は……
長い長い口付けをしていた。
窓の外は雪。
本格的に降って来たので早くレティを帰宅させなきゃならない。
だけど……
少しだけ……
もう少しだけこのままで。
恋人達の甘い聖なる夜は静かに更けていく。
『 Merry Christmas 』
────────────────
丁度季節が重なりましたね。
アルベルトとレティは素敵なクリスマスを過ごしている様です。
皆様も素敵なクリスマスを……
読んで頂き有り難うございます。
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