第268話 騎士─メイド

 



「 ちょっと待ったーっ!! 」



 ドゥルグ家のメイドは令嬢を掻き分け、プロのお姉様達を押し退けて皇子様の前に立った。


 そして……その美しい顔で言い放った。


「 私の男に触らないで下さるかしら…… 」




 レティが大人しく部屋にいる筈がなかった。

 彼女はここぞとばかりにドレスのリサーチを始めた。


 彼女はドゥルグ邸のメイドからメイド服を借りていた。

 女官では何をするにも目立って仕方ないのである。

 しかし……

 メイド服を借りるのならドレスを借りれば良いものを……貴族の娘ならドレスは皆持っているのだから……

 彼女はその選択をしないで商売に走った。


 彼女はデザイナー件ブティックのオーナーレディ・リティーシャなのである。



 ドレスのリサーチが一段落ついた頃……

 レティは扉の前にいる彼女達に目をやった。

 プロだわ……レティは20歳を3度も経験しているのだからそれくらいは一目で分かる。


「 良いですか! 殿下には決して近付かない様にお願いしますよ 」

「 はあい 」

 執事に念を押されている彼女達だが……

 あれは絶対に従う気は無いわね。

 レティの頭の中で警戒音が鳴り響いた。



 令嬢達に囲まれるのも、令嬢達と踊るのも仕方ない。

 今までそんな皇子様をどれだけ見てきた事か……

 今日だって……


 しかーし!!

 プロの女達に自分の愛しい男(ひと)を触らせるわけにはいかない。



 劇場のお姉様達から……

 プロのお姉様達には気を付けろと言う話を聞いた事がある。

 彼女達には男を喜ばすテクニックがあるらしい……


 そのテクニックが何かはレティには分からないが、そんな危ない女性達を大切な婚約者に近付けるわけにはいかない!


 もう、レティの中ではアルベルトが皇子様だとか、皇太子殿下だとかは関係無かった。

 そこにいるのは自分の愛しい男であった。



 既にアルベルトの腕に手を回している女がいる。

 カーーっと頭に血が上り、女の手を掴み、後ろに捻りあげる。


「 キャッ!?……痛たたたた……あんた誰よ! 」


「 わたくしは彼の婚約者よ! 」



 いや……メイドだろ?

 会場がざわざわとなった。



 メイドは皇子様の手を引き、すたすたと歩いて行く。

 メイドに手を引かれた皇子様は、片手で顔を押さえてクックッと笑いながら彼女に引かれるままに歩いて行った。



 女達が2人を追い掛けようとしたが、グレイ達がそれを阻止した。


「 殿下と婚約者様の邪魔をしない様に…… 」


 いや……殿下とメイドだろ?

 会場は混乱していた。



 女達はターゲットを変えた。

 あら?

 あんた良い男だねぇ……

 あんたでも良いよと女達はグレイに群がった。

 群がるなら俺にしてくれとロンとケチャップがホールの真ん中に出て来たら、俺も俺もと兵士達が出て来て会場は大混乱になっていた。



 全く……

 リティエラ様は想像を遥かに越えた事をなさる。

 殿下を……殿下を私の男だから触るなだなんて……

 クラウドはおかしくて仕方無かった。


 貴族間では未だに他国の王女との婚姻が大事だと主張する者が少なからず存在する。

 皇子の兄弟が他にもいるなら別だが、アルベルトはシルフィード帝国のたった1人の皇子なのである。


 帝国の未来の為には他国との関係が重要だと言うのである。

 だから殿下の想い人である公爵令嬢は側妃にするべきだと……

 皇室には側室制度があるのだからそれを利用するのは、国として正しい事だと主張するのである。


 そしてこの件に関しては両陛下は何も言わない。

 いや、言わないんじゃなくて言えないのである。

 側室を取らなかった事、皇子を1人しか産めなかった事が両陛下を沈黙させているのであった。


 しかし……

 クラウドはレティこそが皇太子妃、未来の皇后に相応しいと思っている。

 彼女の様な能力者を側室なんかにしたら国が揉める事は必至である。

 なのでレティを側妃にする事も他国王女を迎え入れる事も全く考えてはいなかった。


 そして、それをこの旅で確信した。

 皇太子の未熟さ、自分の至ら無さを彼女は見事にカバーしたのだ。

 カバーどころか皇太子の功績にしたのである。


 もっとリティエラ様の凄さをアピールしなくては……

 この旅の報告書が貴族達を唸らせる事になれば良いが……


 しかし……

 何でメイドに変装をしていたんだろう?

 大きな疑問が残ったのはクラウドだけでは無かった。



 会場の皆も混乱していたが、平民の彼女を養子にとまで考えていたカルロスはもっと混乱していた。


「 クラウド殿! 彼女は……一体何者なんだね? 」

「 殿下の婚約者のリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢です 」


「 しかし……彼女は平民では無かったのか? 」

「 いえ…… 」

 その時クラウドは理解した。

 若くて美人な女官ってリティエラ様の事だったのか……

 成る程……それなら分かる。



 さて……

 これは……何処からお話をしたら良いのやら……


 クラウドは丁寧に説明した。

 するとカルロスはみるみる内に項垂れて行く。

 彼女が殿下の婚約者だったのか……

 ルーカスの娘……

 ロバートがルーカスの娘を殿下に取られたと嘆いていた宰相ルーカスの娘が彼女……


 カルロスはバークレイにも確かめた。

「 彼女がルーカスの娘ですか? 」

「 そうじゃ……殿下が見初めなければうちの嫁になる筈じゃった娘じゃ…… 」


 2人で顔を見合せ……深い溜め息をついたのだった。





 ***




 レティはドゥルグ邸の夜の庭をズンズンと歩く。

 会場は音楽が再開してダンスが始まった様だった。


「 可愛いメイドさん、何処まで行くのかな? 」

 アルベルトは嬉しくてたまらなかった。


 そりゃあそうだろう。

 自分の好きな女が皆の前で私の男に触るなと啖呵を切ったのである。

 これを喜ばない男はいない。



「 アルも黙って腕を絡まれてるんじゃ無いわよ!」

 振り向き様にいきなり凄い剣幕で怒られる。


 睨むレティに慌てて手を前に出し降参ポーズを取った。

「 あれは不可抗力だよ 」

「 私が行かなかったらどうなってたのよ!? 」


 全く……

 私が行かなかったら絶対にあちこち触られていたわよね。

 また怒りがふつふつと湧いてきたレティに、アルベルトが優しい顔をする。


「 だけど……君が助けてくれた……」

 以前に……

 レティから『皇子様は皆の皇子様』発言をされた事に心を痛めていたアルベルトは、独占欲丸出しのレティが嬉しかった。



「 それに……私以外とは踊らないって言ったくせに…… 」

「 ごめん……立場上……でも僕はずっとレティの事を考えてたよ 」

「 令嬢達に囲まれてのお喋りはさぞ楽しかったでしょうね 」

「 もう切り上げて君の部屋に行く所だったんだ! 」


 ツーンとして文句を言うレティに胸が高鳴る。

 レティの可愛いやきもちがこんなにも嬉しいとは……

 

「 僕は君の男なんだ……」

いつの間にか壁ドンならぬ木ドンの体制になっている。


「 ふ……不敬な事を言ってご免なさい 」

「 嬉しいよ……それに……あの啖呵は格好良かった…… 」


 アルベルトの甘い顔が近付いてくる。

「 それより……何でメイドの格好をしてるんだ? 」


 口付けされる寸前で聞かれる。

 こ……こんなギリギリの所で……

「 あの……可愛いメイド服を着てみたくて…… 」


 これはあながち嘘ではない。

 ドゥルグ家のメイド服は赤の踝まであるワンピースに白のエプロンをしていて、大層可愛らしいのである。

 デザイナーリティーシャの興味のある所であった。


「 そうなんだ……メイド姿も可愛い…… 」

 そう言うと……アルベルトはそっと口付けをした。



 先程の騒ぎを知らない人が見たら……

 皇子様がメイドに手を出しているとても危険なシチュエーションである。





 ***




 あの女性達はクラウドが帰していた。

 騎士や兵士達からはブーイングが来たが、今日は殿下と婚約者がおられるからと了承して貰った。


 ロンやケチャップも文句を言っていたが、遊びに来たんじゃないとグレイに拳骨を食らっていた。



 さっきの騒ぎが嘘のように落ち着いた広間に2人が戻って来た。

 アルベルトは改めてカルロスにレティを紹介する。


「 リティエラ・ラ・ウォリウォールです 」

 メイドの姿で挨拶をしてもレティの所作は高貴な女性そのものだった。


 生まれた時から厳しく礼儀をしつけられる貴族が平民である筈が無いのだ。

 領地で過ごす事が多かったレティでも、家庭教師と母ローズからは何処に出しても恥ずかしく無い淑女に育てられていたのである。



「 成る程……ルーカスにそっくりだ 」

 カルロスはまじまじとレティを見た。


 それでもまだ諦めがつかなかった。




 2人を見ていると今からダンスを踊る様だった。



「 リティエラ嬢、私と踊って頂けますか? 」

 皇子様がメイドに腰を折り手を差し出している。


「 はい、喜んで 」

 メイドが皇子様の差し出した手に手を添える。

 2人は手を取り合ってホールの真ん中に行く。


 背の高い皇子様と小柄なメイドが他のカップルと一緒に音楽が流れ出すのを待っている。


 音楽が流れると皇子様はメイドの腰をぐっと引いて踊り始める。

 2人は何かを囁き合ってはクスクスと笑い合い、それがとっても自然で、皇子様のルーカスの娘好き好き光線が出まくるのをカルロス達は見ていた。



「 まあ! 殿下が寵愛してらっしゃると言うのは本当なのね 」

 先程の一緒に踊った令嬢達とは大違いだわ。

 リティエラ嬢がドレスを着ていたらどれだけ素敵な2人なんでしょう……

 リリアンはうっとりとして2人のダンスを見つめていた。




 複雑だったのはドゥルグ邸の同じメイド服を着ていたメイド達だった。

 だけど……

 皇子様と踊っているメイド服を着た女性を自分に置き換えて……

 楽しい妄想をしながら幸せな世界に浸ったのだった。





 こうして5日目の夜は終わった。






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