第267話 騎士─ドレス

 



「 困りましたねぇ…… 」

 レティはクラウドに叱られていた。


「 私は持参する様に言いましたよね? 」

「 はい……でもね……トランクに入らなかったのよ 」


 着替えのワンピースと、乗馬服と、ローブと医療器具を入れたら満杯になっちゃって……

 レティは苦しい言い訳をしている。


「 では……晩餐会とその後の舞踏会はどうするおつもりですか? 」

 レティは晩餐会と舞踏会の時に着るドレスを持って来なかったのである。


「 だって私は女官だし……要らないかな~って…… 」

 エヘっとレティは可愛い顔をする。


「 乗馬服とローブと医療器具の方が必要無いかと思いますが? 」

「 あら! 何れも役に立ちましたわ! 」

 冷たく言うクラウドにレティは急に腰に手をやり偉そうな顔をする。


「 もう、良いだろ? クラウド! レティが可哀想だ 」

 そうよ!ドレス位でそんなに怒らなくても良いじゃない。

 ……と、何処が可哀想なのか……レティは腕を組み偉そうにしていた。


「 だけど殿下! 殿下の婚約者であるリティエラ様が晩餐会や舞踏会にドレス無しでどうするのですか!? 」

「 クラウド様、リティエラ様のお荷物がトランク1つだと知っていながら確認しなかった私のミスです 」

「 ナニアさん! 貴女のせいじゃ無いわ 」


 青ざめたナニアが頭を下げると、旅はトランク1つで行くものなのよ!とレティが変なポリシーを掲げている。


「 リティエラ様……トランクの中身の問題です 」

 ううう……

 クラウド様が強い……


「 だけど……元々私は来る予定は無かったのだから、私が来ていない事にすれば良いんじゃないのかしら?」

「 昨夜、殿下がリティエラ様を婚約者だと紹介しましたから…… 」

「 じゃあ、悪いのは殿下ですよね! 」

 レティはここで思いっきり悪い顔をした。


 レティの頬っぺをつねりながらアルベルトは言う。

「 リリアンにドレスを借りるのはどうだ? 」

「 ………あの方のドレスはリティエラ様は着れませんでしょ? 」


 確かにクラウドの言うとおりである。

 リリアンは大柄でかなりふくよかなご夫人なのである。

 ましてやあの年齢の夫人のドレスをまだ若いレティに着せるわけにはいかない。


「 今から町に買いに出掛けても晩餐会には間に合いませんし……もっと早くに分かっていれば……昼の視察の時にでも洋裁店に寄れたものを…… 」

「 あら!? 晩餐会は外せませんわよ。ご馳走が出るのだから欠席なんてとんでも無いですわ! 」

 アルベルトに捻られた頬を擦りながらレティが当然の事の様に言う。


 この食いしん坊め!とアルベルトは笑いながら今度はレティの鼻をつまんで彼女を覗き込んでいる。


 イチャイチャし始めたノー天気な2人にクラウドは呆れるのだった。



 結局……

 一晩だけの事だからと、皇太子殿下の婚約者は体調が悪く部屋で臥せっている事にした。



「 わたくし、晩餐会は外しませんわよ 」




 ***




「 何? 婚約者殿は臥せっているとな?」

 クラウドからの説明に落胆の色を隠せないカルロスだった。


 皇太子殿下の婚約者が剣を握る令嬢だという事は伝え聞いていて、軍人カルロスは好ましく思っていたのだった。


 国境を守る彼は長い期間砦を離れるわけにはいかないので、余程の事で無い限りは砦を離れる事はしない。

 なので先の軍事式典には参加しなかったのであった。





 皇太子殿下が席に付き、バークレイの挨拶が終わると晩餐会が始まった。


 領地にいる貴族、近隣の貴族、騎士や兵士達が呼ばれた晩餐会である。

 皇太子殿下がいる晩餐会なのでそれはそれは豪華な料理が出されて騎士達は喜んだ。



「 殿下、婚約者殿は顔も出せない位に具合がお悪いのですか? 」

「 まあ……寝てれば直ぐに回復しますよ 」

「 今日の午前中は大層お元気だったのに……後で様子を見に行って来ますね 」

「 朝稽古の時にリティエラ様はうちのグレイと剣の打ち合いをなされたんですよ 」

「 なんと! グレイと? 」 

 心配そうな顔をするリリアンの隣で、バークレイはカルロスに2人の手合わせの様子を詳しく話し出した。



 アルベルトは後ろめたさで大層居心地が悪かった。


 それで……

 晩餐会は外せないと言っていた俺の可愛い食いしん坊は何処に……


 あっ居た!

 女官達や騎士達と一緒に後ろの方で食べている。

 クククッ……ガタイのでかいケチャップに前に行くように指示してる……


 可愛いなぁ……



 そして……

 カルロスもレティを見ていた。

 あの食べっぷり……

 だけど……所作はなんて美しいんだ……

 彼は益々気に入った。


 グレイは何処だ!?

 グレイは横の席の令嬢と談笑しながら食事をしていた。


 祖父であるバークレイもグレイの婚活をしていて、グレイの横にそれとなく相応しい身分の令嬢を座らせていたのである。


 駄目だそんな令嬢は!

 少しも食事が減っていないでは無いか!

 見れば見る程レティの気持ちの良い食いっぷりに惚れた。


「 クラウド殿! 」

 カルロスはクラウドの所に行き女官の話を聞く事にした。


「 今回同行している女官についてだが……若くて美人な女官が1人いるだろ? 」

「 ああ、彼女ですか? はい 」

 美人?……まあ、見る人によれば美人に見えるかも……


「 彼女の歳は幾つだね? 」

「 昨年20歳で入官しましたから……21歳ですかね……」

「 おお……丁度良い 」

「 彼女が何か? 」

「 いや……グレイにどうかと思ってだな…… 」

「 ……えっ!? グレイに? いや……まず……彼女は平民ですよ? 」


 何だって!?

 平民……


 クラウドはレティの事は女官として頭の中には全く入って無かった。

 レティはあくまでも殿下の婚約者なのである。



 あんなに透明感があって品があるのに平民……

 いや、あれだけの娘なら平民でも構わない。


 わしが養子にしてからグレイに嫁がせても良い。

 そして、このドゥルグ領地に住まわせば、くちさがない奴等に平民だと揶揄される事も無いだろうに……


 カルロスはレティを養子にする事に決めた。


 当時は、高位貴族が身分の低い者と結婚する時は、一旦他の高位貴族の養子にしてから結婚をさせると言う事が少なからずあった。




 ***




 クラウドはレティを同行させると決まった時に、ルーカスに了解を取りに行った。


 その時に、ドゥルグ領地での晩餐会や舞踏会は大勢の女性達を呼んで参加させるので気を付ける様にと言われた。

 騎士や兵士達を喜ばせる為に必ず呼ぶらしい。


 確かに……

 席をよく見れば女性が多い。

 騎士や兵士達はデレデレとしながら食事を楽しんでいる。


 そしてその視線の先は……

 女性達は上座に座って食事をしている殿下を頬を染めながらチラチラと見ているのだ。


 舞踏会になると……

 彼女達が殿下の側に押し寄せる事は目に見えてる。


 クラウドがドレスを持参して来なかったレティを叱責したのも、こう言う事情があったからなのである。


 予定では……

 レティは晩餐会だけ出席して舞踏会は欠席する事になったのだった。





 ***





  「 私の為にこの様に手厚いもてなしをしてくれた事に礼を言う。私も今宵を楽しむ事にしよう 」


 皇太子殿下の輝く様な微笑みの挨拶で舞踏会が始まった。



 アルベルトはレティのいない舞踏会なんかつまらなかった。

 レティのデビュタント以来は必ず彼女が舞踏会にいて2人で踊ったのだから……


 しかし……

 持て成しをされた側は主催であるバークレイの勧める令嬢とも踊らなければならない。

 これが社交界なのである。


 そうなると父上が母上だけとしか踊らないのは……

 これは如何なものかとアルベルトは考えた。

 今までは父上の言うとおりにしてきたが……

 俺にはレティもいる事だし……

 これからは父上と分担してダンスを踊ろうと、頬を染め上目遣いで見てくる令嬢達と踊りながらアルベルトは思った。




 時間が少し過ぎた頃……

 突如きらびやかな大勢の女性達が入場してきた。


 !?………

 クラウドは焦った。


 宰相が言っていたのはこの女性達の事か!?

 彼女達は飲み屋のホステスであり、娼館で働く……

 男性を喜ばすプロの女性達なのであった。



 彼女達は皇子様の元へ我先にとばかり群がった。

 皇子様を取り囲む令嬢達を押し退けている。


 当然である。

 雲の上の人である皇子様に触れる事が出来るのだから……



 しかし……



「 ちょっと待ったーっ!! 」


 その時、女性の声が響き渡った。



 勢いよく現れたのはドゥルグ家のメイドだった。






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