第248話 軍事式典─同じ場所で

 


 軍事式典のパレードが始まった。

 皇太子殿下の勇姿を一目見ようと皇都広場や沿道には人だかりで溢れていた。



 この皇都広場は、まだシルフィード帝国が小さな国だった頃に、戦の為に国民が集まったと言う帝国民にとっては正に歴史がここから始まったと言う尊い場所で、広場には馬に乗り聖剣を掲げるシルフィード一世の銅像がある。


 戦いに勝利した時……

 シルフィード一世がここで勝鬨を上げ王妃の待つ城に向かって凱旋帰国をした事が、今の軍事式典のメインである騎士団や国境警備隊のパレードに繋がっているのである。



 白馬に乗った皇太子殿下が聖剣を帯剣し、整列した騎士団を従えパレードの開始の合図のラッパの音を待っている。


 白の軍服に肩から斜めに下がる赤のサッシュに胸には数々の勲章に赤いマントは皇太子殿下の正装である。



 そして今年は、皇太子殿下の婚約のお祝いに華を添えるとして、皇室の色であるロイヤルブルーの帝国旗を先頭に、ウォリォール家の紫の軍旗とドゥルグ家の赤の軍旗、そしてディオール家の緑の軍旗を掲げて行進する事に決まった。



 ラッパの音が高らかに鳴り響きパレードの始まりを告げた。

 すると遠く皇都広場から大歓声が聞こえてくる。

 皇太子殿下の行進が始まったのである。


 パレードの主役は皇太子殿下であるが、アルベルトが立太子を行う前は皇帝陛下が白馬に乗り行進をした。


 昨年からアルベルトが主役の荷を背負ったが……

 昨年のパレードはイニエスタ王国の王女が来国していた事もあり、何処か彼にとってはスッキリしないパレードであった。


 今年は皇太子殿下の婚約のお祝いも兼ねた式典になった事から、パレードの席にレティが婚約者として皇族の席に座る事となりアルベルトは張り切っていた。


 皇族席には皇帝陛下、皇后陛下、ローランド国のウィリアム王子が座りその横に皇太子殿下の婚約者のレティが座った。



 王子が煩い。

 レティと王子は同学年であり、隣のクラスで毎日の様に王子がレティのクラスに来ている事もあり、2人は案外仲が良かった。


 それにしても、王子が煩い。

 落ち着かない精神を統一したいのに王子のお喋りが邪魔をしていた。


 レティにとって初めての公の場での席で、パレードが終わると皇太子殿下に月桂樹の葉の冠を頭に乗せる大切な役割を婚約者として行う事が決まったのである。


 栄光と勝利の証である月桂樹の葉の冠。


 その冠は皇后陛下の指導の元にレティが作ったものであった。

 その昔、戦場から凱旋をした国王の為に王妃が冠を作り頭に被せたと言う逸話があり、皇帝陛下がパレードをしてる時は皇后陛下が皇帝陛下の頭に乗せていたのである。



 しかし……

 問題はそれだけでは無い。

 彼女が落ち着かないのは理由があった。

 パレードが終わってからのデモンストレーションで弓馬術を披露する為である。


 剣舞、馬術、と続き、弓兵部隊の弓矢のデモンストレーションが終わると、そこで使った的を貸してもらい騎乗したレティが馬を走らせ矢を射る……と、言う手筈になっていた。



 元よりグレイと弓兵部隊とは打ち合わせ済みであった。

 弓兵部隊が皇都に到着するとレティは騎士団の訓練所に彼等に会いに行った。

 彼等とは昨年に仲良しになっていたのである。


 レティの話を聞きグレイは難色を示したが弓兵部隊は大乗気だった。

 国境警備隊の弓兵部隊は弓兵の増員を希望していた事もあり、今までのパレードでは歩兵である弓兵部隊は地味である事から、素晴らしいアピールになると喜んでくれたのである。


 もっと弓矢のアピールをしたいレティの想いはグレイを動かした。

 そう……

 レティはたった1度の疾走での1矢に全てを掛けるのであった。




 弓兵部隊の弓矢の披露までには、着替えて、馬に乗り、待機をしなければならないのである。


 ネックは月桂樹の葉の冠の贈呈式である。

 もう、殿下の頭にポンと乗せて直ぐにダッシュしてトンズラするしかない。



 隣で喋りまくる王子を無視して考え込んでいたら、一際大きい歓声になった。

 皇太子殿下が橋を渡り、皇宮の広場に差し掛かったのである。



 この皇宮の広場も、まだ戦いに明け暮れた時代には兵士達が武器を集めて、装備したり待機する場所であった。

 王妃も侍女もここで炊き出しを行い兵士達を慰労し、軍旗を掲げ皆が熱き夢に命を灯した場所でもある。



 青、紫、赤、緑の軍旗が先頭を歩き、白馬に乗った皇太子殿下が手綱を操りながらやって来る。

 その行進は圧巻だった。



 レティは今年は正面からパレードを見ているのである。

 そこは……昨年は王女のいた場所であった。


 そっかぁ……

 王女はここからこんな風に殿下を見ていたんだわ。


 自分に向かって真っ直ぐに殿下がやって来る様な気がしてドキドキするのである。

 いや、王女の時と違い、実際にアルベルトはレティに向かってやって来てるんだが……



 レティにとって王女はトラウマである。

 何度も見た、手を取り合って歩く2人の姿が目に焼き付いてしまっているのである。


 そして、皇子と王女の婚姻……

 3度の人生では、結婚する筈だったやんごとなき身分である2人の邪魔をしたのが自分だと言う苦しい想いもあった。



 ああ……ダメダメ!

 今日は弱気になったら負けなのだ。

 バチンと両頬を叩く。

 横で王子が驚いていた。


 殿下が私を真っ直ぐに見つめ白馬の手綱を操りこちらに向かって来ている。

 金髪の髪が風に揺らいで太陽に照されキラキラと輝いている。

 こんなにもカッコ良い男性(おとこ)が今は私の男なのだから……


 さあ!カモン私の愛しい殿下(ひと)!



 パレードが終わり、皇太子殿下が白馬から下り両陛下に挨拶をする。

 そこで皇太子殿下の頭に婚約者が冠を被せるのである。



 ずっと緊張していたレティはアルベルトを見るなり、階段を駆け下り彼に抱きついた。

「 アル……大好き 」

 アルベルトだけが聞こえる小さな声で囁くと彼は破顔してレティを抱き締めた。


 広場は大歓声に包まれた。

 2人で抱き合う……


「 レティ、冠は? 」

「 あっ!? 忘れちった 」


 レティは慌てて壇上に駆け上がり、テーブルの上に置いてある冠を取りに行った。


 場内から笑いが起こる。

 アルベルトはニコニコと微笑んでいた。

 

 冠を手に持ってアルベルトの前に行くと彼は腰を折る。

 レティは背伸びをしてアルベルトの頭にポンと冠を乗せた。


「 有り難う 」

 黄金の髪に緑の月桂樹の葉の冠。

 ああ……なんて尊い……

 あまりにものカッコ良さに涙が出そうになるレティと会場の女性達であった。

  この姿絵が出たら争奪戦になるだろう。

 レティはなにがなんでもゲットしようと決意を固めたのだった。



 アルベルトがレティと手を繋ぎ片手を上げると大歓声が上がる。

 その大歓声の中で2人で柔らかな微笑みの両陛下の前に行き頭を垂れた。


 何時までも何時までも……幸せな時が流れる……


 いや……それでは困る……


 えっと……

 ポンは終わったからダッシュでトンズラしなければならないのに、アルベルトは繋いだ手を離してくれない。



 アルベルトは気に入らなかった。

 ウィリアム王子の席の横にレティの席が用意されているからである。

 王子の席は母上の横で良いじゃないか?

 何故俺のレティがこいつの横なんだ?


 それは、隣国の王子が退屈しない様にと学園でも親交のあるレティを側に置いたのである。

 いわゆる外交儀礼である。


 分かってはいるが……

 しかしだな……

 2人並んでいると2人が婚約者同士みたいだし、遠くから見ていると、実に2人は仲良さそうに喋っているのだ。



 席順はいくらレティがアルベルトの婚約者であっても、王族より上席には座れないのでアルベルトの横が王子でその横がレティなのである。


 おかしいじゃないか!

 アルベルトはまさにレティを自分の膝の上に座らせ様とした時……



 デモンストレーションの準備をしてる今しかない!

「 殿下……あの……お手洗いに行くので手を…… 」

 レティがアルベルトに耳打ちをした。


「 ……僕も一緒に行こうか? 」

「 ええ!? 」

 皇子様と連れション?

 はあ?

 じれっと見つめると殿下は慌てて繋いでいた手を離してくれた。


「 うん……そうだね、気を付けて行っといで…… 」

 レティは壇上から駆け下り、裏に回りトイレに急いだ。



 着替えは侍女のマーサが持ってトイレで待っていてくれた。

「 それにしても皇太子様はカッコ良かったですねぇ…… 」

 うっとりと話すマーサもパレードを見れた様だった。


「 それに……お嬢様も……もう、私は侍女組合でどれだけ鼻が高いか…… 」

 侍女組合? そんなものがあるのか……

 後で詳しく聞こう。


「 ショコラは? 」

「 はい、カイルが連れております 」

「 有り難う、マーサ、ドレスをお願いね 」


 レティは着替えて、愛馬のショコラの元へ急ぐ。

 乗馬服にジョッパーズ……ただ上着の丈は殿下が嫌がるのでお尻まで隠れる様な長さに変えた。



 広場は大歓声に沸き立っている。

 剣の演舞が始まっているのだ。



「 カイル、有り難う 」

 カイルはショコラをリラックスさせる為に、ブラッシングをしてくれていた。

 レティも丁寧にブラッシングをする。



「 ショコラ……頑張ろうね 」

 矢の入った矢筒を背負い、手には弓を持ちショコラに騎乗する。


 そのままショコラに乗り騎士団の練習場に入る。

 グレイに使用の許可を取っていたので、広い場所で走らせる。


 2人で駆けて広場に行く。

 どうやら間に合った様だ。


 広場は弓兵部隊のデモンストレーションが始まった。

 よし……終われば合図をしてくれる事になっている。

 いよいよ私の番である。


 落ち着け

 落ち着け

 落ち着け


 一か八かの本番勝負である。


 思い出せ

 思い出せ

 思い出せ


 あの時……

 殿下の号令で戦場を駆けたあの時を……


 弓兵部隊のデモンストレーションが終わった。


 集中しろリティエラ!


 よし、合図だ。



 行けーーっ!!






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る