第247話 17歳の誕生日

 


 4度目の人生では彼は私の事が好き過ぎるのである。

 どうしてこんなに好きでいてくれるのかは分からない。


 兎に角、会えば……君しかいらない、君だけが好きだよと甘く蕩けそうな顔をしながら限りなく優しい声で囁いて来るのである。



 その彼が……

 後ろから追い掛けてきた私と一瞬目が合った。

 しかし彼は……

 私には無いプルンプルンの胸をした女の唇に……

 私を大好きだと囁いた唇でキスをしているのだ。



 飛び蹴りを食らわす為に状態を低く構える……


「 怖いなあ……僕の奥さんは…… 」


 後ろから誰かに抱き抱えられた……

 えっ!?

 一瞬気を取られたが、レティは構わずに飛び蹴りをする為に前に行こうとする。


 誰?知らないよと言いながら2人が入って行った部屋の扉がパタンと閉められた。



 逆上したレティは部屋に押し入る為に、自分を抱き抱えている腕から離れようともがいた。

「 離して! 絶対に許せない! アルをぶん殴って離婚するんだから! 」


 レティを抱き抱えていた腕はさらにギュッと力を込める。

「 レティ! 落ち着いて! 僕はここだよ 」

「 えっ!? 」


 フッと我に返り、抱き締めている人を見上げる。

 亜麻色の髪に仮面を付けた男性(ひと)が笑っていた。

 瞳はアイスブルー……

 彼から香る嗅ぎなれた優しい甘い香り……


「 アル? 」

「 そうだよ、酷いなあ……僕を間違えるなんて…… 」

 アルベルトは愛おしそうにレティの仮面の奥の瞳を覗き込む。


「 だって…… 」

 レティは、アルベルトと女が入って行った部屋を指差し、またアルベルトを見つめた。

 アルベルトはレティの可愛い赤い唇にチュッとキスをする。




 真相はこうである。


「 あっ! アルが来た! 」

 そう言ったラウルと、顔を上げたレティの視線の先が違ったのである。


 レティが仮面舞踏会に行く事は、ラウルからアルベルトに話されていた。


 しかし……

 アルベルトが会場に入った所で直ぐに女性達に囲まれたが為に、若干レティの側に行く事が遅れてしまった。

 女性達をかわしレティの側に行くと、いきなりレティが凄い勢いで走り出したのである。


 慌ててレティの後を追い掛けると、ホールを出て扉の前でレティが男女を見て立ち止まっていた。

 女にキスをしているその男は金髪だった。


 あちゃー

 レティは俺と彼を間違えてるんだ……


 そう理解したと同時に男に飛びかかろうとしてるレティを捕縛したのである。




「 結婚もしてないのに離婚するの? 」

「 だって…… 」

 クスクスと笑ったアルベルトはまたレティの唇にキスをする。


「 僕がレティ以外の女(ひと)とキスをすると思う? こんなにもレティが好きなのに…… 」

「 だから…… 」

 アルベルトはまたレティの唇にチュッとキスをする。

 仮面を着けたレティの赤い唇が何だかそそるのである。


「 落ち着いた? 」

「 うん…… 」

「 じゃあ、ラウルの所へ行こう、エドもレオも来てるよ 」

 アルベルトはレティの手を引き歩き出した。


「 どう思った? 」

「 ………嫌だった 」

「 僕はそんなに信用ならない? 」

「 だって……お兄様がアルだって言うから……てっきり…… 」


 思い込みって恐ろしいわ……

 チロリとアルベルトを見ると彼もレティを見る。

 ああ……綺麗なアイスブルーの瞳だ。


「 そんなに似てた? 」

「 今思えば似てないかも…… 」



 2人はラウル達と合流した。

 アルベルトはエドガーとレオナルドと一緒にやって来たのである。

 アルベルトが女性達の輪から抜け出した後は彼等が女性達に囲まれていたのであった。



 皆に事の成り行きを説明する。


「 ギャハハハハ、アルはよくレティに追い付いたもんだ 」

 3人が笑い転げる。


「 ああ、あと一歩遅かったら飛び蹴りが炸裂してたな 」

「 恐ろしいわ~いくら何でも皇子に飛び蹴りするか? 」

「 あれがアルで、本当に飛び蹴りしてたら……お前は公爵家を破滅に追い込む事になったんだぞ! 」

 エドガーとラウルは周りを警戒しながらレティに話す。


「 だって……私の前でキスをして、2人で部屋に入ろうとしてたのよ? 」

「 レティ、お前は悪くない。それがアルなら飛び蹴り位で済ましたら駄目だぞ、 ピーをぴーして……ピー……ウグ…… 」

 レオナルドはラウルとエドガーに口を塞がれた。


 確かに……

 あれが殿下で無くて良かったし飛び蹴りもしなくて良かった。


「 アル……止めてくれて有り難う 」

 アルベルトがレティの頭を撫でる。

「 もっと僕を信じて…… 」

「 ごめんなさい…… 」 




 4人と1人でソファーに座り酒を酌み交わす。


「 あっ! あの人よ 」

 オレンジジュースのグラスを持ったレティが指差した男を全員で見る。


「 あれがか? 」

「 全然違うじゃねえかよ 」

「 全然違うわね 」

「 お前は金髪なだけで判断したな? 」

「 心外だ! 」



 ホールに入って来た男は金髪なだけで背もそれ程高くはなく、なよなよしていた。


 やはり本物はかつらを被って金髪じゃなくても、仮面を着けていようとも、その美丈夫ぶりは健在で、醸し出すオーラから立ち姿まで何から何まで違っていた。


「 それにしても部屋から出てくるのが早くないか? 」

「 なる程、早過ぎて女が怒ってるんだよ…… 」

 4人がニヤニヤ笑っている。


「 うわっ!? 」皆が目を見張る。

 手を上げた女の手がアルベルトに似てる筈だった男の頭に当たり金髪のかつらが飛んだ。


「 あっ!何か飛んだ 」

「 かつらだったんだ 」

「 ハゲだわ 」

「 もはや金髪ですら無い…… 」

「 レティ、似てる所を1つでも言ってくれ…… 」

 アルベルトが額を押さえた。


 皆で腹を抱えて笑い転げた。

 こんなに笑ったのは久し振りだと嬉しそうだった。




 ***




「 レティ帰るぞ! 」

「 はい…… 」

 ラウル達に先に帰ると告げて2人でボルボン伯爵邸を後にした。


 いくら仮面を付けかつらを被っていたとしても正体がばれるかも知れない。

 こんな所で皇子だとばれるのはかなり不味い状況になるのである。


「 今、軍事式典の準備で忙しいでしょ? 忙しいのに…こんな場所に来て良かったの? 」

「 ああ、忙しいね。 だけど、俺の婚約者がとんでもないお転婆でね……婚約者の兄から、会場の雰囲気を見せたら直ぐに連れて帰る様にお願いされたんだよ 」

 足を組み、組んだ足に指をトントンとしながらアルベルトが呆れた様に言う。


 そうだったのね……

「 ご……ごめんなさい 」


「 ……で? 何であんな場所に行きたかったのか説明してくれ! 」

「 お……大人の世界を……そう、わたくしも17歳になったのですから大人の世界を知りたくて…… 」 

 

 まさか……商売のリサーチだとは言えない。

 卒業するまでは店の事は秘密にしたいのよね。

 何だか……ちょっと生意気そうに見られたら嫌じゃない?

 やっぱり……殿下の前では可愛い17歳でいたいし……



「 ふーん、大人の世界ねぇ…… 」 

 この好奇心旺盛な彼女が考えそうな事だ。


 ホホホと笑っているレティにアルベルトの瞳が妖しく揺れ、目を僅かに細める。


 何だ?

 殿下のこのただならぬ色気は?


「 そうだね、今日から17歳だもんね……僕達の関係も大人の関係になりたい? 」

 えっ!?

 この皇子……何を言ってるの?


「 もう一段、大人の階段を登ろうか? 」

「 駄目よ! 今は馬車の中よ! 馬車では階段は登れないわ 」

 ……と、焦ってわけの分からない事を言うレティの唇をアルベルトが見つめる……

 その色っぽい視線にドキリとする。

 あっ! 駄目だ……殿下のスイッチが入っちゃってる。


 レティはヒョイとアルベルトの膝の上に横抱きにされた。

「 大丈夫、口付けしかしないよ……今は…… 」

 顎を上にあげられて唇を落とされた。


 アルベルトの手がレティの頭の後ろに添えられ、もう片方の手は彼女の頬に添えられ逃がさない様にする。


「 ん…… 」

 彼女の唇を、角度を変えながら何度も何度も夢中で貪る。


「………んん………」

 アルベルトは息を吸うのが苦しそうなレティに気付き唇を静かに外した。


「 レティが仮面なんか着けるからだ…… 」

 アルベルトは仮面をしたままのレティの可愛くて赤い唇を指でつつきながら甘く緩んだ顔をしていた。


「 もう……仮面はつけましぇん…… 」

 レティは真っ赤な顔をして涙目になっていた。


 そして……

 それが可愛くてまた口付けをする……


 馬車は本当に危険だとレティは改めて思ったのであった。





 見た目は17歳中身は20歳×3

 15歳から20歳までは3度も人生をやっているのである。


 リティエラ・ラ・ウォリォール公爵令嬢。


 1度目の人生は商売人として、2度目の人生は医師として、3度目の人生は騎士として生きた。


 4度目の人生は平凡に過ごそうと決めた彼女だったが、ひょんな事から虎の穴の研究員になり薬師になった。

 しかも彼女は今までの経験を生かして商いをし、医師の資格を取り騎士の訓練もしている。


 そして……

 今まで叶わなかった彼女の想いが叶い、なんと皇太子殿下の婚約者になってしまったのである。



 彼女の運命の20歳までは後3年であった。





 

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