第244話 風の馬車

 



 ローランド国の視察団も2週間の期限を有意義に過ごし、無事に帰国をして行った。


 薬学研究員達のディスカッションもその後の医師と薬学研究員の合同ディスカッションも、レティに合わせて開催されたのだった。


 両国の医師達も薬学研究員達もそれはそれは熱心でこの初の取り組みは大成功だった。

 次なる医療の進歩に多いに貢献する礎となったのである。


 レティは学生であるからその全てには参加出来なかったが、その成果に期待せずにはいられなかった。




 そんな心が弾む休日。

 レティは久しぶりに街に出て、自分の店の『 パティオ 』に顔を出していた。


 店は順調だったが……

 レティには頭を抱えている事がある。


 あの、ローランド国のジャック・ハルビンの店で購入したデカイ顔のリュックであった。

 何故か可愛らしく思えて帰国時に大量に購入し、その上ジャック・ハルビンに追加注文までし、今、店にも並べる事が出来ずに箱の中に眠っているのである。


 このデカイ顔のリュック……

 勿論、レディ・リティーシャの店『 パティオ 』とはコンセプトが全く会わない。


 私はお気に入りなんだけれどもね。

 自分のお気に入りと儲けが出る品は別であると言う事は、1度目の人生で十二分に理解していたのに追加注文までしてしまっていたのだ。




 レティは仕事を終えデカイ顔のリュックを背負って店を出て公爵家の男の使用人に変装して帰宅中であった。


 当時は何かを背負うなんてことは平民だけがする事であり、当然ながら貴族の外出にはお供がおり、馬車で移動をする事からリュックなどは必要の無いものであった。


 だけど、公爵邸から店までを歩いて移動するレティにはとても便利なリュックで、レティは何時も変装した時は背負っていたのだった。



 テクテクと歩いていると……

 道路を整理され民衆が端に集まり、そこには騎士団の騎士達が沢山いた。

 騎士団が道の整理をする時は皇族が何かをしてる時である。



 皇族がいらっしゃるんだわ……

 あっ!白い馬車がある……と言う事は殿下だわ!殿下がいる!

 見たい……

 でも、小柄なレティが背伸びしても、ピョンピョンしても人垣で見えなかった。

 こんな時、ただの民衆になるから彼女は面白いのである。



 人混みが少ない所に移動をした。

 うわっーっ!

 馬車がある!

 大きめの馬車が2台連なった馬車。

 それは風の魔女が魔石に魔力を融合させる時に見た乗合馬車であった。


 完成したんだわ……

 あっ!? 青のローブ……シエルさんがいる!

 クラウド様も、女官さんもいる……

 そして……

 あっ!いた!殿下だ!


 うわ~~格好良い……

 背が高い!

 足長い!

 金髪が柔らかな風に吹かれてサラサラ揺れている。


 殿下って……遠目で愛でるのも有りかも。

 レティが婚約者をそんな風に思っていると……


「 素敵だねぇ……皇太子殿下は…… 」

 横のおばさんがしみじみ言っていた。

「 本当に…… 」

「 おや? 男の子でもそう思うんだねぇ……アタシも後20歳若けりゃねぇ…… 」

 あにゃ?

 そうでした。今は男に変装してるんだわ……


「 何言ってんだい! 何歳若くてもアタシらには手の届かない雲の上のお人だよ 」

 違いない!と、周りが笑いに包まれた。


 ふむ……

 確かに……



 結局この日は試運転として虎の穴からここまで走らせる事が目的であった為に、実際に街を走らせる事は無かった。

 その後に何も問題が無ければ、1週間後にテスト運行として街を走らせるのだと言う。



 あら……走る所が見たかったのに……残念。


 乗合馬車……

 どうしてる?……風の魔女……イザベラ……

 レティは青い空を見上げ、あの美しい風の魔女に想いを馳せた。



 民衆はあの2台連なった馬車が街を走ると聞いて興奮状態になっていた。

 このニュースは翌日には新聞記事になり、人々から大いに興味を持たれたのだった。

 一週間後に街を走る時には更なる人だかりが出来るであろう。




 じゃあ、もう帰りましょ!

 我が家まではまだまだ遠い。


 レティは男に変装をしてる時は1人で行動をしている。

 そして、パパラッチに後を付けられると困るので公爵家の馬車は使えない。

 なので街までせっせと歩いて行っているのであった。


 しかし……

 騎士達が整理していたのでかなり遠回りをしなければならない。


 よし!

 今は男に変装してるのだから私だと気付かれ無いわ。

 いや……寧ろ殿下の近くにいても気付かれ無いかの確認をしたい。

 妙なチャレンジ意欲がレティを無茶な行為をする事に掻き立てる。


 レティはトコトコと騎士達が人垣を整理していた道を横切り始めた。


 皇太子殿下とクラウドの間を……

 ちらりと皇太子殿下と目を合わす。


 あっ……殿下は私だと気付いてないわ……フフフ……


 トコトコトコトコ……

 誰もが小さな少年を凝視し騎士達も成り行きをみていた。


 おいおい……捕まっちゃうよ!

 周りの人達も、デカイ顔のリュックを背負った少年が無謀な事をしてると見ていた。


 トコトコトコトコ……

 誰からも捕まらずに小さな少年は見事横切った。


 トコトコトコトコ……

 振り返り殿下を見ると……別の方を見ている。

 よし!気付かれて無い!


 よっしゃーっ!

 バレなかったわ!

 レティはガッツポーズをして、またトコトコと歩いて行った。


 レティの何メートルか後ろには……

 護衛騎士が歩いていた。




 ─時をアルベルト目線に巻き戻そう─



 整備された広場を囲む人垣からいきなり小さな少年が出て来てた。

 トコトコトコトコ……



 普通なら慌てて護衛騎士達が取り押さえるのだが……

 休日のレティにはアルベルトが護衛騎士を付けていたから、皆は既にこの男の子風の子がレティだと気付いていた。



「 レティだよな? 」

「 はい、リティエラ様ですね」


 トコトコトコトコ………


 亜麻色の髪を後ろで三つ編みにし、キャップ型の帽子を深く被り、小作人仕様のオーバーオールを履き、背中にはデカイ顔のリュックを背負った小さな少年。


 レティは、わざわざアルベルトとクラウドの間を歩いて行く……

 そして……ちらりと上を見たピンクバイオレットの瞳がアルベルトと目が合う。

 ドキリとしたが、彼女はつーんと前を向きスタスタと歩いて行った。



 アルベルトもクラウドも……護衛騎士達も黙って見ている。


 トコトコトコトコ……



 彼女は……いや、小さな少年はこちらを振り返った……

 慌てて顔を叛けると、少年はガッツポーズをしてまた歩いて行った。

 その後ろを護衛騎士達が笑いを堪えながらアルベルトに敬礼をして歩いて行く。



「 うわっ!?気付かれ無かったとガッツポーズをしてる 」

「 変装してるから大丈夫だと思い、自信満々で横切って行ったんですね…… 」

「 俺と一瞬目が合ったんだけど…… 」

 アルベルトは腹を抱えて笑いだした。

 クラウドは膝に手をやり耐えられないとばかりに腰を曲げて笑い、騎士達は肩を震わせ笑いを堪えている。


 可愛い……


「 今すぐハグをしてキスしたいんだが…… 」

「 駄目ですよ、変装がバレて無いと思ってるんですからね 」

 クラウドはまだケラケラと笑っている。


「 本当にお可愛らしいですねぇ……我が家に持って帰りたいかも…… 」

 クラウドは笑いすぎの涙を拭っていた。


「 駄目だよ、レティは俺のもんだから…… 」



 その夜……

 公務の合間に宮殿を抜け出し公爵邸にやって来たアルベルトは、今日初めてお会いしますね……と言う素振りですました顔のレティをギュウギュウ抱き締めキスをして、また直ぐに帰城した。



「 何? 殿下は何しに来たの? 」

 不思議がるレティであった。







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