第245話 2人一緒なら

 



 その日は乗合馬車の竣工式だった。

 民衆の期待は想像していた以上に大きいものであった。


 皇都広場には黒山の人だかりで溢れ、皆は乗り合い馬車に注目していた。


 ラッパが鳴り響き、皇太子殿下が登場すると大歓声が上がり皇都広場は興奮の坩堝と化した。


 運輸大臣の挨拶が終わり皇太子殿下がテープカットをした後に、乗合馬車は用意された楽団の音楽と共に出発する事となっていた。



「 何か、大袈裟じゃ無いか? 」

「 確かに…… 」

 アルベルトとクラウドが顔を見合わせる。


 乗り合い馬車の導入は議会でアルベルトが進言して、形にしていったと言うものであったが、竣工式の準備は運輸大臣の元で進められたのであった。



「 殿下も乗られますかな? 」

 髭を触りながら話す運輸相はこの民衆の熱狂振りにご満悦そうだ。


「 いや、私はいい…… 」

 馬車は沿道の直ぐ側を走るので自分が乗る事で面倒な事が起こると厄介である。


 しかし……

 そこでアルベルトはレティを思い出した。

 彼女が乗合馬車を欲しいと言ったのである。


 彼女の嬉しそうな顔が浮かぶ……

 乗り心地をレティに伝えれば喜ぶだろう……と、考えを巡らした。


「 気が変わった。やはり乗ることにする 」

 そう言って皇太子殿下が馬車に乗り込むと大歓声が起こった。


 この乗合馬車は皇都民の為の馬車だと言う事は以前から知らされていたので、そんな平民の馬車に皇太子殿下が乗るとは思いもよらぬ事であった。



 皇太子殿下が乗る事となり馬車の後ろから追従する騎士団が配備される。

 騎士団第1部隊第1班の騎乗したグレイ班長の指示の元、待機していた部下の騎士達が騎乗する。


 馬車の中には皇太子殿下とクラウドと女官、運輸大臣と秘書、そして護衛の為に騎士が1人乗った。


 何だか凄く華やかな式典になり民衆は更に熱狂する事となった。


 馬車は大きな馬車が2台連なっていたが、中は以前よりかなり改良されていた。

 一般の馬車の座席は扉を挟んで前後にあるが、乗り合い馬車は扉の左右に座席を設置した。


 それにより、2人掛けの座席が扉の左右に設置され向かいの席は6人も座れる様になり合計10名が乗れ、それが2台連結しているので、合計20名が1度に乗れる事になったのである。


 勿論、安全面から馬車の走行は凄くゆっくりである。

 皇都の広い道路だけを走る馬車の停留所は8ヶ所設置されていた。


 ゆっくりと走る馬車に人々は手を振り、中に皇太子殿下がいると分かると、さらに笑顔になり一生懸命に手を振る。



 この大歓声にアルベルトは胸が熱くなっているのを感じていた。

 何せ、手を振ってくる人々とアルベルトが乗っている馬車の距離が近い。

 こんなにも民衆と近くになった事は今までには無く、普通の馬車より大き目の窓を開け、民衆の熱気を直に感じる様にした。


 有り難うございます。

 有り難うございます。

 皆が本当に喜んでいた。


 停留所に着く度に後ろの馬車に予め用意された人々が乗り込んで行く。

 馬車が止まると乗り込む人が自分で扉を開けて乗る事が面白い。


 そして馬車は最後の停留所に止まった。

 扉を開け乗り込んで来た人は、なんとルーカスとレティだった。


 あっ!?

 皇太子殿下が乗ってるとは思わずに驚くルーカス………とレティ。

 アルベルトもまさかレティが乗ってくるとは思わなかったから、大層驚いている。


「 まさか、殿下がお乗りになってるとは…… 」

 ルーカスはレティをアルベルトの横に座る様に押しやり、自分は大臣達の前の席に座りペチャクチャと話し出した。



 アルベルトは自分の横をポンポンと叩き、レティにおいでと促す。

 前の座席にはクラウドがニコニコしながら座わっておりレティは軽く会釈をする。



「 レティはどうして? 」

「 お父様が発案者は私だと言って……嫌だわ、ただ希望を言っただけなのに…… 」

 だけど、乗りたかったから嬉しいと言うレティは目をキラキラさせていた。

 流石に好奇心の塊である。



「 そうだね、レティのおかげだよ。どう乗り心地は? 」

「 凄く良いわ……それよりも、皆がこんなにも喜んでいるわ……殿下は良い事をなさりましたね 」

 レティはルーカスから乗合馬車をアルベルトが形にしていった事を聞かされていた。


「 ああ……皆の嬉しそうな顔に少し感動してる…… 」


 2人は自分達の後ろにある窓から外を見ていた。

 皆が手を振り、2人が並んで座っている事に気が付いた人々がキャアキャア騒いでいる。

 そして……有り難うございます。

 ……と言って頭を下げる人々が多くいた。



 そんな2人の会話を聞いていたクラウドがふと見ると……

 2人の手は優しく繋がれていた。


 皇太子殿下と未来の皇太子妃殿下の公務の姿を垣間見たような気がして嬉しくなるクラウドであった。



「 レティ、皆の前に出る事になるけど良い? 」

 本当はアルベルトが馬車に乗る予定では無かったので、レティはこっそりと下りるつもりでいた。


 でも……

 レティはアルベルトはもう自分を国民の前に出したがっていると感じた。

 そうね、何時までも隠れてはいられないわよね。

「 ええ、良いわ。覚悟を決めるわ! 」


 アルベルトは覚悟を決めたレティの手の甲にキスをする。


 皇都を一回りして馬車は皇都広場に戻って来た。

 皆が順に馬車から下り最後に皇太子殿下と……

 皇太子殿下が手を取った美しい女性が下りた。


 婚約者様だ!

 皇太子殿下の婚約者だ!

 超美人じゃないか!

 誰かが口々に叫ぶ。

 皆が大歓声を上げる。


 レティはワンピースの裾を持ち膝を軽く折り挨拶をした。


 観衆からどよめきが起こった。

 前は学生服での街でのデートだったが、公務としてのお披露目は初めての事であった。


 偶然にもここでのお披露目になってしまったが、クラウドは前の宮殿の新聞記者の忍び込み事件があってからは、レティの顔出しNGはそろそろ限界だと思っていた。

 何時かは公の場でお披露目をしたいと考えていたのである。



 皇太子殿下の蕩けそうな顔が婚約者を見つめる。


「 これで僕の婚約者がこんなにも美人だと国民に知って貰えたな 」

「 私……まさかこんな事になるなんて思わなかったから……もっとお洒落してきた方が良かった? 」

 可愛らしいワンピース姿の皇太子殿下の婚約者の好感度は暴上がりだった。


 何よりも……

 他国のお高い王女ではなくこんな普通のワンピースを着た自国民である事が、更にこの2人に熱狂する事になるのである。




「 僕のレティは何時も綺麗だよ 」

 アルベルトはレティに顔を近付け耳の横で囁いた。

 火照った頬が更に赤くなる彼女はハッとする程美しい女性であった。


 民衆もそんな熱々な2人に酔いしれた。

 キャアーキャーとピンクの歓声が上がる。

 学園から伝え聞いていた、婚約者である公爵令嬢を大好きな皇太子殿下と言う噂はここで民衆に証明されたのであった。


 皇太子殿下は皆に手を上げて歓声に答えると、婚約者の手を引きこの場から離れる。



 そこに男と女が何処からかやって来た。

 直ぐに騎士団に囲まれるが、アルベルトが手を上げて制した。

「 皇太子様、有り難うございます。これで歳とった母も移動が楽になります。有り難うございます、有り難うございます。 」

「 我々なんかの為に本当に有り難うございます 」

 男は息子で女は母親だろうか……

 2人は涙を流して手を合わせていた。



 これだけ民衆が馬車の導入に喜んだのには2つの理由があった。

 1つは、馬車は貴族の物で平民は乗れなかったので、何時も徒歩か荷台を押して移動をしている平民に、足が出来き便利になる事。

 もう1つは……

 貴族社会で初めて平民の為だけに、公としての形ある物を与えられたと言う事である。


 これは本当に貴族社会の世では画期的であった。

 このアルベルトの功績は後世に伝えられる事の1つになるのである。



 アルベルトは初めて自分の目指す公務と言うものがどんなものなのかを分かった様な気がして高揚していた。


 ずっと公務なんてつまらないもので、だけど皇子だからやらなければならない事なんだとしか考えていなかった。

 そこに感情はいらない、反対に感情を入れてはいけないものだと思ってやって来たのである。


 ふとレティを見ると嬉しそうに微笑んでいた。

 彼女がいれば……

 彼女と一緒なら……

 アルベルトはレティに手を差し出した。


 レティは……

 国民の限りない愛と未来への期待がアルベルトに注がれているのを感じた。

 シルフィード帝国のたった独りの皇子様。

 彼は何処までも崇高で何処までも眩しい人である。

 そして……

 何処までも崇高で何処までも眩しい人であらなければならないのである。


 レティは差し出されたアルベルトの手を握った。


 そして……

 あれ程までに切ない想いを抱えた風の魔女を想い

 彼女の魔力の入った乗合馬車を……

 レティは……風の馬車と呼んだ。








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