第223話 手袋の秘密
学園も始まり、今日は凍てつくような寒い日であった。
馬車から下りて校舎に入るまででも、男子生徒達は手をコートのポケットに入れて背中を丸めて歩き、女子生徒達はコートの上から首に巻いたマフラーに顔を埋めながら寒そうに歩いていた。
しかし
この2人だけは違うのである。
公爵令嬢は、前屈みになった皇子様に向かって背伸びをし、皇子様の首元に巻かれてある白いマフラーの刺繍を隠す為にマフラーを組み直していた。
─皇子様に豚は似合わない。
「 あれは……絶対に皇子様はわざと刺繍を前に出してますわよね 」
「 偶然を装っておられますが…… 」
「皇子様は毎朝リティエラ様の登校を待ち伏せしておられますしね」
皆が楽しそうにヒソヒソと話すのだった。
もう婚約までしているのに……
婚約者にマフラーを巻き直して貰いたいが為に、朝早くから待ち伏せまでしてる皇子様の公爵令嬢への愛が素敵だと、学園の女生徒達はうっとりするのだが……
それを自分の彼氏にも求めて来るので、男子生徒達にはいい迷惑だった。
故に、学園のあちこちで朝早くからマフラーを巻き直して貰っているバカップルが増えた。
しかし……
朝からイチャイチャ出来て……まあ、これも悪くないなと彼氏達は思うのであった。
皇子様はマフラーの組み替えをする公爵令嬢にされるがままになっているが、たまに彼女の腰に手を回してはピシャリと手を叩かれたりして……
とても幸せそうである。
レティと一緒に登校しているラウルは、このバカップルぶりに呆れるが……
まあ不仲の時よりは良いかと、2人を横目で見ながらスタスタと教室に向かうのであった。
***
レティはクリスマスの前に、母ローズから刺繍の特訓を受けていた。
目指すは皇子様へのクリスマスプレゼントである。
クリスマスプレゼントはどうしてもお手製の物を贈らねばならない……と言うのがローズの理念だった。
お手製ならば、得意である薬草とかクッキーはどうかと提案したが、どちらもダメ出しされていた。
よし!出来た。
もう、これ以上は無理。
治ったばかりの掌も何だかピリピリとしてきたし……
「 下手でも良いのよ、殿下はきっと喜んで下さるわ 」
しかし……
手袋にした刺繍はもはや刺繍では無かった。
そのあまりにもの下手くそさに落胆の色を隠せない母だった。
まあ、マフラーと違って目につきやすい場所では無いので宜しいかと……ホホホ……
***
風呂にも入り、部屋で寛ぎながらアルベルトはレティからプレゼントされた黒い手袋を嵌めたり外したりしていた。
たまに唇を当てたり……
「 あれ? 」
何だ?
手袋の入り口の手首の所の裏に………
青い糸が縫われていた。
片方には『 ア……ル 』
もう片方には『 べ……ル……ト?」
うわっ!
俺の名前が縫い込んである!
『アル』と『ベルト』に名前を分かれて入れてる辺りが何ともレティらしい。
何だよベルトって……
これは、『ベルト』を落としたら絶対に手元に戻らないなと、可笑しくなった。
だけど……
まだ掌も完治して無かった頃なんだよな……
苦手な刺繍を俺の為に一生懸命頑張ったんだ。
そんな事を想うと、胸がジーンと熱くなった。
もう、いても立ってもいられなくなって1人城を抜け出し、馬に乗り公爵邸まで駆けていった。
地図的には公爵邸までは近い。
しかし、宮殿から出るのが時間がかかる。
皇太子宮にある皇子の部屋から正面玄関までが遠く、更に中門までが遠く、更に更に中門から外門までには広い堀があるので、長くて広い橋を渡って外門まで行く道が遠いのである。
「 殿下……どうしました? 」
公爵家の呼び鈴を鳴らすと、執事が灯りを手に持ち扉を開け……大層驚いた。
今夜はかなり冷える事もあり、少し早い目に火も落とし、家人達は其々の部屋に入っていた。
「 こんな時間に申し訳ない……レティに会いに……」
執事はニッコリと微笑むと、そのまま静かにレティに取り次いでくれた。
「 お嬢様! 殿下がお見えです 」
ガウンを着たレティが部屋からヒョコっと顔を出した。
「 アル……寒いから部屋まで来て 」
ニッコリと微笑んだ顔が可愛らしい。
部屋は暖かく、机の上には本やノートが開いてあり、飲みかけのミルクが入ったカップがあった。
レティは勉強をしていた様だ。
「 どうしたの? 」
レティがアルベルトのコートをさっと脱がしてハンガーに掛けた。
そんな何気なく世話をやいてくれる事が嬉しくてたまらない。
「 コートが冷たいわ……まあ!アルの頬っぺも冷たい 」
レティがアルベルトの頬に手をやる。
「 座って……」
レティがアルベルトにソファーに座る様に言うと
コンコン……
お茶をお持ち致しましたと執事のトーマスが温かいお茶を持って来た。
「 トーマス、有り難う 」
「 世話をかける 」
執事が下がり二人で温かいお茶を飲む。
「 これを…… 」
アルベルトは嵌めていた手袋を外した。
「 僕の名前が……」
「 あっ……下手くそでしょ? 掌の傷のせいにしたい所だけど、まあ、傷が無くてもこんなもんだから情けないわ 」
レティが恥ずかしい所を隠すように早口で喋る。
「 有り難う…… 」
「 あっ! もしかして……それを見つけて私に会いに来たの? 」
「 うん……凄く会いたくなって…… 」
「 見つけるまで時間が掛かっちゃったわね 」
レティはクスクスと笑う。
何せ、手袋を出した時が衝撃過ぎて……
お礼も言って無かったしね。………と、アルベルトは憎たらしい事を言った。
「 もう! それを言わないでよ 」
アルベルトは笑いながら手袋にキスをして、手袋を嵌めた。
「 じゃあ、夜も遅いし帰るよ 」
えっ!?もう?
何だか離れたくなくて、レティはアルベルトの胸にそっと手を回した。
レティの石鹸の香りがふわりと香りアルベルトの理性をくすぐる。
寝間着にガウンを羽織った姿が艶かしい。
ギュッと抱き締めたら、彼女の柔らかい身体を感じるだろうに……
奥には天蓋付きのレティのベッドがある。
ピンクで可愛らしい……
駄目だ!駄目だ! 今、抱き締めたら大変な事になる。
「 レティ……手を離して……俺の理性が……」
アルベルトはそそくさと離れ、コートを着ながら
「 お休み、寒いから見送りはいいよ 」
そう言うと、レティの頭をポンポンとして部屋を後にした。
居間で灯りを持って立っているトーマスに
「 こんな時間に悪かった…… 」
そう言ってアルベルトはまた寒い外に出ていった。
殿下とお嬢様は良い恋愛をしてらっしゃる……
アルベルトを見送る執事のトーマスは寒い夜でも心が暖かくなるのであった。
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