第220話 ダンスのお相手は

 



『 皇太子殿下の婚約者が本当に目と目の間が離れているかを確かめたかった 』


 今回捕縛された賊は新聞記者で、宮殿に無断で忍び込み婚約者の顔を見ようとしていたらしい。

 つまり、標的はレティだったのである。


 そんな事で、宮殿に忍び込むと言う暴挙をした新聞記者の仕事熱心さに感嘆するが……


 そもそも何で、そんな姿絵が出回っているのかと言うと……

 元はと言えば……

 その原因は皇太子殿下の婚約者本人……即ち私なのである。


 雑貨店の店主に皇太子殿下の婚約者の顔はどんなのかと聞かれ、『 この姿絵が似ている 』と咄嗟に渡した姿絵が、目と目の間が離れている令嬢の姿絵だったのである。


 大体、この目と目の間が離れている令嬢は実在するのか?

 創作なら良いが、もしも実在するなら誠に失礼な話ではないか?

 私は自分のしたことに胸がチクリと痛んだ。



「 庶民の間で婚約者様の姿絵が出回っているらしいが、そのお顔が問題でして…… 」

 団長が話をしながら、捕らえられた新聞記者が持っていたと言う姿絵を取り出し、それを両陛下、大臣達が回し見をしている。


「 これは…… 」

 皆がレティを見て哀れんだ目をして頭を横に振った。


 クラウドが、吹き出すのを堪えながらアルベルトに手渡す。

 レティも一緒に姿絵を覗きこんだ。

 アルベルトがブッと吹いた。


 うわ~!

 あの時、私が雑貨屋の店主に渡した姿絵より、遥かに目と目の間が離れている……


 これはエグい……

「 誰がこんなデタラメを…… 」

「 いくら何でもこれは悪意がある! 」

「 これは不敬罪だ! 」

 大臣達が次々と怒りを口にする。


「 ルーカス、お前は知っていたのか? 」

 皇帝陛下が父に聞いた。


「 はっ! 庶民の戯れ言だと捨て置きました 」

 宰相の父は大臣達を見渡しながら言う。


 その通りよ!

 こんなクダラナイ事は議論する余地もないわ。


 しかし、これは皇室への謀反とするべきであるから、この姿絵を書いた者と売っている店の店主を捕らえて、裏の組織があるか調べるべきだと大臣達は熱弁する。


 いやいやいや……そんなきな臭い話じゃ無いって……

 調べたら最後には私に辿り着きますがな……

 雑貨屋の店主は、姿絵を渡した私が、学園の生徒と言う事は知っているのだから……

 それにあの時は隣国の王子も一緒に居たのだから、やり方を間違えれば国際問題までに発展するかも知れないのである。



「 父の言う通りです 」

 レティは声を上げた。


 皆が一斉にレティに注目をする。

「 これは単なる庶民の娯楽です! 私の姿をシークレットにしてるのですから、こんな風に噂になっても致し方ありませんわ 」

 ホホホとレティは笑う。


「 ワタクシは、庶民の食卓でこんな風に楽しく噂されるのなんて、返って嬉しいくらいですわ、庶民の娯楽を奪い取らないで頂きたく存じます 」

 だんだんと悪役令嬢ぽくなり、自然と腰に手がいく……


「 それに……賊は新聞記者だったんでしょ? 恩を売るのも有りかと…… 」

 レティはルーカスを見てニヤリとした。

 転んでもただでは起きないのがウォリウォール家の人間だった。

 流石我が娘だと、ニヤリとしたルーカスとレティの姿はそっくりな親子であった。



 皇帝陛下は笑いだした。


「 皇太子はどうだ? 」

 皇帝陛下が愉快そうにしながらアルベルトに意見を求める。

 アルベルトも皇帝陛下と同じで事の成り行きを楽しんでいた。


「 私の婚約者が容認すると言うのなら私は何も申しません、しかし……私の女性の趣味が悪い様に思われるのが癪ですが…… 」

 場内から笑いが溢れた。


 これで殺伐とした空気が柔らかなものとなり、大臣達の顔も緩んだ。


 成る程、新聞記者に恩を売るのは頷ける。

 まあ、いちいち目くじらを立てるのも……

 殿下と婚約者様が容認するのなら……

 大臣達が次々と頷いている。


「 暫くは様子を見るとする 」と、皇帝陛下はアゴを触りながら嬉しそうに言った。


 これで、皇太子殿下の婚約者の姿絵事件は一件落着したのだった。

 但し、宮殿に忍び込んだ新聞記者は鞭打ちの刑に処された。




 しかし……

 皇帝陛下の前でも、海千山千の大臣達の前でも、堂々と意見を申し立てる事が出来る彼女には恐れ入ったとクラウドは思った。


 なんなら手を腰にあて仁王立ちになっていたし……


 学園で庶民を庇いイニエスタ王国の王女をやり込めた事件も、これで納得がいった。

 あの、理路整然とする真っ直ぐな物言いに、あのおバカな王女では太刀打ち出来ないだろう……


 成る程……

 これがリティエラ・ラ・ウォリウォール公爵令嬢なのだなとクラウドは思った。


 殿下を見れば……

 嬉しそうに目を細めてリティエラ様の頭にキスをしていた。


 やれやれ……




 ***





「 レティ、本当に良いのか? 変な顔だと思われてるのに…… 」

「 良いのよ、大体目と目の間が離れているから変な顔って言う定義は偏見よ!」(←何だか分からないへ理屈で乗り越えようとしている)

「 でも、君とは似ても似付かない顔だよ? 」

「 ワタクシはあの顔でも平気ですわ…… 」(←噂を引き起こした張本人)




 きらびやかな舞踏会で、皇太子殿下と婚約者は華やかに踊る。


 やはり……

 若くて可愛らしい女性が新たに皇族に加わると言う事は、否応がなしに全てが華やかになり、皇宮に新しい風を吹かせていた。



 曲が終わりダンスも終わった。

 次のダンスを踊ろうと、カップル達が次々とホールに集まって来る。


 踊り終えたアルベルトとレティは壁際に下がった。

 するとレティを押し退けアルベルトの周りに女性達が群がった。


 えっ!?

 レティは女性達にドンと押されてドレスを踏み、倒れそうになった所を……誰かに支えられた。

アルベルトはレティが令嬢達に押されたのには気付かなかった。


「 皇子様!次のお相手はワタクシですわ 」

「 その次はワタクシですよ 」

「 お約束を守って下さいね 」


 どうやら……

 アルベルトは、先程、女性達に囲まれた時にダンスを踊る約束をしてしまっていた様だった。

 レティに気を取られていたとはいえ、これはアルベルトの失態だった。


 女性達はキャンキャンと騒がしく、アルベルトがダンスを踊らないと収まらない雰囲気だった。

 アルベルトは押される様にして、1人の令嬢を連れてホールの中央まで行った。


 レティには後で事情を説明しよう……



 ホールに2人で立ち、アルベルトは令嬢に腰を屈めにこやかに挨拶をすると、頬を染めた令嬢もドレスの裾を持ち可愛く挨拶をする。


 音楽が鳴り、ダンスが始まると令嬢の手を取り腰を持ち、ぐいっと引いて緩やかに踊り出した。

 ここまでは、お相手の女性の目を見つめるのがマナーであった。



 踊りながらアルベルトはレティを探す。

 怒っているかな……

 もしかしたら……やきもちを妬いてくれる?



 次の瞬間アルベルトは息が止まった。



 レティはダンスを踊っていた。



 男に手を取られ、頬を赤らめ……

 彼女が楽しそうに踊っている相手は………グレイだった。







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