第219話 標的

 



 お父様は……

 私とグレイ班長を結婚させるつもりだった?



「 もっと早く俺にその話をしてくれたら、直ぐにでも婚約させたのに……グレイもそろそろ嫁を迎えなければならない頃なんだから…… 本当に良い縁談だったのに…… 」

 ロバートは口惜しいとばかりに思いを吐露し、デニスが慌ててロバートを抱え外へ連れていった。



 貴族にとって高位貴族との婚姻は願ったり叶ったりの事で、年頃の息子や娘がいる親達はより良い縁談話を探し求めているのである。


 公爵令嬢と言う最高の優良物件であるレティは、誰もが欲する嫁候補である。

 なので、公爵家の嫡男であるラウルへの縁談話も引く手多数なのである。


 帝国1番の最高の優良物件の皇太子殿下が婚約をしてしまった今となっては、父親が宰相で妹は将来の皇太子妃であるラウルが、年頃の令嬢のいる貴族達の標的になっていた。


 勿論、その次の高位貴族であるエドガーやレオナルドも、皇太子殿下のご友人だと言う事もある事から令嬢達の人気物件で、彼等も標的になっているのである。





 レティはその全てに合点がいった。

 3度の人生でもそうだったんだわ……


 3度目の人生の時に……

 騎士団所属のグレイ班長が、騎士養成所で寄宿生活をしてる私の元に来ていた理由。


 剣の達人だったグレイ班長が、私が騎士団のアーチャーとして入隊する時に自分も弓兵に転向していた事も……


 全ては私が結婚する相手だったから?



 そして、何かと私に構ってくれた事にも合点が行く。


 私が暴力を振るわれそうになった時、相手を半殺しにして懲罰を受けた時も……

 弓矢の練習のし過ぎで掌が裂けた時に包帯を巻いてくれたのも……

 ガーゴイル討伐の時に、アーチャーになる事を勧めなかったら良かったと泣きそうな顔をして謝ってくれたのも……


 全ては私が結婚相手だったから?



 3度の私のデビュタントの時に全てグレイ班長と踊ったのも………

 グレイ班長はその頃から私との婚姻話を聞かされていたの?



 レティには1度目と2度目の人生の細かい記憶はあまり無い。

 その後に壮絶な人生を送ったものだから、記憶が混沌とするのは仕方の無い事であった。


 ただ分かっている事は……

 どの人生でも、皇太子殿下をずっとずっとお慕いし続けていたと言う事であった。

 皇太子殿下とイニエスタ王国の王女の婚約の発表があってからも、その切ない想いを抱えていた。


 1度目の人生で商人になっても……

 2度目の人生で医師になっても……

 3度目の人生では騎士になっても……

 その想いは少しも変わる事は無く、命つきるその瞬間まで一途に皇太子殿下を想い続けたのであった。



 そうかぁ……

 生き残っていたら私はグレイ班長と結婚をしていたのかぁ……

 それに……

 今の人生でも殿下に見初められなかったら……

 グレイ班長と結婚をするかも知れなかったんだわ。




「 殿下……レティ、過ぎた話です……お忘れ下さい 」

 ルーカスがそう言って苦虫を潰した様な顔をした。





 ***





 会場を舞踏会仕様にする為に、スタッフから隣の部屋に移動する様に案内されたので、アルベルトはレティを連れて移動をした。


 この部屋はラウンジ形式になっていて、お酒や飲み物、軽食やデザートが有り、スタッフ達がお酒をトレーに乗せ忙しく動き回っている。


 エドガーとレオナルドは女性達に囲まれて酒のグラスを持ちながら楽しそうに話をしており、ラウルは大人の男達と隅のテーブルに移動して話に夢中だった。



「 殿下……ちょっと行ってきますね 」

 レティはとっとと学園の女生徒達がいるデザートコーナーに行ってしまった。


 レティがアルベルトから離れると……

 彼は直ぐに女性達に囲まれた。

 学園の女生徒達とは違う大人の女性達にである。


「 皇子様、お久し振りです 」

「 たまにはワタクシ達のお相手もして欲しいですわ 」

 昔、アルベルトを取り巻いていた学園の卒業生達であった。

 頬を染め、上目遣いでウフウフキャアキャアと甲高い声でお喋りを止めない女性達。



 ちっ!……

 俺の婚約者が直ぐ側にいるのに……


 女性達といる俺を見て、嫌な思いをしていたら駄目だと慌ててレティを見たら……

 彼女は学園の友達達に囲まれながら身振り手振りで熱心に熱弁していた。(←絶賛商い中)



 全く……

 俺だけが好き過ぎて嫌になる。

 少し位はやきもちを妬いてくれても良いのでは?

 皇子様は皆のものじゃ無いんだよ。

 俺は君だけのものだよ。


 しかし……可愛い……

 あんなに何を熱心にくっちゃべっているんだろう?

 目をキラキラさせて……

 身振り手振りが本当に可愛らしい……


 アルベルトは令嬢達を適当にあしらいつつ、視線はずっとレティを追っていた。




 すると……


「 キャーっ!! 」

 女性の悲鳴と怒号が鳴り響き、周りは騒然となった。


 こちらに向かって走って来る男を1人の騎士が追い掛けていた。


 レティも助っ人をしようと飛び出す……寸前にアルベルトに抱き抱えられた。

 直ぐにアルベルトとレティの周りを護衛騎士達が剣を抜き、2人を守る様に囲んだ。


「 えっ!? 」

 行かなきゃ!

 レティは行こうともがくが、アルベルトから抱き抱えられている為に動けなかった。


「 レティ! 君が行く必要は無い! 大丈夫だグレイが捕らえるから! 」

 アルベルトはレティの勇敢さを知っていた。

 全く……

 これだけ騎士達がいるのに……

 それに、こんなドレス姿でどうしようと言うのか?


 誰もが足がすくむこの状況で……

 俺の婚約者殿は本当に勇ましい。

 アルベルトはクスリと笑った。



 賊を追い掛けている騎士はグレイだった。


 グレイは男にタックルをし、揉み合った末に男の腕を後ろ手に捻り上げ、膝を男の身体に乗せ捕縛した。




 レティは、皇帝陛下はどうなったのかと見渡すと、皇帝陛下と皇后陛下には、何と……父達大臣達が盾になり、その周りを護衛騎士達が剣を抜き、安全な場所へ移動しようとしていた。


 父達がずっとこうして皇帝陛下を守って来たんだと思うと胸が熱くなった。

 お父様……ご立派ですわ……



 賊がこっちに向かって走って来た時に、アルベルトは令嬢達を押し退けてレティの側に駆け付けた。

 そして……

 騎士達が二人を守る為に取り囲んだのである。


 令嬢達が恨めしい目でそれを見ていた。

 皇子様に守られるお姫様は、誰もが憧れて止まないお伽噺なのだから……


 だけど……

 レティは、皇子様に守られているのは不本意だった。

 そう……レティは騎士であった。

 守られるより守りたいのである。


 3度目の人生の時の騎士養成所での1年間で、来る日も来る日も主君への忠誠と服従を叩き込まれた事は伊達では無いのであった。




「 賊は単独です! 捕らえましたのでご安心下さい 」

 グレイが低く清んだよく通る声で告げると、周りは安堵の空気に包まれ、自然と拍手とキャアキャア言う黄色い声まで湧き上がった。


 グレイは捕らえた賊を部下に引渡しながら、後ろから彼等に続いて去って行った。



 グレイ班長……

 そう……

 先頭に立ち、真っ先に敵に立ち向かって行くのは何時もグレイ班長だったわ……

 ああ……私も一緒に捕らえたかったです。



 レティのグレイを見つめる瞳に、ズキリと痛む思いを抱えながら、アルベルトは彼女を連れて皇帝陛下のいる場所へ向かった。



「 父上! 母上! ご無事で何より 」

「 ああ、そちも彼女も無事だったんだな 」


 全く! 警備は何をしていたんだ!……と、大臣達がブツブツ言っていた。

 今日は、当然ながら騎士団全員が警備に当たっていたのだった。



 すると直ぐに、騎士団団長とグレイが揃って皇帝陛下の前に現れた。

 捕らえた男から動機を聞いたのだとか……

 騎士団団長のロバートはもう酔っ払ってはいなかった。


「 それは…… 」

 二人はアルベルトといるレティをチラリと見た。


「 !? 」

 アルベルトはレティと顔を見合わせた後、彼女をそっと抱き寄せた。


「 男は、新聞記者で……皇太子殿下の婚約者様を拝顔したかっただけだとか…… 」


 皆が一斉にレティを見た。


「 私ですか? 」

「 そうです 」

 団長は直ぐに皇帝陛下の方に向き直り、言いにくそうにしながら……


「 婚約者殿の目と目の間が離れているかを確かめたかったとか…… 」

 何の話?

 そこに居る誰もがぽかーんとした顔をした。


「 詳しい話を申せ! 」

 皇帝陛下がニヤリと唇の端を上げ、興味深い顔をして身を乗り出した。



 な……なんですとーっ!?

 こ……こんなクダラナイ事で………


 レティは焦った。








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