第217話 新年祝賀行事とお腹の虫
年が明ける。
私が20歳になるまで……後、3年……
私は何故だか3度の人生をループしている。
それぞれ違う人生を歩んだからか、それぞれ違う死に方をしている。
どんな人生を歩んでも私は結局20歳で死に、そしてループしてしまうのだと悟った。
もう……5度目の人生を迎えたくは無い。
4度目の人生である今は、3度の人生で避けてきた『 死 』と向き合い、そしてそれに抗おうと決めた。
3度起きた死を回避出来れば死なない?
それは否である。
本当はそれさえも分からない。
今は私の死に伴う沢山の人の死を回避したい。
私が生き残れば……
少なくとも沢山の人の死は免れるかも知れないのだ。
例え……
その次に5度目の死を迎えようとも……
***
年が明けて皇宮では新年祝賀行事があり、高位貴族達が皇宮に訪れて皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下に新年の挨拶をする。
皇族への挨拶が終わると、皇族の3人はバルコニーにお出ましになり、帝国民に新年の挨拶で今年1年の平和を願うのである。
その後に宮中晩餐会が開催され、続いて舞踏会が開かれるのであった。
高位貴族達は、この日は1日中皇宮に滞在する事になる。
今回は、昨年に成人となったレティが公爵家の一員として初めて参加する事になるのであった。
ラウルから宮中晩餐会の料理は美味しくて、頬っぺたが落ちそうだと聞いていたので、今日は朝から何も食べないで行こうと兄妹で決めていた。
基本、公爵家の兄妹は食いしん坊で2人とも良く食べる方である。
ラウルには腹八分と言う言葉は無く何時も腹一杯食べるし、レティはデザートには目がない。
彼女はデザートならいくらでも食べれるのである。
皇族への挨拶は正装でなければ駄目だが、晩餐会は規定は無いので、晩餐会のドレスはガッツリ食べれる様にと、腰回りを締め付けないドレープがたっぷりと入った流れる様なドレスを用意した。
これは、淑女もガッツリ食べれる様に工夫した、デザイナーレディ・リティーシャの新作である。
母にも婦人モデルのドレスを用意して宣伝して貰う予定である。
お腹いっぱい食べて、ドレスも宣伝出来る!
レティは朝から上機嫌であった。
***
「 お兄様、何だか良い匂いがして来ましたね 」
「 これはローストビーフか…… 」
「 お腹が鳴りそうですわ 」
二人で鼻をクンクンとならす。
「 お前達! 今日は大人しくしてるのよ 」
母はまるで幼い兄妹に諭す様に私達兄妹を睨み付けている。
謁見の間の扉の前で公爵家の家族で時間待ちをしている。
ウォリウォール公爵家は、シルフィード帝国の筆頭貴族であるから、呼ばれるのは1番最初である。
後ろにエドガー一家とレオナルド一家も並んでいて、レティは二人に手を振る。
彼女は初めての晩餐会が嬉しくて待ち遠しくて仕方がないのであった。
扉が開かれてアナウンスされる。
「 帝国貴族序列第1位のウォリウォール公爵家の皆様ご入場下さい 」
お父様、お母様、お兄様に私の順でしずしずと赤い絨毯の上を歩いていく。
お父様、お母様、お兄様に私の順に横に一列に並んで頭を垂れ、母と私はドレスの裾を持ち膝を曲げ挨拶をする。
「 皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下に新年のご挨拶に伺いました、皆様のご健勝を祈り…………」
お父様の挨拶の途中で『 グー 』と言うお腹が鳴る音がした。
「 レティ! お前だろ? 」
「 私じゃ無いわ……お兄様でしょ? 人のせいにするのは止めて頂きたいわ 」
二人でひそひそと揉める。
ゴホンと父が咳をし、また話し始める。
「 皆様の…… 」
そこでまたグーっとお腹の鳴る音がする。
「 今のは俺じゃないぞ! 」
「 今のは私……… 」
二人でひそひそと話してると……
「 宮中晩餐会の料理は美味しいからのぉ、お前達、後でたんとお上がり 」
思わず顔を上げると……皇帝陛下が笑っていた。
ありゃ……聞こえてた?
皇后陛下は扇子で口元を隠して笑いを堪えている。
皇太子殿下は腹を抱えて笑っていた。
お母様の顔を見るのが怖い……
お父様が残りの挨拶を早口ですますと、4人はそそくさと退場をした。
控え室に入るや否やお母様の怒りが爆発した。
「 お前達と一緒にいたら、これ以上無いと言う程の恥ずかしい目に合うと言うのは一体どう言う事ですか!! 」
お母様は怒りで真っ赤になっている。
エドガーとレオナルドが控え室に遊びにやって来ても、私達はキャンキャンと叱り続けられた。
「 お前ら何をしでかしたんだよ? 」
彼等にはお腹の鳴る音で返事をした。
勿論二人とも笑い転げて、私はまた、母に叱られた。
お腹を締めるドレスは空きっ腹に堪えるのだ。
ああ……早くドレスを着替えたい……
***
ラッパの音が鳴り響き、皇族の3人がバルコニーの上に立った。
凄い歓声だ。
私達は貴族席にいる。
今は皇族と帝国民が触れ合う時間である。
新年が無事に迎えられた事を喜び合い、今年1年の平和と安寧を願う日なのである。
平民達が皇族を拝顔出来るのは年に4回。
皇帝陛下の誕生日を祝う3月の生誕祭は皇帝陛下と皇后陛下がお立ちになり、7月の軍事式典はパレードを行うのでバルコニーにお立ちになる事は無い。( 皇太子殿下を拝顔するにはパレードを見学すれば出来る)
なので3人のお姿を揃って拝顔出来るのは、10月に行われる建国祭とこの新年祝賀行事の僅か2回だけである。
それ程までに、平民達にとって皇族は雲の上の存在なのであった。
「 レティもいずれ、あそこに立つのね…… 」
手を振りにこやかに帝国民達の熱い声援に答えている3人を見ながら、熱に浮かされた母が手を頬に当てうっとりとしながらポツンと言った。
「私がかぁ……… 」
私には将来が見えて来ない。
あそこに立つと言われても全然ピンと来ていない。
殿下の事は好き。大好き。
殿下も私の事が大好き。
これが3度の人生の時ならば……
私は喜んで皇太子妃になる未来を見据える事が出来たんだろうな……
でもそうなると、店も持たなかったし、医師にも、騎士にもならなかったのである。
ただの公爵令嬢の私……
そんな人生……何だかつまらない……
私には3度のどの人生にも誇れるものがあるのだから。
そんな事をぼんやり考えていると……
グ~
お腹が鳴った。
お母様がお腹の音を何とかしなさい!と睨んでいる。
今はそれどころじゃない!
晩餐会じゃ!
ふと見ると殿下と目があった。
こんなに遠くても目が合うのは愛の力か……
殿下はこっそりと自分のお腹を指差している。
きっと、お腹は大丈夫か?……と聞いてるんだろう。
私はお腹を擦りポンと叩いた。
お腹が空いたのじゃ!
殿下は笑った。
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