第214話 そのプレゼントは拷問である

 


 アルベルトはハンカチーフを取り出しベンチの上に敷き、レティに座る様に促した。

 二人で皇子様のベンチに座る。


 昨年のクリスマスパーティーの時にアルベルトがレティに告白をしたのはこの場所であった。



 クリスマス仕様にライトアップした並木道には、カップルが肩を寄せ合う様にして歩き、他のベンチには愛を囁き合うカップル達が座り、各々が自分達の世界に浸りロマンチックなクリスマスの夜を楽しんでいる。

 講堂から微かに聞こえる音楽が耳に心地良かった。



 アルベルトはタキシードの内ポケットから小さな箱を取り出し、無言で手を伸ばしレティに渡す。


「 開けて良い? 」

 嬉しそうにレティが箱を開けると……

 そこには彼女の瞳の色と同じ色のピンクバイオレットの小さな宝石の指輪があった。


「 レティ、婚約指輪を出して…… 」

 レティはネックレスを懐から取り出し婚約指輪をチェーンから外して彼に渡した。


「 手を貸して 」

 レティが手を差し出すと、その指輪にアルベルトはキスをして彼女の指に嵌める。

 そして……

 ピンクバイオレットの宝石の指輪にもキスをして彼女の指に嵌めた。


 アイスブルーの婚約指輪は、ローランド国でアルベルトがレティにプロポーズした時に渡された物で、急遽購入した事もありサイズが少し大きかった。

 後に、サイズを調整すると言っても、レティはあの時に頂いた指輪が良いのと言って調整をさせて貰えなかったのであった。



 レティの指には2人の瞳の色の宝石の指輪が並んだ事になる。

 どちらも小さな宝石だから少しも邪魔にならず、少しサイズの大きい指輪もこれで外れないのであった。



「 やっぱりちゃんとした指輪を渡したくて…… 」

「 あ……有難う 」

 レティは彼にお礼を言い、指輪にそっとキスをし、掌をヒラヒラ動かして嬉しそうに指輪を眺めていた。


 その俯いた横顔は、ライトアップされた灯りに照らされて美しく輝いていた。



「 レティ…… 」

 アルベルトがレティに顔を近付ける。

 しかし……

 彼女の豪華なドレスが、人一人分の距離を作っていた。


 えっ!?キスを?

 レティは彼がキスを求めているのだと気付き、アルベルトは彼女がキスをして来るのを待っている。


 レティは恥ずかしそうに顔を近付けてきて、チュッとキスをする。

 ……この距離がもどかしい……

 アルベルトは立ち上がり、続いて彼女も立たせる。


「 レティ……もっとキスしたい 」

 そう言ってアルベルトはレティの頬に片手で触れると、彼女は何も言わず柔らかく目を細めた。


 どうやら了解らしい。

 俺の婚約者は手厳しいからとアルベルトはクスっと笑う。

 アルベルトは腰を折りながら、もう片方の手をレティの頭の後ろに差し入れて、優しく引き寄せ……唇を重ねた。



 唇を外すとレティをギュッと抱き締める。

 自分の腕の中にすっぽりと入る彼女がどれだけ愛おしい事か……

「 大好きだよ…… 」

「 私も大好き…… 」

 抱き締めているレティの頭に唇を寄せる。


「 あのね、私もプレゼントがあるの 」

 ちょっと待って……とレティはアルベルトから身体を離し、白いケープ型のコートのリボンを解き、自分のドレスの胸元に手を入れた。


 えっ!?

 何を?


 胸元から黒い布切れを引っ張り出すレティ。


 ……!?………

 アルベルトは固まってしまった。


「 入れる所が無くてここに入れてたの 」

 はい……と手渡されたその黒い布切れは手袋だった。


 劇場のお姉様達はお捻りを貰う時に、ここをポケット代わりにしてるんだって……良い考えでしょ!……と、あっけらかんと言うレティ。


 今まで彼女の胸の谷間に入っていた手袋……

 ……は、まだ暖かかった。

 アルベルトは顔どころか、耳まで真っ赤になり天を仰ぐ。



 そんないっぱいいっぱいになってるアルベルトに、小悪魔レティは更に追い討ちを掛ける。


「 アルからプレゼントされたこのドレスはちょっと胸回りがブカブカだったから、手袋を入れるのに丁度良かったのよね 」

 だからほら!

 今、ちょっとぶかついちゃった……と胸元の襟くりを引っ張り、胸の谷間を見せてきた。

 因みに谷間は、母親と侍女が寄せて締め上げて無理やり作った谷間である。



「 レティ……これは拷問だ…… 」

 ……と、真っ赤になる彼を見て、自分のやってる事に気付いたレティは慌てて胸を押さえた。


 私ったら殿下になんてはしたない事を……

 レティも真っ赤になって両手で顔を覆った。


 二人は茹でダコの様に真っ赤になってしまっていた。





 ***





 講堂は、楽しくて愉快な音楽が奏でられ、貴族生徒や平民生徒が入り乱れて楽しくダンスを踊っていて大いに盛り上がっていた。

 今年のクリスマスパーティーは、貴族棟の生徒も庶民棟の生徒も参加出来た最高に楽しいものとなっていた。



 そこへ、皇子様と婚約者が戻って来た。

 キャーっと黄色い声が上がる。

 二人がいると場が一気に華やかになった。


 しかし……

 皇子様と婚約者は茹でダコの様に真っ赤な顔をして何だかよそよそしい。

 皇子様はパタパタと手で顔を扇いでいる。



 何があった!?

 皆が二人に注目をした。



 まさかあいつら……

 ラウルがジロジロとすかさずレティのドレスをチェックする。

 よし、乱れていない……

 ホッとするお兄ちゃんであった。



 じゃあ……

 この茹でダコの様に赤くなってる二人は一体何をしてきたんだと、ラウルは思った。


 そして皆も興味津々であった。



 兄であるラウルは、妹の婚約者で親友のアルベルトにキス以外は駄目だと釘をさしていた。

 まだ学生である可愛い妹に、手を出されたく無いのは兄心である。


 アルベルトも、学生のレティに子供を産ませる様な事はしたくないので(世継ぎを求めている大臣達は喜ぶのだろうが……)キス以外はしない様に理性を保つつもりでいた。

 ……自信は無いが……


 彼女がきちんと学園を卒業して、帝国民から盛大な祝福を受ける結婚式をあげたいと考えていた。

 誰からも祝福される正しい婚姻……それが皇太子と皇太子妃の、二人の未来への第一歩だと思っていたのである。


 しかし……

 レティは16歳、アルベルトは18歳。


 20歳になるまでの時間が無いと焦るレティとは裏腹に、アルベルトにとってそれは長い道程だった。

 ましてや彼女は21歳の誕生日を迎えるまでは結婚はしないと断言しているのであるから……




 二人が戻って来たのを見計らった様に曲調が変わる。

 すると、待ってましたと貴族生徒達のカップル達が手を取り合って中心に集まった。


「 レティ、僕達もダンスの続きをしよう 」

 二人にとっては、学園での最初で最後のクリスマスパーティーでのダンスである。


 先程の恥ずかしい熱も冷めやらぬまま、二人は手を取り合って楽しく踊り出した。


「 レティ……胸をポケット代わりにするのは僕の前でしかやっちゃ駄目だからね 」

 約束だよと、アルベルトはレティに甘く耳打ちした。


「 もう……言わないで…… 」

 真っ赤になり涙目になるレティの頭に、アルベルトはそっと唇を寄せた。

 可愛い……


 お姉様達の強烈なバイブルのおかげで、2人の甘い約束事が増えていくのであった。



 時間は流れる様に過ぎて行き楽しかったクリスマスパーティーも終わりが近付く……



 庶民棟の生徒達にとっては、貴族のダンスなんて学園のクリスマスパーティーでしか見ることは出来なかった。


 ましてや

 皇太子殿下と未来の皇太子妃のダンスなんて、生涯見る事の出来ない貴重なものであった。


 来年のクリスマスパーティーには皇子様は卒業していないのである。

 最初で最後の二人のダンス……

 そんな二人を目に焼き付けようと、彼等は何時までも見つめているのであった。





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