第172話 皇太子殿下の側近




「 どうして、アルベルトを1人で行かせたのです!? 」



翌朝、アルベルトの侍女長宛への置き手紙を読んだ侍女長モニカから、アルベルトが護衛も付けずに1人でローランド国に発った事が、密かに両陛下に伝えられた。



「 クラウドを呼びなさい! 」

皇后陛下の怒りは激しかった。

直ちにクラウドが両陛下の前に参じ、経緯の説明をした。



今回の、イニエスタ王国の王女との婚姻の話には違和感があった。


皇室から正式な発表がされて無いどころか、イニエスタ王国の国王からの書簡がシルフィード帝国の皇帝陛下に届き、翌日に王女との婚姻を進める事を議会で決定し、当人であるアルベルトにその決定を伝えるやいなや、その翌日にはニュースとなって帝国民に知らされたのである。


それも、横断幕まで掲げられていた……

これには、もっと早くから情報が入っていたのだと考える方が妥当だろう。


一国の皇太子殿下の婚姻である。

正式に決定し、皇室から発表するまでは水面下で動くのが当たり前な事である。

我が国の貴族達による皇室への反発かとも思ったが……

あの間抜けな議会の様子を見てる限りは、それは無いと思われ、やはりイニエスタ王国が情報操作をしたと考えるしか無かった。


皇太子殿下の側近であるクラウドは完全にしてやられたのである。

これには側近としての矜持がズタズタになった。

他国から情報操作されるとは……

我が国も舐められたもんだ。


帝国民だけで無く、他国にまでも広がっているイニエスタ王国の王女との婚姻話を、完璧に払拭しなければならない。

ガセネタだとして無かった事にしなければならないのだ。



それには、アルベルトが単独で恋人の元に行くと言う事実が必要だった。

嘘や偽りはやがてバレる。

クラウドは

アルベルトのレティへの想いに賭けた。


そして、その賭けは見事に成功した。

議会で公爵令嬢との婚姻の話が決まり、アルベルトが深夜に皇宮を1人発つ後ろ姿に、クラウドは目頭が熱くなるのであった。


「 殿下……ご武運を……」




そう言った経緯を両陛下に説明した。



「 陛下も知っていながら……それでも護衛の1人位はつけるべきでした 」

皇后陛下は納得が行かないようだった。


すると……

「 皇后……男にはやらねばならぬ時があるのだよ 」

「 陛下…… 」

「 余も、そなたとの婚姻が決まった時に、そなたに単独で逢いに行ったのを忘れたのかな? 」

そう言って皇帝陛下は皇后陛下のこめかみにキスをした。


「 まあ、陛下ったら…… 」

皇后陛下は嬉しそうに微笑んだ。

本当に、未だに仲睦まじい夫婦である。

これだから我が国は平和なんだとクラウドは思った。


二人は政略結婚だが、皇帝陛下が皇太子時代にはアルベルト顔負けの二人の大ロマンスがあったのだった。



「 後は、クラウド! お前に任せたぞ 」

明け方までルーカスと飲んでいた皇帝陛下は眠たそうに言った。

「 御意 」

皇太子殿下側近のプライドを掛けて……

この騒ぎを引っくり返してみせます。



クラウドはアルベルトの帰国を派手に演出した。

勿論、アルベルトのプロポーズをレティが承諾する事が前提ではあったが……

アルベルトが帰国した時に、上手く行ったと聞かされた時には心底安堵した。

港に皇太子殿下専用馬車を用意し、港町の人々に、変装をした皇太子殿下の単独での帰国を見届けさせた。

直ぐに噂は広がるだろう。



次に、公爵令嬢との婚約が決まった事を正式に新聞社に発表する様に依頼した。

その時に、二人の学園での恋物語を幾つか提供した。

今までの二人の逢瀬は、全て護衛騎士達から報告を受けているので情報提供は容易な事であった。


そして……

二人は大臣達の反対により引き離されたが、皇太子殿下の強い愛があったが故に、傷付いた恋人の元へ護衛も付けずに単独で海を渡り、愛しい恋人にプロポーズをした。


いつも出逢ってしまう運命の二人……

引き裂かれても乗り越える強い愛。


国民が飛び付く大好きな話ではあるが……

全てが嘘偽りの無い事実なのがこの二人の凄い所である。


勿論、イニエスタ王国の王女との婚姻の話は、初めからありもしない噂話にする為に、一切しなかった。

皇室が正式に発表して無い事を、わざわざ否定する事も説明する事も無いのである。



勿論、他国にいるレティの身の安全を考慮し、レティが帰国の船に乗る日にあわせて発表をした。

二人の世紀のロマンスとして、帝国中を酔わすには3日もあれば十分で、ただ、レティの絵姿だけは、彼女はまだ学生である事からNGにした。


見目麗しい16歳の少女が18歳の皇太子殿下の婚約者。

政略結婚では無く、学園での大恋愛。



皇太子殿下が選んだ結婚のお相手が自国の令嬢である事が、王女との婚姻騒ぎを直ちに払拭した。

これは嬉しい誤算だった。

まさかこんなに早く無かった事に出来るなんて……


他国からの輿入れが悪いわけじゃ無かったのだが、やはり自国民を選んだ事が嬉しく、皇太子殿下の人気が更に上がったのは言うまでもない。

帝国民にとっては、遠かった皇室が身近に感じられる出来事だった。



そうして、

シルフィード帝国の全国民が、皇太子殿下の婚約者の帰国を待つことになる。







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