第168話 公爵令嬢の裏の顔



カランカラン♪

レティはジャック・ハルビンの店の扉を開けた。



「 いらっしゃい……ま…… 」

シュッ!バーン!!

ジャック・ハルビンが出て来た瞬間に短剣が鼻先を横切った。

レティは柱に向かって短剣を投げ、ジャック・ハルビンの鼻先をかすめ、短剣は見事に柱に突き刺さった。


「 うっ……何の真似だ…… 」

「 それはこっちの台詞よ! 昨夜襲って来たのは何故? 」

「 な……何の事だ? 」

「 惚け無いで! この短剣、ここのでしょ? 」

レティは柱に突き刺さった短剣を指差した。


「 ちっ、あいつら……ちょっと腕試しをして来いと言っただけなのに、短剣を抜いたのか…… 」

「 何ですって!? 」

「 あんたの彼氏、凄く強いだろ? どの位強いか試したかったのでね 」


腕試し?

そんなクダラナイ事で……

あのお方に怪我でもさせたら、ローランド国とシルフィード帝国が戦争になってたかも知れないのに。


でも、良かった………

皇太子殿下だと知ってて襲って来たんじゃ無かったんだわ。



「 悪かったよ、でも、奴等が言ってたぜ! 倒されるのに、ものの10秒もかからなかったと、その上、彼氏の被ってた帽子すら飛ばなかったそうじゃないか! すげえなあんたの彼氏 」


はい……我が国の皇太子殿下はお強いんです。

必殺技までお持ちなんですから……


「 兎に角、もう変な事は止めてよね! 私の大事な人なんだから……… 」

レティは自分で言って、ちょっと赤くなった。

いや、私だけじゃ無いのよ……我が国にとって大事な人なんだから。


「 ああ、でもあんたの大事な彼氏に、仕事に困ったら俺に連絡してくれる様に言っといてくれ! 良い仕事を紹介するよ 」

「 ………それは、絶対に無いわ……諦めて……」



「 それにしても……あんた、昨日と随分印象が違うじゃねぇか? 」

ジャック・ハルビンがゲラゲラ笑った。


当たり前でしょ?

世界一愛しい人と一緒にいる時と比べる方がおかしいわ。


「 それに……あんたもただもんじゃないよね? 短剣を柱に命中させる令嬢なんか聞いたことも無い、あんたらどう言うカップルだ? 」

「 それは………秘密です 」

絶対に言えない秘密です。



「 そんな事より、話があるんだけれども……」


レティは、姿勢を正し

「 改めて自己紹介します、私はリティーシャと申します。今度デザイナーとしてワタクシのブランド店を出す予定ですの 」


そう、殿下と約束した通りに、リティエラとしては1人では行かないけれども、今はリティーシャとして来てるんだから、全然問題ないと思うのよ。(←こんな奴)



レティは、デザイナーリティーシャの名前でデザインを提供し、16歳になった今、お店を経営しようとしているのである。

これは、1度目の人生で使っていた別名でもあった。


1度目の人生では、アルベルト皇太子殿下とアリアドネ王女の結婚が決まり、イニエスタ王国から、デザイナーリティーシャに王女のウェディングドレスを注文されたのだった。


そして……

その依頼から逃げる為に、ローランド国に行く船でこのジャック・ハルビンから何かを渡され、それを持って逃げるうちにある男から海に突き落とされ、レティは絶命したのだった。


もう、何度も思い出している辛く悲しい過去である。

しかし……

皇太子殿下と王女の婚姻が無いなら………

どうなるのだろうか?


この時……

レティの心に小さな警鐘が鳴った。

何か違和感が……

私は……何かを忘れてる?



「 驚いたな……あんた………いくつだよ? 」

レティは、ハッと我に返った。


「 歳は関係ないわ、お店の名前は『パティオ』、秋にオープンするつもりよ 」

嘘だと思うなら店に来てねと、レティは名刺を渡した。


「 シルフィード帝国ね……ノアと友達だって言ってたよな? 」

「 あっ! ノア君には内緒にして欲しいわ 」

「 !? ハハハ……あんた秘密が多そうだな……気に入ったぜ! 」

「 貴方も裏の顔がありそうね……気に入ったわ! 」

二人は、揃って悪い顔をした。


この、リティーシャでいる時のレティは、20歳を何度も経験した大人のレティであった。

商売は舐められたら終わりであるのだ。


そして、昨日買ったデカイ顔の人形リュックを、あるだけ購入し、目を付けていた扇子もあるだけ購入した。

次にシルフィード帝国に来る時には、他の商品も持って来てくれる様にお願いした。


商談成立である。


良かった……

これでジャック・ハルビンと関係が持てた。

彼を調べなければ……



「 しかし、あんた……そのデカイ顔のリュックを背負ってる姿は可愛いな! 」

ジャック・ハルビンが目を細めた……


レティは、アルベルトが可愛いと言ってくれたデカイ顔のリュックが気に入っていたので、この日も背負っていた。

お財布を入れても結構色々と入るので、そこも気に入っていたのだった。


この時代、貴族女性がリュックを背負う姿を見ることは皆無だった事もあり、余計にレティが可愛らしく見えるのだった。

いや、可愛らしいレティが背負ってるからこそ、可愛らしいのだが……


「 あら?そう? 」

そう言ってニコッと笑って、クルリと回ったレティに見惚れるジャック・ハルビンだった。


この、ジャック・ハルビンに近付く為に、咄嗟に買ったデカイ顔の人形リュックが、後にシルフィード帝国で大流行し、リティーシャの店が有名になるのであった。




ううっ……扇子とリュック……数が多いと結構重いわ……

扇子は勿論、文化祭のアイテム。

レティは兄との戦い……リベンジに燃えているのだ。


後、ドレスも何着か欲しいし……

本当に不便だわ……女性が1人でも乗れる馬車があっても良いと思うのよね。


馬車は貴族の乗り物であり、特に女性は、1人で乗る事の身の危険性から、自宅の馬車しか利用しないのであった。


今、街中を人々が行き交う中、すれ違う大きな荷物を抱えて歩いている小柄な少女が、隣国の皇太子殿下の婚約者だとは誰も思わない事だろう。


レティは、行きはトランク一つでやって来て、帰りはトランク5個位の大荷物を抱えて帰国する事になる。

まるで仕入れ業者である。


一国の皇太子殿下にプロポーズをされたばかりだと言うのに、どこまでも夢見る少女にはなれない少女がレティなのである。





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