第103話 デートしよう



俺は、心の傷を抱えていた。


それは、

秋の日に、他の令嬢と行った劇場に入る時、レティに見られた事である。



あの時のレティの悲しい顔が忘れられ無かった。



あれは皇后の指示だったと言う事も、伝えられずにいた。


レティと二人で手を繋いで歩いた夏祭りデートを、変な風に噂をされても

彼女は

「 お祭りで手を繋いでいたのは私ですよね? 」と言っただけだった………


悲しい顔で…………




消してしまいたい…………

俺は、安易に取った自分の愚かな行為を消してしまいたかった。





「 レティ、デートしよう、オペラを一緒に見に行こう 」

「 オペラですか? 」

「 うん、デートだ 」

……と、日付も時間も問答無用で強引に伝えた。





********





「 オペラですか……… 」


「 お母様、殿下からオペラに誘われたのですが………」

母は、まあ素敵!と喜んで、殿下の為におめかししなくちゃねと大興奮していた。



ヤバいぞ…………

寝る………絶対に寝ちゃう。

私は、興味の無い物には、容赦なく興味が無いのである。


多分、皇族専用の特別な良い席なんだろうな。

横で眠りこけて、皇太子殿下に恥をかかせるわけにはいかない。


寝ない方法を考えた。

頬っぺたをペンチで捻る?

唐辛子をかじる?

目に、辛子を塗る?


どれもやってみようとポシェットに忍ばせた。

そして、前日は早く寝る!

これしかない。



そうやって、当日の朝になった。


寝たわ………

よく寝れたし………

爽やかな目覚めで絶好調よ!


母とハイネとマーサの3人がかりでおめかしされた。



金糸の刺繍が施されたえんじ色のドレスに、肩から同じ共布のケープを羽織り、頭には、共布で作ったえんじ色のクロッシェ帽子を被った。

髪はストレートのままだ。


まあ、お可愛らしい。

殿下も惚れ惚れしますわね。

侍女達が口々に賛美した。




皇太子殿下専用馬車がカラカラと公爵邸に到着した。

馬車から降りてきた殿下は

「 うわぁ………可愛らしい、何処のお姫様かと思ったよ 」

………と、目を細めた。


殿下には、恥ずかしいと言う文字は無いんだわ……と最近思う。

こんな気恥ずかしい言葉を、大勢の人の前でも、ストレートに口に出来るなんて………普通の人なら出来ないよね。

やはり、そこが皇子様と言う特殊な人だからなのかしら?




殿下は、ハイネックで丈の長い紺のジャケットを着ていた。

紺のジャケットには銀糸で刺繍を縁取られ、白のフリルのあるブラウスにズボンも同じ紺だった。


何を着ても皇子様だわ………格好いい………



「 ご令嬢、お手をどうぞ 」

………と、私の手を取り、手の甲にキスをした。


着飾った大人な殿下に、エスコートされるのは初めてだった。

ドキドキした。



見送りに出て来た父母に、行ってきますの挨拶を2人でして、殿下に手を引かれ馬車に乗り込んだ。


向かい合わせに座ると、殿下はずっと可愛らしいを連発していた。


だから皇子様、一般人相手に恥ずかしいから止めてよね………

どんな顔をすりゃあ良いのよ………






********





「 私、オペラは初めてですの 」

「 そう? 僕は前に………」

………と言いかけて慌てて咳をして誤魔化した。

阿呆………消し去りたい事を口に出してどうするよ……



レティは何も気付かずに

寝ない為のグッズを持って来たと言って、ポシェットから取り出した。


「 レティ、ペンチで何処を捻るつもり? 」

「 ほっぺた 」

「 辞めて!、こんな可愛いほっぺに 」

彼女は一番効きそうなのに……と残念がった。


「 ………で、唐辛子は? 」

「 かじろうかと……… 」

「 却下、………それで、この辛子は? 」

「 目に塗ろうかと……… 」


やる、この娘は絶対にやる……そんな娘だ。


「 これは、没収 」

ポシェットを取り上げる。


「 じゃあ、私が寝たら、殿下がかわりに………」

「 しない!」

もう、何で可愛いレティにそんな事をしないとならないの?

………と叱ると、レティは耳が垂れ、シュンと項垂れた。

可愛い…………



そうこうしてるうちに劇場に到着した。

「 さあ、ご令嬢、着きましたよ お手をどうぞ 」

………と、レティの手を取り、キスをした。



「 あれ? 今回は護衛の騎士さんが少ないわね 」

ぎょっとした。

レティは前の他の令嬢とのデートと比べてる………



「 レティ、あれは皇后陛下から言われた公務だったんだ 」

よし、都合が良い事に、言いわけが出来たぞ!


「 今日は、僕の私的なデートだからね 」

「 ふーん……… 」



レティは違いを分かってくれたかな………





********





殿下の私的なデートなら、もしかしたら一般席なのかも………

じゃあ、寝ても気付かれないかも………

私の頭の中は寝るか寝ないかの一点だった。



殿下が私の手を取り、劇場の階段を上って行く………

護衛の騎士さん達が周りを囲む(若干少ないけど……)


ふと、周りを見渡すと、大勢の視線があった。

私も………

あの時に見た一枚の絵の様になれただろうか………



劇場の支配人やスタッフ達が入り口で待機していて、殿下と私に挨拶をする。

支配人は何故だかニヤニヤしていた。


すると、

殿下は、突然私の腰を引き寄せ、私の手の甲にキスをした。


何?、何なの?

真っ赤になって、殿下を見上げる私を見下ろしながら

「 本命が君だと言う事を見せ付けたい 」

………と私の耳元で囁いた。


私が涙目になっていたら、殿下がクスリと笑って私の頬を撫でた。


周りは小さな悲鳴と共に、漂う空気がピンク色に染まっていた………





案内された席は、二階席の一番目立つロイヤル席だった……

そりゃあそうよね、皇太子殿下が私的なデートだとしても、一般席なんてあり得ないわよね………

期待した私が馬鹿だった。



椅子は、ゴージャスなソファーで二人掛けの長椅子だった。



ここに二人で座ったんだ…………

殿下をチラリと見ると


「 レティ、思い出したくないけど、仕方ないから言うよ、僕が座ったのはあっち 」



殿下が隣を見るようにと、顎でクイっとした。

隣には一人掛け用の豪華な椅子が、二脚並んで置かれていた。


あっ、じゃあ私も………と一人掛け用の椅子に座ろうと歩いて行こうとすると、


殿下が私の手を引っ張り、

「 レティはここ 」

………と、長椅子に座らされ、殿下が横に座った。



この席って、何の席?

それに、会場にいる皆がこっちを見ている。

居たたまれない………


殿下を見ると、肘掛けに肘を置き、私を見ていた………

目が合うと、嬉しそうに笑った。

居たたまれない………



「 大丈夫だよ、レティが眠ってしまったら皇子様のキスで起こして上げるよ 」

殿下は、眉を上げ、ニヤリとおどけた。



うわ~やられる………

油断大敵!

絶対に寝ない!



すると、劇場が暗くなり、舞台にスポットライトがついた。

あっ、これも魔道具なのかな?

今度シエルさんに聞いてみよう。



音楽と共に、歌が始まり、劇が始まった。

拍手が鳴り響いている。



うわぁ、喋りながら歌ってる………


演者さんが両手を広げ高らかに歌う。

また、歌ってる…………



オペラ歌手さんのドレス………

もうちょっとスパンコールを散りばめたら、ライトにあたりもっともっとキラキラ輝いて綺麗なのに………




私の記憶はここまでだった。






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